【想い出の夏祭り】
皆さんこん**は。
毎日暑くて夏真っ盛りですね〜(^^)
僕もこの季節には色んな想い出がありますが、皆さんはいかがでしょうか?
これは、ある二人の物語です。
それではごゆっくりどうぞ…。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ヒュ〜〜〜!
ドドォォーーーンッ!
鮮やかな光と共に、夜空を彩る花火…
華やかで、艶やかで
でも、一瞬で消えてしまう
その様子が楽しくて
ちょっとだけ、寂しくて
いつも僕の心をワクワクさせてくれた。
「次はまだかな?」
待つ時間が物凄く長く感じられて…
うずうずした心は、誰にも止められなかった。
そして、静寂の後に
ヒュゥゥゥゥ〜〜〜〜〜〜〜〜ンッ!
パッ!
ドドォォォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!!
「わあああっ!癪玉だぁっ!」
再び少年の心は踊り出す
それは…
過去も今も、変わることはない。
ただ一つ
『忘れる』ということを除けば。
ドーン!、ドーン!
いつもは静かな街に、太鼓と笛の音が響く。
よく耳を澄ませてみれば、近所の神社から聞こえてくるようだ。
俺は好奇心という名の野次馬根性で、近くまで行ってその様子を見てきたが、どうやら明日。年に一度の夏祭りがあるらしい。
今日はその準備ということで、大勢の人が広い境内を埋め尽くし、作業を続けていた。
久しぶりに見たその風景は、子供の頃の感覚を思いださせてくれた。
(夏祭りか。随分と行っていないような気がするな。…まぁ、俺がこの土地のことをよく知らないせいもあるんだろうけど)
急に昔が懐かしくなり、かつて住んでいた場所の想い出が、脳裏を過ぎった。
子供の頃、ワクワクしながら時を待った想い出。
前日など、時の流れが止まったかのようにもどかしくて、わざわざ神社まで見に行ったこと。
祭りが始まれば、親から貰った小遣いを握りしめ、早足で駆けていったこと。
そこには、色とりどりの露店が軒を連ね、多くの友人達がいた。
みんな楽しそうな顔して、訳もなくはしゃいでいた。
(俺達の興味はほとんど食い物屋で、踊りなんか全く見てなかったけど、本当に楽しかったな。ふふッ)
思わず笑みが出てしまう。
一年にたった一回限りの、馬鹿っ騒ぎ…。
台風や体調不良などで行けなかったときは、悲しくて悲しくて泣いたことを、今でも忘れることができない。
(たこ焼きに焼きそばに、バナナチョコなんてものもあったな。他にも他にも…色々遊んだなぁ)
親から貰った小遣いなど、あっという間に無くなってしまい、慌てて家に帰り、ねだった想い出。
(あ、食い物以外にも一つだけ、面白いことがあったな。近くの河原でやってた花火大会が…)
かつて祐一の住んでいた家の近くには大きな河原があり、そこで毎年行われる花火大会は、数万人を集めるほど規模の大きなものであった。
(俺はいつも、少し離れた高台で見ていたんだっけな。河原はすごく暑いし、人が多いから。それに、見知った連中もみんなそこにいたっけ)
思い出せばきりがない。
自分の心から失われてしまった思いで。
祐一は、望郷的な感情がわき上がり、押さえきれなくなっている自分を覚え、いたたまれなくなった。
(たまには行ってみるか。今年は…名雪を誘って)
そう思い立ち、足早にその場を立ち去る。
街が夕焼けのオレンジ色に染まる中、祐一は家路を急いだ。
・
・
・
「名雪。明日、何か予定あるか?」
夕食の最中、俺は名雪にそう切り出してみた。
「え?特に何もないけど。どうしたの?」
「いや。明日、一緒に夏祭りに行かないか?って誘おうと思ったんだが…」
「本当?私、嬉しいよ〜」
「あらあら祐一さん、デートのお誘いですか。二人とも仲が良くて嬉しいわ。ふふふふ」
「で、大丈夫なのか?」
「勿論だよッ!すごく楽しみだよ〜。えへへ」
名雪は子供のように楽しそうだ。
育った土地は違えど、感じることは一緒なんだな。
ちょっと嬉しかった。
「でも私、お祭りなんて殆ど行ったことがないから、色々教えてね。祐一」
「おおっ!任せておきなさい!」
そういうことは、夏祭り専門家の相沢祐一君にお任せあれだぜッ!
