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美佐枝さん奮戦記










「あんたたち! いい加減に……」

 今日も男子寮には彼女の叫びが轟く!

「しなさ〜〜〜〜いっ!」

 その発生源は云うまでもなく、男子寮の寮母さんこと相楽美佐枝。元気に叫ぶと同時に屈強な男にヘッドロックをかけて攻撃する。

「ぐもももも! ぎ、ぎぶ……ぎぶ! みさえさ……ろ、ろーぷろーぷ……」

 主にラグビー部員を中心とした、脳内にも筋肉が詰まっていそうな連中は美佐枝によって片っ端から締め上げられてダウンしていく。その攻撃は鋭く固い。お世辞でもなんでもなく逃げ出すことなどできず、男連中は本気で泡を吹いて目を回していた。

「ったぁく! ちったぁ反省しなさいってぇの!」

 ため息をつきながら、どすどすと音を立てて部屋を出て行くのだった。後に残されたのは男連中の死屍累々。その貫禄からは、本人曰く『昔は清楚な美少女だった』というような雰囲気など想像も付かない。





今回彼女が怒っている原因とは?





「やあ。相変わらず、やってるね」

「あ? ……あ〜ら、岡崎くんっ。ごきげんいかがかしらっ?」

 背後から朋也に声をかけられて、とてつもなくわざとらしく笑顔をつくってみせる。いつものよ〜に、朋也は春原の部屋へとやってきて、美佐枝と鉢合わせしたのだった。

「美佐枝さん。笑顔が引きつってるよ」

「あ……あははは。やっぱりねぇ。わかる、わよね」

 もはやわからないわけがない。お決まりのパターンと化していた。

「今度は何? 連中、何やったの?」

「聞きたい? 相変わらず馬鹿馬鹿しい理由だけど」

「うん。一応」

 そして、深くため息をつきながら説明するのだった。

「あいつらは……。何人も集まってパソコンを持ち込んで、エッチなゲームを大音響でやって大騒ぎして……」

 案の定、とてつもなく馬鹿馬鹿しい理由だった。朋也がくすくすと笑っていると……。

「最近こんなんばっかりなのよ。っとに勘弁してほしいわねぇ」

 流石に、元気な美佐枝も辟易としているようだった。

「おやおや? お二人さん、廊下で密会?」

 会話が聞こえたのか、にや〜っといやらしい笑みを浮かべた春原が部屋から出てきた。

「あんたはあんなことやんないわよね?」

「へ?」

 何のこっちゃ、といいたげな春原だったが。

「ああ、春原。この前買った『美人巨乳寮母さんと一緒』はどうだった? ボイスもシナリオも絵も全てがえろいえろい大騒ぎしてたよな?」

「……っ! こらぁっ! あんたもかぁっ!」

 それを聞いた美佐枝はぷるぷると震え、目にもとまらぬ早さで春原の背後に回り込んでヘッドロックをかけて締め上げた。

「いいい、いでででいでいでいででで! みみみ、美佐枝さんごごごごめんなさいいいいいっ!」

「もうしないっ!?」

「じ、じまぜ……ん……」

 訳も分からずにぎりぎりぎりりと締め上げられ、春原は涙を流しながら廊下へと崩れ落ちるのだった。

(ああ……。また、シロをクロにしてしまった……)





……





「何? じゃあ僕は……」

「俺によってまんまと濡れ衣を着せられたわけだ」

 雑誌をぺらりとめくりながら、どーでもよさげに答える朋也。

「あのね……」

 反省する様子、ナッシング。春原もさすがに呆れ果てていた。

「それにしても最近、美佐枝さんの怒鳴り声が引っ切りなしに聞こえるよね。前からそうだったけど、最近特に多いような気がする」

「そういえばそうだな。連中も、美佐枝さんにちょっかいかけるのも程々にしろと……。って、そうかっ!」

 朋也は何か重要なことに気づいたらしい。

「お前。さっき美佐枝さんに締め上げられてるとき、何かを感じなかったか?」

「え? 冗談抜きに苦しかったけど、何故かふわふわするほど気持ちも良くて、一瞬お花畑が見えて、死んだおばーちゃんが河の向こうで微笑んでいたような……」

「馬鹿! そんなんじゃない! さっき美佐枝さんはどんな攻撃をしていた!?」

「僕の背後から腕回してヘッドロックをかけていたけど……?」

「それだ! やっぱり連中はそれを狙って……!」

「え? え?」





何のことかさっぱりわかっていない春原を放っておいて、朋也は美佐枝の部屋へと急ぐのだった。





「美佐枝さん。いる?」

 いてもたってもいられなくて、朋也は美佐枝の部屋のドアをこんこんこんこんこここここんと連打しまくる。

「はいはい。今開けるから」

 中からは疲れ切ったよ〜な美佐枝の声。無理もない。さっきまでひたすら男子連中と格闘していたのだから。

「どしたのよ? そんなに慌てて」

「い、いや。その……あの」

 美佐枝はじと〜っとした目でにらみつける。何しろ今の朋也は、美佐枝の部屋へと上がり込んでぜーぜーはーはー云ってるのだから。美佐枝はどこか貞操の危機を感じて警戒しているのかもしれない。

