サァァァァ………
季節は初夏の頃。
綿菓子のように柔らかく生い茂った緑の木々が風にあおられて、揺れている。
「浩平君。あのね…」
ベンチに腰掛けた、清潔な白いワンピースを着た少女…川名みさき先輩が俺の腕を握りながら話してきた。
「どうしたの、みさき先輩?」
「それ。それだよ」
「?」
「私達…初めて会ってからもう…随分立つんだよ」
みさき先輩はかなり気にしているようだけど、一体何のことだろうか?
「?」
「だからその…。そろそろ私のこと…名前だけで呼んで欲しいな。『先輩』は付けずに…」
恥ずかしそうに口元を押さえ、みさき先輩は俺から目をそらした。
「そうは言ってもなかなか…ねぇ。先輩って付けて呼んじゃダメなの?」
「…だって。呼んでほしいんだもん。…ね、試しに一回呼んでみてよ。『みさき』って。ねっ♪」
ニッコリと微笑むみさき先輩。
うう。こう、眩しいばかりの笑顔で迫られると俺も答えないわけにはいかなくなってしまう。
俺は強引に背中を押されるように、ぎこちなく言葉を発することになっていた。
「み…」
「…(ドキドキ)」
「みさ……」
「…(ドキドキ)」
「みさきっ」
「…♪(にこっ)」
「せんぱいっ!」
がくっ!
俺のボケにタイミング良くずっこけてくれる先輩。いや、ボケと言うよりつい、気恥ずかしくなって『先輩』と付けてしまったんだが。
「…うー。浩平君意地悪だよ〜!」
ぽかぽかっ!
心底がっかりしたようで、必死に抗議してくるみさき先輩。し、しかし。不謹慎だけど…この人、怒った顔も可愛いぞ…。
「あはは。ごめんごめん。でも、いきなりは呼びづらいよ」
「もう一回呼んでよ〜!お願い」
「わ、わかったわかった」
何故だか、妙にこだわっているみさき先輩。
「んー、ごほっごほっ」
俺も気圧されて、妙にかしこまって咳払いをする。
「…み」
「…(ドキドキ)」
「みさ……」
「…(ドキドキ)
「みさきっ」
「…♪(にこっ)」
「せんぱいっ!」
がくっ!
「…浩平君」
「心底、ガッカリしたようなみさき先輩」
俯いた上目遣いの視線が痛いぞ。
「うー!わざわざ解説しないでよ〜!」
おっとっと、つい口に出てしまっていたようだ(汗)
真剣な先輩の顔を見ていると、ついついいじめたくなっちゃうんだよなぁ〜。あははは…。
「いいもん。ちゃんと呼んでくれないのなら、私もこれから浩平君のことを『浩平ちゃん』って呼ぶもん」
う…。
そ、それはかなり恥ずかしいぞ。
「あ、あのぉ。…みさき先輩?」
「どうしたの、浩平ちゃん?」
「あ、いや…その…」
「今日は変だよ、浩平ちゃん?」
『みさき先輩はもっと変だ』…と、言おうとしたが、後が更にコワイのでやめておいた(汗)
と、とにかく…ちゃん付け攻撃はとってもとってもと〜〜っても…恥ずかしいぞ!
いかん…何とか話を逸らして誤魔化さなければ!何かないか!何か都合の良いものは!
キョロキョロッ!
…あった!
「…お、あそこでアイス売ってるぞ」
その時都合よくここから少し離れた公園の入り口に、アイスクリームを売っている屋台が見えた。
「え、浩平ちゃん本当?」
「あ、ああ。いっぱい売っているぞ」
何とか誤魔化さなければいけないと思ったのだが…。
「わ〜。食べようよ〜。浩平ちゃ〜ん」
誤魔化さなければ…(汗)
「早く買いに行こうよ、浩平ちゃん♪」
あうう。全然効果無しだ。
「…みさき先輩、頼むから『ちゃん』付けはやめてくれ」
いくら何でも『ちゃん』付けは恥ずかしすぎるぞ。
「だって。浩平君が名前で呼んでくれないんだもん」
拗ねた表情のみさき先輩…。
「はぁ…。わかったよ。今度こそちゃんと呼ぶから…だからとにかく『浩平ちゃん』はやめてくれ」
結局今回も俺の負けだな…。
「うんっ♪」
「すーーーー。はーーーー。んーっ!」
深呼吸して咳払いして準備を整える。って、さっきから俺は一体何でこんなに緊張しているんだろう?
たかだか、名前をそのまま呼ぶだけのことなのに。
「…み」
「…(ドキドキ)」
「みさ…」
「…(ドキドキ)」
「みさきっ」
「…♪(にこっ)」
しばしの沈黙。今度こそ大丈夫だった。
「あはっ。嬉しいよ〜♪♪♪」
笑顔で喜ぶみさき。
「…名前だけで呼ばれるのがそんなに嬉しいの?」
「うんっ♪」
「ふ〜ん」
俺にはよくわからない…。
「だって…。私、これでも浩平君の彼女さんだもん。それに、今までだってずっと『みさき先輩』って呼ばれるより、名前で呼んで欲しかったんだよ。『みさき』って」
…とても嬉しそうに微笑むみさき先輩…じゃなかった、みさき。長い黒髪が風で僅かに揺れている。
「浩平君。もう一度呼んで」
「…みさ…き」
「は〜い♪」
「…みさき」
「くすっ。な〜に?」
「みさきっ!」
「嬉しいよ〜♪」
うう…いきなりでなかなか慣れない…。これは、相当恥ずかしいぞっ!…何故か悔しいから反撃してやる。
「じ、じゃあ…。みさきもこれから俺のことを『浩平』って呼び捨てで呼んでよ」
「え?」
「だって…。俺、これでもみさきの彼氏さんだもん。それに、今までだって『浩平君』って呼ばれるより、名前で呼んで欲しかったんだよ。『浩平』って」
「真似しないでよ〜!」
ふっふっふ。折原浩平はこういうときただじゃすまさないのだ。反撃開始〜♪
「ほらほらっ。呼んでみてよ。俺のこと『浩平』って、呼び捨てでさ」
「え、えっと…うー」
突然のことで真っ赤になって慌てるみさき。くー!この人は困った表情もたまらないくらい可愛いぞ〜!
