02.もも色シンフォニー アンジェ編
瓜生家の一室。――アンジェの自室にて、寄り添いながらベッドに腰掛けている二人。 「んん。んんん。……だ、旦那様は本当に……キスがお上手でございます」 アンジェはいつも通りの着慣れたメイド服姿。けれど今日に限っては、窮屈にすら感じてしまう。体温はぽかぽか度合いを遥かに超えて、熱いくらいになっているのだから。とは言え脱ぎ捨てるわけにいかず、熱はこもる一方。 「はふ……」 アンジェは言葉を紡ぎ出そうとして、所々途切れてしまう。息継ぎに失敗したスイマーのように、むせてしまいそう。 「あ、アンジェ……。アンジェ、もう……」 最初からわかっていた。恐らく、こうなってしまうのだろうとアンジェ自身予想していたのだけれども、予想を大幅に越えるようなときめきが胸に込み上げてきているのだった。アンジェはもはや、普段のハイテンションさを発揮できないくらいの深い恥じらいに浸っていた。 「はぅぅ。……アンジェ、おかしくなってしまいました」 その一幕は『いつもありがとう』という、新吾のさりげない一言から始まった。 『アンジェ』 『旦那様?』 最愛の人が自分のすぐ側で優しく微笑みかけてくれる。それだけでアンジェは胸がきゅん、と高鳴るのを感じた。 新吾いわく、ささやかなことしかできないけれど、何かお礼をしたいな。……とのことで、アンジェは最初こそ遠慮したものの、最愛の人に思う存分甘えてみたいという気持ちもあってか、ちょっとばかり考えた。そうして出てきた答えが、今の状況を引き起こした。その答えとは……。 『旦那様。アンジェ……キスをして欲しいです』 と、そんな事だった。けれどここで大いなる問題が発覚する。今も尚続いている問題が。 「アンジェ。もう一回」 「あ、あぁぁ……ぁぁ。旦那様ぁ。だ、大胆過ぎでございます。はふっ!」 アンジェの方からおねだりをしてみたものの、いざしてもらう時になると猛烈にこそばゆくなって恥じらいまくってしまい、なかなか上手にすることができなくて、結局失敗ばかりしてしまうのだった。 例えば目を閉じ忘れていたり。 『あ、あっ! はひゅっ!』 そうかと思えば、閉じるタイミングが合わなくてまたも視線が重なってしまい、吹きだしてしまったり。 (ああああっ! だ、だ、旦那様に思いっきり見つめられちゃってます……!) はたまた勢い余って、新吾に頭突きをかましてしまったり。 『こ、今度こそ。……きゃふっ! あああっ! 旦那様ぁっ! アンジェ、大変な粗相を! ごめんなさいぃぃぃ〜〜〜!』 極めつけは、前歯同士が軽くぶつかってしまったり。 『んひゅっ! あっあっ! だだだ、旦那様重ね重ね本当に申し訳ございません〜〜〜っ!』 ――そんなわけで、結果として苦笑した新吾に『それなら、キスの練習をしようよ』と、提案されてしまうことになった。アンジェとしては……。 (き、キスの練習でございますか!? え? 大丈夫か、でございますか? れ、練習でもキスはキスでございます! けれども、勿論大丈夫でございますよ〜っ! あ、アンジェにお任せくださいませでございますよ〜〜〜っ!) 心意気だけは良かったものの、結局翻弄されまくってしまうことになるのだった。 「本当にアンジェ……。胸がどきどきしちゃって、止まりません」 とどまることのないキス攻勢にアンジェの鼓動は高まりっぱなし。それでも、何度試してみてもなかなか映画やドラマのように上手くはできないようだった。 「アンジェ」 「あ」 これで本日何度目のキスだろうか? 目を閉じる暇もなく、新吾に抱き寄せられてしまう。そうして互いの唇が触れ合うと共に……。 「んん。お鼻同士がつんつんって擦れて、おかしな感じです〜」 「そうだね」 アンジェはおかしくてくすくす笑う。失敗なのだろうけれど、これはこれでありなのではなかろうかと思う。 「失敗したって、いいよ。アンジェ、すごく可愛いから」 「旦那様ぁ。何とお優しいのでございますかぁ〜。……では、今度はアンジェからさせてくださいませ」 新吾の優しさに触れて、アンジェは目を大いに潤ませながらキスの予告。 「いいよ」 キスを受けるだけじゃなくて、積極的に攻勢を仕掛けんとばかりにアンジェは新吾の前に立ち……そして。 「ふふふふ! 愛しの旦那様。ご覚悟はよろしいですね〜? 今度こそアンジェ、上手くキスをしてみせますよ〜!」 にっこりと笑顔を見せながら、アンジェはかがみこんで新吾にキスを……。 「それでは参りま……わわっ!」 