【霜崩】

ときパ発表作。ONE、瑞佳SSです。
それでは、どうぞ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇










私はずっと恋をしている



小さい頃からずっと…長い間…



心の底からの



だけど、その想いは脆く…儚い



だから私は…嘘をついてきた



そして



これからも、つきつづける



永遠に、一人のヒトを繋ぎ止めるために










「浩平が…すき」










「うわぁ〜んっ!」
あたりに響く少女の鳴き声。
その原因は…少女の隣に立つ少年『折原浩平』らしい。
「泣くな瑞佳!」
「うっぐ…ぐすっ…だってだって…こうへいがひどいことするんだもん…ぐすっ」
浩平にとっては『いつもの軽い挨拶』をしただけなのだが、瑞佳にとっては相当こたえたようだ。
「ったく。いつものよーに『パンツ下ろし』をしただけだろっ!」
「うっうっ…浩平のえっち!ばかぁっ…うわぁぁぁ〜〜〜〜んっ!」
「ああもうっ。泣くなったら…俺が悪かったからよぉ…」
必死に宥める浩平。
「ぐすっぐすっ」
「誰も『お前が今日はいてるパンツがピンクのしましまイチゴ模様』だなんて言いふらしたりしないから泣くな!」
「うっ…ひっく…ばかぁ!こうへいなんてだいっきらい!うわぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜んっ!!!!」
「ああっ!しまったフォローするつもりがいつもの癖でっ!」
どこにでもいるいじめっ子といじめられっ子。
変わることのない二人の関係。
空が夕焼けで真っ赤に染まるまで遊び、走り回った二人。










そして時は過ぎていく










カシャアッ!
カーテンを開けると眩しい朝日が飛び込んでくる。
ここは浩平の部屋。
「ほらぁ!おきなさ〜いっ!」

がばっ!

いつものようにいつもの台詞で私は浩平を起こしている。
「う〜ん、あと6MIPS待ってくれ〜」
「何だよ6MIPSって?」
「『Million Instruction Per Second』の略だ」
「そんなのわかんないよ〜〜!」
「ふっ。そんなのも知らないとは未熟者めぃ!…ちなみに1MIPSは一秒間に百万の命令を処理できるということを表してる単位なんだぞ。ぐー」
「もう!訳のわかんないこと言ってないで起きてよ!」
「ぐー」
寝たままの浩平。
「ほらぁ〜!6MIPSたったよ!」
再び布団を引き剥がす。
「たつか。ばかっ」
「いいからもう起きてよっ!遅刻しちゃうよ〜!」
いい加減、時間もなくなってきたから急かす。
「昨日テスト終わったろ。今日はサボり…」
「ダメだよっ!ちゃんと学校行かなきゃ!こうへい〜!」
「…面倒だから、やだ。ぐー」
「はう〜!休んでばっかじゃ単位落っことしちゃうよ〜〜〜!留年しちゃうよ〜〜〜!」
浩平はただでさえ遅刻が多いのに〜〜〜!
「遅刻いっぱいしてると出席日数に響くんだよ〜〜〜!」
「別にぃ。…どーでもいいや。ぐ〜〜」
ホントにどうでもよさそうな浩平。
「ああっ!もうっ!ダメって言ったらダメっ!ちゃんと学校行くのっ!起きなさいったらおきなさーーーーーーいっ!!」

バシバシバシバシッ!!!!

「…あ〜。うっせえなっ!わかったわかった。起きりゃいーんだろ起きりゃよっ!起きるから枕で叩くなっ!」

ガバッ!

「…なんだ、ちゃんと起きられるじゃない」
「そりゃぁ…起きようと思えば起きられるんだよ」
「はぁ…。最初からそうすればいいのに」
「いい夢を見ていたんだ」
「夢?」
「ああ。すんごくいい夢だったのに邪魔しやがって…」
「そうだったんだ…」
「ちっ。あ〜あ…折角!いい夢を見てたのによぉ」
心底残念そうな浩平。
溜息をつきながらがっくりとうなだれてます。 浩平は、見かけは大人っぽいけどすっごく子供
っぽい性格をしているんです。
こんな風に、夢の続きを見るためには朝寝坊などお構いなしで。
「それで、どんな夢を見てたの?」
興味半分で聞いてみた。
「んー。小さい頃の俺達の夢だ」
え〜!?ますます興味が沸いてきたよ〜!
「小さい頃の私たち?」
「ああ」
「ど、どんな内容なの?」
「それは…」
「そ、それは?」
「…秘密だ」

がくっ!

浩平の返事にずっこけそうになる。
「はう〜。気になるよ〜!」
「でも、本気でお前は聞かない方がいいと思うぞ」
「なんでだよ?」
「お前が聞くと絶対後悔するかもしれないということも無きにしもあらずだからだ!」

言い方が回りくどいよっ!」
言いたくないのならそう言えばいいのに…。
「ま、そんなわけだから秘密だ」
「どんな訳なのっ?」
う〜〜!
すごく気になるよ〜!
「…じゃあ、これだけは教えて。どうして聞くと後悔するの?」
「それも秘密だ」
「うー。よけい気になっちゃったよ〜!それくらい教えてくれたっていいじゃないっ!
」 「…聞いても絶対に『後悔しない』と言い切れるのなら、言ってもいいぞ」
な、なんかこわいけど…でもやっぱり聞きたいよ!
「わかったよ。…ぜ、絶対に後悔しないよ」
「そーかそーか。むふっふっふっふ!あれはだなぁ。学年は忘れたが小学校低学年の頃の話だ。学校でお前がいきなり『お泊まり会しよ』なんて純度百パーセント、子供特有の無邪気な笑顔で言い出してな。俺は嫌だって言ったんだがお前がどーしても『浩平のお家にお泊まりするのっ!』って言い張るから渋々受け入れたんだ。ぐふふふふっ♪」
ニヤニヤしながらすっごく恥ずかしいことを話し始める浩平!
「そ、そんなことあったっけ?」
お、覚えてないよそんなこと?
「むふふふっ。あったんだよ。…それでだ!問題なのは夜のことだ。飯食って風呂入って寝間着も着替え終わって、いざ『寝よう!』と言うことになって…」
わわわわ…わあああ〜〜〜!
も、も、も…もしかしてあの時のこと〜!?
「お、思い出してきたよ!」
確かあの後私と浩平は…。
「それでだ。この部屋で俺が寝てお前は由紀子さんの部屋で寝ることになったんだよなぁ!むふふふ。そんでもって夜中に俺の部屋に入ってきて『一緒に寝よ』とか言ってきてさぁ。無理矢理俺の布団に入ってきたんだよなお前。むふふふっ♪」
「あ…あ…あうう…」
そ、そうだった…おばさまもお仕事でいなかったから私はあの時浩平と二人っきりだったんだ…。
それで…その日は夜から台風が来ていてすっごく風が強くて…こわくなった私は泣きべそをかきながら浩平の部屋に行ったんだ。
「俺に夜這いをかけてくるなんて…。あの頃から長森はえっちだったんだなぁ。むふふふ♪」
「夜這いじゃないもんっ!…で、でも…それだけだったはずだよ!?」
「い〜や。実はそれだけじゃなかったんだな〜これが」
「え!?」
な、何があったんだよ〜!一体!?
「お前は俺の布団に入ってすぐ寝ちまったから覚えていないだろうが、あんときゃ俺はお前の身体のありとあらゆるところをくまなく研究したんだ。いや〜好奇心旺盛だったからなぁ。俺は〜♪」
「はぅ〜〜!わ、わたしそんなの知らないよ〜〜〜!」
「だからお前が寝てからのことなんだって。ま、でも心配するな。ちゃぁんとパジャマもパンツも脱がしたけど本番だけはしなかったからさ。ガキだったからそっち系の知識も全然無かったから」
「はぅ〜…」
私は顔を真っ赤にして俯いた。
そ、そうだったよ…。
「ま、でも。良い性教育にはなったぞ!女の身体の構造はあの時全部知ったからなぁ。むふふふっ♪…もしかしたら俺がお前の『初めて』になってたかもな。う〜む…もうちょっと早くからエロ本読んでおくべきだったな。残念…」
恥ずかしいことを連呼する浩平。
「こ、浩平のばかぁっ!」
何て事言うんだよっ!
「おいおい。『絶対に後悔しない』と言ったろ?」
「う…」
何も言い返せない。
はぅ〜〜〜っ!
恥ずかしいよ〜〜〜っ!
「っと。…それより時間はいいのか?」
「え?…ああっ!」
気がつくともう時間が殆ど無くなっていた。
「何だっ。今日はお前も遅れてきたのかっ。仕方のないやつだな」
「違うもんっ!私はちゃんと来たもんっ!悪いのは全部浩平だもんっ!ちゃんと起きてれば時間はたっぷりあったもんっ!」
「言い訳はいい」
「言い訳じゃないもん!」
「ちっ。まあいい!そんじゃあ一気に着替えするぞっ!とらんすふぉーまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
「え、じゃあ私はでて…」
『(部屋を)出て待ってるね』と言おうとした瞬間っ!