心ゆくまで楽しもうぜッ!
「あう〜、祐一。『お祭り』って何?」
「なんだ、真琴は祭りのこともしらんのか。屋台とかがいっぱい出店して、美味い物がいっぱい売っていて、しかも綺麗な花火も見られるという、一年に一回きりの馬鹿っ騒ぎさ」
「肉まんも売ってるのかな?」
「…さすがに肉まんは無いと思うぞ、真琴よ」
「う〜、美汐に連れていってもらう…」
真琴は、肉まんがないと聞いてちょっと残念そうだが、それでも楽しそうだ。
ただ、あの、ちょっとおばさんっぽい天野が一緒に行ってくれるのかどうか?
俺は疑問だぞ!真琴よ。
「物腰が上品と言ってください!」
「ぬおっ!?いつの間に…」
「真琴を誘いに来ていたんですよ」
「あう〜、美汐。一緒に行こうよ〜」
「ええ。楽しみですね。真琴…」
お前はゴル○13かッ!
あ〜、びっくりした。
「背後にいきなり『ぬっ!』と現れるな!天野よ…」
「そういう性格なんですよ」
「ふふっ。みんな楽しそうですね」
その様子を見て、嬉しそうに微笑む秋子さん。
「秋子さんも一緒にどうですか?」
「御免なさい。残念だけど、明日はお仕事の予定が入ってしまって」
秋子さんは、心底残念そうだ。
秋子さんの浴衣姿を見たかったのに…。大人の魅力を見たかったのに…残念。
「祐一さん、名雪をよろしくお願いしますね」
「お母さん。私、浴衣着ていいかな?」
「ええ。出しておくわね。名雪」
「うんッ!」
祭りは明日の夜からだというのに、名雪は本当に楽しそうだ。
ま、俺もすごく楽しみだけどね。
その日の夜は、興奮してしまって、あまりよく眠れなかった。
(小さい頃も同じような感覚をしていたんだなぁ。俺、全然変わってないな。ふふっ)
・
・
・
そして、翌日の夕方。名雪は部屋で浴衣に着替えていた。
俺はもう既に用意ができていたので、一人廊下で待っている。
今日もかなり暑い。じっとしているだけで体が汗ばんでくる。北国の夏は短いが、それでも暑いということは全国共通のようだ。
しばらく待った後、浴衣姿の名雪が部屋から出てきた。
ぱたん…
赤紫色の艶やかな浴衣姿に、髪を上げうなじから日本人女性特有の色っぽさを醸し出している。俗世間にまみれていない、清純な色っぽさを。
普段接している少女の面影と、その色っぽさが相反して、更に大人っぽく、魅力的に感じた。
「ゆ、ゆういち。どうかなぁ。…私の浴衣姿」
ちょっと恥ずかしげに、『祭』の文字が入った団扇(うちわ)で口元を隠し、頬を赤らめる名雪。
多少心配そうな目で、俺の返事を待つ。
そんな彼女が愛らしくて、俺は上せたように動けなくなってしまい、しばらく見とれていた。
「かわいい…よ。本当に、綺麗だ」
俺の口から、自然に素直な言葉が紡ぎ出されていった。
「え?あ、ありが…とう。嬉しいよ〜、祐一が誉めてくれて…えへへへっ」
本当に、心の底からの言葉だった。皮肉や冗談の全くない、心からの言葉。…可愛くて…思わずじっと見つめてしまう。
「そ、そんなに見つめられたら、恥ずかしいよ。祐一〜」
恥ずかしさか、更に顔を赤くして、俺を責める名雪。
「あ。ごめん」
「祐一、いこ…」
「ああ」
名雪は俺の腕を取り、楽しそうに微笑み、その場を離れる。
今夜は楽しい思い出になりそうだ。そんな予感が更に高まってきた。だって、一番好きな女の子と一緒だから。
・
・
・
「ゆういちッ!はやくっ、はやくいこうよ〜!」
名雪は俺の手を取り、慌てたようにかけ始めた。
普段あれほどマイペースな名雪が、珍しく俺を急かしている。
「おいおい、そんなに急ぐと転ぶぞ!」
と、言うや否や
ザザッ
「きゃっ!」
ガシッ!
