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01.もも色シンフォニー 瓜生桜乃編










 厳しい暑さもようやく落ち着いてきた秋の日のこと。穏やかな日差しが差し込む室内にて、フローリングの床に座って、背中どうしをぴったりとくっつけ合わせている二人の男女がいた。

 ぱらり、ぱらりと、本のページを一枚めくる音すら大きく聞こえてくるような、静かで穏やかな空間がそこにはあった。桜乃がいつものように新吾の部屋に遊びに来ては、くつろいでいる光景。その様はあたかも仲睦まじい兄妹のようでいて、それでいて相思相愛の彼氏と彼女の関係にも見える。身の回りに空気があるように、この二人の関係は全てが当たり前であるかのように自然で、違和感など微塵もない。

「……」

 桜乃は愛用の椅子よろしく兄の背を背もたれ代わりにしながら、黙々と文庫本を読みふけっている。新吾も桜乃にならって読書を続けていたのだけれど、いつしかうとうとと睡魔が込み上げてきていた。そうしてやがて……。

「ん」

 つい、かくん、と新吾が舟をこいでしまうのに桜乃は気付く。そして不思議に思った桜乃が声をかける。

「お兄ちゃん?」

「あ、ごめん」

 新吾を見つめる桜乃の表情は穏やかで、慈愛に満ちている。桜乃は思う。このところ何だかんだで忙しかったりするし、それになにより新吾はいつも何かと気にかけては世話を焼いてくれる。本当に、気苦労ばかりだよね、と心底思う。だから、こういう時は桜乃なりに空気を読んで一声かけることにする。パタンと本を閉じて、ちょっと上目使いで見つめながら……。

「お兄ちゃんとお昼寝、したい」

 それならお兄ちゃんはゆっくりと休めるし、自分は自分で思いきり甘えられる。まさに一石二鳥。……そんな感じにさりげなくおねだり。本当に甘え上手な妹兼彼女さんです、と、桜乃は心の中で自分を評してみた。

「桜乃」

 新吾は自然と愛しい人の名を口にしていた。呼ばれた方の桜乃は僅かに頷いて、髪を結んでいる左右のリボンが儚げに揺れる。可愛いな、と新吾は思った。

「うん。そうだね。ありがとう」

 桜乃にまじまじと見つめられて、これは心配させちゃったかな、と新吾はちょっと微笑む。そうして二人して立ち上がり、傍らのベッドに寝そべる。

「この妹は、お兄ちゃん専用の抱き枕」

 ああ、確かにそんな感じかもと新吾は思う。

「はは」

 おどける桜乃と微笑む新吾。普段と違って、今日の桜乃はちょっとだけ積極的だった。

「抱いてくれないと、抱き枕としては悲しい」

 抱いて抱いて、と、遠回しに猛アピールをしてみたりするのだから。

「うん。じゃ、遠慮無く」

「ん」

 新吾は桜乃を抱き寄せる。ぴったりと密着しているから、言うまでもなく恥ずかしいのだけれども、ずっとこのままでいたいと桜乃は強く感じた。もちろん、ぴったりくっつくだけじゃなくても構わない。

「どこ触っても、何しても、いいよ」

「そっか」

「私は、お兄ちゃんの抱き枕ですから」

 桜乃の体は細いけれど、柔らかくて暖かい。新吾は冗談抜きで、桜乃の体をあちこち触ってみたくなるけれど、あえて堪える。桜乃はどんなに恥ずかしい所だって、嫌がらずに触らせてくれるとわかっている。そうしたら、敏感な桜乃はいつも甘ったるい声を出して、思いきり感じてくれる。そうしてやがて新吾の愛撫はエスカレートしていき、手加減することなくめちゃくちゃにしたくなってしまう。けれど、今はいいと思った。

「桜乃は可愛いね」

 マシュマロみたいに柔らかくて、ふわふわしたような雰囲気の時間が、何より貴重だと思って、新吾は桜乃の頭を軽く撫でてあげた。桜乃は嬉しいと思う反面、ちょっと照れくさい。