ばっ!

「き、きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
わあああああああああああああっ!いきなり浩平が私の目の前で上着も下着も全部一気に脱ぎ捨てたよ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!
パジャマからトランクスまで一気に〜〜〜〜〜っ!
(よーするにふ○ち○状態♪)
「あ、見たな。エッチだなぁ長森は」
「違うもん!浩平が見せるからだもん!私エッチじゃないもん!」
ああああ!
恥ずかしいよ〜〜〜!
「言い訳はいいって。なんだ。見たいなら見たいってちゃんといってくれればいいのに〜♪」
変な声を出しながら身体をくねらせる浩平!
「浩平のばかぁっ!」
「あ、そうだ。お前の身体はあの時全部見たんだから、今度はお返しということで俺の身体をまんべんなく見せてやろう。うりうり♪」
そう言って腰を振る浩平。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
思わず真っ赤になって顔に手を当てる。
「ふ。冗談だ。ちゃんと大事なところは隠してあるから心配するな」
「もういい加減にしてよっ!早くしてっ!」
「ふわぃふわぃ(はいはい)…あ、長森。そのトランクス取ってくれ」
「浩平の変態〜〜〜!!!!」
何考えてるんだよ〜〜〜!
「っと。エッチな長森と馬鹿やってる場合じゃないな。さっさと行くぞっ!」
「私はエッチじゃないもんっ!」
「細かいことは気にすんな!」
「細かくないもんっ!それにすっごく気にするもんっ!」
「いいから行くぞっ!」
「よくないもんっ!」

がちゃっ!

「わ〜!ズボンのチャックが空いてるよ〜!こーへい〜〜〜!!!!」
チャックからワイシャツがはみ出してるよ〜〜〜っ!
「ありゃ?…うむ!閉めてくれぃ!」
「ばかぁ〜〜〜〜っ!!そんなこと自分でやってよ!!」
いつものように騒々しい朝。
こんな風に私達の一日ははじまる!
今日は浩平が極端にせくはらだけど…。だけどだけど…これだけじゃ終わらないんだよっ!

たたたたっ!

「はぁっ!はぁっ…い、いつもギリギリだね〜」
学校への道を全速力で走る!
「今日はお前のせいだけどな」
「浩平のせいだよっ!」
「お前が俺の身体に見とれてたからいけないんだ」
「はう〜〜〜!ばかぁっ!私そんなの見たくなかったもんっ!浩平がいきなり見せるからいけないんだもんっ!」
「『そんなの』とは何だ!『そんなの』とはっ!お前、一体俺の体を何だと思ってやがる!」
「浩平なんてただの変態だよっ!女の子の前であんなことするなんて信じられないよっ!えっち!ばかぁっ!」
「あんだとこのっ!猫使いのだよもん星人っ!」
「ばかばか星人の言う事なんて誰も聞かないもんっ!」
「ふかーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
「うーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
互いににらみ合いながら走る!

すっ!

「はぁっはぁっ…。目覚まし時計が壊れてて…遅刻しちゃうわ〜〜〜!」
曲がり角から人影が現れた。
髪を二つに分けてリボンで留めてる女の子が…。
だけど私たちは全く気付かずに…。

どどどどどどどどどどどどどどっ!

「大体だなっ!何でもっと早く来て起こさねぇんだっ!俺が朝ひっじょーに弱いって事知ってんだろっ!何年俺の幼なじみやってるんだよっ!」
「違うもんっ!私のせいじゃないもんっ!浩平が努力してちゃんと起きないのがいけないんだもんっ!ちゃんと起きてればゆっくり登校できてるもんっ!」
「あんだとこのやろっ!」
「浩平なんかもう知らないもんっ!」
喧嘩しながら全速力で突っ走る!
人影も見ずに走る!
そして…。

どどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどっ!

「わぁっ!ちょっと!き、きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

ばきぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!

「あれ、七瀬?」
「あれ、七瀬さん?」
「『あれ、七瀬(さん)?』じゃなーーーーーーーーいっ!何なのよいきなりっ!二人して乙女にラリアット食らわせてくるなんてっ!」
そ、そうだったんだ…。全然気付かなかったよ〜〜!
「ご、ごめんなさいっ!七瀬さん。よそ見してて…」
「はぁ…。そうやって正面切って謝られると怒るに怒れないじゃない。わかったわよ。許すわよ…」
溜息をつく七瀬さん。
「ふっ。望むところだ七瀬!許されてやろうじゃないかっ!」
「あんたねぇっ!」
「浩平っ!」
腰に手を当てて『えっへん』と言わんばかりの態度。
う〜。どうして浩平はこうやっていつも変なことばかりやってるんだろ〜。
「大体だな。獣並の感覚を持ってると言われているお前ならあれくらいのラリアット、余裕で避けられると思ったぞ!」
「できるかっ!それに誰が獣よっ!」
「ちっちっちっ。甘いな七瀬君!」
「な、何よ。私の何が甘いのよ!?」

びしっ!

浩平は七瀬さんを指さして…。
「真の『乙女』っつーものはだなぁっ!山道里道獣道!砂漠から湿地帯からツンドラ地帯から永久凍土地帯に至るまで!ありとあらゆる地形をものともせず!ありとあらゆる障害物を乗り越え無ければ到底到達できない境地なのだぁぁぁぁぁっ!」
拳を握りしめ熱弁する浩平。
「はぁ〜…何わけのわかんないこと言ってるんだよ。浩平〜…」
相変わらず変なことばかり言ってるんだから。
だけど。
「そ…そうだったんだ…。私…ホントは何もわかっちゃいなかったのね…うっうっ…」
「わっ。な、七瀬さん!?」
ど、どーしたのかな?
「うむ。わかればいいのだっ!これからも『乙女』への険しく、厳しい道をがんばってくれぃ!」
わざとらしく涙ぐみながら励ます浩平。
ふ、二人ともなんなの〜〜〜!?
「ぐすっ。そうね。…うん、わかった。私頑張るわっ♪」
「うむ。それでこそ七瀬だ!みらくるななぴーの称号を与えよう!」
「きゃぁっ!ななぴーうれしいわっ♪…………って!さっきから何わけのわかんないことぐだぐだいっとるんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

どごすっ!

「ぐふっ!と、途中まで結構いいノリだったのに…」
「やかましいわっ!」
「わ〜〜〜!二人ともそんなことやってる場合じゃないよ〜〜〜!遅刻しちゃうよ〜〜〜!」
「やばっ!…そうだった!」

キーンコーン……

「!」
すぐ近くでチャイムが鳴り始めた!
「長森!一気に走るぞっ!」
「あ、うん…で、でも七瀬さんが」
七瀬さんはさっき私たちとぶつかった時、肩を痛めたみたいだよ〜!
「くっ。傷ついた七瀬が足手まといで先に進めんっ!」
「あんたのせいでしょうがっ!」

カーン…

「はぅ〜。早く早くっ!」
「よしっ!こうなったら…」

ばっ!

