mixture
ある時、少女達は夢を見た。 それはまさしく奇跡が起きたとでも云うべき出来事だった。とにかくも少女達は偶然にも夢を見た。それもただの夢ではなかった。それぞれが想う人、瓜生新吾が出てくる夢を見た。それぞれの未来及び現在を垣間見たかのように、心地よい日常がだらだらと続き甘ったるくも幸せな、所謂終わって欲しくない夢であり目が覚めてしまった時にもう一度寝て続きを見たくなるような夢だった。他人から見れば鬱陶しくもうざいことこの上ないバカップルな夢だろうけれども。えへへへへと笑い、にやにやしながらベッドの上で枕を抱き、悶えてころころ左右に転がりたくなるような幸せさがその夢にはあった。 だけど日が変わると状況も変わった。チャンネルを変えたかのように別の展開が待ち受けていた。それはまるで人の夢を覗き見ているのか、あるいは意識を共有してしまったのかもしれない。なぜだかは分からないけれどもそのようにクロスしてしまっていた。一人一人のシナリオクリア後にめでたしめでたしで終わるはずがどこをどう間違えたのか、一つの道へと再合流してしまったようなものだった。ある者は何やってんのよ! と、非常にムかついてご立腹になり、またある者は兄さん取られた。悲しい。しくしく。捨てられた。と、言葉に出して哀しみ、またまたある者は旦那様ーーーーっ! いかないでくださいませーーーー! 捨てないでくださいませええええっ! と、びえええんと涙を辺りにぶちまけながら泣き叫び、またまたまたある者は……もう、新吾くん。悪い事すると蛇口壊しちゃうよ? 全部絞り尽くしちゃうよ? 謝っても許さないよ? と、にこやかな笑顔の中にとてつもない威圧感を感じさせるような凍てつく波動を繰り出すのだった。つまりは、少女達は純愛な日常を過ごしていたのに突然大切な人を寝取られたような衝撃を受けたのだったが、そのような時を経て、遂に少女達の間で休戦条約が締結される運びとなったのである。 某日。瓜生家において国際級(と、当事者たちは思っているくらい重要な)会議が開かれる。議題は無論、瓜生家長男新吾を巡る領有権について。 「お兄ちゃんはみんなのもの。と云うことで」 泥沼化した国家間の紛争において、やっと和平交渉が実現されたような感じであった。案の定、中立地帯を巡る交渉は紛糾しまくっていたが、平行線をたどりつつあった中でどうにかこうにかある一定程度の成果が現れる。そんなところでみんなとの合意を望む。と、桜乃は妙な確信を込めて頷く。 「俺は公共物か」 「あは。新吾くん何だか市役所みたいだね」 にっこりとほほ笑みながらみうが云う。 「公共物じゃ、しかたないか……。お役所と同じなわけだし受付時間、短かそうね。バイトとタイミングを合わせなきゃ……。きついけど、どうにかできそうよね。土日祝日もやっていれば助かるのだけど」 愛理は納得したような、そうでもないような感じ。 「だから。俺を公共物扱いしないで欲しいのだけど」 当人はしっかりと扱いの不遇さを訴えるも、誰もまともにとりあってはくれなかった。 「そういう訳なのでアンジェ、しっかりとお掃除させていただきますね〜。アンジェの旦那様のお体を! すみずみまできっちりと!」 今すぐにでも一張羅を脱ぎ去りそうな勢いのアンジェ。 「いや自分で洗えるから、大丈夫だから」 無論アンジェは新吾の話など聞いちゃいない。やる気満々で新吾をお風呂へと強制連行もとい連れて行こうとしたのだが、そう簡単に事は進まない。アンジェの体をガシッと掴む手が三つ。強力な力でギリギリと新吾からアンジェを引きはがそうとする。 