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紐結い










あの時の、肌に食い込む縄の感触が今でも忘れられず、体が疼く。










と、彼女……八乙女梓乃(やおとめ しの)はそう思った。










……あくまでも夢の中で、だけど。










「はぅっ!」

 そして、我に返ると同時に赤面し、絶句する。がばっと起きたが故に、布団はギャグでも何でもなく、吹っ飛ばされているのだった。

「わ、わたくしは……っ! な、な、何という夢を……!」










それは具体的に、どんな夢だったかと云うと。










『縛られるのが感じるんだな。梓乃は』

 ふふふと薄ら笑いを浮かべた淫魔……ではなく、梓乃の先生(にはとても見えないシチュエーションだが)こと滝沢司は、両手でロープを掴んでピンッと張った。ベッドの上の獲物を見て、舌なめずりでもしそうなくらい興奮している。

『そ、そんな……ことっ!』

 既に梓乃は後ろ手に縛られて拘束されていた。もはや抗うことすらできない。

『こうか。こうされるのがいいのか』

『ああっ! つ、かささ……ん……あっ!』

 そして、制服の上から縄を巻いていく。……梓乃の豊かな胸をわざと強調するかのように、8の字を横倒しにした縛りを何度も繰り返す。

『こんなっ! こんな……だ、め……あ、あっ!』

 そしてふさ、ふさ、と胸を鷲掴みされて揉みしだかれる。その度に梓乃は、胸の先端が熱く勃起していくのを感じていた。










とか、そんな内容なのだった。










 たまたま見た夢にしては妙にリアルで、実際に肌を触れられていたかのように思える。当然のことながら、見てしまった本人のリアクションは否定的なものになるわけで。

「ふ、ふしだらです! いけません! そんなの……!」

 典型的な深窓のお嬢様……と、いうような箱入り娘として育てられてきて、大和撫子と呼ばれるように清純な彼女は、背徳感に苛まれるのだった。

「……でも。司さんは、その……し、縛るのが……お好き、なのでしょうか?」

 それでも、年頃の女の子なわけで。好奇心が時に貞操観念を凌駕してしまうこともあるわけだった。

「ああああっ! いけませんいけませんいけませんっ! いけませんったらいけません!」










と、そんなことがあった。










「やほー。何か面白そうなネタないかな〜?」

 午後。談話室にて、みさきちこと相沢美綺(あいざわみさき)が凰華ジャーナルのネタを仕入れに来ていた。その相手は『通販さん』なわけで。通販さんいわく、色々と怪しげな物を購入しては美綺に実際に使ってもらって、その感想を聞くのが楽しみなのだとか。

「丁度いい。こんなのがある」

 とっておき、とばかりに変な物を取り出す通販さん。

「おお。何かすごそう! これは?」

「宴会芸で使える『縄ぬけ手品』用のロープだ」

「おー! まさにお縄頂戴! ってところだにゃー!」

(縄っ!?)

 そして、縄だのロープだの、そう云った単語に敏感になっている人物が、人知れずすぐ側にいて紅茶を飲んでいたわけだった。たまたま偶然に聞いてしまったが最後。ビクッと反応し、意識してしまって仕方がなくなる。

「あと、こんなのもある」

 通販さんは、なぜか宴会芸のものまで買い揃えているようだ。

「わぁお! 難易度高そうっ! 縄ときて、今度は輪投げだねっ!」

 はしゃぐ美綺。それは、動く輪投げセットとかいうやつだった。が……。本来、何も関連性が無いはずの言葉なのに。

(な、縄と来て……輪投げ、縄と、わな……と、縄、わな……縄縄なわ……あ、あ……)

 一文字引っ繰り返せば同じ語句。梓乃の頭の中ではすぐにエンドレスリピートが始まってしまった。もう、止められない。

(わ、輪投げのわなと縄は何の関係もありません! 何を考えているのですかわたくしはっ! わ、わなは縄とは違いますっ! 縄とわなと縄となわはっ!)

 更にメビウスの輪のように抜け出せない状態は続く。

「お。縄飛びだ。何だかすごそう!」

(縄っ!?)

 美綺が見ていたテレビの画面には『クラス対抗縄飛びセット』とか云うものが紹介されていた。二、三十人くらいの大人数でやるような長い縄だ。その番組は云うまでもなく、通販さんが毎回見ている通販番組だ。

「ああ。それなら既に購入済みだ。特殊ジャンピングシューズと、姿勢制御用バーニア付きバックパックがセットでお得だった」

 既に通販さんのチェックに入っていたようで、入手済みとのことだった。

「おおおお! すっごい! これなら二、三十人くらいで二重跳びはおろか三重跳びくらい楽勝だねっ!」

「そういうことだ」

(な、な、縄わな縄わな……な、な、な……何なんですか一体っ!?)