「わああああああああっ!!!!な、な、な、なにすんのよおおおおおおおおおおっ!
」 …浩平が七瀬さんを抱きかかえていた。
だけど抱きかかえる『向き』が…。
「こらぁっ!わざわざ重たいお前をおーじさまのよーに抱きかかえて運んでやってるんだ!暴れるんじゃな〜〜いっ!」
「誰が重いですって!それに持つ向きが逆でしょうが向きがっ!む、む、む、む……むねのところを持つんじゃな〜〜〜〜〜〜〜〜〜いっ!!!!」

どごすっ!

「ぐはうっ!な、何をするんだっ!」
「やかましいわっ!このセクハラ大魔王っ!」

カーンコーン…

言い争う二人の向こうで無情にもチャイムは鳴り響くのでした。
だけど運良く先生が遅く来たため、遅刻だけは免れました。
「はう〜。今度からはちゃんと起きてよ〜!」
「いや、今回は俺のせいではなく七瀬の…」
「誰のせいよっ!」
その日の二人は一日中そんな感じでした。
はぁ…。私たち、いつになったらゆっくり登校できるんだろ。
いい加減しっかりしてよ〜!浩平〜!





そして、お昼の時間…





キーンコーンカーンコーン…

四時限目終了のチャイムが鳴り、一目散に教室を出ようとする浩平。
購買にお昼を買いに行くつもりなんだね。
パン一つ買おうにもすごく混むから、競争率はすっごく高いからね。
だけど今日は…。
「浩平、一緒にお昼食べよ」
「ふっ。悪いが俺にはやらなければならない『指命』があるのだっ!お前と一緒にのんきに昼飯なんぞ食ってる暇はないのだよ!」
ふざけながら大げさに言う浩平。
だけど今日はいつもとはちょっと違うんだ。
お弁当を作ってきたんだから♪
「あ、そ〜なんだ。それじゃあ浩平はいいんだね〜♪」
「な、なんだよ一体?」
「ふふ〜ん。実はね〜。今日はいつもより余計にお弁当作ってきたんだよ〜♪」
笑顔で、でもちょっぴり意地悪っぽく言ってあげる。
「な、なにぃっ!?」
「浩平はお弁当いらないのかなぁ〜?」
「ぐっ!…今日一日奴隷にしてくれぃ」
あは。言うことが大げさなんだから。
「あは。それじゃあ後で一緒にパタポ屋に行こうよ!」
テストも終わったし浩平と一緒に商店街に行きたかったんだ。
「へーへー。わ〜りやしたよ」
むぅ…!
なんだか素っ気ない態度。ちょっと脅かしてやるんだよ。
「嫌なの?それならいいんだよ〜♪全部食べちゃうから。くすっ」
「わーわーわーっ!嫌じゃないです嫌じゃないです!長森さんっ!」
慌てる浩平。
素直に食べたいと言えばいいのに。
「ふふっ。冗談だよ。はいっ」
さすがに可哀想になってきたので許してあげる。
「はぁ…。でもホントに助かるぜ。何しろ食費はいつもきっついからなぁ…」
「あは。浩平、お昼ご飯いっぱい食べるもんね」
「ま、育ち盛りだからな。切りつめても切りつめてもどうしようもないぜ」
「うふふ。いっぱいあるから遠慮しないで食べてね」
「おう。全然遠慮せんから心配するな!」
だけど浩平のお箸を持つ手がピタッと止まる。
視線を追ってみると…。
「お二人さんらぶらぶだね〜♪」
「ひゅーひゅー。お熱いことですね〜♪」
佐織達、女の子友達数人が私たちを冷やかしていた。
まあ、冗談でやってるからいいんだけど、浩平にとってはちょっと居心地が悪いかも…。
そっと耳打ちする。
「…浩平。場所変える?」
「…いや。いいよここで。時間もあんまりないしな」
「それならいいけど」
心の中でごめんねを呟く。
そんなこんなで箸をすすめる。
浩平はものすごい勢いでお弁当を食べてるけど。
「どうかな?」
「ああ、美味いよ。長森は相変わらず器用だよな」
「あはっ。ありがと〜。これでも結構努力してるんだよ」
嬉しかった。
一番食べて欲しい人に食べてもらってるから。
「相変わらずいい雰囲気だね〜。お・ふ・た・りさんっ♪」
茶化す佐織。
「よしてよ佐織」
「ふふ。じょーだんよ冗談。だけどさ。前から気になっていたんだけど、何で折原君は瑞佳のことを名前じゃなくて『長森』って、名字で呼ぶの?」
「そういえばそうだね。どうしてなんだっけ?」
小さい頃は確か…私のことを名前で呼んでいたと思ったけど。
『瑞佳』って。
「もぐもぐ…あん?俺がお前のことをどして『長森』って呼ぶかって?」
「浩平知ってる?」
「あれは確かお前も知ってるはずだぞ。忘れちまったのか?」
「う、うん…。ごめんね。ちょっと思い出せない」
何があったのか思い出せないよ…。
「あれはな。…確か…小学校4年か3年の時だったと思うんだが。俺もよくは覚えてないんだけど、ある時お前が隣のクラスの野郎共四、五人にいじめられてたんだよ」
「そ、それで?」
「そん時そいつら全員捕まえてぶちのめしたんだが、その後吐かせたんだ。『何で長森をいじめたのか?』ってな」
「…」
みんな興味津々と言った面持ちで浩平の話を聞いてる。
「そしたらその中の一人が言うんだ。俺がお前のことを名前で呼んでたから『冷やかしていじめてやろう』ということになったらしいんだ」
「う…ん。そのことで男の子によくいじめられたのは覚えてるよ」
今となっては昔話だけどね。
「そんだけだ」
「…」
「え、じゃあ折原君は瑞佳がいじめられないようにするため呼び方を変えたの?」
「ばぁか。わざわざ俺がンなことするか。ただ単に気恥ずかしかったから呼び方を変えただけだ!」
そおなんだ。
浩平は私の事を思って…。
「でもさぁ。四、五人相手に喧嘩して勝っちゃうなんてすごいよね。それも瑞佳の為にしたんでしょ?」
「女の子ってそういう人、大好きなんだよ〜」
「格好いいよね〜」
口々に浩平の事を誉めるみんな。
うん。私もすごく…格好いいと思うよ。
「助けてあたりまえだ!何故なら…」
「何故なら?」
「こいつは俺専用の『いじめられっこ』だからだ!…他の野郎になんか渡せるかよ」
「あははは。な〜んだそっか」
真剣そうに話す浩平を見て笑いが起こる。
あはは。浩平らしいね。
照れ屋さんな浩平らしいね…。
「そだ。浩平、卵焼き食べる?」
「くれっ!」
「はいっ」
その後は何事も無くお昼ご飯がすすんだ。





そして放課後…





「浩平。行こ」
「ああ。今日はパタポ屋だったな」
「うんっ♪」
鞄を持って教室を出ていく。
「…だんだん寒くなってきたよなぁ」
「そだね」
浩平の言うとおり校舎の外は冷たい風が吹いていた。
もう、十二月だもんね。
もう少ししたらコートがないとつらいかもしれない。
「…風邪引かないようにしろよ」
「あは。心配してくれるんだ」
「ばぁか。うつされたらたまらないだけだ」
そうは言ってるけど、浩平は私のことを心配してくれてるんだ。
ちょっと、嬉しかったよ。

