【まじかる☆らんちぼっくす】





じゅ〜♪ぐつぐつ♪

燦々と、朝日の入り込んでいる明るいキッチンに美味しそうな音が響いていく。その音源は、フライパン・お鍋・お釜と、変化は少ないけれど多彩で。とっても楽しい気分を味わえる。
「ふふふ〜ん♪」
素朴だけれど、とても好きな瞬間とは…こういう時なのかもしれない。ついつい鼻歌を口ずさんでしまうくらい…気分が落ち着き、リラックスできているから。
「あはは〜。出来ました〜♪」
タコさんウィンナーに唐揚げに、卵焼きに。レパートリーはとっても豊富。時間と手間をかけた分、とってもお洒落に色彩豊かになっていくお弁当箱。
「祐一さんと舞。喜んでくれるかな〜?」
無意識の内に口ずさんでいた歌も最終楽章に入り、同時に、エプロンをゆるめると。
「完成〜ですっ♪」
ほんの数秒で、楽しい、素朴な一時は…終わっていました。





* * *





学校で、一番空に近いところというと、屋上が第一候補に上がりますが。…今日は本当に、空に吸い込まれるかの如く、雲一つない蒼色。
「やっぱり屋上は気持ちがいいですね〜」
「…」
「眠たい授業の後だと尚更ね」

ぱくぱくぱくぱく

佐祐理と舞と祐一さんの三人で一緒にお弁当を食べていると、涼しい風が髪を揺らしてくれる。暑すぎず、寒すぎず…でも、まだ少しだけ寒いかな。
「佐祐理さんのお弁当ってさ」
ゆっくりと、味わいながら食べてくれる祐一さんが口を開く。
「…」
対して…というわけではないけど。わき目もふらずひたすらいっぱい食べてくれる舞。

もぐもぐもぐもぐ

「はぇー。どうしたんですか?」
とても天気の良いお昼時のこと。私たちはちょっと気分を変えて、開放されている屋上へと繰り出していました。穴場らしく、人影は殆ど見えないのだけど。
「レパートリー豊富すぎ。…料理、何でも作れるんだねぇ」
「…」

ぱくぱくぱくぱく

「あははー。そんなことないですよ〜」
「またまたご謙遜を。…何でも作れるから、これからは佐祐理さんのことを魔法使いさゆりん…いいや、『まじかる☆さゆりん』と呼ぶことにしよう♪」
「あはは…。ま、魔法使いですか〜?」
「そっ。でも、冗談抜きで…魔法の杖を持たせたら、ピッタリだと思うぞ」
ちょっとおかしい例えだけど、笑顔で祐一さんが誉めてくれました。
「うむ♪…だからこのお弁当箱は、『まじかる☆らんちぼっくす』てなところだな」
「はぁ…。そ、そうなんですか〜」
『魔法のお弁当箱』…あながちそれは、間違いじゃないのかもしれません。だって…このお弁当のお陰で、こんなに楽しい時間をくれるのだから。
「…」

ぱくぱくぱくぱく

これも、素朴だけれど嬉しい瞬間。…佐祐理だって、女の子ですから。男の人に誉めてもらえるのは嬉しくないわけがないです。祐一さんなら、尚のこと…。
「…」

もぐもぐもぐもぐ

「祐一さんは…こういうお弁当、好きですか〜?」
「もちろん。タダで、しかもこんなに美味い昼飯にありつけるなんて、佐祐理さんに感謝感激だよ」
「あははー♪それじゃあ、これからもいっぱい食べてくださいね〜」
「たまには何かお礼しないとな。もらってばかりだと、悪いし」
喜んでくれるのは嬉しいのだけど…かしこまらないでほしいと思うのは、嘘ではないです。
「お礼なんて…そんな。とんでもないです」
祐一さんは、佐祐理のお弁当を『食べて欲しい人』…だから。
「…」

ひょいっ…ぱくぱくぱくぱくっ

そんなお話をしていると、もう一人の…佐祐理のお弁当を『食べてほしい人』が、お箸を伸ばしてきました。
「あーっ!コラ舞っ!どさくさ紛れで俺の卵焼き食ったな〜!」
「…食べてないから、いらないのかと思って」
「そんなわけあるかっ!最後の楽しみにとっておいただけだ!…代わりにお前のタコさんウィンナーよこせっ!」

がきんっ!

「ぬっ。やるな…舞!」
「…あげない」
「よーこーせーっ!」
「…だめ」

がきんっ!がきんっ!がきんっ!がきんっ!