「おっと!」
「ほら、いわんこっちゃない」
「ご、ゴメンね、祐一〜」
名雪は、草履に足を取られ、転びそうになってしまった。
俺は思わず、名雪を支え抱きしめた。強く抱きしめたら折れてしまいそうなほど、繊細な体を。
慣れない浴衣と草履は、非常に歩きにくく、駆けたりするものなら、危なかしいことこの上ない。
俺は、やれやれといった感じで、話しかけた。
「急いだって祭は無くなったりしないよ」
「そうだね、えへへ」
悪戯っぽく舌を出し、微笑む名雪。
「なんだよ、やけに嬉しそうだな」
「当たり前だよっ。だって、祐一と一緒にデートだもん!祐一と一緒に行く、初めてのお祭りだからだよ〜」
無邪気に喜ぶ名雪。
そういえば、一緒に祭に行くのは初めてなんだな。こんなに喜んでくれて…誘ってみて本当に良かった。
思わず俺も嬉しくなる。
「そうだな。急ごうか」
「うんっ!」
タッタッタッタッ!
俺は、名雪が転ばないように支えながら、駆け始めた。
そして、徐々に人が多くなり、祭囃子も大きくなってきた。
・
・
・
「わぁ、お店がいっぱいあるね〜」
ここら辺一帯の人が集中して来るらしく、境内は人の波で溢れていた。
威勢のいい祭囃子(まつりばやし)に、紅白の鮮やかな提灯(ちょうちん)や行灯(あんどん)。色とりどりの露店…。
昔も今も、何も変わることのない風景が、そこにはあった。
「ゆ、ゆういち。腕、掴んでいいかな?はぐれちゃいそうだから…」
「ああ、いいよ…」
名雪はその雰囲気に圧倒され、ちょっと心細いのか、俺の腕をギュッと掴んだ。
「さて、まずはどこに行こうか?」
こう広いと、どこから行こうか迷ってしまう。
「ん、祐一が決めていいよ」
「そうか。…おっ、かき氷売っているよ。早速食べましょ〜かね」
俺の目に最初に飛び込んできたのは、かき氷の屋台だ。
祭に行ったことのある人なら、誰しも一度は口にしたことがあるだろう。
正に夏の風物詩ってところだな。
色とりどりのシロップが目に入り、シャリシャリと氷を削る機械の音が聞こえてくる。
古今東西、青のブルーハワイ、ピンクのイチゴミルク、緑のメロン、黄色のレモンと、相場は大体決まっているようだが、ここもその例に漏れないみたいだ。
まぁ、他の味をよく知らないだけなんだけど。
「私はイチゴミルク味が一番好きだよ〜」
言うまでもなく、名雪はイチゴミルクのようだ。
「俺はやっぱりブルーハワイが一番だな」
俺はあの、原料名がよく解らないという、深い謎に満ちたシロップが大好きだ。
味も謎に満ちているしな。
自分の天の邪鬼な性格もあるんだろうが、どちらかといえば、メジャータイプよりも、そういったちょっとマイナー系好みな嫌いがあるようだ。
なんか、作者とそっくりで気に食わねぇぞ!
