【七瀬再び!】










繁華街にほど近い、地方都市の駅前にて。

ざっ!

雪にまみれた大地を踏みしめ、白い息を吐きながら…一人の少女が始動する。
「ふっふっふ。ココまでの道のりは遠かったわ〜。ったく。壱時間に数本しか電車が走ってないなんてローカルな!JRは何やってんのよっ!……この土地は乙女に優しくないわね!」
恍惚とした表情で、付いた早々不平不満を漏らす彼女は…名を、七瀬留美(ななせるみ)。剣道の名手にして、真の乙女を目指し続ける、自称健気な少女である。
「ふっふっふっふ。遂に……遂に辿り着いたわ!サ(転)ン(校)ク(先)チ(の)ュ(学)ア(校)リにっ!」
その覚悟と努力が遂に芽生え。彼女の心の中を、心地よい風が吹き荒れていた。
「ああ。思い出すだけで恐ろしい。私にとって、あの日々は………」
刹那。彼女の心の中を、あの忌まわしき日々の思いが駆け巡る。あの、前の学校の…辛かった日々の思い出が。















あの日々は何か?

挑戦、挫折、そして…屈辱。だけど、私は…

再びソレを手に…と、願った。

それは、長く、辛く

何度も何度も…諦めかけて。それでも、執念で立ち直って…

何度『あと少し』と、思ったことか。

悔しくて、悲しくて

泥にまみれるように…地を這いつくばるように…堪えて

でも、もう…全ては過去のこと!

『あと少し…あと少し…!』

再び手が届きかけたソレを目指し!目の前の…ソレを目指して…!















「私は、新たなる道を行くわっ!」
再び、歩き始める。















真の『乙女』への道をッ!

『後少しの道をッ!!』

傷ついた、血塗れの手でッ!

ソレをもぎ取りに!

元剣道部故の、気合を込めて!私は叫ぶ!















「後少しで私は真の乙女なのよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!」

ドガッシャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!

勢いよく立ち上がった衝撃で、当然の如く…派手に吹っ飛ぶ椅子。
「な、七瀬さん…?」
「あ、あれ?………あれれ?」
授業中の静かな教室に、私の絶叫と椅子が吹き飛ぶ音が…轟音のように響き渡っていた。も、もしかしてもしかして。…今までのは全部…夢!?
「あ、あはははは…」
わ、笑って誤魔化すのよ〜!!!!
(そ…そ〜いえば私。この街まで、引っ越し屋の車で来たんだった…うっかりしていたわ〜)
乙女への道は、遠く…険しいという、何よりの…証拠。















『七瀬再び!』















タッタッタッタッ!

「いやぁ〜んっ!遅刻しちゃふわ〜〜〜!むぐむぐむぐむぐ」
未だ馴れない生活リズムのせいか、ついつい暖かい布団にくるまってしまって、その結果寝過ごし……う、ううんっ!身だしなみを整えるのに時間がかかってしまって、今日も遅刻ギリギリの時間になってしまった。食パンを加えながら走るという、典型的な乙女タイプの登校開始よっ!
「もぐもぐもぐもぐっ。お母さんっ!どうして起こしてくれないのよ〜!………って。私が『これからは、自分で起きるわ。だって私。乙女だもんっ♪』なんて云ったんだっけ…ひんっ」
身から出た錆というのはこのことだろうか。…私は必死に、食パンを飲み込み…………じゃ、なくて走り。
「このままじゃ、遅刻しちゃう〜!」
乙女にとって、遅刻なんて絶対ダメ!絶対に間に合わなくちゃだめっ!真のヒロインは遅刻なんて絶対しないもんっ!格好悪いもんっ!
「でも、ちゃんと髪を整えないと……ああもうっ!」
乙女への心がけはキッチリと、忘れないのが私なのだ。自慢の髪をツインテールに束ねて、とっても乙女な赤いリボンで飾る♪とっても乙女よ〜♪………って、そんなこと考えてる場合じゃなかった!
「はっ…はっ…はっ………あ、後少し………」

タッタッタッタッ!

転校して来てから数日が過ぎ今日も、まだ慣れない雪の感触を感じながら街を走る。ひたすら新しい制服の、赤いケープを揺らしながら。今日も一人、乙女の道を突き進むのよっ!
「はぁはぁッ!あ、後少し………後少しで学校〜!」
この角を曲がれば学校が見える!そう思って私は気合いを入れて、全速力で角を曲がろうと、体勢を低くした。と……その瞬間。
「ゆういちっ!前ッ!」
「うおっ!」
「えっ!?」

ずがッ!