「あ、あはは〜」
血相変えた祐一さんと、あくまで冷静な舞は、お箸とフォークでお弁当の中身の争奪戦をやってます。何だか、とっても微笑ましい…。
「ゆ、祐一さん。良かったら、佐祐理の卵焼き…食べますか?」
佐祐理の本音を言えば、『見るに見かねて』…というわけでは決してなく、とっても微笑ましいから…できればずっと見ていたいのだけど。お昼休みは時間が限られているから、残念だけど横やりを入れてしまう。
「いいの?」
「いっぱい作ってありますから」
最初からそのつもりでたくさん作ってきているのだから。
「おおっ。じゃあ、遠慮なく♪」

ぱくっ♪

「…」

じーーーーーーーーーーっ

「舞?」
じーっと、美味しそうに卵焼きを食べている祐一さんを見つめている舞。ううん、正確には口に運ばれる『美味しい卵焼き』を。
「あははー。舞も卵焼き、食べる?」
「はちみつくまさん」
「えっと。…何のことだかよく分かんないけど。欲しいんだよね?」

こくん

舞はとても素直に頷いて。美味しそうに卵焼きを頬張った。
「いいなぁ。………佐祐理さん。そうだ。一つ、俺のお願いを聞いてくれないか?」
「なんですかー?」
祐一さんが改まってお願いをする時って。
「あ〜ん♪」
や、やっぱり…佐祐理が恥ずかしがるのを見て喜んでいるんです〜。
「あ、あはは〜。佐祐理、恥ずかしいですよ〜。祐一さん〜」
「頼むっ!一回でいいから」
「い、いいです…けどぉ」
流石に顔が熱くなってしまいます。祐一さんは、口をあ〜んというように空けて…。佐祐理に食べさせてもらいたいそうなんです〜。
「それじゃ。早速…あ〜〜〜〜ん♪」
うう…。は、恥ずかしいです〜。回りに殆ど人はいないといっても…。こういうのは…。
「じゃ、じゃあ…いきますよ〜?」
「どうぞ〜♪あ〜〜〜〜…………」
祐一さんが口を大きく開けて、私のお箸を待っている。…と、そこに。

びしっ!

「あうっ!…何するんだ舞っ!痛ぇじゃないか!」
「…祐一が悪い」
ちょっと、不満そうな表情で…ぷいっとばかりにそっぽ向く舞。
「あれれー?」
これは…きっと。
「舞〜。ひょっとして、佐祐理に嫉妬した?」
「…!」
佐祐理がそういった瞬間、舞はちょっとムッとして。

びしっ!

「あはは〜。祐一さん、舞もやりたいって云ってますよ〜」
「………云ってない」
「云ってないと思うぞ。佐祐理さん」
からかってる訳じゃないんだけど…。
「あれ〜。じゃあ、舞はいいんだね?佐祐理が祐一さんにお弁当を食べさせてあげても♪」
「…!!」

びしっ!

「…佐祐理の意地悪」
いつも、こうなる。だから佐祐理はおかしくなって、思わず笑ってしまって。
「あははー。ごめんね舞〜。じゃあ、一緒に…ね?」
「はちみつくまさん」
舞は、とっても素直。だから佐祐理は、舞を味方に付けて…。と、いっても。恥ずかしくて、舞は顔を真っ赤にしているけれど。
「祐一さん。『あ〜ん』してくださいね♪」
「祐一。『あーん』」
「…………な、何か…この状態って。とてつもなく恥ずかしいのは、俺の気のせいか?」
意地悪な祐一さんに、反撃するのです♪
「気のせいですよ〜」
「気のせい…」
「…………………………とてつもな〜く、騙されてるよーな気がするんだが〜?」
うーん。警戒している祐一さんに反撃するには、ちょっと強引に攻めた方がいいのかもしれませんね〜。というわけで…。
「はい、祐一さん。『あ〜ん』してくださいね♪」
「『あ〜ん』して」
「あ、あ……。わ、わかったよ。……あ、あ〜……ん…………」

ぱくっ♪

とてものどかで楽しい、お昼の一時でした。





* * *





今日も外は雲一つない快晴。まだ少しだけ肌寒さはあるけど、とっても気持ちよくて、暖かくて。屋上でお弁当を食べるにはぴったり…な、一日なんですけど〜。
「はぇぇ〜。な、何だか今日はすごく忙しいです〜!」
こういう日に限って何だかんだと用件が入って、バタバタと朝から忙しくて。結局、お弁当を作る時間もなかったです。
「倉田さんっ!このプリントをお願い……………」
「え?…は、はいい〜!」
ぼ〜っとしている暇は、ないみたい。次から次へと用件が増えていくような…。
「はふぅ。佐祐理…。ちょっと、疲れちゃいました〜」
あ〜あ…。祐一さんと舞、どうしてるかなぁ…。知らせる暇もなかったから、きっと…いつものように屋上で待っているはず。

………

「はぁっはぁっ…」

たたたたっ

急いで用件を済ませ、急いで自分の分だけのお弁当を買って、急いで階段を駆け上がってみると、そこには…。
「佐祐理さん。待ってたぞ〜♪」
「佐祐理…。遅い」
はぇぇー!?
「ゆ、祐一さんに…舞。ど、どうしたんですか〜。これは…」
「前々から、佐祐理さんは今日はすごく忙しいって、舞から聞いていたんでね」
「お弁当、作った」
佐祐理がいつも作っているような、とても大きな重箱が重ねられていて…二人とも手を付けずに、待ってくれていた。
「なかなか作る機会なんて無いから、苦労したけどね」
「…」
はにかみながら笑う祐一さんと、頬を赤らめてそっぽ向く舞。
「あ、あはは〜。…食べてもいいですか?」
「もちろん。その為に作ったんだしな」
「食べて…」
「はい〜。とっても嬉しいです〜」

ぱくっ♪

「あ………ニンジン、切れてないな」
びろ〜んと云った感じに、垂れ下がってるニンジン…。あ、あはは…。
大きさは丁度いいのだけど、完全に切れかかっていないニンジン…。
「…それ作ったの、舞」
「…」

びしっ!

