学術的指向性における超剛力膨張胃腸の歴史的存在確認の意義無制限一本勝負
みさき先輩はみさき先輩であってみさき先輩ではない、との、これまでの観測結果から浩平は『だからみさき先輩はあんなに大食らいなんだ』という、究極の結論に達することができたわけであるが。それを追究するには改めて事実証明が必要とされる故、浩平はしばし黙り、『とりあえず』の間に合わせ的な結論を先送りにして、真に実証すべき生の観測データ捕獲を待ちわびることにしていた。そして、暫くの後に、彼の狙い通り『それ』は必然的にまき起こるのである。無論それは大いなる犠牲と引き替えにされてきたものなのであるが。
「おいしいよ〜♪カツカレーなら、一日二十杯はいけるよ♪」
後に、この瞬間医学的における『超剛力膨張胃腸』は実証され、学会における折原浩平のさらなる高い地位・将来が確定したのであるが、それはまた別の機会に語られるであろうから、今は割愛しておくべきであるというのが世の中で云う『筋』であろう。
「所詮、定められた事象ではあるが。みさき先輩ゆえの大食らいさは、さすがに注目されるだけあるな」
人はそれを、『運命』というたったひと言二言で片づけてしまう。だが浩平は、目の前でリアルタイムに繰り広げられている歴史的新事実を、ため息と共に飲み込み自らの資産が目減りして行くであろう事を皮肉なことと感じていた。それは、大いなる成功の布石でもあるのだから。
「今日は調子がいいから、お昼だけでカツカレー一五杯は入るよ♪」
信じられない事象。天変地異の前触れのように、浩平は背筋に鳥肌が立つのを感じていた。
「あ、それと。食後のデザートもね♪」
「むぅ……」
歴史的事実を受け止めた衝撃により、痛む胃腸。
(こ、これが…運命の事象を見守るということか)
「あ、でも。サラダも食べたいなぁ。あと、スパゲッティも。それに、それに……」
積み重ねられていく皿(膨張胃腸の歴史的存在確認を実証する物理的証拠)が、次々とテーブルのスペースを占有していき、浩平がとるべき戦略の幅をますます狭くしていく。それは、地位の向上と共に失敗したとき…例えるならば、高いところから転落した時に痛みが増大するのに似ている。
「ふふ……ふ。みさき先輩はお茶目さんだな。そんな冗談を云うなんて……カレーだけでじゅうごはい……」
古来より人間の歴史は戦いと共にある。それは、抑圧する者と抑圧される者との絶え間なき闘争の歴史でもあるのであるが。浩平は今現在、自分が抑圧されていると感じ、どのような立場にあろうと『抵抗する意志を持つ』権利は、例え奴隷的存在であろうと持つものであると悟っていた。少なくとも、自ら戦いを挑む意義として『食物連鎖を絶つための自由』という大義名分があるのは確かである。
「もぐもぐ。あは。冗談なんかじゃないよ〜♪」
「うぐっ!そ、そうなのか……。なかなかやるねぇ。みさき先輩……」
日本的表現で云うならば『腕に覚えあり』といった所だろうか。形成は圧倒的に相手方が有利にあり、浩平は自らとるべき政戦両略の再構築を自分の能内課していた。競争主義における普遍性の打破はこの際、とても貴重な戦力であるからだ。
(負けてはいけない!我が信念のために!……勝たねばならないのである!)
信念とは主観的な正義そのものである。『信念の為にカレーを食べると云うことは、食い逃げをすることよりも悪質である』彼は、彼女がそのような『信念』を持つことに気付いてはいなかった。そして歴史は繰り返されていくのであるが。
「み、みさき先輩……。あのぉ。……そろそろ、お腹いっぱいに……」
「え?なぁに?」
仕掛けた刹那。丁度、八杯目のカツカレーを食べ切ったところで、彼女は見えざる瞳における『OperatingSystemSecurityScan(OSSS)』機能(川名みさき独自に装備されている強力なバイオ・センサー・システムである)を発動させ、浩平の心の奥底に探りをかけていた。すなわち『私がこんなに楽しく御食事をしているのに、まさかもう帰ろう…なんてことはいわないよね?浩平ちゃん♪』というような、精神的揺さぶりを衝撃波として間接的に相手方の体内へと注入する牽制的な攻撃である。
(ぐっ!こ…心を覗かれてる!)
それは『自分の食料接種は現在の所栄養分解過程における三十パーセントにすら満たない状況のため、燃料補給効率を考える上で、不足であり不十分であるとの悲観的観測結果を自らの立場に照合し、意思表示しておくことを我は折原浩平殿に伝える』という、確固たる意志の現れでもあった。
「変な浩平君」
そして、セキュリティシステムによるセンサーでの状況安全性を確認したところで、次なる獲物へと襲いかかっていく為、準備段階に入り、バックアップシステムを急激に作動させるのである。その機敏な動作は、米スタンフォルクスワーゲン大学のM.J.ロビンソン教授により1982年に開発された『TMSK(戦術的川名みさき特別攻撃手法)』である。。折原浩平は、その論文を部分的に取り入れて現在の極限的状況に挑んだのではあるが、いざ、相手方がTMSK作動のためにエネルギー効率を変更させ、消化速度を向上させたところを見ると、密かに緊張を感じるのである。
(理想と現実とでは、かの自然溢れる人類の宝庫・アマゾン河の流域面積並に広く、巨大な隔たりがあるということか……。これが、実戦というやつか!)
