-One Scene 〜彼と彼女の日常〜-
川澄舞編 自分の部屋にて。ぎゅむーーーーっと、でっかいぬいぐるみを抱きしめ続ける少女、川澄舞がいる。それ自体は不思議な事でも何でもない。が……。 「……」 さっきからそんな状態のまま、微動だにしない。瞬きすら億劫なように見える様は、どこか圧倒されるものがあった。 「舞。ぬいぐるみ、好きか?」 さすがに祐一もちょっと呆然としながら、聞いた。 「かなり嫌いじゃない」 「そ、そうか」 嫌いじゃないということはイコール『大好き』ということ。表情はいつも通り変化なく、クールに見えるけれど、どこかうっとりとしたような雰囲気を漂わせていた。彼女はそれほどなまでに可愛いぬいぐるみが大好きなのだった。 「いや。商店街を歩いてて、たまたま見つけてな」 舞の右腕には、ハチミツ入りの壷を持ったクマさん。 「はちみつクマさん」 そして左腕には、愛らしいタヌキさん。 「ぽんぽこタヌキさん」 「どうしてこう、狙い澄ましたかのような商品があるかな」 この商品を見つけたとき、『これはもう舞に買ってやるしかない』と思って、衝動買いしてしまったのだった。舞が喜んでくれるのを想像しながら。 「……」 そして案の定、可愛いぬいぐるみを両腕に抱えて幸せいっぱいの舞が側にいる。 「なあ舞。どっちの方が好きだ?」 「……。どっちも嫌いじゃない」 優劣など決められない。祐一の質問はちょっと野暮だったようだ。 「そうか。まあ、喜んでくれたようで嬉しいが」 「……?」 「いつまでそうしているんだ?」 「さあ」 「食事の時も? 風呂の時も?」 「……」 こくんと頷く。 「さすがに風呂は無理だろ」 「かもしれない」 どこかずれた会話が続く。 「夜も?」 意外なことに、その問いにはふるふると頭を振った。 「夜は、祐一と」 「……え?」 「だから……。ベッドで、寝てもらう」 「そ、そうなのか」 「……」 ふかふかのぬいぐるみを気持ちよさそうに抱きしめながら、舞は云った。 「お礼、するから」 「別にいい。……って、舞?」 「はちみつクマさん」 とても名残惜しそうに。 「ぽんぽこタヌキさん」 二つのぬいぐるみを離して、ベッドに寝かせた。優しく、丁寧に毛布を掛けて。 そして。 「祐一」 「あ、ああ……」 舞は立ち上がり、祐一の腕を取った。 「お礼。するから」 「ど、どんな?」 「……」 舞は無言のまま、少し頬を赤らめて隣にある祐一の部屋に向かうのだった。 「ひ、引きずるな……うわっ!」 「来て」 問答無用、とばかりに引きずられていくのだった。 「ま、舞。あのな」 部屋の中に入り、舞が最初にしたことは。 「ふ、服を脱ぐな! さ、佐祐理さんに聞こえる……」 「佐祐理も、喜んでくれるから」 共に同居している親友。舞と祐一の仲を誰よりも大切に思ってくれているから、問題は何もなかった。 「だ、だからってその……」 祐一の悲鳴(?)を無視するかのように、ベッドに引きずり込み。 「お礼……させて」 「んむむむむっ!」 ぬいぐるみを抱いていた時のように、祐一をぎゅむーーーっと抱きしめて、キスをするのだった。誰よりも大好きな人を。 ----------後書き----------
不器用な一途さというのはこんな感じじゃないかなと思った次第。 振り回される祐一が、結構可愛いかも。 ご意見ご感想シチュエーションのリクエスト、誤字脱字報告はBBSまたはWeb拍手にてお願い致します。 |