「ほらほらっ。は〜や〜く〜♪み〜さ〜きっ♪」
それでも俺は爽やかな笑顔で容赦なく急かすのだっ♪
「えっと、えっと…えっと…」
「ほらほらっ。かもぉ〜〜ん♪み〜さ〜きっ♪」
「えっと…。…こ…こう…へい…」
「…」
「…」
「…なんだ。意外にあっさり呼ばれちゃったな」
うーむ。あんまり面白くなかったな。ホントはもっともっとたっぷりと困らせてやるつもりだったんだが。
「…浩平君。もしかして、からかってる?」
ズバリその通り。図星だ…。
「そ、そんなこと…」
「そんなこと?」
「あるかも」
「やっぱり浩平君。いじわるだよ…」
「さっきの反撃だ。それに呼び方は『浩平君』じゃなくって『浩平』だよ。いつの間にか戻ってるぞ」
それでも先程の『ちゃん』付け攻撃よりはまだまともだと思うのだが?
「うーん。やっぱり私、浩平君のことは今まで通り君付けで呼ぶよ…。ごめんね」
「どうして?」
「だって私。年上だもん。お姉さんだもんっ♪」
ハッキリ言って、全然そうは見えないぞ。
「浩平君。もしかして今、何かすっごく変なこと考えなかった?」
うおっ!またしてもっ!
「そ、そんなこと…」
「そんなこと?」
「…あるかも」
し、しまった。つい…(汗)
「浩平君っ!」
拗ねた表情のみさき。
「わー、ごめんごめん。もうみさきのこと『年上に見えない』なんて思わないから!」
「…え?」
あ、あれ…?
「それってもしかして、私が…年下に見えるの?」
「いや、とっても子供っぽく見える。…はっ!」
「浩平君…」
「し、しまったぁ!またまたついついうっかり口に出してしまったぁぁぁっ!」
みさきは無言で後ろを向いて…。
「…早くアイス食べに行こうよ。浩平ちゃん」
ぐあ!みさきの『第二次ちゃん付け攻撃』開始だぁぁぁっ!
「ご、ごめんなさ〜〜〜〜〜いっ!」
この後、俺はみさきの「カツカレー五杯でいいよ」という呟きに首肯することになる。ああ…タダでさえ金欠なのにますます出費が痛いぞ(涙)
「早くアイス食べようよ〜!」
「あ、ああ」
タッタッタ
少し早足で…でも、みさきに合わせて慎重に歩き始める。
それにしても。ずっと見ていて…この人、本当に年上なんだろうかと改めて思う…。真面目に考えてみても…だ。
「浩平君?」
「…」
みさきには失礼だけど、いつもそんな風に感じてしまうんだ。それもまた事実。
「浩平君っ?」
「…」
俺にとって、この人は…。
「こ〜へい君っ!」
「…」
極度の天然ボケですっごい大食らいで、走るのが好きで元気いっぱいで無邪気で…。でも、そんなところがとっても魅力的な…。長い黒髪がとっても綺麗な…美人だけど可愛らしい性格の、お姉さんみたいな先輩…か。
「寂しいよ〜!」
ゆさゆさっ!
「……はっ!?」
先輩に揺さぶられて俺はようやく我に返った。
「どうしたの?」
いかんいかん。ついつい考え込んでしまっていた。
「もしかして…何か変なことでも考えていたの?」
じと〜っとした、疑いの眼で俺を見つめるみさき。
「な、何でもない(汗)」
どうしてこう、女の子の勘というのは鋭いのだろうか?
「怪しいよ」
「そ、そんなことは…ないぞ…(汗)」
「その割には声が変だよ?」
「お、俺はいつも変な奴だと言われてるぞ!」
それは事実なんだけど、情けなくなる。
「うー…」
俺の答えに全然納得してなさそうなみさき。
「えっと、その…。誰も、俺にとってみさきは『極度の天然ボケですっごい大食らいで、走るのが好きで元気いっぱいで…。無邪気で…。でも、そんなところがとっても魅力的な…。長い黒髪がとっても綺麗な…美人だけど可愛らしい性格のお姉さんみたいな先輩』だなんて思っていないぞ!」
さりげなく考えていたことを復唱してフォローをいれたつもりだったのだが。我に返ってみりゃ、全然さりげなくないやんっ!(汗)
「え?…きゃっ!こ、浩平君っ!」
ぱっ
思わず組んでいた腕を離して、恥ずかしさで真っ赤になった顔を手で覆うみさき。
「わたし…わたし…はずかしいよ〜。きゃ〜…」
両手で顔を覆ったまま、所構わずあたふたと慌てふためくみさき。
…もしかして俺は堂々と、とんでもなく恥ずかしいことを口走ってしまったのだろうか?
「…私のこと…ずっとそんな風に思っていてくれたんだ。恥ずかしいけど…けど。…すごく嬉しいよ〜♪」
「あ、あのぉ。みさきさ〜ん?(汗)」
みさき先輩の暴走は、止めようと思っても…止まりそうもない。
「あはっ♪…嬉しいから、お礼にアイスおごってあげるね〜♪」
「い、いいって!」
「ダメだよ〜。せっかく『極度の天然ボケですっごい大食らいで、走るのが好きで元気いっぱいで…。無邪気で…。でも、そんなところがとっても魅力的な…。長い黒髪がとっても綺麗な…美人だけど可愛らしい性格のお姉さんみたいな先輩』がおごってあげるんだから〜。素直にハイっていうの〜。くすっ」
ぐはっ!みさきも見事に復唱してる…。こりゃまた滅茶苦茶恥ずかしいぞっ!…完全に身から出た錆状態…(汗)
「早く早く〜♪早くアイス買いに行こうよ〜♪お姉さんを困らせちゃ駄目だよ、浩平く〜ん♪」
ぐいぐい
「ああ、わ…わかったから引っ張らないでくれ〜!」
でも、こういうみさきを見ていると。その考えは間違っていないと実証されるんだ。…ほんとに、どっちが年上だかわからないよなぁ。はは…何だかおかしくなってきた。
そんなこんなで俺は、とってもご機嫌なみさきによって駆け足でアイスクリーム屋へと引きずられていった。…立場が全く逆のような気もするが。
…………
ぱくっ♪
「あはっ。冷たくてとっても美味しいよ〜♪」
「…そ、そうか」
笑顔で、美味しそうに四段積の特大アイスを頬張る先輩。
相変わらず、この人の食欲には圧倒されるばかりだ。この特大アイスもメニューにないものを屋台の親父に頼んで作ってもらったものだし…特別料金で。
「しかし、よくそんなに食べられるね」
アイス屋のおっさんもその凄まじい量に驚いてたし…(汗)
「だって、すごく美味しいんだもんっ♪」
全然理由になってないと、思う。
「深山さんがうらやましがってたぞ。『みさきはいつもあんなに大量に食べるのに、どうしてスタイルいいのかしら…?』って、しみじみと」
「それはね、甘い物は入るところが違うからだよ」
ぱくっ♪
「…」
…よく耳にするが、女性の『甘い物は別腹』理論というのは、実証されているのだろうか?