とことこ

「そういえば浩平。住井君達は誘わなかったの?」
「ああ。一応帰り際にあいつらにも声をかけてみたんだが連中、早速集団で追試対策やるってんで断られたよ」
そうなんだ。
「…浩平は大丈夫だよね?」
「まあな。今回はお前にいろいろとヤマ教えてもらったし、それに普段よりはまともに一夜漬けしたから大丈夫だろ」
「一夜漬けだけじゃダメだよ〜!」
「俺は一夜漬けに命をかける漢(おとこ)なんだ!」
「そんなことに命かけるなら普段からちゃんと勉強してればいいのに」
「い〜や。単位さえ取れりゃいいと思ってるし、それに一夜漬けだけで高得点取れたらすごく得だと思わないか?」
「絶対思わないよ」
「ち。理解のないやつめ」
「あたりまえだよ〜」
相変わらず、何言ってるんだか…。
「はぁ。やっぱり浩平にはしっかりした恋人がいた方がいいよ。ずっと私が一緒にいてあげなくちゃいけないのかなぁ…」
それは口癖みたいに言ってきたこと。
「まて!どーしてテストの話からそっちの方向へ飛ぶんだ?」
「だって浩平のことがすごく心配なんだもん。私が見てないとすっごい事ばかりやってるんだから」
「おいおい。…俺にとっては逆にお前の方が心配だぞ」
「どうして?」
「いつも『俺のことが心配だ』なんて言っててお節介焼いてさ。それじゃあ男が寄りついてこないぞ。だからお前は彼氏の一人もいないんだよ!」
「そんなことないよ〜」
「何でそう言い切れるんだ?誰か好きなやつでもいるってのか?」
「そ、それは…」
答えに詰まってしまった。
わ、私が一番好きな人は…。
「ほ〜ら。何も言い返せないだろ」
「わ、私にだって好きな人くらいいるよっ!」
「ホントかよ?」
「ホントだよっ!」
ついムキになって大きな声を出しちゃった。
「ふ〜ん。…じゃあさっさと告白でもしてしまえ」
「はうっ。それは…」
「お前は野郎連中の中でも結構人気のある方だからな。自信持てば絶対大丈夫だよ」
「…うん。ありがと」
私が一番好きな人…。
その人から励まされるなんてね。
なんだか皮肉だよ…。
「あ〜。パタポ屋ついたぞ」
「あ、うんっ!」
そうこうしている間に私お気に入りのクレープ屋さん、『パタポ屋さん』についた。
暗い顔していても仕方ないよね。
うんっ!折角テストも終わったんだから思いっきり遊んじゃお♪
私たちは幸い、並ぶこともなくすぐにクレープを手にすることができました。

はむっ!

「あは。やっぱりパタポ屋さんのクレープが一番おいしいよね」
笑顔でクレープを頬張ると、口いっぱいに心地よい甘さが広がる。
「そうだな。もぐもぐ」
浩平は見かけによらず甘党なんです。
だからよくこうやって一緒に甘いものを食べに行ったりするんだけど。
その度に…。
「あ、長森。あれを見ろ!」
「え?」

はむっ!

「何にもないよ浩平?」
「気のせいだ」
いつもこんな事ばかりされてます。
「…あ〜!私のクレープ食べたぁ〜!」
「だから気のせいだと言ってる」
「ちがうもん〜!」

…………
…………

これが、私の大好きな瞬間。
ずっと…小さい頃から続いてきた二人の関係。
素朴で、小さくて、何気ない…ひととき。










私たち二人の関係は



付かず離れず



いつまでも、このままだと思っていた



勿論私自信、それを望んでいる



だけどすぐに気付くことになる



嘘はいつか…ばれると



素朴で、無邪気で、他愛なくて



そんな、平凡な日々の…終わり…










それはまた、いつものこと。
朝…寝起きが悪い浩平を起こしては学校に駆け込む。
昼…多めに作ってきたと言っては浩平と席を一緒する。
夕方…部活動のない日に何はともなしに、夕焼けを背にして二人で商店街を歩く。
そんなことが続いていた。
浩平は相変わらず意味のない冗談を言っては周りの失笑を買っている。
私が溜息をつくのもいつものこと。
だけど私は全部知っている。
幼い頃。
彼の身に起きた不幸を。
浩平がああいう性格なのは…『寂しさを紛らわす』為。
勿論、全部とは言わないけど。
悲しいほど不器用で、純粋で…いつまでたっても子供で…。

『悲しいことがあったんだね』

あの日。
出会って間もない私たち…。
私が浩平にかけた言葉。
…出会いの瞬間は。

『一緒に遊びたかっただけなんだよっ!』
『嘘つけっ!』
『嘘じゃないもんっ!』
『覚えてろよ!明日からたっぷりといじめてやるからなっ!』
『うわぁ〜〜〜ん!嘘じゃないのに〜〜〜!』

当時から、浩平のことはずっと前から知っていた。
私のクラスに不登校でいつも塞ぎ込んでる男の子がいると聞いていたから。
たまたま家が近かったから、担任の先生に『会ってやってくれないか?』と言われたのが知り合うきっかけだった。
チャイム鳴らしても一向に反応がないから…だから部屋の窓に(と思える所)直接小石をぶつけていた。

こつんっ☆

こつんっ☆

引いては押し返す波のように。

こつんっ☆

こつんっ☆

彼が出てきてくれることを願って。

こつんっ☆

こつんっ☆

確かに、同情はあった。
彼の身に起こったことは聞いていた。
悲しいことがあったということは。
私はそういう人を見捨てられない性格だということは…わかっていたけれど…。

こつんっ☆

こつんっ☆

諦めずに小石を投げ続ける。
だけど困ったことに…。
『はぅ〜。小石がなくなっちゃったよ〜』
慌ててあたりを探す。
少し離れたところにちょっと大きめの石を見つけた。
『だ、大丈夫だよね?これくらいの大きさなら…』
ちょっと心配だけど、手頃な小石は他には見当たらない。
弱く投げればガラスは割れないと…思った。
もう一度、狙いを定めて石を放る!

ガラッ!

そのとき、勢いよく窓が開いて。
石はそのまま彼の眉間に…。

ゴンッ!

『ぐあっ!』
『あ…あたっちゃったぁ…』
『なにすんだよっ!』
『ごめんなさいっ!わざとじゃなかったんだよ』
『すっごくいたかったんだからな!』
『ごめんなさいっ!あやまるからっ!』

そんな…出会いだった。
いじめっ子といじめられっ子。
最初から不器用な関係…。
いつまでも続くと思っていた関係は…ただ一言で、崩れることになる。
それもまた…ある日のこと…。

「ずっと好きだったんだ。長森!俺と付き合ってくれっ!」
「…ええっ!?」
放課後の、まだ人がいっぱいいる教室の中で、そんな恥ずかしい台詞を堂々と言う浩平。
わかっていた。
全てわかっていたのに…。
なのに私は。
…少し呼び止められて、また遊びの誘いでもあるのかなと思った。
「ぁ…あの…」
思わず答えに詰まる。
だけど私は……普段の調子とは明らかに違っていた。
浩平は変わらなかったのに…。
「どうなんだっ?」
焦れったそうに答えを求める浩平。
好きな人から…告白されたのだから…。
そんな考えが頭をよぎる。
そして…一瞬の迷いの後。
「う…うん…。いいよ…」
大勢の視線の中で。
「…は?」
『信じられない』と言った感じの表情。
「浩平がいいのなら…。私は…いいよ…」
ずっといっしょにいるだけの関係。
私はそこから…一歩踏み出したかったんだ。
心の底では…そう思っていたんだ…。
だから…浩平の告白を利用した。
いつもなら『つまらない冗談』で済まされるはずなのに…。
その日から私たちは…。










恋人同士に…なった…。










次の日の朝。
「浩平朝だよ…って、あれ?」
あれほど朝が弱い浩平が、先に行ってしまった。
布団の中には誰もいない。
「はぁ。いつもこうしてくれれば楽なのに…」
ただ溜息がこぼれる。
『仕方ないんだから』という、苦笑混じりの。
「私がわざわざ起こしに来なくてもよくなってよね。浩平…」
時間はまだたっぷりあるけど、早足で歩く。
教室には浩平がいるだろうから。

…………

教室に入ろうとしたら…。
「浩平」
「…長森」
「あは。今日はちゃんと起きられたんだね」
笑顔で誉めてあげる。
「あー」
気のない返事。
「いつも早起きできるようにしてよね」
「あー」
机に突っ伏して寝込む浩平。
いつもとは違う雰囲気。
そんなこんなで時間は過ぎていった。

…………

お昼。
浩平に声をかける。
「浩平。お昼一緒に食べよ」
「わりぃ。住井達と約束してる」
「そうなんだ」
残念。
折角お弁当作ってきたのにな。
「…今度は…一緒に食べようね」
「あー。わかった…」
だけど、次の日も、その次の日も…浩平と一緒にお昼は食べられなかった。
なんだか…避けられてるみたい…。

…………

放課後。
「浩平!一緒に商店街に行こうよ」
「悪い。今日は…都合が悪いんだ」
「都合が悪いって、浩平何も予定ないでしょ?」
浩平は帰宅部のはずだよ。
「いきなり入ったんだ」
「何だよそれ?」
ちょっと突っ込んでみる。
今日の浩平は機嫌がすごく悪いみたい。
「今日はどこにも行きたくないんだよっ!」
「もう!…わかったよ。それなら明日にしよ」
「あー」

がらっ!