「ぐっあッ!?」
ブラックアウトする視界に、某タ○ヤ模型の赤青星型マークが。も、もとい…ド○えもんの漫画みたいな星星(☆★)が飛んで見えたわ…。私はか弱い乙女の如く、道の真ん中にうずくまってしまう。お…お腹が痛いわっ。
「ぐ、ぐぐ……」
だ、誰よ…こんな非常識なことするのはっ!走りながらモロに肘打ち入れるなんてぇぇぇぇっ!
「ふぅ。…なんだかこれじゃ、俺が一方的に悪いみたいじゃないか」
等と、どこをどういうふうにどーみても無反省で他人事のよーに抜かす男……。くあっ、むかつくぅっ!
「全部祐一が悪いよ〜!」
「お前がなかなか起きないからいけないんだろっ!」
「それとこれとは関係ないもんっ!」
「…」
こ、この…ジンジンと下腹部が痛む感じ。…どこかで。そ、そうだ。…あの日々。あの…忌まわしい日々のはじまりと全く同じじゃないのよっ!
「今度からお前を起こすために秋子さんの謎ジャム食わせるからなっ!」
「祐一嫌いっ!」
わ、私を無視してギャーギャーと……!
「って、いったぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!…女の子の脇腹に膝打ち食らわすなんてッ!あんたたちっ!あに考えてんのよっ!」
しかもモロに入ったわよっ!
「いや、俺のせいではない。なぜなら俺は、こいつに『道が滑るから注意して腰をかがめて、低い体勢で走れ!これ、陸上部の鉄則!』と、鬼部長的に言われたんだ。云うとおりにしないと、寝床にカエルのぬいぐるみを突っ込むぞと脅されてな」
その男はそう言って、傍にいた女の子を指さす男。私と同じ学校の制服を着ている、綺麗なロングヘアの少女だ。む!…け、結構な美少女じゃないのよ!かなりの乙女だわ!
「ホントなのッ!?」

がうっ!

「おおうっ!?ほ、吠えた!?」
……誰が吠えたじゃっ!
「私は動物じゃないわよっ!で、どうなのあんたっ!」
「わっ、ち、ちがうよ〜。私そんなこと言ってないよ〜」
問いつめると、ロングヘアの少女が情けない声で男の方に向き直り、弱々しく男を非難する。
「じゃあ、やっぱりあんたが悪いんじゃないのッ!!」
「う、う〜ん。…まぁ俺が悪いような気がしないわけでもない気がすることも無きにしもあらずだな。責任の所在は、あり得ないともいいきれんな〜」
何じゃその言い方わッ!
「回りくどいのよッ!!いったぁぁぁぁぁ!…どうしてくれるのよッ!」
この痛みと、失われた時間を。
「そんなこと言われてもなぁ。あ、っと。時間が無い。俺、急いでいるから…名雪っ!…後は任せたぞっ!」

ダッ

「ゆ、ゆういち〜。私だって急いでいるんだよ〜!逃げちゃだめ〜〜〜!」
「富岳三十六景逃げるにしかずとよくいうだろ!」
「それを云うなら『三十六計逃げるにしかず』だよ〜!富岳三十六景は葛飾北斎の絵だよ〜!」
………漫才じゃないんだから。
「似たようなもんだ!早く行くぞっ!チャイム鳴っちまう!」
「全然似てないよ〜!」

だだだだっ!

「な゛っ。…何なのよ…一体っ!」
無責任に、二人とも私を置き去りにして走っていってしまった。
「ふ、普通ぶつかったら乙女を優しく抱き起こしてくれるもんでしょうがぁっ!」
そしてあわよくばほのかなラブロマンスが生まれる!それが一般的な乙女の登校風景というものでしょうがぁっ!

キーンコーンカーンコーン〜♪

「あ…!ち、チャイムぅっ!?」
私の絶叫は、チャイム無情な音と共に消えていくのだった。
「ううっ!折角無遅刻無欠席の皆勤賞目指してたのに〜〜〜!」
早くも、私の乙女化五ヶ年計画にほころびが生じたようだった………。はふぅ……。





所変わって、教室……





ザワザワ…

と、そのとき何かあったのか、急に教室中がざわめいた。みんな、どうしたのかな?

ガラッ!

前方のドアが開き、先生が入ってきて…。と、もう一人。男子生徒の姿が微かに見える。
「あ〜、席に着け。今日は転校生を紹介する」
ふ〜ん。転校生か〜。格好いい人だったりして。季節はずれの転校生同士、慣れない土地に来て不安な心を共有して、素敵なラブロマンスが生まれる。
「きゃっ!いいわいいわいいわ〜!それってすっごく乙女だわ〜♪うふふのふ♪」
例えば例えばっ!乙女の連想としては、こうよっ!