みさきを見ていると、あながち嘘とは思えない。なんだか、謎が更に増えたような気がした。
「浩平君」
すっ
そんなことを考えていると突然、食べるのをやめて思い詰めたように俯くみさき。
「私達…やっと一緒にここで…アイスを食べることができたね」
俯くみさきは、嬉しさと寂しさの混ざり合った複雑な表情をしている…。
「…」
そうだった。
あのときから一年以上もたって、ようやく…。
「私…。ずっと待っていたんだよ…」
そんなみさきに、俺は何も言えなかった。何と言えばよかったのか…わからなかった。
「でも…もう。ずっと一緒にいてくれるんだよね…?」
「…」
キュッ
「あ…」
返事の代わりに、少し強めに…みさきの小さな手を握る。
「ごめんね。こんな話して。せっかく…楽しいデートなのに…」
「みさきは悪くないよ。悪いのは全部…俺だからな」
ふるふる
「ううん。浩平君のせいじゃない。ただ…少し不安になっただけ…」
「そっか…」
「…」
「アイス、早く食べないととけちまうぞ」
俺の思考の中で事実と話をそらす必要性が一致した。
「あっ。そ、そうだね…(汗)」
急に思い出して慌てるみさき。
「…こ、浩平君」
困ったようなみさきの声。
「何だ?」
「その。…手、離してくれないと…アイス食べられないよ」
「ああそっか。そうだった」
…その時、俺の頭にはガキのような悪戯心が閃いていた。
ぱくっ!
手を離す直前に素早く、音もなくみさきのアイスにかじりついていた。
「…」
そして、ゆっくりと慎重に手を離す…。
すっ
「…浩平君。ひょっとして今、私のアイス食べた?」
ば、ばれてるしっ!
「そ、そそそそそっ!…そんなこと…ないぞっ!」
どーしてこう…この人は勘が鋭いんだっ!?
「本当に?」
「ほ、ほ…ほんと…う」
じーーーー。
うっ!
じーーーーーーーー。
ううっ!
じーーーーーーーーーーーー。
ああっ!もうだめっ!(涙)
「ご、ごめんなさ〜〜〜〜〜いっ!実は、ちょっぴり食べました〜〜〜〜〜!(汗)」
「あは。やっぱりね。浩平君、嘘つくの下手だよ」
みさきおねーさんは俺のことを何でもかんでもお見通し…。そんな感じさえしてきた。
「でも、浩平君はいいの?」
「…は?」
『いいの?』とは何でしょう?
「その…。これって、間接キス…だよ?」
「あ(汗)」
どひいいいっ!そ、そ、…そーーーーだったぁぁぁぁっ!
自ら墓穴を掘ってしまった…。
「み、みさきさ〜ん?」
「えへ。…私…ちょっと、嬉しいよ」
ぱくっ
頬を赤らめながら、残り少ないアイスをゆっくりと頬張りはじめた。とてもとてもゆっくりと…味わいながら…。
「えへへ。嬉しい。浩平君と間接キッス…」
ぱく…
ううっ!何でこんなに恥ずかしいんだろう…(汗)
この状況は、みさきがゆっくりとアイスを食べ終わるまで延々と続いていった。俺にとってはまるで、拷問のように長い時間に感じられたが…(汗)
…………
「浩平君。少し、お散歩しない?」
「ああ」
拷問のように長い時間を超え、アイスを食べ終えた俺達はベンチを立った。
みさきに腕を握られながら、ゆっくりと歩き始める。
「今日は上の方まで行ってみないか?」
「うんっ!」
この公園はとても広くて、街を一望出来るような見晴らしのいい高台もあるのだ。
階段があるから、今まではみさきの足を考えて行かなかったけど、ゆっくり歩けば大丈夫かなと思った。
今日は人も少ないし心配ないだろう…等と気を遣っていたのだが。
「浩平君、早く行こうよ〜!」
「み、みさきっ!」
タタタタッ
心配は全然無用だったみたい。あははは…。
みさきは本当に元気いっぱいだ。
…………
そうこうしているうちに、上まで登り切る。
「わあっ。風が気持ちいいね〜」
サァァァァ………
涼しくて爽やかだけど、風が強くて…。
ヒラヒラ………
風と共に、みさきの長いスカートも激しく揺れてるぅっ!
「浩平君?」
『も、もーちょいで見える…。もう五センチ…!』
等と、少し…いや、かなり…いや、もの凄く不謹慎なことを考えてしまう。
…だ、だがしかしだっ!
故意に見るのは人道上いけないけど、自然現象で発生した事象の変化を目撃するという歴史的証明の観点に立った事実確認ならば論理整合性がっ!
って、俺は一体何わけのわからんこと考えてるんだぁぁぁぁっ!!
彼女が盲目だからって煩悩に任せてそんなヒキョーなこと考えちゃだめだぁぁぁぁぁっ!そんなの人間として最低だぁぁぁぁぁっ!
だけどだけど、男の忌まわしい本能がぁぁぁぁっ!
「こーへーくんっ!」
「ああっ!俺は一体どうすればいいんだぁぁぁぁぁぁっ!俺はぁぁぁぁぁぁぁっ!」
頭を抱えて漢の煩悩を振り払おうとする。
「浩平君ってばっ!」
ゆさゆさっ!
「……はっ!?」
またもみさきに揺さぶられて我に返る。
「…もしかして、また何か変なことでも考えていたの?」
「お、おいおい。またはないだろ。または…」
事実だけど。
先程と同じように、じと〜っとした疑いの眼で俺を見つめるみさき。
「うー」
「な、何でもないって(汗)」
どうしてこう、女の子の勘というのは鋭いのだろうか?
「怪しいよ」
「そ、そんなことは…ないぞ…(汗)」
「その割には声が変だよ?」
「お、俺はいつも変な奴だと言われてるぞ!」
「さっきと同じこと言ってるよ〜!」
ちいっ!見破られてたか。
「えっと、その…。誰も『みさきのスカートが風で自然にまくれ上がるところを見ようとしている』なんて思っていないぞ!」
ぽかぽかぽかぽかっ!
「うー。浩平君えっちだよ〜!」
間髪入れずにぽかぽか攻撃っ!