「はぅっ!」 「アンジェ。そうは問屋が卸さない」 桜乃。静かなる闘志を燃やす。もちろんそれだけじゃない。 「抜け駆けは許さないわよアンジェ」 「あ、愛理さんまで!」 愛理もかなり本気の表情。 「菜夏ちゃんそれはだめだよ〜」 みうも否定的な目。 「何ですかこの連帯感! 何ですかこのアンジェおまえちょっと空気読め感! 何ですかこの使用人は引っ込んでいなさい感!」 「助かった……」 アンジェとは正反対にほっとする新吾だったが、当のアンジェは目を大きく見開いて狼狽する。 「アンジェ。今はメイドとしてじゃなく、一人の女としての戦い」 ぼそっと呟くように桜乃は鋭い一言を云う。条約の合意もつかの間の平和、というよりも平和が訪れたかどうかもそもそも怪しい。既に一人の愛しい人を巡っての冷戦が勃発していたのだった。 「な、ならばこそでございます〜。アンジェは旦那様を全力でお守り致します〜! それがメイドとして、女としての義務であると見つけたりでございます〜! お風呂でお背中流しつつお交尾をさせていただくのです〜!」 「ちょっとまて。最後の一言は聞き捨てならないぞ」 アンジェが最後に一言危ないことを云ったのを新吾は聞き逃さなかったが、その突っこみは丁重に無視される。アンジェは時代劇のような台詞を云いつつ、そのまま強引に三人の防衛網を突破し、瓜生家のバスルームへと向かおうとしたところで。 「やむを得ない。可愛そうだけれど、仕方がない。アンジェ、悪く思わないで」 それはさせられない。人として。友人として。恋敵として。……桜乃は決死の覚悟でアンジェを止めることにしたのだった。ふさ、と何かが取れる音がする。恐らくこれでアンジェの行動を制約することができるだろう。足止めだけでも十分なのだが、残酷な行為であると桜乃は自覚していた。そうでもしなければ、お風呂で新吾を洗うだけに留まらずきっと彼女たちが云う所の交尾のような行為にまで発展することは間違いないから。 「そんなことはさせられない。交尾はダメ。交尾は条約違反」 「そうね。交尾なんてダメよね、交尾なんて軽々しくしちゃ」 桜乃に対し愛理もうんうんと頷く。 「桜乃。愛理。女の子は交尾なんて言葉を連呼しちゃだめだよ」 もはや淑女の恥じらいなんてあったもんじゃなかった。一人常識人な新吾だけが頭を抱える状況が続く。 「え? 新吾くん、交尾嫌いなの? もしかして女の子嫌い?」 天然な受け答えをするみうだった。 「先輩まで……。そういう問題じゃなくってですね」 「あ……」 それはさておき、放置されていたアンジェに変化が訪れる。桜乃の狙いどおり、アンジェの動きが止まる。アンジェの頭についていたヘッドドレスを極めてさりげなく取り去ったのだから当然。アンジェ自身にとってヘッドドレスはアイデンティティの象徴たるものであり、もはや体の一部と同じなのだった。 「あ……あ……あ……。ふ、ふえぇぇぇぇ〜〜〜ん! へっどどれすかえしてくらしゃいぃぃぃ〜〜〜〜! かえしれくらしゃいいい〜〜〜〜!」 「アンジェ。こっち」 桜乃の対処は素早かった。アンジェがいつ暴走しても平気なようにと用意していたのだろう。スペースの限られた納戸へとアンジェを追いやりドアに堅くカギをかける。しかしこれで一名脱落とはいかなかった。 桜乃がアンジェに対抗している間にも新吾を狙う者が動いていた。アンジェに代わり、今度は愛理が新吾の領有権を主張しはじめたのだった。 「じゃあ新吾、これからあたしの家に来てお風呂に入りなさいよ。狭いけど、その分一生懸命洗ってあげるから。