『あ〜、…七瀬の後ろが空いてるな。丁度いい。キミの席はあそこにしてくれ』
『はい』
『あ〜。珍しいことに、七瀬もちょっと前に転校してきたばかりなんだ。転校生同士、仲良くやってくれ』
『わかりました』
担任から席の指定を受けた転校生が私の後ろの席にやってきて。スラッとした長身の、美形の転校生君はちょっとはにかんだ笑顔で。
『よろしく』



なんて、キラーン♪と、転校生君の白い歯が光って……。私は『よ、よろしく…ね』何て顔を赤くしながら答えて、その後私たちは恋に落ちて…お似合いのカップルに。きゃっ♪
なんて……あは…あは…あはあはははははははははははは〜♪きゃ〜……いいわ〜!それってそれってそれって〜〜!すっごくロマンティックだわ〜♪♪♪どんな人だろどんな人だろどんな人だろッ???

じーーーーーーーー!

目を凝らして入ってきた転校生をじーーーーーーーーーっと見つめる。そして。前に立った『彼』は…。

スッ

「相沢祐一です。よろしく」
「………………………………ぐ、ぐわッ!!!!」
こ、これは、デ・ジャ・ヴとでもいうのかしら?そこには。…さっき、私のお腹を肘で思いっっっきりどついた男がいた!
「ど、どうして…こうなるのよぅっ!」
その日から私…七瀬留美。乙女の受難の日々が再び…………ひんっ!いやよぉっ!そんなのっ!
「あー…。七瀬の後ろが空いてるな。キミの席はあそこにしてくれ」
「え゛?」
や、やっぱり…悪夢到来なのっ!?
「えっと、七瀬さん。よろしく」
「よ、よろしく…」
すごーーく、顔を合わせ辛いんだけど……。

ふいっ

仕方ないから、興味なさげに明後日の方向を見つめる。
「あれ?」
「な、なによ!?」
「いや、その……」
立ち止まって私の顔を見つめる転校生。くっ…。か、顔を合わせづらいじゃないっ!さっきぶつかった相手だとばれたら困る〜!
「……あ、あんまり声をかけないでっ!」
ここで気付かれたら最後。『あの時』の二の舞になるわ。あの、悪夢の……絶対…。ここは知らぬ存ぜぬで通すのよっ!
「あのさ。君。…ひょっとして、さっき俺とぶつからなかった?」
「し、知らないわよっ!そんなの…」
ばっ…ばれてる!やっぱりばれてるぅっ!やばいやばいやばいいい〜〜〜〜〜っ!
「そっか。別人かな?」
「そ、そーよ。別人よきっと……別人……よ」
必死に笑みで誤魔化す。お、お願いっ!早く忘れてよ〜!……と、必死に願っていたら、後ろから。
「祐一〜。七瀬さんに謝らなきゃだめだよ〜」
「…な゛っ!?」
私の心配を余所に、あっさりと…すぐ隣の席の女生徒『水瀬名雪』が、私の正体をバラしていた。さ、さっき一緒にいた女の子ってもしかして…!?急いでいたからわからなかったけど、もしかして…水瀬さんだったの?
「すごい勢いで当たったんだから…ね」
や、やばああああああああああああああああああああああいッ!
「そ〜かそ〜かっ。あははは。やっぱり同一人物だったのか。いや〜〜さっきの剣幕はすごかったな〜。全然想像できないよ」
「ち、ちがうわよっ!!そ、その…えっと…うーっ!……た、他山の石の空似よっ!」
何か文法間違っているような感じがしたけど、それでもどーにかして誤魔化さなきゃっ!
「でも、名雪が言ってるんだからなぁ。…間違えじゃないのか?」
「私。見間違えなんてしてないよ〜。祐一、ひどいよ〜!」
ち、丁度良いわ。この際、不本意でも何でも…この男に合わせて、私の正体を隠さねば。乙女への道が閉ざされる〜!
「き、きっと見間違えよ。えっと…その…寝ぼけ眼だったとか。ねっ?」
う、なんだかめちゃくちゃキツイ言い訳。これじゃ、納得しないわよね…。ううっ…ど、どうしよどうしよどうしよっ!バれたらやばいぃ〜〜ッ!乙女化五ヶ年計画が〜!!!!
「う〜ん。………でも、やっぱり名雪のことだから、ホントに寝ぼけてたのかもな〜」
「ヒドイよ〜!」
そんな私の心配をよそに、二人とも勝手に納得してた。
「ま、あり得ないことでも無いわね」
とは……これまた美少女、なウェーブヘアの女生徒。美坂香里の(結果的には)ありがたきツッコミ。……乙女の手本のような美人ね。侮れないわっ!
「水瀬さんだからなぁ。本当に寝ぼけていたのかもね」
更に、北川君という男子生徒も調子を揃えてくれた。
「うー!香里も北川君もひどいよ〜〜〜!」
ま、いい…か。とりあえずは、だけど…。
「ふっ。乙女への道は…遠いのね」
物憂げに溜息を付き、心の底に溜まった言葉を吐き出す。
「あ、今日の数学。七瀬さんから当たるね」
「ぐ、ぐあっ!」
わ、忘れていた…………。