(作者:ほっとけ! TT)
「おっさん、イチゴミルク味と、ブルーハワイ味を一つづつくれ!」
俺は早速、店のおっさんにかき氷を注文した。
「あいよっ!おっ!?そっちのおねーちゃん可愛いから、おまけしておくねっ」
「えへへ、ありがとう。嬉しいよ〜」
…っ!!
でたな!
『おねーちゃん可愛いから、おまけしておくね』商法!
これこそが人情っ!
屋台の醍醐味の一つだぜ!
人呼んで、虎さん商法ッ!!
極力効率を求めようとする、現在の商法と違って、こういった古風でアナログ的なやり取りも、決して捨てたものではないと思うな。
儲けとかを度外視した商売方法だが、客にとってはそういう心遣いは物凄く嬉しいものだ。
ただ、美人の女性が一緒にいない限り、なかなかおまけしてくれないということもまた、事実ではあるが。
ともかく、名雪の姿を見つけたおっさんは、氷を多めにしてくれて、シロップもたっぷりとかけてくれた。
ちょっと得した気分だねッ♪
シャリシャリ…
「う〜ん!とれびあ〜ん♪…やっぱりかき氷はブルーハワイ味だぜッ!このよく解らない味に、深い謎に包まれた原料名。着色料をたっぷりと含んだ鮮やかな青!!ああ、最高だね〜、はっはっはっは〜」
ストロータイプのスプーンを口にして、余は満足じゃ。
「…祐一。考えがちょっと偏ってるよ〜」
「ぐはっ」
しみじみとした名雪の鋭い突っ込みに、思わず体を『グサッ』とやられたような気がした。
「そんなこというなら、お前のイチゴミルク、ちょっとよこせっ!」
反撃は実力行使だぜッ!
「あっ」
サッ!
パクッ!
「ふむふむ、やっぱりイチゴミルク味はまともな味がして美味いな〜」
め〜にも止まらぬ早業で〜、投〜げるストローストライク〜っと♪
おいしいおいしい。むふっ♪
「祐一、ずるいよ〜、私も祐一の食べるもんッ!」
パクッ!
「あっ、こらっ!!」
「仕返しだよ!」
「お前のもう一口よこせッ!」
パクッ!
「あ、駄目だよ〜!」
…。
・
・
・
そんなこんなでお互いに奪い合いをしていくうちに、俺達はかき氷を食べ尽くしていた。
「かき氷、おいしかったね」
「そうだな」
空になった容器を近くのくずかごに捨て、俺達は歩き始めた。
人間、最低限のマナーは守るべきだ。そう考えると俺も結構、まともな人間だなぁ。
場の雰囲気を汚したくないという、多少のプライドくらいは持ち合わせているからな。
今の世の中、それすら持ち合わせていないという悲しい人間が多いから、尚更そう思う。
さて、次はどこに行こうか?
まだ時間はたっぷりある。心ゆくまでこの雰囲気を楽しんでいきたいから、もっと色々見ていこう。
「あっ!祐一、あれは何かな?」
しばらくして、名雪は何かを見つけたようだ。
「あれは・・・輪投げだな」
人混みをかき分けるように進み、店の前に立った。
そこには色とりどりの商品が並んでいた。
真剣な顔をした子供や、浴衣姿のお母さんから熱い眼差しを受け、汗をかきながら狙いを絞っている眼鏡のお父さんもいる。
遊びとはいえ、結構プレッシャーがかかるゲームだからな。
「一回50円か。地方都市は物価が安くて助かるぜ!」
「祐一、輪投げ上手いの?」
「昔結構ハマった方だな。毎年祭が近くなると、よく仲間内で作った『わっか』で練習してさ。実際に大きなトロフィーを取ったりして英雄気分を味わったものだよ」
そう思うと、店の親父泣かせのガキだったかもな。
「ふ〜ん。…じゃあ、あれ取れるかな?」
そういって名雪はある商品を指さした。
それは、猫の装飾を施したピンク色の、女の子向けの可愛らしい腕時計だ。
ホントに猫が好きだなぁ。名雪は。だが、その腕時計には台座が付いていて、ちょっとばかり手強そうで、なかなか侮れない。
祭の輪投げは、わっかが商品に引っかかっただけでは駄目で、下まで落ち切らないと、商品はもらえないのだ。
後少しという、惜しいところまで行って、思わず悔しい思いをしたことが何度と無くあったことを思い出した。
「昔の感覚を覚えていれば、楽勝だと思う…」
ガキの頃は、あれくらいの商品をバンバン取っていたと思う。だが今は、正直自信が無い。
「祐一〜。私、あのネコさん腕時計欲しいよ〜、ねこねこねこー…。お願い取って〜。ねっねっ?」
名雪はその腕時計がよほど気に入ったようで、欲しくて欲しくてたまらないみたいだ。
う、そんな縋り付くような目で俺を見ないでくれぇ…プレッシャーがぁぁぁぁぁぁッ!!
