【恋心】
恋心。
彼がそれに気付いたのは、ほんの数日前のこと。
だけども、その感覚にすぐに夢中になり。
振り回され、心を熱くさせられ…。
三文小説のようにどこにでもあるような、ありふれた恋…。
だけど。
彼にはそれが、何ものにも代え難い宝物のように貴重で…。
「祐一さ〜ん」
(…あ。佐祐理さんだ)
駆け足で彼…相沢祐一の前まできた少女の髪は子馬の尻尾のようにふさっと揺れて、健康的なうなじがちょっとだけ艶めかしく感じられる。
「祐一さん。おはようございますー」
「佐祐理さん、おはよ………あれ?」
違和感は自然のうちに訪れる。前にも何処かでこんなイメージを感じたことがあるなぁと、彼は思った。…無意味に楽しくて嬉しいような…。妙に舞い上がったような、くすぐったいイメージを。
「どうかしましたか?」
「あ、いや。佐祐理さん、髪型変えたんだなーって思って」
その答えに柔らかい微笑みを見せる彼女。そんな何気ない仕草だけど、可憐な彼女は祐一の心をときめかせるのには充分だった。
(この人……。本当に可愛い)
人前でも構わずに彼女を抱きしめたくなるように、身体の真が熱くなるのを感じた。
「たまにはこんなのもどうかなーって思って。思い切って変えてみたんですよ〜」
「そうか」
傍目からは無関心な答えだと思うけれど、本音を云うのも恥ずかしくて…。
「どうですか? 似合いますか?」
予想通り感想を期待する声が帰ってきて、彼は少し迷ってしまう。『まあまあ』というのは、曖昧すぎて相手を納得させられるかどうか自信が無くて。『可愛い』だと、本音ではあるんだけど何とも云いづらい。といって『普通だ』なんて云ったら、誉めているのか貶しているのか、云った本人にもはっきりしないから嫌だった。
「似合う…よ。すごく…」
少し迷いながらも、何も考えずに答えた言葉は佐祐理に一番喜ばれたようで。
「嬉しいです〜」
両手を胸の前で組むようにしながら、眩しい笑顔を見せる佐祐理。
「この髪、舞がリボンを結んでくれたんですよ〜」
「可愛い…よ。本当に」
「あはは〜。祐一さんに可愛いって云われちゃいました。嬉しいです〜」
無邪気な笑顔は、裏表無しで。
「ああ。何度でも云ってやる。可愛い可愛い可愛い可愛い」
「照れちゃいます〜」
「…………祐一」
隣を見ると。
「…」
「あ、なんだ。いたのか舞」
その答えに少し機嫌を損ねたのか、眉を少しだけ潜めて、ポカッと祐一の額を叩く。……取り残されて、拗ねているような表情で。
「はは。ごめんごめん。おはよう」
「…おはよう」
そしてそのままスタスタと歩いていこうとする舞。
「舞、どした?」
「別に」
少しふてくされたような表情を見せ、早足で歩いていく。
「舞〜。待って〜」
佐祐理と祐一も続き。雪の地面を踏みしめながら、駆け足で……。
「お〜い。待てよ」
祐一はゆっくりと走り……ふさふさと揺れる佐祐理の髪を見ていた。
…いつの間にか芽生えていた感情。
祐一の心に密かに生まれていた感情は、恋というものだった。
『佐祐理さんが好きだ。…だから、付き合って欲しい。…俺の彼女になって欲しい』
その一言が、なかなか言い出せなくて。けれど…。
「今日、舞は用事があるから先に帰るって云ってました」
「そうなんだ」
云い出せるような状況というのは、願ってもなく…突然に訪れる。…といっても、舞が二人に気を使ったのは明白なのだが。
「じゃあ、商店街にでも寄っていかないか?」
「いいですよー」
告白できるかどうかはともかくとして、少しだけでも長くいたいから。…そんな祐一の気持ちなど知らずに、佐祐理は笑顔で頷く。
(可愛いな。この人……)
佐祐理は一つ年上の、校内でも評判の美少女。……些細なきっかけから知り合えたのだけれど、それがどれほど祐一を幸せな気持ちにさせたことだろう。
「祐一さん。行きましょう〜」
「ああ」
心が躍るような感覚は、告白の勇気などどうでも良くなるくらい気持ちよくて。
「今日もゲーセンに行くか?」
「はい〜」
美人だけど、可愛い彼女と一緒に歩く。思わず、手を繋ぎたくなる気持ちを必死に押さえて……。
