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hot time










 午後十五時頃。世間一般ではいわゆるおやつの時間。カステラでも食べたいなと思いながら、凰華女学院分校理事長代理である風祭みやびは理事長室のドアを開けた。その中にはいつものように一人の男がいた。

 その男こと滝沢司は日漢食品のパックヌードルという、日本人なら知らない人の方が珍しいであろう国民的な食品をずるずるとすすっていたのだった。今日はたまたま忙しく、昼食を満足に取れなかったので、夕食までの間に合わせ措置という感じだったのだ。が、庶民には一見当たり前な光景も、超が付くくらい箱入りの彼女には珍しい物に見えたのだった。

「……」

「どうした?」

 好奇心を帯びた視線を感じ、振り返って見ると。

「それ。なかなか……う、うまそうじゃないか。……と、今のあたしはおなかがほんの少しばかりすいてるかもしれないなと思ったから。それだけに、ただ錯覚しているのかもしれなくてな」

 みやびにとって、司が食べている安っぽいプラスチックの容器に入ったインスタント麺が、何だかとてもおいしそうに感じたのだった。醤油の香ばしい芳香が部屋中に立ち込めて鼻孔をくすぐるわけで。その香りは癖になる。今でこそ彼は当たり前に食べているが、以前はなかなかそうはいかなかった。何せ、彼がラーメン一つ食べようとしても、超一級シェフを呼ばれそうになるような、お嬢様学園の事情故に。みやびに『貧乏くさいぞ』と云われても、彼にも譲れないものはあるのだ。

「欲しい?」

 司は素直に一口食べてみる? とは云わない。あえて、焦らしてみせる。みやびが物欲しそうな顔をしているのはバレバレなのだから。それだけ、司に対して見せる表情が豊かになったのだった。

「いや、だから。下賎な庶民が口にするものも、社会勉強の一環としてあたしが食してみても悪くないなと……」

 意地っ張りなみやびが素直になれず、何だかくどくど云い続ける間に、司はフォークに麺をくるくると巻き付けてふーふー冷ましてやって、そして。

「はいみやび。あ〜ん」

「え? あ、あ〜ん……」

 強引に事を進めるのが、時としては吉となる。司にとって小さな恋人のみやびは、ついついつられてしまいぱくっと食べてしまう。すると。

「……」

「どーですか?」

「ん、んむ……。ん……。け、結構。いける……気がしなくもないな。っていうか、おいしい……かも」

 もぐもぐと食べてみると、やっぱりとってもおいしいと思った。けれどどうしても、素直に認めたくはないのだった。司は何故だかおかしくて、思わずくすくす笑ってしまう。

「な、何がおかしいんだ」

「いえ……。じゃあ、今度。みやびの分も買って来てあげますね」

 司は何かをごまかすかのように約束をした。

「いや、まあその。……よ、よきにはからえ、だ」

 司の一言にみやびは内心、とっても嬉しくてわくわくした。

「はい」

 司の方も、なんだか嬉しくなった。










あいつは黒船だ、と時折みやびは思う。










自分にとっての、それまでの価値観を全て叩き壊してしまったような。










だけど。それは決して恐怖でも何でもなくて、むしろ楽しくて、好奇心をいつも満たしてくれる。










 彼は、あたしが知らない世界を知っているんだ。と、みやびはこの所特に思うようになってきた。それと共に、自分が両親に疎まれているようでいて、実はものすごく箱入り娘として大事に扱われてきたのだ、ということにも気づき始めた。冒険したいお年頃の彼女は、司と一緒にいるだけで全てが刺激的に感じるのだった。

(あたしだって、普通の女の子……の、はずなんだがな)

 少なくとも彼はそう見てくれる。彼は絶対に、立場や身分では自分を特別扱いしない。みやびにとってはそれが何よりも心地よい。そして、逆に……。

(こいつは口も悪いし、よくあたしのことをからかったり馬鹿にしたりするけど。でも、それはあたしに対してだけだ。あたしだけが司の想いを独占しているん だ……)

 思わず笑みがこぼれてくる。彼が自分を一人の女の子として、誰よりも特別に見てくれることを知っているから。そのことに関しては、特権階級でいつづけたいと心から思っていた。

「みやび。どうした? いきなり笑い出したりして」

「な、何でもないぞ。……で、これはどうやって作るものなんだ?」

「よろしい。お教えしましょう。まずおもむろに、蓋を半分くらいはがして……」

 机の上にはパックヌードル(ミニサイズ)が一つ。カロリーの問題もあるし、それにリーダが作ってくれる夕飯が食べられなくなっても申し訳ないので、おやつ程度にちょっとだけ、ということなのだった。

「もったいぶるな! で、どうするんだ!」

「熱々のお湯を線の所まで注いで」

 云われるままにお湯を注いで。

「そ、それで?」

 次は何をするのかわくわくしてきた。

「蓋をして三分程度待つ。以上!」

「それだけか?」

「それだけだけど何か?」

 あまりにも簡単すぎて拍子抜けしてしまった。

「つまらん。つまらんぞ」

「まあそう、つまるものでもないけど。そもそも、超がつくくらい簡単で手軽だから国民食と呼ばれるまでに定着したのかと」

「あたしは待たされるのが嫌いなんだ。……何か三分くらい気の紛れそうな話をしろ」

 せっかちなみやびらしい反応だった。

「では、みやびの胸を大きくする方法について……うぐっ!」

「け、喧嘩売っとんのか貴様ーーーーっ!」

 司の首にしがみつくようにして飛びかかる。










何だかんだでみやびは










この、超がつくくらい庶民的な味にはまってしまい……










 ある日のこと。何かが物足りない。みやびがそんな表情を見せると。

「むぅ……」

「お嬢様。どうしました?」

 みやび付きのメイド、リーリア・イリーニチナ・メジューエワこと、リーダが問うと。

「いや、な。……何だかものすごくあれが食べたくなってきたんだ」

「ああ。司様が買ってくださるあれですね」

 途端に、ぱあっと明るい笑顔になる。リーダの方も、おすそ分けということで以前食べた事があるとかなんとかで。

「そ、そう。あれだ。あれ」

「時折とても食べたくなるんですよね〜」

 みやびに対して頷くリーダ。彼女もその気持ちがよ〜くわかるらしい。

「どうしたんです?」

 そんなとき、噂の人物が登場。

「あ、司様。実はですね……。また、あれを食べたいな、と、お嬢様が」

「ああっ! り、リーダッ!」

 数秒後、彼は笑いながら快く頷いていた。もちろん、いいですよ、という意味で。










ちょっと微笑ましくなるような、昼下がりの出来事だったとさ。










----------後書き----------

 ちょっとした癖になるものって、結構あるものかもしれません。

 庶民であっても、お嬢様であっても、それは同じ……かも?



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