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望みは遥かの如し










 グラウンド上にはみやびと司。自他共に認める、色んな意味でお似合いな二人。ジャージを着込んで何やら臨戦態勢。

「ふふふ。あたしの球をそうそう打てると思うな!」

「な、なにおう。こちらも日々積んできた特訓の成果をそろそろ見せてくれよう!」

 みやびがストレスをためたりイライラしたりすると、いつものように司と野球で勝負をするのだった。が、悲しいかな。実力差は歴然。司は既にツーナッシングな状態に追い込まれていた。

「くらえ司! あたしの魔球……えーと……名前はまだ決まってない、を!」

「ちょこざいな! 打ち返してくれる!」

 みやびのちんまい体からは想像もつかない程の豪速球が放たれる。司も振り遅れてはいないが、まだまだタイミングを合わせるまでには至らない。

「ぬうっ!」

 そして見事に空振りしてしまい、後ろのフェンスにがしゃんとボールがぶつかった。が……その直前にカチッという、かすかにバットにかする音が聞こえたのだった。

「ちっ! かすったか。なかなかやるな!」

 得意げなみやび。既に勝ったつもりでいるようだ。

「まだまだ! 追い込まれてからが本当の勝負なのだよみやび!」

「あーもう! 勝ち目など微塵もないのに素直に敗北を認められんのかお前はー!」

「窮鼠猫をかむ! いざ!」





結局その日、司は奮闘虚しくみやびの球にタイミングを合わせられず、大惨敗。





しかもこの勝負。





勝った方が負けた方に何かを望むことができる、という暗黙の了解付きなのだった。





 夜。

「みやび様」

「うむ。何かな司」

 そんなわけなので、司に勝って上機嫌なみやび。司に惨めな下僕のように『みやび様』と呼ばせてみせてご満悦。

「また僕と勝負していただけませんでしょうか」

 人生の負け犬こと司も結構潔いもので、丁寧に敬語なんぞ使ってしまうのだった。

「はっはっは。あんだけスカスカ空振りしておいて、まだ諦めないのか」

「諦めたらそこで試合終了です! いつか絶対特大のホームランを打ってラジコン部の旗揚げを認めさせてみせるぞ」

 そう。彼はそんなことを望むが故に、毎度毎度性懲りもなくみやびとの勝負に挑むのだった。

「司は。あたしとこうするの、嫌いなの?」

「そんなわけない」

 勝ったみやびが司に対し、どんな望みを抱いていたのかと云うと?

「なら、いいけど。……折角新しいパジャマを新調したのに、何も云ってくれないし」

 少し不満そうに眼を細めるみやび。

 そう。そこはみやびの部屋のベッドの上。みやびの小さな体にはもったいないくらい広く、ふかふかして高級感に溢れていた。つまり、二人はただ今添い寝状態。みやび曰く、『今日はず〜っと側にいること!』というわけだった。年頃の女の子らしく、みやびは司に対しスキンシップを望むと云うべきか、ぶっちゃけた話、ひたすらいちゃいちゃしたかっただけなのだった。

「ああ、いや。気づいていたよ」

 司はひたすら鈍感なのだった。それ故にみやびは毎度勝負を申し込む。

「それにしても、勝利のご褒美がこんなことでいいの?」

 鈍感すぎるのも考え物で、その一言でみやびはカチンときてしまった。

「こんなこととは何だーーー! そーでもしないとお前はいつもなかなかこーいうことをしてくれないじゃないかーーー! あたしがどれだけこーいうことをして欲しいと望んでるのか乙女心ってもんが全くわかっとらーーーんっ!」

 そうなのだった。いや、全くというわけではないのだけれども、司はとってもシャイな奴なのだった。欲求不満なみやびは司に飛びかかる。

「うわっ! だ、だって……恥ずかしいから。ねぇ? プラトニックな恋愛もいいかな、何て?」

 みやびがそんな大人な恋愛をできるわけがない。同意を求める相手が間違っている。まさに火に油。

「やかましい! だったら毎回勝負で叩きのめしていっぱいこーいうことさせてやる!」

「ど、どーいうことを?」

「えっと。じゃあ……ちゅ……ちゅーしろ! 今すぐ! 早く! さっさとしろ!」

 威勢よく云ったものの、みやびも恥ずかしくなってきた。

「わかった。……みやび。目、つぶって」

「ん……」

 頬を赤らめながら体を縮こまらせる。数秒の間の後、暖かな感触を感じる。……が。その感触はみやびの望むものとはちょっとだけ違った。ほんのちょっとだけ……でも、大いなる違いだった。

「ちがーーーう!」

「おわっ!」

「ほっぺじゃない! あたしの唇にしろと云ったんだーーー! ええい、お前にはもうまかせておれん! あたしからしてくれるっ!」

「に、似たようなものじゃないか!」

「ちっがーーーーーーうっ! ほっぺと唇とじゃ全然違うったら違うっ!」

 みやびなりの拘りがあるようだ。

「じ、じゃあ。もうほっぺにキスはしないぞ?」

 ああ云えばこう云う司。

「ば、馬鹿あああーーーっ! ああもう、なにもかもちくしょーーーー! いっぱいキスしてからだっこしろ! そんでもってあたしを抱けーーー!」

 それはそれで嫌なみやび。もはや埒があかんとばかりにみやびは司に飛びかかり、キスをする。やけっぱちである。

「わーーー! 犯されるーーー!」

 二人はベッドの上でどたばたぎゃーぎゃーと騒がしく転げ回るのだった。ドアの外でリーダが聞き耳を立ててくすくす笑っているとも知らずに。

 そしてみやびは騒ぐだけ騒いで司と戯れて、疲れたら。

「つかしゃら……」

 ちゃっかりと司に腕枕をしてもらって眠ってしまったのだった。

「天使の笑顔、だな」

 とっても可愛らしく見えて、司はくすっと笑った。





楽しい。





と、みやびはいつも思う。





「ほらいくぞ! もたもたするな!」

「おおう! いつでも来い!」

 笑顔の剛速球は、絶対に打たせない。





ああ、やっぱり自分はこの人が大好きなんだ。





と、みやびは実感する。





「まだ諦めないか!」

「な、なにおう! 今度こそ打ってくれる!」

 ぜーぜーと荒い息をつき、誰が見てもいっぱいいっぱいなのがバレバレな司。それに対し、みやびは段々余裕が出てきて。

「いくぞっ!」

「来ぉーい!」

 剛速球にタイミングを合わせていた司をおちょくるかのように。

「ぬあああっ!」

 超スローなストレートで完全に振り遅れ。これで今日も完全にみやびの勝ち。

「ひ、卑怯だぞみやび!」

 苦笑する司。勝っても負けても楽しそう。

「はっはっはっは。負け犬が何をほざいても虚しいだけだ」





今夜もまた、退屈しなさそうだな。





と、二人とも数時間後を予想して笑顔になるのだった。










----------後書き----------

 年末進攻で疲弊した故に、リハビリ代わりのほのらぶもんでした。

 個人的にかにしのではみやび派、かな? かな?



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