しようとしてたまたま足を滑らせてしまい、勢い余って新吾をベッドに押し倒してしまうことになった。更に悪いことに、おでことおでこがごちん、とぶつかった。軽く上品で優しいキスをしようとしたはずが、ちょっとした弾みで猛烈なディープキスとなってしまった。ぐちゅう、と相手の口内を貪り、かぶりつくかのようなキスに。 「んんんん!」 新吾は何ともなかったけれど、アンジェはちょっと目を回していそう。本当にもう、情けない。お笑いぐさだと思い、凹む。 「アンジェ、大丈夫?」 「ら、いじょうぶです〜。あああ。アンジェ、大切な旦那様に何たる粗相を!」 こんな時に限ってどじっこメイド炸裂。一度ペースが乱れるとなかなか上手くいかないようだ。 「こうなればメイドとして責任を取って切腹を!」 「侍じゃないんだから。……アンジェ、お仕置きだよ」 「えええっ!? ん、ん、んっ! んぅーーーーっ!」 新吾はアンジェの頭を掴んで離さずに、ディープキスの再開。互いに口を大きく開けて交わらせ、舌の先端を触れ合わせる。あまりにも甘美なお仕置きは逆効果で、もっともっとして欲しくなってしまう。 「んんんーーーーっ! ん、ん、ん……。んんふぅ……」 これはきっついお仕置き。……のはずなのに、アンジェはいつしか積極的に新吾に身を任せていくのだった。きっと、アンジェの心を砂糖やシロップ漬けにするくらい甘ったるくさせてとろけさせるようなお仕置きなのだろう。そうに違いない。 「はふぅ……。旦那様……。アンジェ、ますますめろめろになっちゃいます〜……」 「俺も」 「旦那様ぁ」 例えるならじっくりことこと煮詰められて、ふにゃふにゃのとろとろになったような気分。上手くいくもいかないも、全てが甘く、幸せに感じる。 「大好きでございます。……アンジェを。……アンジェの全てを感じてくださいませ」 仰向けに寝そべる新吾にぴったりと重なるアンジェ。キスもだけど、全身でも包み込む。 「んんぅ。旦那様。アンジェの体。……例えば、おっぱいなどいかがでございますか?」 新吾の胸には柔らかな膨らみが当たっていて、ふにゅんとたゆんでいる。服の上からもはっきりとわかる感触。アンジェは果物でもすすめるかのように、おどけてみせる。 「本当に柔らかくて大きくて、優しく包み込んでくれて気持ちいいよ」 「左様でございますか。……是非是非お召し上がりくださいね〜。んんん……。あ、上手にできました〜」 やっとのことで普通にキスをすることができた。アンジェは子供のようにはしゃいで喜んだ。 「うん。できたね。ご褒美あげる」 「はふ……。ご褒美、いただいちゃいました」 ますます強く抱きしめ合う二人。アンジェの体は胸もお尻も華奢でいて柔らかい。そして極めつけはやはり唇。 「可愛いよ。アンジェ」 優しい言葉がアンジェの体を更に震わせる。 「んんん。……アンジェ、ダメメイドでございます。旦那様に優しくしていただいて。キス……しているだけで気持ちよくなっちゃってるような……えっちなメイドでございます」 この子をめちゃくちゃにしてやりたい。新吾はそんな風に感じた。もっとキスを繰り返したらその後で、そうしよう。全身をひくひく震わせて、半開きの目が切なげに潤んで、はしたなくも甘ったるい喘ぎを漏らしてしまう程に。 「旦那様ぁ」 「アンジェ」 触れ合う唇は尚も暖かい。互いに息を止め、どっちが先に我慢できなくなるか競争。勝負なんて最初から見えている。全身が性感帯になったように、アンジェは力が抜けてしまっているのだから。 「んん、ふ……んんん……。んんんぅ……あふ。あ、アンジェ……。もう……だめ、です」 溺れてしまいそうな感覚。けれど、もう少しこのままでいたいと思う。アンジェの頬を伝ってぽろりと一粒の涙がこぼれおちるけれど、絶対に悲しみや苦しみのせいなんかじゃない。 「くふ。……アンジェは。ん……ん。旦那様の、メイドでございます……」 にっこりと向日葵のような笑顔を見せて、最愛の人を幸せにして差し上げたい。両手を伸ばして抱きしめてからキス。 「もっともっと、お好きなように可愛がってくださいませ〜」 そうしてまたどちらからともなくキスを繰り返す。二人の幸せな時間は続いていく。どこまでも、果てしなく。 ----------後書き----------
アンジェ編でありました。 普段上手く行くことも、こういうときはその限りではないかもしれません。もっとも、それが逆に彼女にとっては嬉しすぎる誤算なのでしょう。
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