【虚空への唄】
罵ろうが、貶そうが、何だろうが…。
「くそあぢぃ」
とてつもなく暑いことには変わりなく、とめどなく流れ落ちる汗を拭きながら、往人は舌打ちした。
「ちっ。次の町まで、あと二十一キロもありやがんのか」
真夏の強烈な日光はひたすらに、アスファルトに降り注いでは照り返し続ける。
「くらくらしてきた…」
往人にはゆらゆらと揺れる蜃気楼が、地獄の風景の如く感じられた。
(ぎゃーっ! きっもちわりぃ〜! タオルもべとついてきやがった…)
風も、空気も、海も、大地も…植物も。全てが高熱に覆われている。…勿論、外に出る人などいない。
「畜生…」
ただ一人の男を除いて。
(夜になるまでの辛抱だ…)
穏やかに防波堤を撫でる波と、僅かに揺れている道端に咲いた花だけが。
彼の存在を、この世界に繋ぎ止めていた。
「光化学スモッグ警報が出てないだけまだマシってか? ど田舎めっ!」
往人があの町を出てから、既に数日が過ぎている。僅かにあったバス代も尽き…今日も夜明け前からひたすら歩き続けている。
「ふぅ。……にしても、結構来たなぁ」
ふと立ち止まり、振り返る。
「湾の向こうの方…か」
彼がしばらく滞在していた町は、既に海の向こう側に見える距離になっていた。
『ここから出ていく』
『往人さん…』
そう、決意を知らされたとき。彼女…は、瞳に涙を溜めて俯いた。その瞬間だけは、何かが刺さるような…罪悪感にも似た痛い感覚があったが。
(俺には関係ないんだ…な)
往人は義務感に捕らわれるようなことは苦手で、嫌いでもあった。だから彼女…観鈴の思いを振り払った。ただそれだけのこと。
ザザ…っ
「ん…ぐ」
流石に疲れたのか、往人は防波堤に腰掛けてペットボトルの緑茶を豪快にあおった。
(こういう生き方の方が、俺には合ってるんだ)
落ち着きなく、一カ所にとどまることなく、町から町へ、都市から都市へ…。金が無くなれば、適当な仕事を探して日銭を稼ぐ。少しばかり溜まれば、また旅を続ける……。
(流浪の生き方がな)
義務感に捕らわれることが嫌いなのは……。人は、自らが生きるのに他者の協力を必要とする。だけど、彼はいつも一人だったからどうしてもその考えが受け入れられなかった。
(一人でどうにかしてくれ。…関わるのはまっぴら御免だ)
自分だけではどうにもできないような事態に見舞われている者に対し、哀れみを感じると共に、少量の苛立ちを感じてしまう。……誤っている考えだとはわかっていつつも。どうにもならなかった。
(さて)
気楽に、自由に、だらしなく…。誰の制約も受けずに。
(今夜の寝床は、どーすっかな)
蚊の少ないところが無いかなぁ…等と考えながら、熱しられて熱くなったコンクリートの上に仰向けにごろんと寝そべる。
しったこっちゃねぇな。…と。
彼は自分に言い聞かせるようにして、心の中で自問した。
偽りで有ろうと無かろうと。
(やはり、俺は俺でしかないってことか)
本心であることに変わり等無いから。
(過去の自分がどうであったか。前世がどうだったか。…はぁ? なぁんてね)
使命感なんて持つ気はない。自分には関係がない…と。
(はた迷惑なことこの上ないな)
彼は、彼だけのモノ。
(面倒なのは、御免だ…)
彼女の『それから』……。
ぱたぱた、ぱたぱた
「一枚、一枚…」
ぱたぱた、ぱたぱた
カードを並べては、思い通りのところを押さえ込む。
「観鈴ちん、強い♪」
ひたすら繰り返し…。
「これでお終い…だよ」
ただそれだけ。…手元に残されていたカードが、全部畳の上に伏せられて。
ばさっ!
「……………ふぅ」
無意味にも思われる、長い時間…。
「飽きちゃった…な」
彼女の夏休みは、長すぎて。
「……………ふぅ」
あまり広くもなく、締め切った蒸し暑い部屋の中で……。膝小僧を抱え、うずくまる。
(もう……。何も考えたくない…な)
カッチ、コッチ……。時計の音が妙に大きく聞こえる部屋の中で…。
ころん、ころん。
小波のように、小さく繰り返す寝返り。
(私…。ちょっぴり、疲れちゃった)
涙を抑える気力すらなくて。
(……)
無限に広がる…虚空への憧れ。。
(どこですれ違っちゃったのかなァ…)
一緒にいて欲しかった人への想い……。
翼を持った…鳥に憧れて。
(外に出てみよっ……と)
さらさらと吹き付ける風。夕暮れ時の海風はほんの僅かに涼しく、せめてもの優しさにも感じられた。
「夕焼けが綺麗だよ〜♪」
今までの憂鬱な気分もどこへやら。両手を思いっきりぐぐっと伸ばして深呼吸。
「ねっ。往人さん」
「…」
ぶすっとした、無愛想な表情で頷きながら。ぷいと顔をそらす男。
「にははっ♪ おかしな往人さん」
びしっ!
「うるさい」
「が、がお…。折角、嬉しかったのに……」
空手チョップを額にくらって、涙目になる観鈴。
「偶然だ」
俺は偶然この街に立ち寄って、この防波堤の上で一休みしていただけだ。……ぶっきらぼうに、ひねくれた言葉。
「それじゃ、はじめまして…だね」
「あぁ」
かつて、何処かで出会ったことがあるかもしれない人。……再会の挨拶は…はじめまして。
けれど。
「何てお話……。ロマンチックだよね……」
夢想は夢想に過ぎなくて。
(往人さぁん……)
彼はもう、戻ってこない。
(観鈴ちん…頑張らなきゃ)
寂しさの涙がぽたぽたと、防波堤のコンクリートに落ちた。
空高く、こみ上げるかのように巨大な入道雲。
(もう一人の自分…も、泣いてるのかな?)
『そら』の中にいる自分は……。
(歌でも歌お……。そうすれば…)
ずっと、彼女の心を縛り付けていくから…。
(そうすれば…元気になれるかもしれないから……ね)
だから
せめて。最後だけは……幸せな夢想を………。
End
(後書き)
初公開のAirSSは、ちょっぴりしんみりシリアス系になりましたが、いかがでしたでしょうか?。
お話のシチュエーション的には、観鈴シナリオのバッドエンド後というところです。
何故このよーなお話になったのかというと、輪廻転生に対するアンチテーゼネタが浮かんだからなのでありますが。
定められた運命などが存在しないように、前世とも云えるような昔に想い合っていた人同士が。
数年・数百年を経て再び結ばれる必要は、必ずしも無いと思えるのであります。
遺伝子情報は受け継いだとしても、人の個性は一人一人オリジナルなわけで。
このお話の往人君のような『過去の自分がどうであったとしても、俺は別だ』てな考えも、一つの答えとして考えられるのではなかろうか、なんて思ったのでした。
……色々小難しいこと云っちゃいましたが。結構痛めのお話だったかな?(^^;)
てなわけで、ご意見ご感想は。BBSの方に是非是非よろしくお願いいたします〜。
次回もお楽しみにっ!(>▽<)