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夏の雪娘










 ただいま残暑真っ盛り。というわけで水瀬家も猛烈な暑さに包まれているのだった。

(暑……い……)

 北国でも夏は暑い。暑いときはとことん暑い。それは彼……祐一が住んでいる街も例外ではなかった。でも、暑さもやっと終盤に近付いているので、それが救いと云えば救いだった。

(この暑さ、いつまで続くんだ)

 誰もが同じことを思う日々が続く。暑さ寒さに関しては、皆の心は一つ。

 今日も一日、過酷なまでに暑かったので、本来ならトランクスとTシャツ一丁で、ぐでーっとリビングのソファーで横になって伸びきっていたいところだったのだけど。

(さすがに、そりゃな)

 ここは水瀬家。同居人として、名雪と秋子さんという女性が二人もいるのだから、最低限のマナーというか礼儀というものは守らないといけないのではないか、と祐一は考えているのだった。案外真面目な奴だった。

 それ故に自分の部屋の中だけ、という限定エリアで、そのような格好をしてベッドに横になっているのだが。……ところが。

「祐一ー。いる〜?」

 ドアの外に、名雪の声が聞こえた。柔らかくて、どこか間延びした声が可愛らしい。

「ああ、いるぞ」

「入るよー」

「ダメ。入るな。入っちゃダメ」

 そう云って名雪の入室を遅らせ、慌ててベッドの脇に放り投げていた半ズボンを取って履こうとした……のだが。

「やだー。入るからねー」

 名雪は楽しそうにそう云って、入ってきた。今日は何故かロングの髪をリボンでまとめて、ポニーテールにしていた。うなじがちょっと色っぽくて、祐一をドキッとさせる。

「あー。こらっ!」

 ばたん、と名雪が後ろ手でドアを閉ると、そこには。

「わっ。祐一ぃ」

 霰もない姿の祐一がいた。その格好にちょっと驚くけれど、名雪も人のことは云えない。

「お、お前なぁっ!」

 名雪も祐一と同じように、白いTシャツとパンツのみという、あまりにもラフな格好をしていたのだから。祐一の、結構真面目な気遣いを完全無視するかのように、裸にかなり近い格好を。

「そんな格好で家ん中歩き回んなよ! はしたない!」

「祐一だって『そんな格好』してるよ〜。はしたないもん〜」

「俺のは自室内限定だっ!」

「いいじゃない。わたしは祐一になら見られてもいいんだもん〜」

 とか何とかぎゃーぎゃー云い合っていると、尚更暑くなってきて。

「ったく。お前のせいでまた暑くなってきちまったじゃないか」

「そんなの知らないもん〜。……あ。えっとね。わたし、そんな祐一を涼しくしてあげようかなーって思ってきたんだよ。丁度よかったよ」

 相変わらずベッドに横になっている祐一に対し、名雪は背後を向きながら腰掛けて、くすっと笑った。

「ほー。どうやって?」

「んーっとね。こーするのっ!」

 名雪は突如、仰向けに寝そべる祐一の上にのしかかって、ぎゅむーっと抱きしめた。

「のわっ!」

「えへへ。わたし、冷たくてひんやりでしょー?」

「本当だ」

 名雪の体はひんやりと冷たくて、しなやかさと相まって、肌を触れ合わせているだけでとても気持ちが良かった。運動部に所属しているだけに、胸もお尻もきゅっと引き締まっていて、とても健康的。

(スタイルいいなぁ。こいつ)

「わたし。水風呂に入ってたんだよー」

 そんなわけで、祐一はちょっとの間だけ暑さを忘れることができた。……すぐにまた暑くなるだろうけれど、と思ってはいるけれど。

「あー。そういうことか。いいなー」

 名雪がひんやりしている理由を聞いて納得して、俺も入ろうかな〜と、祐一が思ったときだった。





「名雪ー。祐一さんー」





 階下から、秋子さんの声が聞こえた。

「あ、お母さんだ。どうしたの〜?」





「ちょっと買い物に行ってくるから、お留守番お願いね」





「は〜い」

 ということだった。秋子さんには悪いけれど、これ幸いとばかりに祐一は云った。狙いすましたかのようにグッドタイミングだったから。

「……。水風呂、もっかい入らない?」

 今度は一緒に、ということ。

「うんっ!」

 そして二人は一瞬目を閉じて、キスをした。どちらからともなく自然に。

(名雪……。可愛いな)

(好き、だよ。祐一)

 一瞬だけ、思いを込めたキスだから……。すぐに唇は離れて、名雪は子供のようにはしゃぎはじめた。

「祐一とお風呂〜」

「へいへい。って、お前。ブラくらいはしとけよ」

 抱きしめ合って、名雪がノーブラだということに気付いていたので、祐一はお小言をくれてやるのだった。

「だって。……窮屈なんだもん。祐一のせいだよぉ〜?」

「なっ!? お、お前な!」

「なんちゃって。冗談だよ〜。えへへ」

 絶句する祐一に対し、舌をぺろっと出して悪戯っ子のように笑った。

「いこ〜。お風呂〜」

「ああこら、ちょっと待て! 待てってば!」

 玄関のドアがばたんと閉じられるのを聞いてから。追いかけ合うかのように、二人はバスルームに向かうのだった。





ひんやりとしながら




どこか暑い




そんな、楽しくて心地よい時間は




すぐそこに。










-おしまい-









----------後書き----------

 まあその、暑い日が続くのでこんなお話を一丁。相も変わらず名雪・祐一コンビで。

 前作の二度寝日和と同じくシンプルに、短く、ということを心がけて書いてみました。

 いかがでしたでしょか?



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