……授業中……





カリカリ…

シャープペンシルの音が静かに響く授業中。

くいっくいっ……きゅっ

気のせいかしら、何だか髪の毛がくすぐったいけど。ツインテールにまとめた髪が…。といって、振り返るわけにもいかないし。
「…?」
気のせい……よね。っと、そんなこと考えてないで集中集中。テスト範囲もかなり違っているんだから、必死にやらないと。

…………

集中すると時間の経過も早く感じるもので。四時間目の授業も後一息、なぁんて風に、とっても楽に思えてくる。
「んあー。後五分あるけど、今日はここまでにしておこう」
頑張ったせいか、こんな些細な事にも思わず溜息を付きたくなってしまう。ふふ。…私って、乙女してるわぁ♪
「きりーつ!」

がたっ

日直の人が号令をかけ、みんな同時に立ち上が……ぐあっ!

ぐぎっ!

「礼!」

ぐぎぎぎぎ…………

「…」
礼が終わり、購買にパンやお弁当を買いに急ぐ人や、学食に急ぐ人が見える…。視線が傾いて。
「…………」
なぜなら、私の髪が椅子にくくりつけられていて……。その反動で、思い切り立ったときに首が、ぐぎっと。
って!……こ、この野郎があ〜っ!
「殺す気かあっ!」

ばんっ!

「おおっ!やっぱり朝の少女は七瀬さんだったか!」
「はっ!」
し、しまったわああああ〜〜〜!コレじゃあのときと同じじゃないのよ〜!
「いや〜。俺の予想って、当たるもんだな〜♪」
「祐一、またヒドイことしてる…」
「だって、気になって気になってしかたなかったんだよ」
………もしかして、この仕打ちは。ただ、そんなことの為だけに。
「殺すっ!!!!」

げしげしげしげしっ!

「おわっ!やっぱり朝見たとおり、凶暴……!!!!」
乙女とは、耐えるものなんだろうけど………ひしひしとこみ上げる怒りに、その時の私は打ち勝てなかった。
「まちなさぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーいっ!!!!」
「待てといって大人しく待つやつぁいない〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!!」

どどどどどどどどっ!

といっても、相沢祐一はちゃっかり逃げ出していたんだけど。ひんっ!
「はぁ〜……。私もまだまだ乙女修行が足りないみたいね……」
溜息と同時に涙がこみ上げてきちゃう。だって私、女の子だもん…。

きーんこーん………

「へ?………チャイム?」
あ、あああああーーーーーーーッ!!!!!
「お、お昼ご飯食べるの忘れてた〜〜〜〜!」

ぐきゅるるる………

「あっあっ……お腹が!嫌〜〜〜〜!ひぃんっ!」
この後私は、授業中…お腹が鳴るのを必死に堪えていたのでした。とっほほほ。





それからのこと。私はこの、相沢祐一によって、多大なる苦痛を受けるのであった。





「ふー。やれやれ。相沢祐一なんていうお邪魔虫に目ぇつけられちゃったけど。今度こそ失敗はしないわよ」
私には、奥の手があるのだっ!
『乙女への道→学校でも評判の美人とお友達になる→自分も注目を浴びる→棚からぼた餅状態で私も乙女化♪』
世の中には、法則があるもので。私の中の理論も、ある種の法則を形成していた。
「ふっふっふ。完ッ璧ね♪」
乙女になるには、一人の力だけではダメ。…よって、『学校でも評判の美少女とお近付きに、上手くすればお友達に』なる。
「これによって私も周りから注目され……価値を高められるという寸法よ!」
そして、可憐なドレスを着て優雅なダンスでも踊れば………。
「完ッ璧!完璧よぉぉぉぉっ!あはっ!あははっ!あはははははははははっ!これしかないわっ!乙女への道はっ!」
……でも。よく考えると、この作戦にはネックがあるわね。
「学校内で、ダンスを踊れる場所なんて…………うーん」
幸いなことに、ドレスは一着あるんだけど。自慢の青色ドレスが。
「折角着たのに……結局あンの大馬鹿折原は戻ってこなかったけどね。きーッ!」
っと。過去のトラウマはともかくとして。
(どうしよう…)
乙女風に、物憂げに考えていると。その時……。



『はぇぇ〜。舞踏会ですか〜』
『だろっ!佐祐理さん、出ようぜ!舞も誘って』
『いいですね〜』



ひくっ!