さっさと出ていく浩平。
「あ。ま、待ってよ浩平!」
早足な浩平を必死に追いかける。
「はぁはぁっっ…それじゃあ。一緒に帰ろうよ」
「…ああ」
帰り道。
別に急ぐ用事は何もないのに、浩平の足は早い。
「こ、浩平っ!早いよ〜!もうちょっとゆっくり歩いてよ〜!」
「…ああ」
仕方無いと言った感じで少しだけ歩みを緩める浩平。
そのまま二人とも無言で歩き始める。
「…」

きゅっ!

思い切って浩平と腕を組んだ。
「…」
「あはっ♪」
恥ずかしいのか、何回か解かれそうになったけど…その度に腕を組み返す。
「…私たち。恋人同士になったんだよね」
「…!」

ばっ!

「きゃっ!」
勢いよく振り解かれて、体勢を崩す。
その時は思った。
浩平はまだ恋人という関係になれていないだけだと。
だけど、次の日も、その次の日も…浩平の反応は冷たかった。

朝。
『浩平っ!どうして待ってくれなかったの?』
『先に行きたかったんだ…』
あれだけ朝弱かったのに…いつも先に行ってしまう浩平。

昼。
『浩平。お昼一緒に…』
『悪い。約束がある』

夕方。帰り道……。
『浩平。一緒に帰ろ…』
『…ああ』
先に帰ってしまわないように、浩平を呼び止める。
嫌々と言った感じで道を歩く浩平。
そんなぎこちない日々が、過ぎていった。
私の…あの一言から、何もかもが変わってしまった…。










それもまた、何気ない日々のこと。
錯覚してしまうけど、私たちは以前とは明らかに違った。
冷たい浩平につきまとうようにして…。
「浩平!明日はクリスマ・イブなんだよ!」
何かと理由を付けてははぐらかされ、強い口調でこちらから用件を押しつける。
「ああ。そういえばそうだったな」
「うぐっ!」
まるで興味がないといった感じの浩平。
正直、ショックだった。
覚えてもくれないなんて…。
「じゃあどこかでメシでも食うか?」
ようやく答えらしい答えが浩平の口から出た。
その時は、ホッとしたけど。
あくまで一時的なものでしかなかった。
「うんっ!」
「待ち合わせは…」
…やっと会話がかみ合ったような気がする。
だけど、ずっとから予感はあった。
その人が約束通りに…『本当に来てくれるのか?』という疑問が。

…………

クリスマスイブの夜は風が強く、すごく寒かった。
「うぐっ。浩平…遅いよぉ。くしゅんっ!」
待ち合わせ時間三十分前にやってきて、既に二時間が過ぎた。
だけど浩平は来ない。
勿論何度も何度も浩平のうちに電話をかけたけど、誰も出なかった。
明らかに浩平は私を避けている。
認めたくないけれど、それは事実。
「ぐすっ。こうへい……」
何故こうなってしまったのかは、わかっているけれど……。
ただ涙だけが静かに流れていった。










「中?」
「ああ」
「何があるの?」
「そりゃ…見てのお楽しみだ」
「そっか。…あは。すっごく楽しみだよ♪」
そういって暗い教室の中に入る。
『クリスマス』の代わりをしようと言われて、浩平の言うがままに夜の学校へとやってきた。

ドンッ!

「きゃっ!」
いきなり後ろから押され、教室の中に入り込む。
「い、痛いよ浩平っ!」
「長森、寂しかったか?」
…?
暗くて何が起こってるのかわからない。
ただ、私の手を握りしめる浩平の手が離れないくらいに堅い。
「こ、浩平?」
「…」
私の身体を這う感覚。
浩平の…手は…私を求めている。
「こ、浩平…一緒にいてくれるんだよね」
私は…浩平なら…。
「…」
「私…こわいけど…。浩平のこと、信じてるよ…」
受け入れられる…。
目をつむってじっと違和感に耐える。
その時。
「ぐっ!」

ぱっ!

壁を叩くような『だんっ!』という音と共に、教室に明かりが入る。
そこには…。
「え!?」
「……」
「あ、あれっ?」
全く状況が飲み込めない。
下ろされかけた私のブラウスと…それと、浩平と…もう一人の…?
「!」
何かを耐えるような…苦しそうな顔をして、教室から走り去る浩平…。

ダッ!

「あっ!浩平、待っ……むぐぅっ!」
『待って』と言おうとした瞬間、私の唇は塞がれていた。
「むぐっ!…ううううッ」
後頭部を掴まれて、無理矢理…。

ばっ!

勢いで男をふりほどく。
「ぷはっ!……はぁっはぁっ……ひど…ぃ……うぐっ」
一瞬の間をおいて、静かに涙が溢れてきた。
浩平は…私を…。
今日ここに連れて来たのも全て…。
はじめて…ではなかったけれど、私は唇を奪われてしまった。
ショックだったけれど、それでも…浩平に会わなきゃいけないという思いの方が強かった。
「ひっく…いかなくちゃ」
ふらつきながらも、何とか立ち上がって教室を出ようとする。

グイッ!

「きゃぁっ」

ダンッ!

這い蹲りながらも私に襲いかかる男。
走り出そうとしたところ、足を捕まれ勢いよく倒れ込んだ。
「い、痛っ!」
「……」
男は無言で私にのし掛かり、乱れたブラウスの上から胸を掴んできた。
すごく痛いけど…でも!
「じ、じゃまだよっ!」

ばしっ!

「ぐっ」
もがきながらも肘で男の顔面を思いっきり叩き、振り払う。
そんな力が残ってたなんて、自分でも不思議だったけど…。
勢いで立ち上がり、倒れ込みながらも私を掴もうとする男の顔面を思いっきり蹴り飛ばした。
「じゃまだっていってるんだよっ!」

げしっ!

「ぐあっ!」

がしゃぁんっ!

夜の静けさに大きな音が響く。
机を派手に倒しながら床へと倒れ込む男。
「はぁっはぁっ…」
私は倒れた男に目もくれず、よろめきながらも一気に教室を走り去った。
行かなくちゃ!
浩平のところへ!
早く!

たたたたっ!

「ぐすっ。…ごめんね浩平。…私が…私が…うぐっ」
そうだよね。
私は浩平の本心を聞いていないのに。
冗談だとわかっていたのに。
わかっていて…それを…利用した…。
これはきっと…酬い…。
「うくっ。…罰だね」
乱れた服を整える暇もなく、走る。
「どこに…行っちゃったの?」

たたたたっ!

教室を出た私は、あらゆる所を探して回った。
廊下に、部室に、理科室に、音楽室に、体育館に…。
浩平の行きそうな場所…いそうな場所を…。
そうするうちに、月明かりの眩しい中庭に浩平を見つけた。
寂しそうに…悲しそうに…一人っきりの…浩平を。
「どうして一人で行っちゃうんだよ。浩平…」
浩平は後ろ姿で、絞り出すような声。
震えているの?
「長森…」
「教室暗くて…こわかったんだよ!」
傍目からも、私はおかしなことを言ってるのだと思う。
あんな事があったのに。
私は…何事もなかったかのように振る舞ってる。
「…どうして俺のところに来た」
「…浩平。ほら、『はー』って息はいてみてよ」
吐く息がこんなに白くなってきているから…ちょっとおどけて息を吐いてみる。
だけど…。
「どうして俺のところに来たって聞いてる!」
「…」
「お前…わかってるのか!?何されたか…!?」

どんっ!