「な、何故にばれたんだっ!?」
「口に出して言ってるよっ!」
ぽかぽかぽかぽかっ!
「わ〜っ!ごめんごめんっ!もう見ようとしたりしませ〜んっ!お許しを〜〜〜っ!みさきさ〜〜〜ん!(汗)」
我ながら、情けない情景だった。叩かれても大して痛くはないのだが、何というかまぁ…。
ピタッ!
「…カツカレー」
「わ、わかった。十杯でも二十杯でもいいから…」
「約束だよ?」
「ああ(汗)」
みさきはようやく、ぽかぽか攻撃をやめてくれた。
「でも…。この丘って、いい風が吹いてるね」
「そうか?」
「うんっ。とっても気持ちいいよ」
みさきはいつも、風を感じることで周りを見渡している。
言うまでもないことだけど、それはみさきが光を失ったときからそうなのだろう。
近所にあるこの場所も、みさき一人では到底来られない。自惚れるわけではないのだけど、支える相手がいなければ…。
そんなみさきに、少しでも俺は教えてあげたい。
世界には、もっともっと…いろんな風があるということを。例えば…。
「みさき」
「…何?」
「今度の休みにさ。その…海に行ってみないか?」
…例えばそれも…数多く存在する風の一つ。
「いいよ」
こく
少し考え込んでいたが、みさきはそういって頷いてくれた。正直言って意外だった。頷いてくれるとは思っていなかったから。
この人は俺のことを、心の底から信頼してくれている…。胸が少し、熱くなった…。
「そっか。じゃ、決まりだな」
「うん」
すっ
みさきは俺に背を向けて、手すりに捕まり見えない光景を感じながら。
「私はね。…浩平君と一緒なら。…どこでも…うれしいんだ…よ」
サァァァ………
「え、今何か言った?」
みさきが何か小声で呟いたような気がしたが。まとわりつくような風音で、遮られてしまった。
「わっ。な……なんでも…ないよ。…なんでも」
「本当に?」
「ほ、本当だよ〜!」
「…じゃ、俺の気のせいか?」
「そ、そうだよ。…きっと」
「きっと?」
「うー。きっとじゃなくて…絶対!」
「う〜む。あやしい…」
「あ、あやしくなんてないよ〜!」
俺が突っ込むたびに、あたふたと慌てるみさき。
不謹慎ではあるが反応がとっても可愛くて面白いので、先ほどのちゃん付け攻撃の反撃も含めてもっともっと追求してイじめてやろうとしたそのとき…。
ぶわっ!
「…っ!」
突然、風が強く吹き付けてみさきの長いスカートが…。
『お、おおおっ!じゅ、純白の白だぁぁぁぁっ!』
俺はその瞬間漢(おとこ)の浪漫(ろまん)の目撃に感動し、音もなくむせび泣いていた。…はずだった(汗)
「こ、こ〜へい君っ!今見たでしょ〜?」
ばっ!
さすがに雰囲気でわかったのか、慌ててスカートを押さえるみさき。
「なっ!なななななっ!何のことでございませうっ!?」
「…見たんだね?」
形勢逆転(?)今度は俺が徹底的に問いつめられる番だった…。
「み、見たんじゃなくて見えたんだっ!」
「やっぱり見たんだ。ふえ〜〜ん。浩平ちゃんがいじめるよ〜!」
し、しまった!誘導尋問だっ!しかも、第三次『ちゃん付け』攻撃だしっ!(汗)
「違うっつーのっ!今度のは本当に完全な不可抗力だぁぁぁぁっ!」
「ぐすっ。私、きずものにされちゃったよ〜。お嫁さんに行けない身体になっちゃったよ〜。ふぇ〜〜んっ!」
「お、おいおいおいおいっ!誤解を招くよーなこと言うんじゃないわぁぁぁぁぁっ!」
俺が一体何をしたっていうんだよぉぉぉぉっ!(涙)
「ぐすっぐすっ。私…浩平ちゃんのこと、ずっと…信じてたのに〜。ひっく」
な、なんだかシャレじゃなく…本気でやばくなってきたような…。端から見ると、俺が一方的に女の子を泣かしているように受け止められちまうぞ!
「あ、あの…その…。みさ…き?」
「…ぐすっ。なぁに、浩平ちゃん…」
俯きながら、しゃくり上げてるみさき。
「そ、そのぉ……ほんとに……ごめん…な」
さして暑いわけでもないのに大粒の汗を掻いてる俺…。
「…ほんとに?」
「あ、ああ。本当だ…(汗)」
「じゃあ。一つだけ…お願い聞いてよ…。ぐすっ」
「わ、わかったよ!わかったから…何でも聞くからっ!だからお願いだから泣かないでくれぇぇぇ〜〜〜!(汗)」
もう、俺は。みさきの成すがままだった。こっちが泣きたいくらいだよ。とっほっほ…。
「…今から、私が『いい』って言うまで、目をつむっていて」
「わ、わかった…」
「絶対に目を開けちゃダメだよ。ぐす…」
「わ、わかってるって!」
こりゃ絶対に誤魔化せない…。俺は観念して目を堅く閉じた……瞬間!
ふにっ!
唇と胸、同時に…とても柔らかくて暖かい感触が走った!
「…」
しばし俺は目を閉じたまま呆然としてしまった。
「…みさき」
「な〜に、浩平君?」
してやったり…といった顔のみさき。
「もしかして、わざと?」
ひょっとして、さっきまでの泣き顔も声も…全部嘘?
「…あは。意地悪な浩平君に仕返しのキスだよ♪」
「…」
何というか、不意を突かれたというか…やられたというか…。
ううっ!お、俺はまたしてもみさきに一本とられたのかっ!?
「…は、ははは。はははは…み〜さ〜き〜ちゃんっ!」
ジリッ
俺は至極普通に微笑みながら、ゆっくりとみさきへと近づく。
「あは…こ、浩平君…笑い声が引きつってるよ〜」
「はっはっは。そぉんなこと、決してないぞ〜」
ジリッジリッ!
徐々に間を詰める俺と、笑って誤魔化しながら後じさるみさき。
そして、狙いをすまして…。
「そこを動くなぁぁぁぁぁっ!」
バッ!
完璧に捕らえた…と、思った。
だが…。
サッ!
見事に俺の手を逃れ、かわされた。
「あはっ。そう簡単には捕まらないよ〜♪だって私、走るの得意だもんっ!」
タタタタッ!
「むぁぁぁぁてぇぇぇぇいぃぃぃぃっ!みぃぃぃさぁぁぁきぃぃぃっ!」
な、何だかよくわからんが、とっっっても悔しいぞぉぉぉぉっ!こーなったら意地でもみさきを捕まえてやるっ!