(………あんですって。ぶ、舞踏会ですってっ!?)
壁に目あり障子に耳あり、乙女の耳は地獄耳…と、よく云うけれど。そ、そうよっ!その手があったわ!
「舞踏会……舞踏会……むふっ♪むふっふっふっふ♪舞踏会〜〜〜♪ぶっとうかい〜〜〜♪」
そうときたら、ちゃんと計画を立てなきゃ!
「ああっ!もどかしいわっ!こうしちゃいられないのにぃっ!」
授業が煩わしい!一刻も早く帰って、ドレスを新調したいのにぃっ!制服なんか着てる場合じゃない〜〜〜〜〜!



『あ、でも。今晩からなんですか?』
『ああ。ちょっと急な話なんだけど、ダメかな』

ぽんっ♪

『大丈夫ですっ♪佐祐理にお任せください♪何とかしてみせますよ〜』
『あはは。さっすが佐祐理さんだ』



ぐ、ぐあっ!……またしても誤算。
「新調する暇も無いとは……困ったわね……」
ドレスが虫食いにあっていないことを祈るのみ。





そうして、夜が訪れる。





ざわざわと人の吐息が、まだ暖まりきっていない体育館の空気を白く染め上げる。点在したテーブルには、綺麗なテーブルクロスと、色とりどりの、見るからに美味しそうな料理がいっぱい。………お持ち帰り、できないのかしら?……何て、一瞬だけど思ったのは、乙女になり切れていないからだろう。
そ、それはともかく!
「ふっふっふ。やっぱりここよ。ここ!」
………ドレスは案の定。ちょこっとだけ虫食い状態だったけど。……ま、い。いいのよ。ど〜せ見えない所だし……多分。……背中にちょこ〜っと………ひんっ!どうして、タ●スに●ン入れておいたのにぃっ!
「それにしても、結構本格的じゃないの」
学校の主催する舞踏会なんて、お遊びかと思っていたのだけど。全然そんなことはなくて、シャンデリアも絨毯も本格的なものだった。私は、普段とは違い髪を一本にまとめた。………これは、キアイを入れる時の髪型。例えば、剣道の試合の時のように!
「はちまきでも巻けば…最高なんだけど………って!違うわよっ違う違う違うぅっ!」
わ、私は乙女になるんだから〜!はちまきだの竹刀だのは関係無いの〜!それじゃ舞踏会じゃなくて武道会になっちゃうわよぉっ!!
「…さ、流石にワインはダメみたいだけど。……ま、それくらいは仕方ないわね」
握ったグラスにあるのは、ノンアルコール飲料で。ちょっと風情には欠けるけど。まぁ、そんなこと問題じゃない。
「さて…と」
早速ミッション開始!
「美人のお友達を見つけて……あわよくば、格好良い男の人とお近付きに♪」
そうすれば、棚ぼたで私も注目されて……真の乙女にっ!
「よぉぉ〜し!いっくわよ〜〜〜〜!真の乙女目指して〜〜〜〜!」



『はぇぇ〜♪祐一さん、ダンスお上手です〜』
『ほぉら。回って回って♪』



………むっ!
「あっ。あれはっ!」
幸先良く、学校中で評判の美少女こと、三年生の『倉田佐祐理』さんがいたっ!………それと。何故か天敵・相沢祐一が。あぅ…。
「ったくぅ!……何であいつがココにいるのよ!私の野望には、あんたが邪魔なのよ〜!」
ち、ちょっと調子が狂うが……。で、でも。隙を見つけて、佐祐理さんにお近付きにならないとっ!



『あははー。佐祐理、とっても楽しかったです〜』
『おう。またやろうな』
『ちょっと、疲れちゃいました。…向こうで休んできますね〜』
『はいはい。…舞が踊りたいっていうから、もうちょっと踊ってくるよ』
『はい〜』



むふっ♪むふふっ♪♪むふっむふっむふふふのふっ♪♪♪行ったわね、相沢祐一は。…よしよしよぉぉ〜しよし♪
「ふっふっふ。お近付きになるちゃ〜んすっ!」
私は密かに、抜き足差し足で近づいていく。………が。
「…………何て声かければいいんだろ」
男の子が女の子に声をかける。ダンスを踊る……要するに、軟派のよーなものなら、この舞踏会ではおなじみの光景なんだけれど。
「……………………どうしよどうしよっ。考えてなかった〜〜〜〜!」
女の子が、知り合いでも何でもない女の子に声をかけるというのは、それはまた…アヤシイ意味で。ああっ!もうっ!
「う、迂闊だったわ……声をかける口実も考えていなかったとは」
乙女最大のピンチ……ううっ!
「七瀬さんっ!」
と、そんなとき…私に声をかける人がいた。