勢いよく肩を押される。
「……いいんだよ。私は」
全部私のせいだから。
「…っ!馬鹿だお前はっ!俺はなっ……自分の恋人を……お前を…他人の…見ず知らずの男に襲わせようとしたんだぞっ!」
「…」
「クリスマスの時もわかっててわざと行かなかったんだ!お前が寒い中待ち続けていることを知っててだ!何度も何度も電話が鳴ったけど……俺は……!」
まくし立てる浩平。
私はただ、黙って耳を傾ける。
「…」
「俺は一体何を考えてんだよっ!何とでも言ってくれよっ!酷いこと言ってなじってくれよっ!」
まくし立て、それから静寂が訪れる。
私は静かに、口を開く。
「…それでも。私は……浩平のことが好きだよ」
「…」
今度は浩平が静かになった。
「浩平は私のこと……嫌い?」
首を振りながら。
「好きだ……と思う…」
すごく嬉しかった。
「…私にはね。浩平しかいないんだよ」
それが、素直な気持ち。
ずっと変わることのない…。
「あんな事されてもか?」
こくんと頷く。
「私は浩平のこと…よく知ってるもん」
優しいことも、寂しがり屋なことも、シャイなことも、不器用なことも…全部……。
「……」
浩平しか……いないんだよ。
「……別れよう」
そうだね。
それが一番いいのかもね。
私たちの関係は…そんなに単純なものじゃなかったはずだよね。
あんな告白だけで決まっちゃうような…。
ごめんね、浩平。
「…じゃあお別れ。でも…やり直せるよね?」
「…」
「今日は、一緒にいてよね」
「ああ…」
私たちは寄り添いながら、静かに一夜を過ごした。
何もいらなかった。
ただお互い…子供の頃のように白くなった息を見比べながら…。

…………

その日から、また…日常というべきものが戻ってきた。
それは『恋人』等という堅苦しい関係はなくて。
ずっと昔から続いてきた『幼なじみ』だった。
何気ないやりとりも妙に懐かしく…心地よく感じる。
もう少しで失ってしまいそうだった関係だから。
「浩平。一緒に帰ろ」
「ああ」
帰り道。
夕焼け色の空を眺めながら二人で歩く。
相変わらずくだらない冗談ばかり言って。
その度に私は振り回されて、溜息をついて。

ギュッ!

「わっ!こ、浩平っ!?」
「ど、どうした長森っ!?」
いきなり私の手を握ってきて。
浩平の突拍子もない行動に、真っ赤になる私。
これが…戻ってきた日常。
それでも、自然な関係。










永遠に続くと思っていた



甘酸っぱくて、くすぐったくて…



恋人でもなく、ただの友達でもなくて



付かず離れずだけど…それでもお互いを認め合って



大切だと感じて…



心の底から…愛し合っている



そんな関係が、永遠に続くと思っていた



恐らく浩平もそう思っていたのでしょうけど…



だけど



それは違った…









ふと、日常というものがわからなくなる。
それもまた、日常の中の一コマだったのに…。
今も…何事もなく一日が過ぎていく。
朝起きて学校に行って授業を受けて…お昼休みを迎えて…。
友達とお喋りして、掃除をして、部活へ行って、帰りに寄り道して…一日が終わる。
今日も…別段変わったことは何もない一日だったのだけれど。
一つだけ違ったことがあった。
休み時間、いきなり廊下で息を切らした男の人に呼び止められる。
「ぜ、ぜぇぜぇ…はぁはぁ……み、瑞佳っ……!」
「……?」
見覚えのない人だった。
校章の色を見る限り同じ学年だと思うけど。
少なくとも、同じクラスでは無いと思った。
かといって人違いではないのでちゃんと答えないと。
『瑞佳』という名前は珍しい方だから、人違いということはないはず。
「あ、あの。どちら様でしょうか?」
「……っ!」
丁寧に答えたつもりだけど…その瞬間、彼の表情が凍り付く。
悲しそうに…明らかにがっかりしたように…愕然として…。
「あ、あの…。ごめんなさい!私、物覚えが悪いから…その…頑張って思い出してみます!」
申し訳なくなって何とか思い出そうとする。
彼はゆっくりと首を横に振って…。
「……いや。いいんだ。俺の間違いだった」

たたたたっ!

「あ…」
そのまま駆けていってしまった。
なんだろう?
違和感を感じる。
あの人の悲しそうな瞳…。
何か大切なことを忘れてしまったような…。
思い出せない。
ピースの欠けたパズルのように、見つからなくて…。
記憶が断片化してしまったみたいで、もどかしい…。
「思い出せないよぉ…」










その夜。
私は夢を見た。
小さい頃の夢を。










がちゃっ!

「お母さんただいま〜」
「こ、こんにちは…」
緊張した面持ちで私のお家に入ってくる男の子。
学校帰りに誘って…来てもらった。
「あら、お友達つれてきたの?」
「うんっ!」
元気よく返事をする。
つい先日知り合ったばかりの、新しいお友達。
たまたま家が近くて、よく一緒にお喋りして、遊んで、喧嘩して、その度にいじめられて…それでも仲直りして…。
大好きなお友達だから、お母さんに紹介するんだ。
「初めまして、私が瑞佳のお母さんです。よろしく……ええと?」
男の子の名前を聞くお母さん。










「おりはら…こうへいです…」











がばっ!

「ぁ…ぁぁ…ぁ……!」
はぁっはぁと荒い息を吐きながら、飛び起きる。
身体中を嫌な汗が覆っていた。
「うっ…」
どうして…どうして忘れてしまっていたのだろう?
こんなにも大切なことを……。
自分が嫌になる…。
あの人の…悲しそうな瞳。
『あ、あの。どちら様でしょうか?』
『……っ!』
どうして私は…!
人間は、辛いことや…悲しいことは…忘れがちだけど…楽しいことや…嬉しいことは…なかなか忘れないはずなのに…。
何故…!?
「ぐすっ。…ずっと一緒にいてあげるって言ったのに」
悔しい。
「寂しくなくなるまで一緒にいてあげるなんて…言ったのに…」
悲しい。
「ぐすっぐすっ…ごめんね…。浩平…ひっく」
自分がわからなくなる…。
「えぐっ…。私の…ばかぁ…ひぐっ」
あれほど大切に想ってきた人なのに……。
私は…決して忘れてはいけなかった事実を…失いそうになってしまった…。
悪夢を振り払いながら、ひたすらに朝を待ち続ける。
自己嫌悪に苛まれながら…。

…………

だけど、再開の瞬間は…意外にすぐだった。
私が彼のことを覚えているうちは、まだ……大丈夫だから。
やきもきしながら早足で歩く、朝の…混み合う横断歩道。
…これだけ多くの人がいるのに、誰一人として名前を知ることはない。
無言の集団。
それを考えると、広い世界にただ一人置き去りにされたような…孤独感に打ちのめされる。
彼の姿を目にするまでは。

ぱっ!

信号が変わり、横断歩道を渡りはじめる。
「……」
「……」
私は…何かを堪えているような…張りつめた表情をしているはず。
第三者が見れば、おかしな光景に違いないでしょう。
「……」
「……」
すれ違う二人。
その瞬間私は…。
「……」
「……」

すっ!