「あ、あとカレーピラフとイタリアンピザと、それに……」
(産みの苦しみとは、まさしくこのことだな)
ここで引くと云うことは、長期戦略的に自らの敗北を意味する。浩平はそのことをしっかりと悟っていたので、苦境に追い込まれていると理解していながらも、微動だにできずにいるのである。だが、浩平はまだ若く、対峙している川名みさきとは実戦経験には一年という隔たりがあり、その差は才能や訓練だけで埋められるものではないのである。
「ジャンボパフェに、プリンも食べたいな〜♪浩平ちゃん〜♪」
(ぐ、ぐおおっ!な、何という破壊力だ!)
ドンッ!という、見えない衝撃波が怒濤の如く押し寄せてくる。川名みさき必殺の精神攻撃こと『ちゃん付け攻撃』である。これは、川名みさき自らの欲求を満たされたいが為に、浩平の精神に揺さぶりをかけるために編み出された牽制の攻撃テクノロジーなのである。
(残存戦力っ!か、開戦当初より3800/16000っ!依然として被弾率急上昇しつつあり!(右舷三十二度より新手発見!迎撃攻撃開始っ!一部防衛部隊後退しつつあり……。くっ!包囲網を固められたっ!)
浩平の脳内に、オペレータシステムが所有する人工的な声なのに感情的で引きつった声で『現在の状況は極めて危機的な位置にある』との報告を、浩平本体に告げている。無論浩平はその報告を元に、臨機応変に対応すべく手段と目的を整えようと努力はしているのであるが、過剰負荷により一部の回路は焼けただれたようにして熱くなり、強制冷却手段として用いられる水冷システムフル稼働のため、側にあった氷入りのお冷やを軽く口に含んだのである。
「おまちどうさまです。ご注文の超特大ジャンボパフェに、プリンをお持ち致しました」
「わ〜い♪待ってました〜♪」
必死に的確かつ理論的な防衛指令を出し続けるものの、既に戦闘時間は数時間に達しており、反撃する余裕は失われつつあった。だが、川名みさきという存在は底なしの攻撃力を発揮し、浩平の陣営を空の皿で埋め尽くしつつあった。
(エネルギー充填100%完了っ!臨界っ!攻撃準備よろし!目標静止しつつあり、一斉攻撃開始五秒前。四!三…二…)
「美味しいよ〜♪私、幸せ〜♪」
(い、今だ!行くッ! )
ダンッ! 鈍い音と共に浩平はテーブルを踏み台にし、その先に存在する助けるべき者へと向かい大きくジャンプしながら、手を伸ばした!実に素早い動作である。
「つぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーっ! 」
「?」
刹那の瞬間とも云うべき、スローモーションの中で彼、折原浩平は全身全霊を込めて強大な力へと立ち向かったのである。それは脅威でもあり、また自らの求めている温もりでもあるから。だからあえて浩平は、命を賭した行動へと突発的に写っていたのである。それが将来に渡って良いかどうか等はこの際関係なく、今は自らの為すべき事を集中するだけであった。
「よくわかんないけど、あげないよ〜だ♪」
しかし……相手の動きは早く、浩平の予想を遥かに上回る機動性を持っていたのである。完全なタイミングで飛びかかった浩平であったが、見透かされていたかのように回避され…そのまま、空席になっている後ろのテーブルへと死のダイビングを敢行する羽目になっていた。
「ッ!」
見えないはずの瞳。何も映さないはずの、無機質な黒い瞳…。それに一瞬、光が灯ったように見えたのは浩平の錯覚ではなかった。
(か……笑顔(だ!……笑顔(が見えたっ!)
眼光。浩平の前を通り過ぎた一陣の風…。それは、何も映さない無機質な闇を暖かく包み込むような。例えて云うならば、桜の散る春の夜に、煩わしい上着を取り去ってくれる暖かくもさわやかな微風のように。
(お、俺の…………負けだ………)
「冷たくて甘くて美味しいよ〜♪」
彼女の遥か頭上を通り越し……次に続くであろう痛みを予想しながらも、浩平は不幸せだと不運だとか、マイナス的な思考とは感じない。むしろ、充実した気持ちを胸に秘め、自らの在り方を検討する余裕すら感じながら、宙を舞い、落ちていく…。その後に続くのは、テーブルが吹っ飛び、超硬質ガラスが見事にぶち破られていく派手なBGMだ。
ずがっしゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああんッ!!!!
「あむあむ。美味し〜♪………あれ、浩平君どしたの?」
彼女は衝撃波に、黒い髪をなびかせて。無邪気な口調で、喫茶店の一人あたり最多注文・料金記録を大幅に塗り替えていた所であった。
「感無量……だ」
ガクッと倒れ込む浩平の薄れ行く意識の中に『勝負あり! 』審判員(の野太い声が、店内に響き渡り、ここに終戦協定が締結されたのであった。
-完-