…だけど。
笑顔を見せる彼女と楽しく遊んでいるうちに、心にかけていたはずの錠前が緩んでいき。
「俺、佐祐理さんのことが好きなんだ」
それは、帰り道の出来事。
「あははー。佐祐理もですよ〜。佐祐理も、祐一さんのことが好きです〜」
云わずにいられなかった。……自然に、だけど…自分の意志とは関係なく。
「違う。…友達としてじゃなくて」
「…え」
ありふれた恋と云われる『もの』を、自分は今現在しているのだと。妙に客観的に見てしまうことに気付いていた。
(そっか。俺は本当に心の底から佐祐理さんのことが好きなんだ…な)
「俺と付き合ってくれないか?」
「祐一さん…」
おしゃべりな口はマシンガンのようにどんどんわめき続けていき…。
「俺の彼女になってくれないか?」
我ながら、変な云い方だ…とは思ったものの。必死の彼はなりふり構わず。
「佐祐理さんの答えが聞きたいんだ」
困ったような、戸惑ったような…それでいて、嬉しいような。複雑な表情を見せる佐祐理。
「はぇぇ〜〜〜。え、えっと。少し…その…。考えさせてください〜」
彼女らしくなく歯切れが悪い。それは、自分自身のせいであると気づいていても…。普段なら、自制が利くはずなのにとわかっていても…。
「嫌だ。すぐ聞きたい」
「あ…祐一さんっ。…嫌です……んっ!」
強引に、奪い取るかのような接吻…。
男の強い力で華奢な身体を抱きしめられ…。貪るように唇を奪われて。
「けほっけほっ。……祐一さん」
びっくりしたような、苦笑しているような、それでいて少しだけ悲しんでいるような…。
「あ…」
「乱暴なのは、嫌です」
苦しそうな彼女の表情を見て、ようやく我に返り…。
「ごめん」
心の底から謝った。
「祐一さん……。佐祐理、ちょっぴり怒りました」
怒っているような感じなど微塵も見せずに、笑顔であっさりと云い放ち。
「佐祐理…。ファーストキスだったんですからね」
「……ごめん。本当に」
ただひたすら謝るだけ。我に返ったとき、男は弱いもので。
「許しません。一回本気で叩かせてください〜」
「ああ。…それで佐祐理さんの気が済むのなら」
無言のまま、彼に背を向けて。
「さあ。目を閉じて、歯を食いしばってください〜」
「わ、わかった。…いつでもいいから」
「では、いきます」
と、平手打ちを頬に受ける覚悟を決め。彼が目をきつく閉じた瞬間。
「…えっ?」
「これで、許してあげます」
悪戯っ子のような表情で、彼女は彼の唇を奪っていた。
「佐祐理さん」
「あはは〜。…やっぱり、恥ずかしいです〜」
逃げ出すように踵を返し、その反動で彼女の長い髪が揺れ…。
「…佐祐理も、そんな祐一さんが好きなんですから」
ありふれた、どこにでもあるような恋はやがて。
「だ、だから…。オッケーですよ〜♪」
やっぱり恥ずかしくて、赤くなってしまった顔の彼女と…。
「ありがとう」
その瞬間がとても嬉しくて嬉しくて、白い歯を見せて喜ぶ彼…。明日からの生活が、とても楽しく感じられ……。
恋という感情に振り回されて。
だけど、二人にはそんな瞬間が何よりも楽しくて。
楽しくて、嬉しくて、ちょっぴり恥ずかしいキスを何度も何度も重ねた…。
もっともっと恋をしよう。
馬鹿みたいでも構わない。
熱い、恋心を燃やしながら…。
(後書き)
こんにちは。ROにべったり染まってしまっているみなるでぃでございます。
いやー、オンラインゲームというのは中毒性が非常に高いもののようで。貴重な時間をひたすら(笑)
これではいかんなーと思いつつも、やっぱり楽しくてプレイしてしまうのであったりします。
そんなわけで少しだけ気晴らしということで、創作活動から距離を置いてみたのですが。
今回のお話では、オンラインゲーではありませんが『楽しい』恋についてのお話を書くことにしてみました。
『悲しい』とか『怒り』とかのシリアスな恋は、どろどろしてしまうのでやめにして。
ほのぼのと『楽し』くて『嬉し』い感じの、ありふれたお話を。
どうでしたでしょか?
※この作品は、ComicRvolutionで発表したものです。