ドドドドっ!
「きゃ〜〜〜〜♪浩平ちゃんが追っかけてくるよ〜〜〜〜♪」
タタタタッ!
「ちゃん付けはよせぃっ!むぁぁぁぁてぇぇぇぇいぃぃぃぃっ!」
ドドドドっ!
「他人の空似だよ〜〜〜〜♪きゃ〜〜〜〜♪」
タタタタッ!
「どこがじゃぁぁぁぁぁっ!」
ドドドドっ!
「へへ〜ん。こっちだよ〜♪浩平ちゃんっ♪」
タタタタッ!
「はぁっ!はぁっ!ええいっ!ちょこまかとうごくなぁぁぁぁ〜〜〜〜っ!!!!」
ドドドドッ!
「きゃ〜〜〜。浩平君〜〜〜〜♪私を捕まえてみてよ〜〜〜〜♪」
タタタタッ!
そうして、追いかけっこは日が傾くまで続いていった。
みさきは相変わらず光を失ったことなど微塵も感じさせないで、笑顔のままだった。
俺はもっともっと、みさきの笑顔が見たい…。
傲慢かもしれないけれど、俺だけの…みさきの笑顔を…。明日も、見たいな。
* * *
「浩平君、まだかなぁ…?」
「…まだに決まってるでしょ。みさきが早すぎるのよ」
『まだはやすぎるの』
隣から呆れたような雪ちゃんの声。多分澪ちゃんも呆れてる…。
「大体まだ待ち合わせの一時間も前じゃない。少しは落ち着きなさいよ」
「うん…」
わかってるけど…。でも、落ち着かないんだよ。
早く…浩平君に会いたいから…。
「雪ちゃん…。私の格好、変じゃないかなぁ?」
「はいはい。いーから落ち着きなさいって。朝からもう五回目よ。その質問」
「う…。そ、そうだったっけ?」
『五回目なの〜』
よく思い出せないよ〜。
「そうよ。心配しないでも大丈夫よ。何しろ、演劇部の元部長にして最高のスタイリストがちゃ〜んと可愛く見立てて上げたんだからっ!服も髪型もっ♪」
ぽんぽんっ!
「う…ん…」
雪ちゃんは得意になって大いばりで言い張るけど、言うことは合っている。
昔から雪ちゃんの服選びのセンスや髪の手入れはすごいと思わされているし。
だから、安心していいんだけど。
「ね、雪ちゃ…」
話しかけようとしたら…。
「…みさき。改めて思うけど、あなたの彼氏も相当の変わり者よねぇ」
しみじみと、苦笑したように言う雪ちゃん。
「え?」
たっ
「ちょっと待ち合わせ時間には早かったか?」
浩平君の声?
「早過ぎよ」
『はやすぎなの』
「もしかして浩平君。もう来てくれたの?」
「ああ。みさきのことだからもう、この時間に待っているかな〜なんて思ってね」
「で、予想通りだったわけね…」
「ああ」
「まぁ、それだけみさきが単純な性格だってことでしょうね」
「うー。なんだか雪ちゃんひどいこと言ってるよ〜!」
「それはそうとして…。みさき、髪型変えたのか?」
「え?う、うん…。どうかなぁ?」
雪ちゃんと澪ちゃんに手伝ってもらって、久しぶりに髪をリボンで止めてポニーテールにしてみたんだけど。
「すっごく可愛いぞ!」
「あは…。ありがと。嬉しいよ〜♪」
「ふふ。みさきったら朝から何時間もそわそわして落ち着かなかったのよ」
「ふぅん。そ〜なのか。それは光栄だね〜♪」
「ず〜っと『浩平君まだかなぁ』って、髪を気にしたり服を気にしたりしててね」
「しかし、深山さんも澪も朝からどうしたんだ?」
「ふっふっふ。それはね、みさきが…」
意地悪っぽく笑う雪ちゃん。
「ゆ、雪ちゃ〜ん!それは言っちゃだめ〜…むぐううっ…!(汗)」
「昨日の夜、みさきがうちに電話かけてきてね…」
「ゆひはんひろひほ〜!(雪ちゃんひどいよ〜!)」
* * *
キュッキュッキュッキュ!
「ほいっ!一丁上がりよ♪上月さん、海苔付けお願い」
『わかったの』
ぺたぺた…
私は手早く普通の大きさのおむすびを三、四個握って作った。それと、みさき用の巨大なおむすびも。
「雪ちゃんありがと」
「ふふ。お安いご用よ。何しろみさきのデートだもんね。ちゃんと作ってあげなきゃね〜♪」
「雪ちゃんがいじめるよ〜!」
ちょんちょんっ
『とってもおあついの〜♪』
にこにこっ♪
「ほんっとにお熱いわよね。みさきと折原君は」
上月さんも笑顔で頷いている。
「ううっ。澪ちゃんまでいじめる〜!」
「さっ。幸せいっぱいのみさき先輩のためにお弁当を作ってあげたわよ」
『いっぱい作ったの〜♪』
「うん。ありがと…ごめんね。無理言って」
「何言ってるのよ」
* * *
「…と、そんなことがあったのよ」
「ふぅん。そーなのか」
「さっきからずーっと浩平君はまだかな〜って」
『とっても仲良しなの』
「ほんとよね〜。この二人、すっごく仲良しよね〜。上月さん」
うー。みんなで私をいじめるよ〜!
「…それじゃ、そろそろ行こうか?」
そんな私に浩平君が助け船を出してくれた。
「うんっ」
「私も駅まで一緒に行くわよ」
『一緒に行くの〜♪』
みんなそろって、駅の方に向かって歩き始める。
…………
そうして、十数分後…。
駅のバス乗り場に着いた。
「じゃあ、そろそろ私は行くわね。お二人さん。ごゆっくり楽しんできてね〜。ふふふふ♪」
『お幸せになの〜♪』
にこにこっ
「あいつらは〜!…みさきは普段から相当からかわれているようだな」
「うう…雪ちゃんも澪ちゃんも私をいじめるよ〜!」
そんな私をさらにからかってから、雪ちゃんと澪ちゃんは笑いながら帰っていった。
うう…。今度、絶対に仕返ししてやるもん〜っ!