「痛ッ。本当のことだろがっ!」
「知らない」
恥ずかしくてそっぽ向いてしまう舞。
「あ、あはは〜。で、でも…美味しいよ♪舞〜」
お世辞なんかじゃなくって、本当に…。上手か下手かなんて、関係ない。
「いや〜。作るときさ。舞ったら、鍋を持てなくてね」
「はぇぇ〜。どうしてですか〜?」
「それがね。鍋掴みに、うさぎさんマークが付いてて」
熱いお鍋を触ると…可哀想だと思ったんだね。舞ったら、優しいんだから。
「舞らしいですね〜♪」
「まったくだな」

びしっ!

びしっ!

「…二人とも、意地悪」
「あははー。ごめんね〜。卵焼きあげるから、許してね♪」
「はちみつくまさん」
とても楽しい瞬間は、いつも変わりなくて。

ぱくっ

「卵焼き。ちょっと焦げてる…」
今度は舞が、焦げめを見つけて…。
「………スマン。それは俺が作った」
「祐一も、下手」
「……………精進する」
魔法のように、お話が続いていく。
「あ、でも。ご飯はとっても美味しくできてますよ〜。水加減がぴったりです〜」
「ふっふっふ。今日から俺のことを、料理の鉄人38号と呼んでくれぃ!」
「ぽんぽこたぬきさん」
はぇぇ?
「ぐふっ。即答かいっ…!」
色とりどりの、まじかる☆らんちぼっくすは。
「ぐ…。佐祐理さん。今度、作り方教えて…」
「教えて」
「あははーっ♪もちろんいいですよ〜」
ささやかな幸せを運んでくれる、魔法のおまじない入り。










今日もまた、青空の下で…。
「はいっ。祐一さん、舞。佐祐理のお弁当ですよ〜」
それだけで、佐祐理はとっても幸せです♪





















おしまい




















(あとがき)

SSとは略称であり、云うまでもなく多数の訳がありますが。この場では『SideStory』あるいは『ShortStory』という解釈が適切だということで。それでもたまに『サターン』等とお寒いボケを云う方もいますが、ま、それはともかく。ゲームやアニメ、小説などのオフィシャルストーリーから派生した二次創作なのは基本的に同じなのであります。
今回は完全に後者の『ショート』で、徹底的に短く、簡潔に…いわば。『SS』の原点に立ち返ることを狙いとしたものなのであります。 ………………と、云ってみれば聞こえはいいのですが(--;;;;)
スミマセン。今回は徹底して苦戦しまくりました。ただそれだけなのです。短いのは…(爆)
何というか、さゆりんは苦手なんですよ〜(;_;)
キャラクター的に嫌いでは決してなく(むしろ、好き ^^;;;)ちょっと掴み所の無い人…という感じがするのだからだと思うのですけどね。
制作秘話…というものではないのだけど。今回は、個人的に諸々の事情により、容量・規模的に小さなお話以外は不可能という状況に陥ってしまったのです。といっても、それでも…手を抜いた気は無いのですが…(^^;;;;)
さゆりんメインの素朴なお話…という所までは案外あっさり仕上がったのです。各シーンの展開や心理描写なんぞは極めてシンプルなものですし。『素朴なお話』が狙いだったということなので、その辺は上手くいったかな。
だから、先述した案外ショート・ストーリーの原点に立ち返るというのはあながち嘘ではなく。シンプルなお話という点では成功したかな〜…何て思ったりして(笑)
お楽しみいただけましたら、幸いです(^^)

そんなわけで、次回はまた今回とは変わったものを書こうかな〜何て、創作魂が沸き上がってくれると嬉しいのですが。
それまでに職を………あうう…(涙)
いや、まぁ…蛇足ではありますが。自分にとって今は、結構きっつい時期だと思います(--;;;;)
だから、今回のよ〜なほのぼのした話を書けたんだったりして(笑)
………と、ともかくもま。あ、そうだ…ホームページも公開したので。是非是非、遊びにいらしてくださいませませ(^^;;;;)
SS以外にも、ひぅひぅ云ってるいぢめられっこのオリジナルキャラとか使って遊んでますので(笑)
それでは、今回はこの辺で失礼致します。…次回も頑張ります♪(^^)



※この作品は、2001年の夏コミにて発表しました