「わ、わかった。こうなったらやってやるぜ!」
ここで断ったら男が廃る!
失敗なんか恐れずやってやる!
頼むぜ、昔の感覚を覚えていてくれよ!俺の身体よ。
「おっさん、一回頼む!」
「あいよっ。頑張ってな兄ちゃん」
「祐一がんばって!」
パサッ
店の親父から手渡されたわっかのストックは五つ…。
この数字は決して多からず、少なからずなのだ。
縁日のゲームというのは、規模は小さいのだが、ギャンブル要素が多分に含まれているから要注意!
『たった○○円』等とは、決して思ってはいけない!
『塵も積もれば山となる』という諺の通り、熱くなればなるほど、予算を削られていくものだから、絶対に馬鹿にしてはいけない。
事実、俺も経験がある。
一つの玩具を目当てに熱くなって千円、二千円とつぎ込んでしまったことがある。
今考えてみれば、阿呆なことをしたものだ。
大きくなって、金が欲しくなったときに幾度と無く『ああ、あのときあんなに使ってなければなぁ』なんて嘆くほどだ。
まあそんなことはどうでもいい!
今は無駄なことは考えずに、精神集中だッ!
「…よし」
いくぞ!
シュッ!
カラン…
「あ〜ん、惜しいよぉ祐一…」
ちっ、引っかかって台座の下まで行かなかったか。
でも、外れはしたが、狙いは的確だ。
後少し誤差を修正すれば、なんとかなる!
第二射目!
シュッ!
カラン…
「う〜、もうちょっとなのに〜。…祐一。ふぁいとっ!だよっ!」
名雪も心底悔しそうだ。
くそっ!またしても台座に引っかかりやがったか。
さっきより下には行ったんだが…。
むうう、焦るな焦るな!
戦いはまだこれからだぜ。
第三射目!
シュッ!
入れぇッ!
思わず心の中で叫ぶ!
カランッ…カラカラ………パタンッ!
やった!
見事に台座の下までわっかが落ちたぜ!!
「やったぁ!祐一すごいよ〜ッ!!」
バフッ!
嬉しいのか、名雪は俺に抱きついてきた。
「ふ、ふふふ。…やったぜ!」
そのまんま、三度目の正直だ!
俺は見事腕時計をゲットして、周りから尊敬の眼差しを受けていた。
「えへへ。ネコさん腕時計可愛いよ〜。祐一、取ってくれてありがとう。大好きだよ〜!」
チュッ!
「あははは…」
名雪は喜び勇んで、俺の頬にキスをしてきた。こんなに喜んでくれるとはなぁ。
名雪が喜んでくれたのが一番嬉しかった。
やってみて本当によかったよ。
遊びの技術も、そうそう捨てたものではないな。
こんな時は役に立つってことがよ〜くわかった気がする。
「さて、次はどこに行こうか?」
「祐一と一緒なら、どこだって楽しいよッ!」
名雪はネコ付きの腕時計を身につけて、ますますご機嫌みたいだ。
よぉし、今夜は一緒に遊び通すぞ!