…………
乗り込んだバスの中は静かだった。多分、殆ど私たちの貸し切り状態なんだと思う。
「みさき。一つ、お願いがあるんだけど…」
「なぁに?」
「その…みさきの髪にさわらせてくれっ!」
「え?」
浩平君は、ずっと我慢してきたみたい…。雪ちゃんと澪ちゃんに協力してもらって、髪型をポニーテールに変えたから。
「い、いいけど。…リボン取っちゃだめだよ?」
「わかってるわかってる。でわでわ早速♪」
そういって浩平君は、リボンで結んでしっぽにした私の髪をうれしそうにいじくってきた。
さわさわ…さわさわ…
「…」
なんだかくすぐったいよ〜!
さわさわ…さわさわ…
「ああ、みさきの綺麗な黒髪…。俺、幸せ…」
うっとりとしたような、浩平君の声。
「ぷっ。浩平君たら…」
思わず吹き出しちゃう。とっても子供っぽくて、いたずら好きで…。
でも、この人は時々意地悪で。…私が拗ねると慌てて。私の望んでいた日常は浩平君と一緒にいること…。
「…っと、そろそろ出発だな」
「うん」
今までは考えられなかった、小旅行。
それほど遠くに行くわけではないのに、浩平君がいなかったら…。新しい風を感じることすら、できなかった。
ガチャン!
ドアが閉まりバスが動き始める。久しぶりにこの街を出るけれど。でも、こわくはない。
浩平君は、私の道しるべ。ずっと一緒にいたい恋人だから…。
* * *
ザァァァァ………
サァァァァ………
潮の香りがする、風と波。
浩平君が教えてくれた。…私には、見つけることすら…ううん。探すことすら、できずにいた。
バスで数時間くらい揺られて何気なく降りた先は波と風の音だけが聞こえる、静かな海辺の街…。
程良く暑くて、日光の感触が肌に伝わってくる。
「久しぶりだよ。ほんとに…」
ぐぐっ!
体を思いっきり伸ばして、全身で風を感じる。
「浩平君。今日は連れてきてくれてありがとう」
「なぁに。俺が行きたかっただけだよ。みさきと一緒にね。それより…」
く〜〜っ♪
「…あ(汗)」
「ははは。『そろそろお腹空いたでしょ』…って、言おうとしたんだけどね。見事に先を越されちゃった」
もう!
どうしてこう…折角ムードが良いときに私のお腹は〜!
私、私…恥ずかしいよ〜!(涙)
く〜〜っ♪
もう止まらない、私のお腹…。
「ははは。みさきのお腹は正直だね。お弁当食べようか」
「う、うんっ」
浩平君の言うとおり…。すっごくお腹空いたよ。
すっ
砂浜に腰掛けて、雪ちゃんと澪ちゃんが作ってくれたお弁当を開ける。
「…この巨大なおにぎりは、みさきのだろ?」
「そういえば、雪ちゃんが言ってたような。『みさき用の巨大なおむすび』を作ったって」
「むぅ…さすが深山さん。よぉぉくみさきの大食らいさを心得ておりますな(汗)」
「浩平君、何か言った?」
「い、いえいえっ!とぉんでもないっ!」
「うー。みんな変だって言うけど、私の食欲は普通だよ〜!」
「は、はぁ。…まぁ…それは…うーん。とりあえず、ノーコメントってことで…ほいっ!『川名みさき用巨大おむすび』っ!」
ずしっ!
渡されたずっしりと重いおむすびを、口をいっぱいに開けて頬張る。
ぱくぱくぱくぱくぱくぱくぱくぱくぱくぱくぱくぱくぱくぱくぱくぱくぱくぱくぱくぱくぱくぱくぱくぱくぱくぱくぱくぱくぱくぱくぱく
「すっごく美味しいよ〜♪」
「…やっぱりこの食欲は常人じゃないよ。うーむ(汗)」
ぼそぼそと何か呟いてる浩平君。
「どうしたの?」
「い、いやっ!なななななっ…なんでも…ないぞっ!お、俺は決してみさきに隠し事なんてしていないぞっ!」
「…隠し事、してるの?」
「し、しまった!つい、言ってしまったぁぁぁぁっ!」
「浩平君っ!」
どうせどうせ、浩平君も雪ちゃんみたいに私のことを『食欲大魔人』とか馬鹿にしてるんだよ〜!
「ご、ごめーーーんっ!そ、その…えっと…違うんだっ!みさきのほっぺたにご飯粒が付いてるんだっ!」
「え、ど…どっちに?」
はぅー。浩平君の前でまたはしたないことしちゃったよ〜!(涙)
「俺が取ってやる。動かないで」
「う、うん…」
ちゅっ♪
不意に暖かい感触が、ほっぺたをくすぐった。
「ほら。取れた」
「浩平君…今、もしかして?」
もしかして、キスで…?
「おっ!まだくっついてるぞ」
「え?じ、自分で取れ…る」
ちゅっ♪
「あ、他にも」
「はぅぅっ!こ、浩平く…」
ちゅっ♪
「ここにもここにも♪」
ちゅっちゅっちゅ♪
「う〜!」
ちゅっちゅっちゅっちゅっちゅっちゅっちゅっちゅっちゅっちゅっちゅっちゅっちゅっちゅっちゅっちゅっちゅっちゅ〜♪
「こーへいくんっ!」
がばっ!
「おわぁっ!」
「もう。絶対、わざと楽しんでやってるんでしょ!」
「ふっ。ばれたか…って!?」
ぷにゅ♪
「…っ!」
私が、砂浜に浩平君を押し倒した格好になって…その弾みで、私の胸を…。
ばっ!
「みさき…」
そうだよね…。
「…だめ…だよ…」
私は、浩平君の…彼女さん…だもんね。
「その。…後で……ね」
いつまでも許してあげないと…可哀想だよね…。…私も、わかっているんだ。
「あ、後って…?」
「し、知らない…!」
ぷいっ!
もう…。浩平君の…バカ…。
熱くなった顔は、全部浩平君のせい。
* * *
とことことことこ
お弁当を食べた後、静かな街を二人でお散歩する。
暖かい太陽と柔らかい風が吹き抜ける、静かな街…。
「ぴこぴこぴこぴこぴこぴこぴこぴこぴこぴこぴこぴこぴこ〜♪」
とてとてとてとてっ!
「くぉの!まてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇいっ!俺の人形かえせぇぇぇぇぇぇぇぇいっ!」
だだだだだだだだっ!