それは、七瀬が乙女化五ヶ年計画作戦(?)を開始する少し前の事である。










「ううっ。美坂のやつヒドイよなぁ…。俺はずっとあいつのことを…一途に想ってきたのに。なんで相沢の野郎なんかを…ううっ」
なさけな〜く、俯きながら歩く男がいた。失恋野郎こと、北川潤である。
「誰が失恋野郎だっての……」
んなこと言うまでもなく、ウェーブヘアの美少女こと、美坂香里にフられて惨めったらしくシクシクしてるイジケ男のことである。
「うぐっ!……い、イジケ男。………ふっ。まぁ…いいさ」
悪いものでも食べたのか、いきなり開き直った北川…。
「俺としたことがつい取り乱してしまった。まぁ、世間ではよく言うしなぁ『押してだめなら引いてみろ』って♪」
確かにそういう言葉はあるが、どうする気なんだろう?
「この絢爛豪華な舞踏会会場には着飾った動く人形たちがいっぱいいる…」
自分もそうだと気付いていないのが、この男の短所でもあり、長所でもある。
「ぐっ。な、何か……誰かに馬鹿にされてるような気がするけど。ま、まあいいっ。人はいっぱいいるけど…だけど。頂点に立つ…真の…相思相愛のカップルはほんの一握りというのが世間の相場!……だから俺は」
被害妄想癖のある男である。
「素敵な女性と出逢い、荘厳華麗なダンスを踊るのだっ!そうすればさしもの、美坂も俺の良さを見直して『北川君。私やっぱり…貴方のことが…』なぁんて目を潤ませながら心の底にずっと長い間秘めていた熱き思いを打ち明けてくるのだぁぁぁぁぁっ!!!!」
……開いた口がふさがらない、というのはこのようなときの事をいうのだろう。周囲の人々も、イキナリ叫び始めた北川に、奇異のまなざしを向ける。
「はっ!………しまった。俺としたことが、またしても取り乱してしまったよ。くっくっく」
こういう男は、軟派には向いていないのではないかな〜と思うのは、間違いではあるまい。
「さぁてと♪男北川潤。いざっ!出陣するぜっ!」

たたたたっ!










そういって、一人の愚か者が人々の中に紛れ込んで行ったのだった。





「ふふ。お上手ですね七瀬さん」

ずダンッ♪

「い〜え。そんなことないですよ。北川君」

ガンッ♪

なるべく軽やかにステップを踏む私と北川君。つい先程、偶然ばったりと出会い、意気投合してダンスを踊っているのだ。
「もっと早く動きますよ?」
「はは。お任せください七瀬さん」

グルグルグルグルッ!

体を急にひねる。ふふっ。乙女の名に恥じず、かなりのテクニックだ。が…。

ぐぎっ!

「ぐあっ!」
は、はいひ〜るだったの……忘れてたぁ〜!……普段とは違うんだったぁ〜〜〜〜!
「…七瀬さん、どうかしましたか?」
「あ、い、いえ。あははは。な、なんでもないですよ〜」
私はその瞬間。見事に足をぐきっと挫いてしまったのだけど、必死に笑って誤魔化す。
『ううっ。す、すっごく痛いわ。だけど…せっかくのチャンスを逃すわけにはいかないのよっ!真の乙女になるために!』
「ちょっと、休みましょうか?」
あは。北川君、素敵な人ね〜♪………けどね。悪いけれど、貴方は私にはふさわしくないわ。…涙を呑んで、利用させてもらうわよぉ。…真の乙女になるためにはどんな手でも使うわっ!悪く思わないでね〜。
(ふふ。万事順調だ。…七瀬さんには悪いが、ここで軽やかにダンスを踊って美坂の目を引いて。…ふっ。つくづく、俺は罪な男だぜ…)
「また、回りますよ。七瀬さん」
「は、はい…」

クルクルッ…ヨロッ!

「きゃああっ!」
「七瀬さんっ!危ない!」
やっぱり無理だったのか、繋いだ手を離してしまい。よろめき、加速しながら…料理のいっぱい乗ったテーブルへと一直線……あああっ!乙女・七瀬留美大ピンチっ!
「ああああっ!」
北川君が、必死に押さえこもうとしてくれてるけど……逆効果になって…。

がっ!

「ああっ!?な、な、な、な、なにすんのよぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーっ!!!!」
「わーーー!俺の馬鹿っ!!!!ま、間違って足をかけてしまったぁぁっ!」
あ、足払いにっ!……今の私、空を舞っているよーな!……て、テーブルが下に〜〜〜〜!

