06.もも色シンフォニー 小野宮結月編
二人にとっては決してお邪魔虫、というわけではないけれども、色んな意味でなかなか手強いというのが共通の認識。そんな、結月のお祖母さんはただ今お出掛け中……なのはわかっている。とはいえ、気配をまるで感じさせないような不意打ちはとっても怖いので、結月は木々に囲まれた中で隠れるようにこっそりと新吾にキスをしてもらうのだった。結月は紅白の色が眩しい巫女装束に身を包みながら、新吾と一緒に竹箒を手に掃除をしていた……。はずだったのだけれども。 「えへへ〜」 新吾にキスをしてもらうと、いつも全身がとろけるような気持ちになってしまう。その証拠に今も、凛とした表情もどこへやらとばかりの満面の笑み。これじゃまるで子供だよと結月自身思う。 これではいけない。……と、それほど強く思ったわけでも無いけれども、何となくちょっと変化を求めてみる。わざとらしく咳払いをして、崩れきった表情を改める。 「んんっ。……今日はあえて、格好のいいキスをしてみようかと思う」 「どうしたの? 急にまた」 新吾は思う。どういう風の吹き回しだろうか? いちゃいちゃする時はいつも、普段とのギャップに驚かされるくらい甘えん坊な結月を知っているから。 「実は、かくかくしかじかで……」 結月は最近思うのだった。結月自身のアイデンティティが、新吾とキスをしたりいちゃいちゃしているときに限っては崩れきっているようだと。自分自身は、本来はこういうキャラクターでは無かったはずだと。結月がずっと目指していたところの『可愛い女の子』になれたのは、それはそれでまあ良かったとしても、本来の『格好良さ』を、新吾との抱擁やキスという、思いっきり身悶えしてしまうような甘美な環境下で、果たして実現できるのかどうか、試してみたくなったのだった。 「そうなんだ。って、無理をしなくても」 何だか複雑だなあ。これが乙女心というものなのかな、と新吾は少しおかしくてくすくすと笑う。 「無理ではないんだ。……でも。何だか、戻っていけなくなってしまうような気がして」 もはや手遅れなくらい、新吾に甘え過ぎてしまったのではないかと、そう思うのだった。新吾自身は結月に、いっぱい、好きなくらい甘えてくれて構わないよと優しく言ってくれるのだけど。 「まあよい。私は女優。格好のいいキスシーンの一つくらい、素で演じられないでどうするというのかっ。……さあ新吾、私の元に来たまえ! そして、映画のワンシーンのような、颯爽たるキスをしようではないか!」 「はは。じゃ、いくよ」 キリッとした雰囲気が復活。結月のとっても勇ましくて真剣な台詞がかえってコメディっぽくて、新吾にはやっぱりおかしく感じてしまう。 「ふっ。……ん、ん」 凛々しい眼差しのまま、新吾の口づけを受ける結月。……そうして数秒程の静止時間を経過する。 「ん、んふ……。ん、んぅ〜。はふ……」 柔らかさと甘い雰囲気がたまらない。ふんにゃりととろけていくような感覚が全身を包む。ぽかぽかと暖かくて、気持ちのいいお風呂にでも浸かっているような気持ち。そして、結月の表情は……。 「あ、あぁぁ〜……。えへへ〜……」 「結月。可愛いよ」 ここから抜け出さなければいけない。あまりにも気持ちのいい午睡から覚めなければいけないような、そんな思いはしかし、どこかに吹っ飛んでしまっていた。 「あ、あれ? あれ、あれ……あれれ? ……ああもう、かなわないなあ。無意識のうちにこれだよ」 唇同士が離れて結月は我に返る。結果、失敗だと気付く。何故か新吾相手では、格好良いキスはなかなかに難しい模様。 「俺、何もしていないんだけどな」 「しているよ。新吾は無意識のうちに私を虜に、ね。うーん……。どうすればいいのかな」 真剣に考えてみる。意識して演技をしてみようとするから、だからいけないのかもしれないと、結月は思った。