洗い終わったら……そ、その。交尾……いっぱいしてあげるから。ほ、ほら! さっさと行くわよ新吾! こ、交尾してあげるなんて恥ずかしい事云わせないでよっ!」 「いや、あの。自分で洗う。って、交尾はやめなさいと何度云えば……」 無論愛理は新吾の突っこみを聞いてはくれない。アンジェと入れ替わりに愛理ががっしりと新吾の体を掴んで離さない。女の子の細腕には似つかないほど猛烈な力だった。恐らく、バイトやクメマートの特売対応で鍛えられているのだろう。しかし、それを望まない者ももちろんいるわけで、黙って見過ごすわけがない……。 「愛理ちゃん、はい」 「え?」 みうがにっこりとほほ笑みながら愛理にあるものを手渡す。極めてさりげなく、自然な動作で。それは丸くて柔らかくてふさふさして、時折奇声もとい鳴き声を上げるもの。猫のようでいて猫ではない不思議な生き物。ぬいぐるみのような愛らしさを持ってはいるが、人によっては異形のクリーチャー扱いになるのかもしれない。 「うりゅ〜」 「わ、わ、わあああああああっ! きゃあああああああっ!」 苦手なぱんにゃを渡され、脱兎のごとく逃げ出す愛理だった。 「ちょっとの間だけ、ぱにゃちゃんと遊んでいてね」 つまりは、邪魔をするなとそういう事をオブラートに包み遠回しに云ったのだった。 「うりゅ〜〜〜〜〜!」 とっても愛らしい鳴き声のぱんにゃだったけれど、愛理は慌てふためき泣きながら逃げ惑うのだった。 「わーーーわーーーわーーーっ! こ、こ、来ないでえええええっ!」 結構えげつないことかもしれないが、愛理はぱんにゃと遊ぶため離脱を余儀無くされたのだった。 「さて」 みうがちらりと見つめる先には正当派妹が一名。なかなか一筋縄ではいかなそうだ。 「妹対先輩」 現在の状況を極めて簡潔明瞭に説明する桜乃。まさに竜虎相打つという状況。桜乃も覚悟は十分。 「お兄ちゃんを蛇口の壊れた水道にするわけにはいかない」 「壊したりなんてしないよ〜。ちょっといっぱいひねるだけだよ? 優しく交尾するだけだよ〜?」 みうがくすくすと微笑む。何故か悪女モード。伊達に魔性の母親、結子の血を引いているわけではない。白く細くも柔らかな手で、小さく可憐な唇と口で、丸く豊満な胸で、新吾を徹底的に手玉に取る気満々なのだ。 「水不足解消と、水道代節約のために頑張る」 桜乃は云うが、具体的にどうするのだろうか。 「という訳で、どうぞ」 「え?」 どこでどのように用意したのか、桜乃がみうの頭にすぽっと猫耳ヘアバンドを被せる。そして続いて誰かを召喚する。というよりも前から密かに狙っていたのか、飛び出してきた影。 「ああああ、みう先輩〜! なんて素敵な格好なのですかあああ〜〜〜! ごろごろごろ〜〜〜!」 知らない人が見ると猫耳に萌えているのか、みう本人に萌えているのか迷うところだろうが、きっと両方なのだろう。桜乃が唱えた召還魔法(?)により紗凪が登場し、そして……。 「さ、紗凪ちゃん〜。よ、よしよし〜」 困った表情を浮かべつつ、懐いてきた子猫こと紗凪を無下にはできない優しさ故に、みう先輩脱落。 「桜乃。助かった」 蛇口の壊れた水道にされるのはひとまず回避したわけだった。 「礼には及びませんよ旅の人」 桜乃が目を細めているのはきっと照れ隠し。 「お兄ちゃんは、みんなの共有財産。知的財産。不動産。……だけど、ちょっとだけこのままでいて欲しいのですけれど。よろしいでしょうか」 ぴとっと、新吾の背中に抱き着く桜乃。みんなの気持ちを察しつつ、我慢できなかった。 「うん。