がしゃあああああああああーーーーーーーーーーーーんっ♪

とっても派手に響く、破壊音……。それは……私から発せられたもので。
「うう……い、痛いい………」
「はぇぇ〜。大丈夫ですか〜?」
…………え?
「……あ、あはは〜。とっても派手なダンスですね〜」
苦笑いというか、何というか。そこには目的の重要人物。倉田佐祐理さんが手をさしのべてくれていた。
「あ、ありがとう…」
私は佐祐理さんに抱き起こされ、そしてドレスの埃を払って、そそくさと人の目を逃れ…ないと。折角のチャンスなんだから〜!

むぎゅっ!

『うう………俺って、どうしてこういう役回り?』

ちょっと足下が柔らかかったような気がしたけど、とりあえず気にせず。……次なる目的『佐祐理さんとお友達になる!』を果たす為、佐祐理さんと話し込み始め…ようとしたのよっ!
「あ、あの。倉田佐祐理さん…ですね?」
「はぇぇ〜。…どうして佐祐理の名前を知っているんですか〜?」
「そりゃ、倉田佐祐理さんといったら、校内でも有名な美人ですもの♪」
おほほほほ、と云う笑いがこういう場合には有効………だと思うので、そうする。
「あははー。そんなことないですよー。ええっと…」
むぅ。幅広リボンが……可憐じゃないのよぉ。やるわねぇ、いい乙女っぷりだわ。作戦順調♪ふっふっふ♪
「あ、申し遅れましたわ。私、少し前にこの学校に転校してきた、七瀬留美と云いま………ぐわっ!」

びしっ!

「はぇぇー!?な、七瀬さん〜〜〜〜〜〜!?」
「え?え?えええっ!?な、な、なになになになにっ!」
私はイキナリ背後から、何か猛烈な勢いのもの(?)に突き飛ばされて…。

がしゃあああああああああーーーーーーんっ♪

「ま、またっ!どうしてどうしてどうしてこうなるのよおおおお〜!」
そのまま、猛烈な勢いで……今度は三、四個のテーブルを一気にぶち倒すはめに……。と、思ったら!?
「…………な、何が起こってるの!?」
私だけじゃなく、あちこちでテーブルが吹き飛び、人が転び………体育館の中はパニックに!
「ひぃんっ!え、えいえんだか奇跡だかしンないけど、いちいち私の乙女化計画を邪魔しないでよぅ〜〜〜っ!」
たまたまぶっ倒したテーブルの上に、大きなケーキがあったのか…。ドレスはクリームだのチョコレートだのが大量にくっついてしまった。
「ああっ!ドレスが〜〜……って、ああああっ!背中、破れてるし〜〜〜〜〜〜〜!」
偶然ドレスの、虫食いになってる背中の穴がどこかに引っかかったらしく………綺麗に裂けていた。……脱げたりはしないけど、うう。
「ああ……もうっ!どーーーーしてこーなんのよぉっ!」
パーティー会場はぐちゃぐちゃになってるし、人々はパニック状態で出口に殺到してるし……ドレスは汚れるし、破れるし。折角の乙女化計画が〜!
「祐一さんっ!舞っ!早く、逃げますよ〜!」
「ん、あ…ああっ!……舞〜!何やってるんだよっ!」
ターゲットだった佐祐理さんも、相沢に横取りされて行くし〜!……それと。な、何よこの人はっ!剣なんか握りしめてっ!………確か、川澄舞…とか云ったかな。佐祐理さんの親友で、問題ばかり起こしている三年生だというけれど。なかなかの美人ねっ!
「…………はぁ〜。今日って、厄日だったかしら」
体育館には、大混雑にして大混乱の出入り口を除き……私一人がぽつんとばかりに残された。
「魔物がいる…」
「え?」
………ぬわんですって?

ピシッ

「…っ!」
僅かな気配とラップ音で、彼女。川澄舞は飛び出した。
「…は、早い!」
振り下ろされた刃は、何もない空間でガギッという鈍い音と共に弾け…川澄さんごと吹き飛ばした。……一つだけ確かなのは、そこに何かがいるということだ。訓練によって研ぎ澄まされた感覚を持つ私には、わかる。
「つっ…」
「舞っ!」
「舞〜〜!」

ごとンっ

その時偶然、剣が私の足下に転がり……。
「佐祐理っ!危ない」
苦痛の声と共に、『逃げろ』とアピールする川澄さん。だけど、訓練を積んでいない一般人がこういう事態において早々動けるわけがない。例に漏れず、相沢と佐祐理さんが危険だ。こう言うときは……!
「仕方ないわねっ!……いくわよぉっ!超高校級・七瀬留美一撃必殺!!!!火事場の馬鹿力ッ!!!!」
やむを得ない…か。折角のパーティーと錬りに錬って立案した乙女化計画をぶちこわした魔物とかいうワケワカラン野郎を放っておく程私は甘くはないしね。

がしっ!