「?」
子犬が走る音?…と、それを叫びながら追いかけてる男の人の声だけが楽しげに聞こえて、だんだん遠ざかっていく。
その後にはまた、のんびりと暖かい静けさが戻ってきた。
「のどかだね〜」
「そうだな…。でも、今日はこれから近くで祭りがあるみたいだよ」
「そうなの?」
言われてじっと耳を澄ましてみると。遠くの方から微かに祭囃子が聞こえてくる。
「行ってみる?」
「うんっ」
お祭り♪お祭り♪
「みさき、何だか楽しそうだね」
「勿論だよ〜。だって、お祭りだもん♪」
「むふふふ。…焼きそば、たこ焼き、かき氷。それと、綿飴と…そんなとこでしょ〜?」
「浩平君っ!」
ロマンチックじゃないんだから〜!
「でも、事実でしょ?」
「う…。そ、そうだけど…」
「あははは。みさきらしいな〜」
うー。浩平君が馬鹿にするよ〜!
反撃してやるもん!
「意地悪な浩平ちゃん、嫌いだよ〜!」
ぽかぽかぽかぽかっ!
「わー、ごめんごめん。お詫びに全部俺のおごりでいいからさ」
「本当?」
「本当だって」
「あはっ。嬉しいよ〜。何食べようかな〜♪」
「う…。もしかすると俺は今…とんでもない過ちを犯したのかも」
たたたたっ!
「浩平君、早く行こうよ〜!」
私は楽しくて思わず走り出した。
「お祭り、お祭り〜♪」
「みさき、待てって。危な…」
「大丈夫だよ〜…きゃっ!」
石に足を取られ、転げそうになる。
「ほら。言ってるそばから。…山道だから手を繋いで」
「う、うん」
………
そうして、辿り着いた先は祭囃子の中。私は…。
ぱくぱくぱくぱくぱくぱくぱくぱくぱくぱくぱくぱくぱくぱくぱくぱくぱくぱくぱくぱくぱくぱくぱくぱくぱくぱくぱくぱくぱくぱくぱく
ごくごくごくごくごくごくごくごくごくごくごくごくごくごくごくごくごくごくごくごくごくごくごくごくごくごくごくごくごくごくごく
「美味しいよ〜♪」
御馳走口いっぱい。
「そ、そう。はは…ははは……あははは……はぁ……。ああ……今月も出費がかさむなぁ……(涙)」
美味しいものいっぱい。浩平君と一緒に楽しいお祭り♪
「浩平君。どうしたの?」
「いや、別に…何でもないぞ…。はぁ…。やっぱりバイト…はじめよっかなぁ…」
「?」
そうしているうちに、何だか周りが一段とざわついてきた。
何があるんだろう?
「これから、花火大会があるみたいだな」
「花火?」
浩平君に教えてもらって、耳を澄ましてみると。周りの人たちの楽しげな声が口々に聞こえてくる。
例えば…。
…!
「…」
小さな仲の良い男の子と女の子…。男の子が憎まれ口を叩きながらも、楽しそうに。
…!
「…」
私たちと同じくらいの…恋人同士…。ずっと前から楽しみにしていたような…女の子の声…。
…!
「…」
…家族連れの旦那さんと奥さん。小さな子供を連れて、みんな楽しそうに…。
…!
「…」
ずっと一緒に暮らしていた…老夫婦…。これからも一緒にいる…い続ける。楽しい時を共にしてきた…。
…!
「…」
私も同じ。浩平君という…大好きな人と一緒にいて…楽しいのに…。楽しいはずなのに。
夜空に咲く大輪の花を…観ることが…できない。
ぽたっぽたっ…
不意に流れ落ちる、滴。
「みさき?」
「う……っく…。ふぁ……」
もう、堪えきれないよ…。ただ…涙を流すことしかできない…役立たずの…眼。
「どうしたの?」
「っく…うっ……ぐすっ…」
私は違う世界を見ている。だって…光が無いから。…浩平君と私とは…違うから…。
外には…気紛れで訪れた田舎町のお祭りの風景が広がっているけれど。私には見えない…。
もう、分かりきっていることなのに。今更…考えることもないのに。どうしようもないことなのに。
「…みさき」
ただそれだけで、何もかもが虚しくなる。誰が悪いわけでもないのに…。
浩平君は私のことを大切に想っていてくれる。だけど私は…ただ…今も、甘え続けているだけ。
「みさきっ」
…!
「っ!」
浩平君が呼んだような気がしたけれど、人混みに掻き消されてよく聞こえない。
さっきからずっとずっと…いろんなことを私に教えてくれているのに。
「浩平君?」
ぎゅっ!
「嫌。…離れちゃ…嫌だよ」
人混みが久しぶりにコワイと感じてしまう。…すぐにそんな自分が嫌になる。彼の腕を掴み、頼ることしかできない自分が…。
楽しい時すら…陰鬱に感じてしまう自分が。
「みさき。もしかして楽しく…なかった?」
違う。…そんなんじゃ…ない!
「違うの…すごく楽しいよ。でもね…」
どんっ!
「きゃっ!」
人混みの中。幾度と無く、見えない誰かにぶつかって転げそうになったけれど、その度に浩平君が支えてくれた。
「っと。大丈夫?」
「う、うん」
また、助けられた。
「みさき。俺はさ…」
どんっ!
「きゃっ!」
「…みさき、向こうに行こう。ここは人が多すぎるよ」
「…」
こく
素直に頷き、浩平君に導かれるまま人の少ない方へとぎこちなく歩いていく…。
………
「ここら辺でいいでしょ。座ろう」
「うん」
すっ
浩平君が見つけてくれたベンチに、静かに腰掛ける。
「みさき。悪いけど。俺にはさ…」
小さな子供に、諭すように話し始める浩平君。
「…」
「みさきの痛みはわからない」
「うん…」
それは私に限ったことじゃないよ。私だって…浩平君の痛みはわからないから。
「けどさ。俺はみさきと一緒にいると、すごく楽しいんだ。それだけはわかってほしい」
「…」
「みさきは。どうなの?」
そんなこと、決まっているよ。
「私だって…」
「『私だって』何だ?」
「浩平君と一緒にいると…すごく楽しいんだよ…」
「はは。それならいいじゃない。難しいこと考えないでもさ」
でも。
「私は…」
このままじゃ、浩平君に…迷惑を…。
「『迷惑』だなんて、思わないでほしいな」
「あ…」
やっぱり…。
「どうしてわかったの?」
「男・折原浩平君を侮る無かれ…ってところさ。いつもいつも、みさきのことは深山さんや澪達からよぉぉ〜く聞いて、研究してるんでね」
研究って…(汗)
「ま、それはともかく。好きな人がどんな性格で、どんな趣味をしていて、どんな悩みを抱えて…どんな仕草をするのか。そんなことに興味を持つのは至極当然のことだと思うけどね。迷惑だなんて思われるのは、川名みさき研究家の俺としてはとっても『ありがた迷惑』なんだよ」
川名みさき研究家って…あはは。
「そっか…。じゃあ、研究家の浩平君は全部お見通しだったんだね…」
「えっへん♪」
ふふ。かなわないな…浩平君には…。
ぺちっ
「きゃっ」
急におでこに暖かい手の感触が。浩平君の…手。
「…だから。そんなこと考えたり暗い表情したりしないの!」
「わ、わかったよ。でも…何でおでこをさわるの〜?」
「可愛いからだ」
り、理由になってないよ〜!