まあ、いいんじゃない?」 と、新吾は云う。きっとほっとしたのだろう。みんな、いつもの状態とは違い獲物を狙うハンターのような目をしていて怖かったのだから。 「いいの?」 「いいと思う」 「とっても後味の悪いシナリオ担当の女ですが、それでもよろしいでしょうか」 「いや、あのね」 身も蓋もない事を云われ、何と答えていいのやら悩む新吾。 「不幸を呼ぶ女、と」 「そんなことは云っていないよ」 「学園長が苦労して進めた統合は無念にも失敗するし、折角結成したクラスは解散するし、教室の空気も雰囲気もとても悪いし、まるでいいことがない」 ぼそぼそと独白を続ける桜乃。 「ま、まあまあ」 「と云うわけで、お兄ちゃんのパンツ」 脈絡のなさ過ぎる展開。洗濯済で干したてのトランクスを一枚取り出した。 「何がどういうわけなのかな」 「かぶってみようかなと」 「やめなさい」 と、シュールなやり取りをしているとき。 「うううぅ。あんりぇのへっどどれしゅ……かえしてくらしゃいれしゅ」 「わっ!」 納戸に閉じ込められていたアンジェ。復活の狼煙。どこをどうしたのかは不明だが、針金を用いて何度の鍵をこじ開けたようだった。 「しょれは、あんしぇのへっろろれしゅでしゅ〜〜〜!」 涙で前すら霞んで見えるアンジェには、桜乃が手に持っているものがへっろろれしゅ……もとい、ヘッドドレスに見えたのだった。砂漠のど真ん中でオアシスを見つけた人のように、喜び勇んで近づいて行くアンジェに対し、桜乃は優しく差し出すのだった。 「はい。どうぞ」 「やっとへっどどれしゅをみしゅけたのです〜」 差し出されたものをロクに確認すらせずガポッと装着するアンジェ。しかし、すぐに違和感を感じて気付く。 「う、う、う、う……これは……これはへっろろれしゅしゃなひれす〜〜〜〜!」 新吾のパンツを頭に被ってしまったアンジェ、号泣。しかし、転んでもただでは起きなかった。 「もう……もう、このぱんしゅかえしませんからねぇぇ〜〜〜!」 災い転じて福となす。あるいは怪我の功名とでも云うべきか。しっかりとゲットしたのだった。 「しまった。うかつ者の妹……。決定打に欠けたのが敗因。試合に勝って勝負に負けた気分」 目を細めて敗北感を噛み締める桜乃。でも、あんまり悔しそうではなかった。 「あんじぇはころんれもただれはおきまへんのれしゅ〜! らんなしゃまとこーびするのれす〜〜〜っ!」 見事新吾のパンツをゲットしたアンジェの勝利だった。 「何の勝負をしているんだ何の勝負を」 新吾の至極もっともな突っ込みは誰にも聞こえない。辺りには、ぱんにゃに追っかけられてきゃああああとかいやああああとかとにかくひたすら悲鳴を上げながら逃げ惑う愛理と、猫のような紗凪にじゃれつかれひたすらよしよしと優しくあやしているみう。そして新吾のパンツをチャンピオンベルトよろしく両手で高く掲げ、未だに大粒の涙をこぼしえぐえぐと泣きじゃくりながらもえいえいおーとか勝ちどきを上げ続けてる不倒不屈の魂を持ったスーパーメイドアンジェと、さりげなく新吾の背中にぎゅむーーーーっと抱き着いて甘えまくっている桜乃なのだった。この場合勝者は……やはり桜乃になるのだろうか。今のところは、だけども。 新吾の未来や如何に? ----------後書き----------
ましろ色シンフォニーは是非ともアフターストーリーを出して欲しいと思うのですよ。紗凪の追加シナリオとか、結子先生とか学園長のエピソードとか。 久しぶりにフルコンプリートし、出会えた良作であります。 私的に、キャラは桜乃派かな。 |