・
・
・
そうして、かなりの時が過ぎ去った。
あれから俺と名雪は他にもいろんな店をまわった。
焼きそばに、たこ焼きに、あんずあめに、ヨーヨー釣りに、焼きトウモロコシに、イカ焼きに。金魚すくいに、射的に、ルーレット煎餅に、フランクフルトに。
殆ど食べ物ばかりだったが、思いつく限りのところを巡り、幼い子供のように心ゆくまで楽しんだつもりだ。
「…だからさ、あのバナナチョコは殆ど運のようなものなんだよ。好きな色が食べたいときは運に天を任せるのさ」
「ふ〜ん、そうなんだ…」
俺達は、先ほど食べたお菓子の話をしながら、夜道を歩いていた。
バナナチョコレートとは主に、黒、緑、ピンク色のチョコレートをバナナの表面に塗りつけたものである。
食べたいものを客が勝手に選べるわけではなく、パチンコをして出た番号によって色が決まるというランダム要素の強いお菓子である。
名雪は相当くじ運が強いようで、ピンクのイチゴ味をちゃっかりゲットしていた。
まぁそんなことを話しているんだが…。
今日一日、祭に関することで、俺が知っていることは殆ど名雪に話していた。
といっても、引っ越す前の土地のことだから多少の違いはあるんだけど。
名雪は相変わらず楽しそうに聞いてくれる。
「ちょっと、休んでいかないか?」
「うん。そうだね」
俺は、通りからちょっと外れた道にベンチを見つけ、少し休憩することにした。
近くの店で買ったラムネを名雪に手渡し、座った。
「ゆ、ゆういち〜・・・これ、どうやって開けるの?」
「あん?ラムネの開け方か?」
「ビー玉が入ってて飲めないよ〜」
「これはな、蓋の上にくっついていた凸型のプラスチックで…蓋代わりのビー玉を、中に押し込むんだ。こんな風にさっ!」
カチッ!
ポンッ!
プシャァァァッ!!
試しに、俺のラムネでやってみせる。
「わぁ〜、祐一〜!泡がいっぱい吹き出してるよ〜!」
「これはそういうものなの!」
「そうなんだ。ね、このビー玉、貰っちゃっていいの?」
「ああ。欲しかったら俺のもやるよ」
「ありがとう。わ〜い、嬉しいな。えへへっ」
ポンッ!
…つくづく、安上がりなヤツ。
わずか百円くらいのもので、ここまで喜ぶ女子高生なんて、今時珍しいな。
ま、名雪らしいけどさ。
「祐一…。今日はいっぱい遊んだね」
「殆ど俺が行きたいところに行っただけなんだけどな」
次はあれをやりに行こう。
俺がそういうと、名雪はいつも『うんっ』と元気よく頷いてくれた。
「ううん。そんなことないよ、私すごく楽しかったよ」
「本当は、ここに来る前は、もっともっといっぱい遊んだものなんだけどね。夏祭りの季節になると、街中の神社に仲間と一緒に毎晩出没してさ。ははっ、ガキだったなぁ」
「ふうん…」
名雪はちょっとばかり寂しそうな表情をした。
「名雪、どうした?」
「私…。祐一のこと、ホントは何にも知らないんだね…」
何気ない一言だった。
ポロッ…
「名雪!?」
俺は名雪が涙を流していることに気づき、動揺した。
「あ、あれ…?どうして…どうして涙が出るのかな?」
名雪も、自分の異変に気づき、動揺している。
「う、嬉しいのに。…楽しいのに。…や、やだ……涙が止まらないよぉ。う……ひっく…ぅぅ…ぐすっ」
「名雪っ」
「ご、ごめん。ごめんねぇ…祐一。…せっかく…せっかく誘ってくれて…連れてきてもらったのに。…わたし……わたし……こんな……ぐすっ」
名雪は、自分の意志とは無関係の涙に戸惑い、必死に止めようとしている。
「ど、どうして?……どうして涙が止まらないの?…やだっ!……イヤだよっ!……うっ………ぐすっ。…やぁぁ……わたしのばかぁ……ぐすっぐすっ。……うっ」