「わかったんだ。連中が何で最近、美佐枝さんへのちょっかいばかりかけるのか」

「ふ〜ん。どうしてなの?」

「最近美佐枝さんさ、連中を懲らしめる時。攻撃を打撃系から組技系に切り替えたでしょ? あれだよあれ! あれが原因!」

「何のことよ?」

 朋也はかなり云いづらそうにしながらも、思い切って云った。

「つ、つまり……その……。み、美佐枝さんのび、びっぐなおっぱいが連中の背中や頭にあたってふにふにして……だから連中は、苦しくても癖になってしまったんだ!」

 云ってから朋也は気付いた。表現的に思わず春原の影響が出てしまった、と。それはともかく……つまるところ、どいつもこいつもワザと悪さをして美佐枝とのスキンシップを望んでいたのだった。美佐枝の柔らかな胸の感触が忘れられなくて……思わずと云ったところ。

「……」

 云われて見たら、そうかもしれない。と、彼女は思った。朋也に云われるまで、全然意識していなかったから、そんなことになっていたのだった。

「……はは。何よ。そんなこと」

 男子寮の連中が皆、自分を女として見ていると改めて知って、ため息をつく。

「そう、よねぇ。あたしみたいな娘が連中みたいな馬鹿力を締め上げるなんて、無理……よねぇ」

 連中がその気になれば、自分など簡単に締め上げられていいようにされるだろう、と……そんなことを思ったら、何故か心細くなってしまった。

「まあでも。大丈夫、だよ。……連中、あれでも純粋に美佐枝さんの事が好きなだけだから」

 苦笑がこみ上げてくる。それはちょっとだけ嬉しさのこもった、呆れにも似た感情。

「馬鹿、ねぇ。あたしなんかより若くて、可愛くて、素敵な娘なんて学校にいっぱいいるでしょうに」

「それは、違うよ。美佐枝さんだから。その……美佐枝さん、魅力的だから。だから連中も、俺も……」

 ずっと触れないでいた話題を思い出してしまう。朋也は今も本気なのだった。その言葉に嘘偽りは微塵もない。だからこそ、しつこいほどに告白を続けるのだけど、彼女はなかなか受け入れてくれない。

「岡崎ぃ。あたし……さ」

 視線を逸らし、自嘲気味に微笑みながら云った。素っ気なかった態度も今では微妙なものへと変わっていき、美佐枝にとって朋也が相当心理的影響を与えているのは事実なのだった。

「そのうち。あんたのこと信じて、本気にしちゃうわよ?」

「そのうちなんて云わず今すぐ信じて本気にして欲しいんだけど」

「……。あたしは、馬鹿だから。今はまだ……無理」

 美佐枝は自分を嫌で我が侭な女と自覚しつつ、まだもう少しだけ朋也の優しさに甘えていたかったのだった。いずれ結論は出ることだろうけれど、あえて今は曖昧な関係のままでいて欲しかった。

「俺も馬鹿だから、美佐枝さんがその気になるまで待つ。それにさ。思いっきり結構脈あり……っぽいし?」

「ふふ。ありがと……」





ぽろりと涙が一粒こぼれて





美佐枝は朋也の顔を胸に埋めて、優しく抱きしめた。





 シャツの胸元が少しだけ空いていて、ボリュームのある胸の谷間がちらっと見える。……寮の男連中にとって憧れの的のそこに、朋也は顔を埋めていた。

「男の人はこんなんで満足できるもんなの?」

 朋也にとっては『こんなん』どころではなかった。包み込まれるような、呼吸を忘れるくらい気持ちいい至福の一時だった。

「ん、む……。じゅーぶんすぎ。柔らかくて、暖かくて。優しい」

「そっか」

 何故だか可笑しくなって、ぷっと吹き出す。

「そういうわけだから。連中に組技系は使っちゃダメ」

「わかったわ」

 彼女の胸に顔を埋めていいのは自分だけ、とばかりに予約済み。





僅かな時の後





静かな、二人だけの抱擁は終わった。





「美佐枝さん美佐枝さん。いるー?」

 ドアの向こうからは、とっても調子がよさそーな春原の声。

「僕さ。ちょ〜っとえっちなゲームを美佐枝さんとやりたいなー、なんて思っちゃったりして〜」

 朋也は何となく思った。ああ、こいつはきっと美佐枝さんの胸の感触に気付いて、ワザと悪さをしてもう一度あのふんわりとした胸を触れに来たのだろう、と。そして、この後の展開もすぐに予測が付いた。

「春原ー。ちょっとそこを動かない〜」

 ドアが開き、にやけた顔の春原が見えた。……が、そこで繰り出されたのはヘッドロックではなく豪快な一本背負い!

「学生寮で堂々とえっちなゲームをするんじゃなーーーーい!」

「うおおおおおっ! ぐふぉおっ!」

 哀れ。春原は空中でぐるりと一回転され、ズダンと勢いよく廊下の床に叩き付けられてしまうのだったとさ。





騒がしき日々はまだまだ続きそう。





でも、いつかは美佐枝も朋也と結ばれそうな、そんな兆し?















----------後書き----------

 多忙状態より復帰。んでもってリハビリがてら、久々にCLANNAD短編もの。寮母さん〜。

 前に書いた『PureMix美佐枝編』では紆余曲折ありながら朋也とくっついたけど、今回はその前段階のよーな感じかも。実際に美佐枝アフターがあるとしたら、こんな風にダラダラいきそう……な、気がいたします。で、ゆ〜っくりゆ〜ったりとした関係のまま、いつの間にくっついて公認の仲になっていそうな。

 そのように思いませんか?



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