彼を、背中から抱きしめていた。
「うぐっ…捕まえた!」
「瑞佳…」
信じられないといった表情の浩平…。
「痛いよ。離してくれ」
「嫌だよっ!」
きっと離したすきにどこかに行っちゃうもん!
「もう…離さないよっ!」
涙を堪えながら、大好きな人を抱きしめる。
もう…離れないように…。

…………

その後私たちは、どちらからともなく公園へと向かった。
ただ…何となくでいいから…浩平と一緒にいたかった。
残された時間を…大好きな人と…。
浩平に膝枕をしてあげながら、お話をする。
他愛のない…お話を。
「浩平。もうすぐ…桜の花が咲くよ…」
「そう…だな」
まだつぼみの段階だけど、ほんの少しだけ咲きかかっている…。
もう少しすると…公園中が桜の花でいっぱいになる…。
「あは…。また…一緒にお花見しようよ…」
「ああ…」
「約束だよっ!」
無理矢理、押しつけるように約束をする。










−春の思い出…−
風にあおられ”ぱあっ!”と桜の花が舞う。
『わぁっ!綺麗だなぁ』
年に一度の、満開の桜を眺めていると…。
『わははははっ!飲め飲め〜!住井〜!』
『おおうっ!飲むぞぉ〜〜!どんどんこ〜いっ!』
綺麗なお花に見入っていたのに、花より団子な人たちがいるよ〜!
『浩平っ!お酒飲んじゃダメだよ!』
私たちはまだ未成年なんだから〜!
『はっはっは。堅いことゆーな長森!酒のない花見なんてガ○ダムのいない連邦軍以下だぞ!』
『そーそー!だいじょぶだいじょぶ♪長森さんっ!』
『もー!住井君まで〜!』
ダメだよ〜ホントに!
『さすが兄弟!話が合うな!住井よっ♪』
『おおっ!』
『そんでは男折原浩平!いっちょう歌いますっ!』
『おしっ!それじゃあ俺もっ!』

ばっ!

『きゃ〜〜!』
周りに人は……いないけど、上半身裸になりながらコブシの入った演歌を延々と歌い出す二人。
『あはははは〜♪いいぞ〜折原君に住井く〜〜ん♪歌え歌え〜♪きゃははは〜♪』
さ、佐織まで酔っぱらってる〜!
『も〜〜!みんなお酒飲んじゃダメだよ〜〜〜っ!』
日が暮れるまでみんなではしゃぎまくって…遊んだ。
楽しかったお花見……。










ザワザワと、弱い風が木々を揺らす。
「そういえば夏…さ。今年も…行くつもりなんだろ?」
「う…ん。…今年も浩平と一緒に…行きたいよ…」
夏になると毎年、近くの海に…泊まりがけで遊びに行くんです。
浩平と一緒に…。
叶わない願いだとは…わかっていながら…。
「約束…だよ」
「ああ…」









−夏の思い出…−
『ああ。気持ちいいよ〜』
パラソルの影の下で、のんびりと寝転がる。
ここは有名な海水浴場と違って人の数もそれほど多くなく、要するに穴場とも言える場所だと思います。
私は、ざ〜ざ〜という静かな波音を聞きながらお昼寝しています。
そんなとき、いきなり…。

ぴとっ♪

『きゃぁっ!わ、わぁっ!何するんだよ〜、浩平!』
うつ伏せになって砂浜に寝転がっていると、いきなり背中に冷たい物が触れた。
『なんだ。折角お前のジュースも買ってきてやったのに』
『びっくりするからそんなことしないでよっ!』
冷たい缶ジュースを直接肌に当てるなんて〜!
『ふふん。お前って結構敏感な方だろ?』
にやけた顔がエッチな浩平。
『そ、そんなことないもん!』
『どーだか。うりゃっ!』

ぱらっ!

『きゃぁぁぁっ!浩平のえっち!』
うつ伏せだからって、私の背中の…ビキニの紐をパラッと解いて逃げていく浩平!
慌てて紐を結びなおして、いたずら者の浩平を追いかける。
『こぉら〜〜〜!まちなさ〜〜〜いっ!!』
『ふははははっ!俺に追いつけるかな?長森君♪』
『まて〜〜〜!』

バシャンバシャンッ!

日焼けするのを忘れるくらい、はしゃいだ夏の日……。










「……っく。……あのさ。…覚えてる?」
「なんだい?」
しゃくり上げながらも、無理矢理に話を続ける。
「あの時…。マラソン大会の練習の時…」
「ああ…。野郎連中数人で女子の練習を覗きに行った時のことか」
「くすっ。うん。その時のこと……」










−秋の思い出…−
『すーすはっはっ、すーすーはっはっ…』
マラソン大会の練習時間。みんな黙々と走り続けている。
毎朝浩平に鍛えられてるとはいっても、私はあまり運動が得意じゃない。
だから、ゆっくりでも呼吸を整えて必死に走り続ける。
吸って、吐いて、吸って、吐いて…。
リズムを保ちながら。

がさっ!

『?』
走っていると、校庭の端っこにある茂みから音がしたような?
『お、おい。押すなよ!』
『おおっ!やっぱり野郎と違って女子の練習風景は華やかだぜ♪』
『うむ!まったくだな。よおおおーく見えるぞ!』
『いい場所見つけたな〜折原!』
『ふははは。まかせてくれぃっ♪』

がさがさっ!

『…あれ?』
今、何かが聞こえたような?
気のせいかな?
『むふふふっ!やっぱり体操服にブルマ!これしかないよな!住井よ!』
『おおっ!スパッツなんかじゃダメだ!ブルマと体操着は漢のロマンだよなっ!』
『ああ。その通りだ!気が合うな!兄弟!』

がさがさがさっ!

…やっぱり気のせいじゃないよ!
な、なんなのかなぁ?
そおっと近づいてみる。
『…も、もしかして…浩平と、住井君?』
『や、やばっ!こっちに来るな長森っ!』
その時偶然…体育の先生が気がついて。
『長森さんどうしたの?…って、あななたたちっ!練習さぼって何やってるのっ!』
『や、やばっ!』
『に、にげろ〜〜!』

ゾロゾロゾロゾロ!

『きゃぁぁぁっ!』
茂みにはすごい数の男子が隠れていて、一気に逃げていきました…。
その後浩平達が体育の先生にたっぷりと怒られのは、言うまでもありません。











「ぐすっ。…あはは。おかしいよね私たち…」
昔話ばかりしていて…。
叶うことのない約束ばかり交わして…。
「そうだな…」
「浩平は…冬の思いで…何を思い出す?」
「…雪が降ったときかな」
「楽しかったよね」
「ああ…」
二度と会えなくなるのかも知れない人…。
洪水のように流れて…落ちる……思い出と…約束。











−冬の思い出…−
私たちの街では滅多に積もらない雪。
その、『滅多にないこと』が起こったとき、途端に浩平の足取りは軽くなる。

さくっさくっ!

『おい!早く来いよ〜長森!』
『はぅ〜。待ってよ浩平…きゃぁっ!』

どさっ!

慣れない雪に足を取られ、転んでしまう私。
『な〜にやってんだよ。ほらっ捕まれ』

すっ!

浩平が手を差し伸べてくれる。
『あ、ありがと…って、きゃぁっ!?』

ゴロゴロゴロっ!

『ふははははっ!雪だるまにしてやるっ!転がれ転がれ〜♪』
『きゃ〜〜!やめてよ〜〜!浩平〜〜!』
新雪の上を転がされ、体中雪まみれにされてしまった。
あの後私は風邪を引いてしまったけど…責任を感じたのか浩平が看病してくれた。
そう思うと風邪も悪くないかな…なんてね。きゃっ。










「うっ。私……私……。笑顔でいられてるかな……」
「……ああ。大丈夫だ」
「っく……私たち。…ずっと…一緒だよね?」
私は…くどいくらいに同じ台詞を繰り返している。
「ああ」
その度に浩平は…優しく頷いてくれる…。
「思い出…他にもあるかい?」
「え、ええと。それからね…それからね…ぐすっ」
悲しさを紛らわすため、必死に言葉を紡ぎ出す…。
数え切れないくらいの思い出に……約束。
考えれば考えるほど…溢れていく…。
頬を伝う大粒の涙と共に……。
「ぐすっ……ホントに約束……忘れないでよ……」
「ああ。いっぱい…したもんな……」
「ぐすっ……ひっく……。ゆびきり……しようよ…」
小さい頃から…約束の時は…いつもゆびきりげんまん…。
「そうだな……」

すっ!