スッ
「名雪、ごめん」
俺はいたたまれなくなり、名雪の身体を優しく抱きしめた。
「ぐすっ。どうして?…どうして……祐一が謝るの?」
「その涙の原因は…俺にあるのだから」
「ち、違う。…違うよ。ぐすっ………この街にいない時の祐一を……ぐすっ……知らない私が。……勝手に寂しがってるだけ…だよ。…祐一は何も悪くないよ……ぅっ」
俺は、名雪の言葉を遮るかのように、続けた。
「…名雪と離れていた七年間。お前がくれた手紙は全部読んでいたんだ。それなのに、あえて返事を書かなかったんだ」
「祐一…」
「いくら悲しいことがあったからって、お前の気持ちを踏みにじって。…この街を…お前を拒絶し続けていたんだよ…俺は」
「…」
「夏祭の思い出だって、もっともっと沢山…山ほど。腐るほどあるんだ。本当はそれを、今までだって伝えることはできたんだ」
ぅっぅっ、という嗚咽が断続的に聞こえる。
俺は決して優しくなんかない。
「サイテーだよな。俺はさ」
「…」
「何を言っても言い訳になっちまう。謝っても謝っても嘘っぽくなっちまうな…」
「そんなこと……。気にしてないよ…わたしは…。ぐすっ」
「でも。ごめんな…名雪」
「わたしと一緒にいないときの…祐一の楽しいお話をいっぱい聞いていて。もう昔には戻れないのかな?って…そんなことを考えちゃったから、涙が出ちゃったんだよ。…祐一は悪くないよ。…何も……うっ」
昔…か。
俺と名雪が一緒にいたのは、冬の間だけ。夏の想い出なんて、まだ何もないんだ。
その寂しさが、名雪の涙の原因なのだろうか?
…いや、結局は俺のせいだな。
いつもいつも。名雪を寂しい目に遭わせてきた
俺の…
チュッ!
「あ。ゆういち…ぐすっ」
俺は無意識のうちに、キスをしていた。
泣きじゃくる名雪の唇に、優しいキスを。償うのが不可能なら、名雪の寂しさを埋めてやりたい…。
もしかしたら、そんなことでさえ傲慢かもしれないが。俺の身体がそう判断したのだろう。
このキスは。
そして、その瞬間。俺の頭には、一つの考えが浮かんできた。かなり身勝手な考えではあるけれど。
「名雪、ちょっと引き返そう!」
「え?」
突然の俺の言葉に、名雪は驚いたようだが、俺は構わず続けた。
「露店で花火売っていただろ?一緒にやろうぜっ!」
「う、うん」
「これから花火大会もはじまるしさっ、いっぱい買ってみんなで一緒にやろうぜっ、家の庭でさっ!!」
言うが早いか、俺は名雪の腕を取り、全速力で駆けだしていた!
今ならまだ間に合う!
ダダダダッ!
「ゆ、祐一〜、待って〜〜〜〜!!はやいよ〜〜〜〜〜〜〜」
「無いのならこれから作ればいいんだよっ!」
名雪の悲鳴に対し、俺は叫んでいた。
「えっ?」
「想い出をさっ!」
「うんっ!…そうだねっ!」
名雪の涙は
もう乾いていた。
その後には、相変わらずの
いつもの笑顔が。
食べ忘れていた綿菓子も
一緒に買って。
全部、これから始めよう!
時間はたっぷりとあるんだ
焦る必要なんてない!
だって…
俺はどこにも行かないから
名雪の側にいるから
いつまでも
いつまでも。
夜空に輝く花火は
まだ
始まったばかりだから!
(おしまいだよっ♪)
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
(後書き)
夏の季節のお話、復刻版です。
名雪と祐一の想い出は冬の間だけだから。夏の想い出も作って欲しいなぁと。そんな思いで書いた作品です。
夏の想い出は誰にでもある、素朴なもの。
二人の幸せな様子が伝わっていたら幸いです(^^)