力を抜いて素直な気持ちでもう一度キスをしてみせたら、それなら何となくだけど、きっとうまくいきそうな気がする。好きな人とキスをするのは当然の事。呼吸をするかのように、当たり前の事。 「……よし、何となくわかったよ。という訳でもう一回、いいかな?」 「うん。何度でも」 新吾はこんな我が侭に文句一つ言わず付き合ってくれる。優しいな、と結月は思いながらちょっと息を吸い込む。 (新吾。君の事が、好きだよ……) 唇同士を触れさせる程度の、軽いキス。数秒が過ぎても、大丈夫……だった。全身ふにゃふにゃの状態には、ならなかった。 「ふふ。本当に罪作りなロミオだね、新吾は」 今度は成功だ。その証拠に結月は満面の笑みでなく、大人びた微笑を浮かべている。 「あ、今の結月、格好いい」 新吾からも認められるお墨付き。ものすごく嬉しい。 「はっはっは。そうだろうとも!」 「何か変えたの?」 「それは……」 結月がしたこと。それは新吾とキスをする直前に、心の中から沸き上がってくる『好き』という気持ちをちょっとばかり変えてみたのだった。今までの、思いっきり子供っぽくて甘えん坊のような、言葉にして表すと『新吾ぉ。好きだよ〜!』という感じから、相手の優しさに感謝してそっと身を任せるような、ちょっともの静かな『好きだよ……』というように。モードの変更というべきか、ボリュームの調整のように。 「秘密だ!」 だけど、そんな事は恥ずかしくて答えられない。厳重に管理すべき企業秘密だよと、結月は心の底から頷く。 「何で隠すのかな」 「ふふ。乙女とは、かくも謎多きものなのさ」 ただ単に照れくさくて恥ずかしいだけなのだけど、結月は意地を張って誤魔化すのだった。……さて、今度はどんなキスをしようかな? と、結月はまたちょっと考える。ちょっとばかり調子に乗ってもまあいいかと思いながら。 「新吾。さぁおいで。私の胸に飛び込んできたまえ!」 「はいはい」 新吾は何だか主導権を握られたような気がする。今度のは、お姉様だか女王様的な、そんなのをイメージしたキスなのかなと想像しながら、結月の好きなようにしてもらうのだった。 「ん……」 色んな『好き』を楽しもうと、互いに思っていた。そうして二人の楽しいキス合戦はまだまだ続いていきそう。 「えへへ〜」 けれど結局、結月は凛々しさのかけらもないふにゃふにゃ状態に舞い戻ってしまった。どうやら『恰好のいいキス』とは一日一回くらいが限度なのか、あるいはさっきはたまたままぐれで上手くいっただけなのかもしれない。 「あぅ……。大人のキス……できてたはずなのに、できなくなっちゃった。新吾がいけないんだからね」 眉を寄せ、ちょっといじけてしまう結月。何だか悔しくて仕方がない。 「そう、なのかな?」 落ち込んだり笑ったり凛々しかったり、結月のころころ変わる表情が、新吾はたまらなく可愛いと思う。 「本当にもう、罪作りな男だよ。……罰として、もう一回キスをするのだ」 「何回でもいいってば」 もはやどうあがいても決して格好のいい台詞にはならなくて、漫才みたいなやりとりが続く。でも、もうそれでいいやと結月は思った。楽しいし、なにより体中が火照っていくように心地良くて、ずっとしていたいから。 「はいはい」 「えへへへへ〜。新吾ぉ〜」 互いの鼓動も感じ合うくらいにぴったりと密着して、キスを繰り返す。楽しい。嬉しい。そして、好き……。そんな気持ちに満たされて、結月の表情は尚もふにゃふにゃになってしまうのだった。 ----------後書き----------
結月っちゃん編でした。 彼女と新吾のキスはこんなことがありそうです。お祖母さんに見つからないようにね、と思いますねw これにて短編のいちゃいちゃシリーズ完結。また、別の作品でもこういったものをやってみたいものですね。
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