ぺちぺちっぺちぺちっ
「ああ。みさきのおでこ…可愛い。俺、幸せ〜♪」
「うー!」
それにしても。どうしてこう…この人はこんなに子供っぽいのかなぁ?
「浩平君。その…。こんな時…普通の恋人は…。男の人は…優しくキスをしてくれるものだよ?」
それなのに、私のおでこをいじくって遊んで。
「そうなのか?」
「もう…!」
ホントにムードが無いんだから…。
「じゃあ、目ぇ閉じて…」
「う、うん」
閉じなくても何も変わらないのだけど。とりあえず、浩平君に言われるまま…目を閉じて、待つ…。
すっ
近づいてくる…暖かな感触。
一番大好きな人の…。
がぼっ!
と、思っていたら。いきなりふわふわとしたとっても柔らかくて甘いものが口いっぱいに押し込まれた。
「む!?むぐううう〜〜〜〜〜っ!?(汗)」
「はっはっはっはっは♪まんまとひ〜っかかったな。みさきちゃ〜ん♪」
「は、はんはの〜!?(な、何なの〜!?)」
「こんな事もあろうかと、こっそり綿飴を買っておいて作戦を練っていたのだ〜♪わっははは〜!」
「ほふへいふんのいひわふ〜!(浩平君の意地悪〜!)」
「ほめ言葉として受け取っておこう。そんじゃお望み通り、優しくキスしてあげよう。み・さ・き・ちゃん♪」
ちゅっ♪
「まずは首筋〜♪」
「はふ〜ん!」
ちゅっ♪
「可愛いうなじ〜♪」
「う〜〜〜!」
ちゅっ♪
「つるつるのほっぺた〜♪」
「むーーー!」
ちゅっ♪
「おでこ〜♪」
「ふにゅ〜〜〜!」
「次は、次は〜♪」
ちゅっ♪
…………
そうやって、浩平君のキス攻撃はいつまでも続いていきました。
私がようやく綿飴を全部飲み込んだときは、見事に唇を奪っていて…。
どうしようもないくらい笑顔が子供っぽくて、いつもいつも幼稚な悪戯で私を困らせて。
でも。そんなところが可愛くて…誰よりも大好きな人。
私を闇の中から助け出してくれた人。
いつもいつも…。ほら。次の瞬間だって…。
ひゅるるるるる〜
丘の上で耳を澄ましていると、打ちあがる花火の音がする。
そして…。
「ど〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜んっ!」
「ひゃぁぁぁっ!?」
口元で大きな声。いつものように私を脅かす浩平君の悪戯。
「もう。意地悪な浩平ちゃんは嫌いだよ〜!」
「はははは。ごめんごめん。でも、花火。綺麗だよ」
「どんな形をしているの?」
「んー。いっぱいだな。緑、赤、黄色、青…。とにかくいっぱいいっぱい」
「あは。そうなんだ」
「そうそう。しっちゃかめっちゃか」
ひゅるるるる〜
「お、今度のは尺玉だよ」
「ふ〜ん」
どーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!
「わぁっ。すごいね〜♪」
「今度は連続だな」
「わ〜♪」
…………
小さい頃から。ちょっとした寄り道は、とても楽しくて…花火のように短くて…。
すぐにおしまいの時…お家に帰る時間が来てしまうけれど…。
* * *
「…」
人数の少ない静かなバスの中で、ゆらりゆられ続けている。外はもう、漆黒の闇に沈んでいる時間。
「楽しい時はすぐにおしまいの時間が来てしまうけれど。でも…」
「…」
私の隣から、静かな寝息が聞こえる。
「ずっとずっと一緒なら…ずっとずっと楽しいよ。ね?」
「…」
浩平君は、答えない。
「ふふ。浩平君、疲れて寝ちゃったんだね」
「…くー」
ふさっ
髪を留めていたリボンを解き、二人の小指同士を軽く結び付ける。
「着いたら起こしてあげるよ。美人のお姉さんが…。あは」
約束、したからね。
「…くー。みさ……き…ぃ。……すー…」
「くすっ。おやすみなさい…浩平君」
すっ
夢の中でも逢えるようにと、願いを込めて。静かな…くちづけをした。
ゆらゆらと揺られ、寄り添い合いながら…。
「ずっと一緒。…だよ」
(おしまい)
/*-----*/
(後書き)
どもども♪
Minardi改vbx(みなるでぃ)です。
お久しぶり〜な方も初めまして〜な方も、お読みいただきましてどうもありがとうございます。
早いもので、同人サークル『白いヘアバンド』さんの小説本に参加させていただいて、今回で四回目になりますが。
今まで載せていただいた作品は二作品とも(BurningSun.と続き物SS・霜崩というタイトル)シリアス&痛い系のお話だったので。今回はまるきり趣向を変えてみました。徹底的に甘くてほのぼのとした楽しいお話に。
今回のコンセプトは。
『練乳に蜂蜜を入れて少しの水で薄めた甘〜いジュースに、レモンの汁をたっぷりと加えて後味すっきりさわやか♪』
↑てな感じです。うーん。我ながら何言ってるんだかよくわかりませんね〜(^^;)
まぁそれはともかく、お読みいただいてもし『うっわ〜。めっちゃ甘ったるい話ではずかし〜!(//▽//)』←というような反応をされましたら。
作者の狙いは完全的中ということになります(^^)
甘いお話も、実はいっぱい書けるんだよ〜(笑)
それでは、漢(おとこ)の浪漫(ロマン)について熱く語っていくとキリがないので。
次回予告だけさっとしちゃいましょう。次回は…全く未定です(コラ!)
と、冗談(?)は置いておいて。最近はすいすいSweet(Tactics)が面白そうだな〜。なんて思っているので。
もしかしたら…あるかなぁ〜?(笑)
何てね。期待してお待ちくださいませませ〜(^^)
それではまたお会いしましょう〜♪