私と浩平と…。
小指と小指が近づいて…そして…。
繋がることは…なかった…。










「こうへ…い…」










人が一人……消えてしまったから……。









「い………いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!こうへいっ!こうへいっ!こうへいーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」









ただ、涙が……こぼれ落ちるだけだった……。










何気ない日常。
すれ違う、無口な人々の群。
私は時々錯覚してしまう。
もしかしたら、何もなかったのではないのか……などと。
浩平と過ごした…楽しかった日々ですら……。
幻に思えてしまう。
そんなときはとてつもなく自分が嫌になる。
…あれから私は、何事もなく…普通の生活を送っているけれど。
人は一人では生きられないとよく言うけど、まさにその通りだと思う。
私にとって大切な友人達。
もし、みんながいてくれなかったら……私は…。
周りの人たちの大切さを改めて実感する。










春。
浩平のいない…はじめての春。
桜の花びらが妙に寂しく見えてしまう。
こんな事ではダメだと自分に言い聞かせながら…私は歩みを続ける。
まだ立ち直れていないけれど…しっかりと自分自身を保とうとする。
そうしなければ…泣いてしまうから。
ようやく立ち直りかけたのに…。











夏。
とても暑い夏…。
気だけが滅入っていくから、思い切って外の風を浴びることにする。
友達はみんな…好きな人とつき合い始めたけれど、私を見捨てないでいてくれた。
暗く…独りぼっちの私でも…。
そのおかげ…と言っていいのかどうかはわからないけれど、受験勉強に集中することができた。
無理矢理にでも勉強していれば…紛らわすことができるから。
勿論…浩平のことは、忘れてなんかいないけれど…。










秋。
夏も終わりを告げ、少しずつ肌寒さを感じてくる季節。
虫の鳴き声を聞きながら…夜を過ごす。
高くなった空を見上げては、浩平のことを思い出す。
小さい頃…野原を駆け回った少年は…ここには…いない。
そんな風に、つい…思考がマイナスになってしまう…。
「ふぁいとっ、だよっ!」
女の子の間で人気な小説の…ヒロインの台詞を真似しながら…。
必死に自分を奮い立たせる…。
ひどく滑稽な…私…。










冬。
昨日、大雪が降った。
何もかもを白く染めて…ただひたすら降り積もる。
その…自然の産物は、あらゆる音を吸い取り…静寂という無限の時間を置いていった…。
暗闇には身を置きたくないのに…。
だから、雪はあまり好きじゃない。勿論…雨も…。
そういう日は…音があるけれど…だけど、そこには何もないから。
無の空間を演出するから…。
必死に絶望感を振り払いながら…。
ただ、耐え続ける…。










そしてまた…春がきた…。











私は、大学も無事合格することができた。
卒業式を終え、わずかな休みの後にはまた…日常が待っている。
普段と何も変わることのない、同じような…日常が。
結局、家から少しだけ遠い学校に進学することが決まった。
朝は今まで以上に早く起きなくてはいけなくなってしまったけれど…。
ふと、思い浮かべる。
もう帰ってこないのかもしれない…彼のことを…。
「……ホントに朝……弱かったよね」
毎朝私が起こしに行って…。
それも…途切れてから一年がたつ。
彼のことを考えていると絶望的になるけど、同時に…希望をくれる。
矛盾してる…とは思うけれど…それが素直な思い。
私は…後どれくらい待つことができるのだろう…。
自分に自信が持てなくなってしまう…。
佐織から卒業パーティーの誘いがあったけど、悪いけど…断った。
自分勝手だとは思うけれど、そんな気分じゃなかったから。
それもまた、ある日の事…。

さらさら……

帰り道の公園…。

さらさら……

「桜が綺麗だよ。浩平……」

さらさら……

もう、満開だよ…。

さらさら……

誰もいない公園で…。

さらさら……

桜の花は…ただ…散るを急ぐ……。

さらさら……

「春になったらお花見するって……約束したよね?」

さらさら……

まるで幻のように…。

さらさら……

「そうだったか?」

さらさら……

「ぐすっ。嘘つきはね……。舌べろを…引っこ抜かれちゃうんだよ……」

さらさら……

「じゃあ…マウスピースしておかないとな」

さらさら……

「ぐすっ。ひっく………それでも………だめ………だよ」

さらさら……

「鋼鉄製のマウスピースなら…エンマ様も引っこ抜けないだろ?」

さらさら……

「それでも……だめだよ……ぐすっ……」

さらさら……










桜吹雪の中に……。










ぶっきらぼうで、意地悪で……。









でも、優しくて、照れ屋で……。










ずっとあいたかったひとがいた……。










「ただいま。瑞佳……」










はにかんだ彼に、私は答える。









雲一つない空の下で…










二人。唇を…重ね合いながら…










「おかえりなさい。浩平」











これからも…ずっと一緒にいたい…










恋人に…










おわり










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(後書き)

ども。
前回に引き続き、SideStoryを書かせていただきました。Minardi改vbxともーす若造っす。
さてさて、今回は『ONE〜輝く季節へ〜』のヒロインにして、私好みの…激!幼なじみ少女、こと長森瑞佳のお話でしたが。
正直、瑞佳はシナリオで相当割を食ってるヒロインでしょうね。…恐らくこれまでにないほど(笑)
『瑞佳は好きだけどシナリオがね〜』とか『浩平の野郎は絶対ゆるせん!』という意見を数多く耳にいたします。
あとは『何故あんな事されても許せるのかわからん!』とか。
…だが。
そう言いきる方はみんな『ゲームはほぼ全編、主人公である折原浩平の視点である』ということをお忘れだと思います。
勿論浩平のしたことは決して許されることではないのは確かですが。
しかし、長森瑞佳という一人の少女……シナリオの当事者の視点(感情)を考えずして、ただ単純に『シナリオがね〜』と判断するのは如何なものかと思ったわけでありんす。
…それでは現代人が陥りがちな『当事者感情ほったらかしな無責任大衆』的見方になってしまうかもしれない。
本質を見ずに、物事を語るような…。
まあそれは、マスコミの一方的な報道によって無意識のうちに感染してしまってる現象なのでしょうけど……って、そんなに大仰なもんじゃないわいっ!(一人突っ込み!)
まぁそんなわけで、今回は自分なりに『瑞佳シナリオの答え』を出してみることを目標として、ほぼ全編を瑞佳視点で書いてみました。
二人の深い関係を感じることができたら幸いです。
え?
できなかったらどうするんだ……ですと?
そ、それは…私の力不足です。すま〜んっ!(爆)
これからは精進するです!(>_<)

すわぁて、そんなわけで次回予告!
って、次回があったらなんだけど…(笑)
ちゃんと〆切前に入稿しますから〜。
次回もお願いしますですぅ!
なにとぞ!(爆)
…で、次回ですが。

月面・超強行派都市エアーズ市上空で繰り広げられる死闘!
そこでは恍惚とした表情で弓矢ならぬビームスマートガンを撃ちまくる某T○Heart、レ○ィ似の少女!
観鈴「あははははは〜っ!○之、覚悟するでス〜!SHOOT!」

ドウドウドウドウッ!

「どえええええええええええええっ!!!!」
果たして、勝利を収めるのはエ○ーゴ新政府軍α任務部隊か?それともニュー○ィサイズか?
次回!
究極の戦いが始まる!
乞うご期待!
って、このネタわかる人……どれほどいるのやら(滝汗)
かくいう自分もあんまりよくわかってなかったりして(マテ)

………

…全部嘘です。スンマセン(汗)
とりあえず発売が間に合ってプレイすることができたら……Keyの新作AIRに挑戦しようかな〜なんて考えたりしなかったり(笑)
はうっ!文字数がやばいにょ!
そんなわけで今回はこの辺で失礼いたします。

最後に…。
今回、私をゲスト出演させてくださいましたEinshaltさん、ならびにサークル『白いヘアバンド』の皆さん。販売に携わってくださる皆さん。
私のこんなつたないSSを…どうもありがとうございました。
この場をお借りしてお礼を言わせていただきます。

それでは皆さん。またどこかでお会いしましょう…。


(※この作品は平成12年、ときめきパーティセンセーション・コミックマーケットで発表したものです。)