レミィの憂鬱
紅魔館の悪魔で吸血鬼なお嬢様ことレミリア・スカーレットは超弩級のワガママ娘である。 好物の紅茶が熱すぎればテーブルごとカップを叩き割り。お茶菓子が湿気っていれば怒りのあまり砂糖入れをひっくりかえしてぶちまけ。飯がまずけりゃ、どこぞのおとやんもまっつぁおなくらい見事にちゃぶ台がえしを行い。床にゴミでも落ちていようものなら目を赤くして怒り狂う。まさに暴君と云っても差し支えないような存在であった。 もっとも、普段はかなり優雅にふるまっていて、大物のボスのごとき落ち着いているように見える。……が。実はそれらは全てつい最近になってのことであった。 丸くなった原因と云うべきか、理由は簡単。ある日のこと、紅魔館に十六夜咲夜というメイド長が現れたのである。 彼女は紅魔館に数多く存在するメイド達を束ねている……と、いうよりも実質一人ですべてを取り仕切っているスーパーメイドなねぇちゃんなのであった。他のメイドは妖精ゆえにどいつもこいつもワガママ勝手でロクに役に立ちゃしねぇ。できることとしたらせいぜい侵入者に対する護衛くらいだろうか。それも、一発で落とされる雑魚敵レベルの。 そういうわけで、十六夜咲夜は紅魔館の衣食住すべてを担う、いわば生命線……いやいや、実質上レミリアお嬢様を差し置いて影の支配者とも云える存在なのであった。しかし。悪魔に魅入られたとは云え、咲夜は普通の人間。時には体調を崩すことくらいあるわけだ。 「……。喉が、ああ……痛い。頭も、がんがん痛い。意識が……朦朧とする。ああ、朝食を作って紅茶を入れて差し上げて、掃除して洗濯してシーツ変えて布団干しして昼食を作って買い物に行ってお嬢様におやつをだして薪を割ってお風呂をわかして晩ごはんをつくって洗い物しなければいけないのに」 ……すること盛りだくさんである。だが、日々の疲れが祟ったのか、ワガママお嬢様がこき使い過ぎたのか、重い風邪を引き込んで寝臥せってしまったのだった。 「う、ごかないと……。あぅっ!」 身体の関節がとても痛い。と、いうよりも身体の節々がまんべんなく痛む。 「こ……のままではお嬢様に、お叱りを受けてしまいますわ」 そんなときにも職務のことを考える。彼女こそプロの鏡というものだろう。だが……。 「咲夜」 ドアの方から声がするので振り向いてみた。すると……。 「お、お嬢様?」 「風邪をひいてしまったのね。全く、人間というものは不便で仕方ないわね」 何と、お嬢様がわざわざ咲夜の部屋まで出向いて見舞ってくれたのだった。 「も、申し訳ありません」 「いいのよ。咲夜にはいつもいつもお世話になっているのだから。たまに風邪をひいたときくらいゆっくり休んでいなさい」 「で、ですが……」 この場合、彼女はとても優しく穏やかに一見見える。が……寛大な彼女の命令とも云うべき提案に逆らおうとすると。 「いいから休んでなさいってぇの!」 「……。はい」 とっても怖いのだった。 そういうわけなので、咲夜は一日お休みをいただくことになったのだが。
「お嬢様。朝食は冷蔵庫の中にある特殊繊維のラップをかけてあるハムエッグを魔法レンジで暖めて、食パンを焼いてバターを……」 それら怪しげな機械や道具は全て森近霖之助が経営するアンティークショップ、香霖堂で買ったものだ。その中でも『はつでんき』なる珍しく実用的な道具……魔力の自動発生装置を使い、今では紅魔館はハイテク屋敷と化したのだった。 「あーあー。わかったわかった。細かいこと云ってないで病人はおとなしく寝てる! あんたの他にもメイドはいるでしょう!」 「……はい」 と、このようにあまりにワーカホリックな咲夜を黙らせて、部屋を出て行った。これ以上仕事しよーとすんなら部屋全体に封印かけて監禁状態においやるわよ、とかなんとか怖いことを云って脅迫しながら。 「……。さて、じゃあ改めて。紅茶をいただこうかしら」 朝食を食べてから紅茶。そういう流れは幻想郷が生まれてから滅びるまでなくなることはないだろう、とレミリアお嬢様はいつもしみじみと思いながらベルを鳴らした。ちりりんと呼び鈴が鳴る。……が。 「誰もこないわね」 いつもだったら咲夜がすぐにやってくる。それどころか、呼ぶまでもなく良いタイミングで紅茶を入れて出してくれる。まったく、咲夜はともかく他の連中はどいつもこいつも教育がなってないわね、とか思いながら再度呼び鈴を鳴らす。 「……。誰もこないわね」 この時点で既にこめかみをひくひくさせながら、もう一度呼び鈴を鳴らす。案の定、誰もこなかったわけだが。流石にもう、誰ぞあるかッ! とでも叫びたくなってきた。 「……。いい加減。誰かきてほしいものだわね!」 かなりキレながらも頑張って踏みとどまり、それでも我慢できなくなって呼び鈴をガンガンふりまくって鳴らしまくる。 「う……」 でもやっぱり、誰もこなかった。 「うがーーーーーーーーーーーっ!」 ついに堪忍袋の尾がぶっちぎれたレミリアお嬢様は、ベルを壁に叩きつけて盛大に破壊した後で。 「神槍『スピア・ザ・グングニル』ッ!」 ずがーーーんという轟音とともに屋根を破壊してしまったのだった。流石にこれにはメイド達も気づいたというかびびって現れた。どいつもこいつも例外なく朝の惰眠をむさぼりまくっていて、誰ひとりレミリアお嬢様のお世話をしようとはしていなかったのである。何しろ、メイド達を起こすのも仕事を割り振りするのもすべて咲夜が完璧に取り仕切っているのだから。統率者不在の今、紅魔館のメイド達は無能極まりない烏合の衆と化していたのだった。 「茶! 私が呼んだらさっさと出てきなさい!」 そして、ようやく待ちに待った待望の紅茶が運ばれてくる。
