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05.もも色シンフォニー 瀬名愛理編










 ――いつも通りの制服姿。そして、屋内の妙に狭い空間にて、立ったまま密着している二人の男女がいた。

「……」

 女の子の方こと、愛理はちょっとばかり上目使いになって新吾をじっと見つめている。それはあたかも、無言で何かをおねだりしているかのよう。新吾も愛理の望みをはっきりとわかっているのか、焦らすことなく行動に移す。そうして二人揃って改めて目を閉じて、ゆっくりとキスをするのだった。

「ん……」

 唇が離れ、尚もほのかに残る温もりがたまらなく愛おしい。うっとりとした愛理は余韻に浸るように、新吾から目を逸らす。狭い空間とは愛理の自室の玄関。そんなところでキスをしている理由はとっても簡単。

『ねえ新吾。これからうちに来ない?』

 事の発端は、愛理からのリクエストだった。今まさにしているように、好きな人に思い切り甘えて、キスをしてもらいたくなった。だから愛理は完全に二人きりになれる場所へと新吾を誘ったのだった。

「愛理は甘えん坊だね」

「いいじゃないのよ。悪い?」

 愛理は照れ交じりにちょっと舌を出し、子供のようにすねて見せる。

「ううん。悪くない」

「こんなふうに甘えるの、外でなんてできないでしょ? だから……」

 傍から見れば鬱陶しいことこの上ない程のバカップルさ加減だから、空気を読んで人目を避ける。

「そうだけどさ。ドア開けて玄関に入った途端にだったから、ちょっとびっくりしちゃったよ」

「そ、そりゃ……だって」

 新吾の手を引く愛理は、一目散と言っても差し支えがないくらいに早足で家路を急いだのだった。まるで、早くして欲しくてたまらないといった感じに。……例えるなら、指折り数えカレンダーに×印をつけていたような、待ちに待った発売日を向かえて、買ったばかりのコミック本を読みたいと思っている子供のように、うきうき感を隠せなかった。そしてドアを開けて中に入ると同時に、感極まったように新吾に抱き着いてしまったのだった。

「だって……。キス、して欲しかったから。ずっと我慢してて……待ちきれなかったのよ」

「そっか」

「だめ?」

「ううん。全然、だめじゃないよ」

 新吾は優しく微笑んでくれる。それを見て愛理は、意地を張るのをやめて素直になれて、本当によかったなと思う。

「ね、新吾。もう一回、してくれる?」

「何回でも。愛理の気が済むまで」

 新吾の言葉に愛理は無邪気な笑顔を見せる。

「ありがと。じゃ。……ん」

 軽くキスをしつつ、愛理の長く柔らかな髪を指先で弄ぶ新吾。

「愛理」

「あ……」

「髪、綺麗だよ。本当に」

「ありがと。嬉し……。ん……ん……」

 キスだけじゃない。愛理は好きな人に褒めてもらえて嬉しくて、はにかんだ笑顔を見せる。そしてまた、更なるキスを求める。

「新吾ぉ。もっといっぱい、甘えさせて……」

「うん」

 好きだと思うだけで、体中が火照っていくように愛理は感じていた。新吾の指先は髪だけでなく、愛理が愛用しているリボンにも触れている。可愛いと思ってもらえたかな、と愛理。

「似合ってるよ。可愛い」

 思っている側から、また褒めてもらえた。嬉しい。……けれど、上手く言葉に表現することができなかった。

「し、ん、ご」

 なので、とりあえず名前を呼んでみることにする。それもわざと、一文字ずつ区切って呼んでみる。一つ一つの言葉を噛みしめ、確かめるように。

「あ、い、り」

 新吾も愛理のノリにぴったりと合わせてくれる。互いの名を呼び合うのですら嬉しくて意味もなく笑顔。そうしてまたもキス。今度はちょっと大胆に、ディープなキス。……と、そんなとき突然、ぴんぽーんとチャイムの音がけたたましいくらいに鳴り響いた。ドア一枚隔てた向こうに人の気配がする。

「……んっ!?」

「あ」

『愛理さんこんにちは〜。アンジェでございますよ〜!』

『遊びにきたよ〜』

 聞き慣れたクラスメイトや友人の声が聞こえた。それも数人。いつもの面々といったところで、最初の声はアンジェとみうで、他にも紗凪や桜乃もいるようだ。

「あっあっ……ああぁっ!」

 慌てふためく愛理。見知った人達のすぐ側でこんな恥ずかしい事をしているという事実に、とてつもない罪悪感を覚える。それに、部屋に新吾を連れ込んでいるからか、みんなに目撃されてしまったら、いかがわしいことでもしているのではないかと思われてしまうかもしれない。……本来なら、そう思われても構わないような関係なのに、恥ずかしさのあまり隠し通したくなってしまった。折角遊びに来てくれたのにと、愛理はしょんぼりしてしまう。けれど、愛理が落ち込む理由はそれだけじゃなかった。