「お褒めの言葉をいただいちゃいました」

「可愛いし、優しいし」

「ん……。お兄ちゃんに、いつも優しくしてもらってるから。お返し」

 優しさには優しさを。二人とも、お互いのそんな関係がたまらなく嬉しい。時を刻む時計代わりの鼓動を感じながら、心の底からリラックス。

「……本当に、眠くなってきた、かも」

 新吾は、この言葉を最後まで続けられないかもしれない、と一瞬思った。徐々にだけど確実に意識を失っていくのがよく分かる。

「お昼寝の邪魔しちゃって、ごめんなさい」

「ううん……。そんな、こと……」

 桜乃は新吾が眠りに落ちていったのを確かめてから、片思いの相手に告白をするかのように呟いてみることにした。言うまでもなくわかっていることだけど、面と向かって言うのは恥ずかしすぎる一言。

「お兄ちゃん。……大好き」

 言葉と同時に、二人の唇が軽く触れ合う感覚。桜乃は新吾とキスをしていた。

「妹だけど、彼女さん。兼、お兄ちゃんの抱き枕……。でも」

 新吾につられたのか、桜乃自身も何だかうとうとしてきたけれど、まだもうちょっと、このままでいたい。

「これじゃ抱き枕の職務、真っ当できそうにありません。我ながら、不甲斐ない」

 耳元に聞こえるのは新吾の寝息。まあ、抱き枕云々はさておいて、今ならまた、キス……できちゃうよねと、思ってしまう。

「……もう一回、だけ」

 ふにゅ、と柔らかな感触のキス。いけない事……悪戯だと思う。でも、止められない。好きという気持ちが湧き水のように溢れ出てくるから。

「夢の中でも、一緒にお昼寝できたらいいな」

 それで、今みたいにキスをさせてもらえたら尚更いい。桜乃は新吾の手に自分の手を軽く添える。自分よりも大きく力強く、それでいていつも優しく撫でてくれる手。心の底から愛おしいと桜乃は思った。

「大好きなお兄ちゃんと添い寝中」

 そして桜乃も自然と寝息をたてはじめる。けれど、その前にちょっと頑張って意識を取り戻そうと試みる。そして……。

「キス……。もう一回だけ。……ん」

 ふにゅ、と口付け。マシュマロのように柔らかい感触で、それでいてお砂糖のように甘い感触。癖になってしまいそうだと桜乃は思う。
 
「お兄ちゃんの唇を狙ってる悪い妹。ふふふ」

 まったく様になっていない。悪女にはなりきれないかもしれないと、桜乃は思う。……ゆっくりと、とろとろした時間が過ぎていく。

「幸せ」

 桜乃は心からそう思う。大好きな人の温もりに包まれていくのだから。眠りに落ちる寸前の微妙な感覚はあたかも、夢を見ているかのよう。ふとなんとなく、自分の小ぶりな胸の膨らみに新吾の手の平を当ててみる。高まる鼓動に触れて欲しいから。

「私、ドキドキしてるよ。お兄ちゃん」

 大好きな人との暖かい時間。いつまでも続いて、終わらないでと、桜乃は思う。

「……ごめんなさい。もう一回だけ、させて」

 寝ている新吾にやりたい放題やっていると自覚して、申し訳なくなってしまうけれど、込み上げる欲求はどうしようもない。と、そんな時……。

「何度でも、いいよ」

「あ……」

 うつらうつら状態の新吾は小さな声で呟いた。どの辺りから気付いていたのだろう? 桜乃は少し後ろめたい気持ちになってしまう。

「起こしちゃって、ごめんなさい」

「いいって。俺も桜乃とキス、したいなって思って」

「じゃあ……」

「うん。しよ」

 改めてキスのご許可を頂きましたと、桜乃は心の中で誰にとなく呟いた。

「ん……」

 お休みのキスをして、そうして二人そろって夢の中へと旅立っていくのだった。

「お兄ちゃん。この妹と……夢の中でにゃんにゃんしてください」

「桜乃がいいのなら、いいよ」

「うん。にゃんにゃん、する」

 ……最後の最後まで、桜乃はとぼけたことを言って、新吾は笑って受け入れてくれる。後で、夢以外でもして欲しいなと、ちょっと思う桜乃。そう思う間にもとろりとろりと押し寄せる睡魔。

「おやすみ。桜乃」

「おやすみなさい。お兄ちゃん」

 こうして二人は仲良く眠りについていく。二人して、童話と違って口付けでは起きてくれない眠り姫様と、起こせない王子様のようだね。とか、そんな事を思いながら。









----------後書き----------

 唐突に、ましろ色シンフォニーのあまあまシリーズを始めてみました。

 てなわけで、初っぱなは桜乃から。本当にもう、甘え上手な妹兼彼女さんなお話です。



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