気配から察するに『魔物』とか云う正体不明の敵は、勢い良く一直線の動きしか出来ない猪突猛進家……単純なイノシシ野郎だっ!
「ぬああっ!…つぉりゃあああああああああああああああああああああああっ!!!!!!!!!!」
私は現役当時よろしく、剣を握り渾身の力で……魔物目がけて振り下ろした!





…………





「はぁ〜……」
「はぇぇー。どうしたんですか〜?」
どうしたもこうしたも…。呑気にまぁ。
「どーすんのよっ!この、『かつて舞踏会だったようなものの残骸』みたいなものを〜」
阿鼻叫喚の後には、大量の残骸が残された………うーむ。
「どうにもならんじゃないのか?」
「む、無責任にいうなーっ!」

げしっ

「いでっ!…何するんだよ!怪力七瀬っ!」
「か、怪力云うなーーーー!私は一般人よぉっ!」
と、川澄さんはそこで私の言葉にフルフルと首を振り、否定する。
「あの力はただ者じゃない」
……うっ!相沢以外の人にも云われた。
「そうなのか?」
「一撃で倒せるほど、甘い敵じゃ無かったから…」
ううっ……一撃でぶったおしたのは確かだし……。
「ほおお〜。さっすが七瀬♪」
誉められてもあんまり嬉しくない…。ひんっ。
「あははー。でも、そのお陰で助かったんですよ〜。感謝感謝です〜」
…………何というか、予想と大きく違うなぁ。期待はずれじゃあないんだけど。この、佐祐理さんて人は……かーなーり、天然ボケはいっているような。
「それで…何か、お礼出来ませんでしょうか?助けていただいた…」
礼儀正しく礼を述べる佐祐理さん。……うむむ、相沢なんかとは違うなぁ。こういうところが乙女なのね!メモメモっ!
「…あの?」
「あっ……は、はいいっ!………」
お礼……お礼……ふと思ったのだけど、お礼とお札って漢字、似てるわね…………って!そうじゃなくてっ!
「じ、じゃあ………えーと。そうだっ。…お、お友達になってください♪」
当初の目的はこうよ。こう!学校でも評判の美人とお友達になって、棚からぼた餅で私も乙女にっ♪
「はいー。勿論いいですよ〜。舞もいいよね?」

こくん

言葉は無くとも、しっかりと頷いてくれる川澄さん。
「お手合わせ、してもらいたいから…」
え゛?
「いや〜。すっげぇ怪力だったもんな〜。七瀬の攻撃はっ♪俺からもよろしく頼むぜ」
いや〜な笑みを浮かべながら、茶化すように云う相沢………。
「……………そっ!そのことはもういうなあああああああああああああああああああああっ!!!!」
……あぅあぅあ………。私にはホントに、真の乙女になれる日は来るのだろーか?




おしまい(?)













後書き
毎度の事ながら、今回もかなり手こずってしまいましたが。それはともかく。
作者のMinardi改でございます。お読みいただきまして、どうもありがとうございました〜。
かなり苦労した割には、随分と『やっつけ仕事』的な作品になっちゃったなぁ、というのが作者の本音でありまする。本来は、もっともっと七瀬とその周りのドタバタものを長く、ねちっこく(?)やるつもりだったのですが(--;;;;)
後述しますが。同時並行で、ちょっとした企画をこなしていたので。かーなーり、オーバーワーク状態なのでした…ぐふっ。ようやく一段落かなー。
原稿はもうちょっと余裕を持ってやりたいものです。反省反省…って、いつものことか…人は同じ過ちを繰り返す、てな風に(爆)
まあでも。この間は色々ありまして、折角買ったAthlon雷鳥機を、冷却不足で二回も焼き鳥にしてしまったり(二回も初期不良で交換してもらったし(爆))
HP上で、オリジナルキャラのRINGなんてものをこさえていたりと。
Keyの新作『クラナド』が発表されたり。……何だかんだ云って私,keyの作品は好きなんですよ(^^;)
ONEの時ほどインパクトは薄れてきましたが、それでも。何せ、メジャーになる前から見てきましたから。
これでまたSSのネタが増えるかな〜なんて期待していたりします(爆)
さてさて、次は冬コミですかな?
またお会いできる日を楽しみにしておりますね。それでは〜。

この作品は、コミックレヴォリューションで発表したものです。