「う、あ……。み、んな……。みんなぁ……。ごめんなさい」

 突然に現れた来訪者に愛理は体をビクッと震わせて驚いてしまい、それが予想だにしなかった異変の発生へと繋がってしまったのだった。

「愛理、どうしたの?」

 新吾は愛理の様子がおかしい事に気付き、あえて声を発したりしなかった。

「あ、あ」

 愛理は緊張のあまりふるふると頭をふり、切なげにぽろぽろと涙をこぼして新吾に抱き着いた。新吾はただ無言のまま抱き締めてあげる。

『愛理ちゃん、お出掛け中かな?』

『どうやらお留守みたいですね〜』

『ま、しょうがないか〜。また来ましょうね、みう先輩!』

 それから何度かチャイムが鳴るが、程無くしてみんな去っていった模様。一難去ったと思ってしまうのも申し訳なく感じてしまい、愛理は落ち込む。

「愛理。もう、大丈夫だよ」

「……」

 二人の体が離れていくけれど、愛理はうつむいたまま。

「どうしたの?」

「新吾にキスしてもらって、いっぱいいっぱい、すごく優しくもらってると、その……変に、なっちゃうの」

 ぼそぼそと呟くように小声。

「え?」

「体……ぽかぽか熱くなって、汗ばんじゃって……それだけじゃ、なくて……」

 猛烈に言い辛そうな愛理。言葉ではなかなか上手に説明できないので、実際に試してみることにする。

「えっと、その。新吾。……あたしの耳元で、その……。す、好きって……そう言ってから、キスも……してみて」

「え? う、うん。じゃあ。……愛理、好きだよ」

 新吾は言われた通りに愛理の耳元でささやいてからキスをしてみせる。すると……。

「ん、んんんぅ! や、やっぱり……そう。ああ……。こんな……」

 言葉とキスが連動したように、愛理はぴくんっと体が飛び跳ねるように震えてしまった。ああ、やっぱりさっきの驚きが引き金となったのは間違いない。好きな人との触れ合いによって敏感になってしまった体は今や、猛烈に感じやすくなっていた。

「ど、どうしたの?」

「新吾に甘えて、いっぱい優しくしてもらって、それで……キスしてもらうと……いつの間にか……え、エッチな気持ちになっちゃったの。それで……みんなが来てくれたのに、こんな……」

「そうだったんだ」

 ただ汗ばむだけでは済まない。もしも、愛理がはいている短いスカートの下や、ソックスに包まれた足……玄関の床なんかを見られてしまったら、女の子として色々と、恥ずかしい状態である事がばれてしまうから。それで、みんなに姿を見せられなかったのだった。あまりにもはしたなくてやらしくて、幻滅されそうだったから。

「でも、も、もうだめ……。新吾ぉ。もっと、キスして。深いの……いっぱいして。……それで、あたしをめちゃくちゃにしてぇ」

 愛理の目はとろんとして夢見心地。……もちろんキスだけで済むはずが無い。ここまできてしまったら、もう後戻りなんてできはしない。そして新吾も全力で応えてくれるのだろう。こんなに優しくて素敵な人に好きになってもらって、心底幸せだと愛理は思うのだった。

「うん。……じゃあ、愛理の望むまま、しようね」

「んっ! ……んんっ! 好きぃ……。新吾ぉ。あ……んっ! キス……気持ちいい……。ん、ぅっ! はふ……」

 舌と舌がが絡み合いながらこすれ、にちゃ、ぷちゃ、という淫靡な音が聞こえる。きっとこれからここでいっぱい、愛してもらえるのだろうと愛理は思う。自分はまるで、盛りのついた雌猫みたいだと思うけれど、いい……。新吾が受け入れてくれるから。

「はふ……。あふ……。あたし……もう、力……抜けちゃって。……立って、られない……」

 ふにゃふにゃと倒れそうになる愛理を新吾は受け止める。

「おっとっと。……愛理。ほら、俺に掴まって」

 両腕で支え、壁にもたれ欠かせながら愛撫も絶やさない。

「う、ん。……ん、んんん。あふ……。あ、あ……あひっ! く、首筋は……だめぇぇ……! ああぁっ!」

 大胆すぎるキスはほんの始まりに過ぎない。キスだけで終わるはずがない。そんな熱い時間はまだ始まったばかり。










----------後書き----------

 愛理編でありました。

 彼女は何となく、感度が良さそうだなーということでこのような形になりました。そうなればもう、意地っ張りもどこへやらのデレデレ状態になりそうです。



ご感想を頂けると嬉しいです。



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