「遅くなってしまったけれど、まあいいわ。それじゃ、いただくとしましょうか……」 赤い液体が注がれたカップに口を付けて、ずず、と飲み込む。……が。 「ぶふぉおっ!」 一口で思いっきり吹いて、むせ返る。 「かかかか、辛い辛い辛い辛い辛い! なななな、何なのよ一体ぃぃぃぃっ!」 お嬢様はのたうち回り、走り回り、目を回す。 事の顛末は、こういうことだ。お嬢様がいつもお飲みになられている紅茶は赤い。それはあたかも、血のように。で、その紅茶を入れるのはいつも咲夜だった。つまるところ、誰もあのお茶を入れられる人がいなかったわけだ。 ふつーの茶を入れようものなら『茶がまずい!』とかいわれてちゃぶ台返しでもされて怒られそうなので。でも、あの鮮やかな赤い色の紅茶はどうしたらいれられるのだろう、ということになり、とりあえず手近なところにあった調味料、着色料をいれてみてとにかく色だけは忠実に再現してみたのだった。唐辛子に、豆板醤に、ラー油に……と。中身よりも見た目重視の発想ゆえに、このような事態を招いてしまったのであった。ふつーに考えればすぐにでもわかりそうなものだが……。 「う、うぅ……」 ひとしきり不届きなメイド達を追い回して折檻したので、お部屋はぐちゃぐちゃに荒れ放題。お茶は出ないしおなかもすいてきたしお洋服も埃まみれ。色々とうまくいかないことだらけでイライラして、でも日が暮れるに連れて段々と寂しくなってきたお嬢様は耐え切れず、咲夜の部屋へと向かうのだった。 「咲夜。……寝てる?」 こんこん、とノックをしてみるとドアが開き。 「お嬢様?」 「……う」 彼女は起きていた。パジャマ姿の咲夜を見て、お嬢様は急激に何か込み上げてくるものがあったのか、涙目になって抱き着いた。 「どう、しました?」 「どうも、してないわ。ただ……少し」 「そうですか」 プライドが邪魔をして素直になれず『寂しくなっただけ』とは云えなかった。そんなお嬢様をみて、咲夜は優しく抱き締めたのだった。どちらが年上だか、主人だかわからないような、そんな風景だったけれど。 「風邪は、どうなのよ……」 「はい。おかげさまで、だいぶ良くなりました」 彼らから薬をもらいましたから、と咲夜は背後をちらりと見て云った。そこには……。 「よう」 「お邪魔してるわよ」 「っ!」 見知った顔がそこにはあった。お嬢様の友人と云えるかどうかは微妙な仲であるが、白黒の魔法使い霧雨魔理沙と紅白の巫女博麗霊夢。二人とも、咲夜に甘えるお嬢様を見て、微笑ましいと思っているようで、くすくす笑っていた。逆にお嬢様としては、絶対に見られたくないところを特に見られたくない連中に見られてしまって、表情が硬くなる。迂闊だったと云うべきか、油断していたと云うべきか。 「いやー。咲夜が風邪引いたってんで。永遠亭にすっ飛んで行って風邪薬もらってきたんだよ」 気の良い笑顔を見せる魔理沙。 「やっぱり、えーりんの薬は効くみたいね」 霊夢も笑顔。 「そう。一応、礼を云っておくわ。咲夜がいないと、何かと不便だしね……」 咲夜の主人として。そっけないけれど、実はとても感謝している。 「どーいたしまして」 魔理砂はちょっと人の悪い、にやにやした笑顔になる。 「もしかしてあんた、照れてる?」 霊夢もやっぱり人の悪い笑顔を見せて、からかいにも似た突っ込みを入れる。 「て、照れてなんていないわ! 失礼ね!」 紅魔館の主人は館の名前と同じように顔を真っ赤にしてムキになり、頬を膨らませて反論した。そんなやりとりを咲夜も微笑ましそうに見守りながら、一つの提案をした。 「まあまあお嬢様。改めて、皆で紅茶でもお飲みになりませんか?」 「お、いいねぇ」 「そんなこともあろうかと、お茶菓子をもってきていたりして」 霊夢は美味しそうな三色団子を持ってきてくれた。二人とも、当初はそれが目的だったようで。 「……。咲夜の紅茶。飲みたいわ」 やっぱり照れてるお嬢様だったけれど、空腹と甘味に魅せられては素直になるしかなかった。 そんなわけで。紅魔館の楽しいお茶会は、遅ればせながら今から始まるのだったとさ。
----------後書き----------
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