 いっぱいいっぱいになってる梓乃だった。











一瞬の無意識のうちに、ロープを持った司の姿が思い浮かび……。










『あ、ああっ! そんなに……きつく……っ! あひぃっ!』

 体中にまんべんなく巻き付けられて、身動き一つできない梓乃。

『綺麗だぞ。ロープが食い込んだ梓乃の体は』

 うっとりとした表情で見つめる司だった。もちろん、見つめるだけではなくて手を伸ばし、以下略とばかりに色んな事を……。










そして、すぐに我に返る。










 はっとして、硬直してしまった梓乃だったが。

「梓乃。どうしたの?」

 一緒にいた親友、鷹月殿子(たかつき とのこ)が心配そうに顔をのぞき込んできた。

「あっ。い、いえ……! 何でも、ありません……」

「そう? 顔が赤いから、熱でもあるのかなって思って」

「だ、大丈夫……ですっ!」










どーにも動揺しまくってしまったので、一人になって外に出てみるのだった。










「ふう」

 とぼとぼと歩いているうちに、講堂の前に出た。これではいけない、と思いながらも打開策は浮かばない。

(わたくしは……今日は朝から何というふしだらなことを……想像しているのでしょうか)

 更に、ため息をつきつつ、自分に呆れる。だけど、それでもどうにか考えを改めようと努力する。

(いけません。そんなことでは。……もう、考えないように致します! 縄もロープも関係ありません! そんな卑猥な行為はいけません! そんなことは、司さんもお望みではないはずです!)

 邪まな考えを払うように頭を何度か振ってみると、長い髪とリボンが揺れる。と、そんなとき……。

「よーし。リーダ。今度ここにスロープを設置するぞ」

「はい。すぐに手配します」

(す……ロープっ!?)

 理事長代理の風祭みやびがお付きのメイド、リーリア・イリーニチナ・メジューエワ……通称リーダと入り口の方で何かをしていた。彼女が云うには、学院改革ということで『人に優しいバリアフリー化』を積極的に推進中だとかで。それはとても立派なことなのだけど、梓乃としては『スロープ』という単語がどうしても耳に入ってしまったわけで。

(ろ……ロープ)










その瞬間。また……。










『梓乃の恥ずかしいところにロープが食い込んでるぞ』

 と、食い込ませている張本人が嬉しそうに耳元でささやく。いやらしく、ねちねちといじめるかのように。

『ああああ……。い、云わないでください……』

 梓乃の中では今……こ、これがきっこうしばり、というものですか……とか、恥じらいでふらつくような解説がなされていた。それだけ、想像の中の司はテクニシャンなようだった。そして、かなりサディスティックなようで。

『何だ。濡れてきてるぞ? 縛られて感じているのか?』

 卑猥な現状を突っ込まれるたびに、背筋に震えが走る。梓乃には言葉攻めに耐える力など、ありはしない。

『そ、そんなこと……』

 下着の中に熱いものが込み上げてくるのを感じていた。










そして、また正気を取り戻し……逃げるようにどこかへ立ち去る。










(わ……わたくしは……わたくしは一体何を考えているのですかっ! いい加減にしてくださいっ!)

 これでは朝から醜態晒しまくりだ。と、本人は人知れず思っていて滅入ってくる。

(もう……)

 そんなとき、教室に入ろうとドアを開けかけたら、中から……。

「ワースレイヤーは、ライカンスロープのような獣人系に有効な剣で、ダメージが二倍になって……」

(ろ、ロープ……っ!?)

 またまた問題の単語が耳に突き刺さる。どうやら、TRPG研究会が活動中のようだった。用語の意味はよく分からないが、とにかく『ロープ』という単語が頭の中をぐるぐるぐるぐる駆け巡るのだった。振り払おうとしても、油性のマジックで描かれてしまったかのように取れない言葉。

(ロープ……ロープ……ろー……い……っ! いやあああああっ!)

 心の中で悲鳴を上げながら、脱兎のごとく逃げ出すのだった。










そして、またまたたどり着いた先は……










「はぁっはぁっ! も、もう……」

 必死に息を切らせて走ってきた先は、森の中。豊かな緑に囲まれて、やっと落ち着けるかな、と彼女は思ったのだが。人生そんなに甘くはなかった。

「ひっ!」

 池の回りには、今まではなかったものが設置されていた。

「ろ、ろ……ロープ……」

 それは、以前梓乃が誤って落ちてしまった池……。危険箇所ということで、あらためてみやびが設置したのだろう。ロープが張られて『危険なので入ってはいけません』と、注意書きがあった。

(ど、どうして……どうしてわたくしの行く先々でロープが……!)

 呪いにでもかかったかのように、段々と理不尽なものを感じてくる。

(もう……いや。司さん……助けて)

 ふらつきながらも気力を振り絞り、走りだす。










そして、たどり着いた先は……










(ふう)

 自分の部屋だった。さすがにここにいれば、卑猥(?)な情報から隔離されるだろうと彼女は思ったのだった。

(あれ?)

 机の上に置いてあった物は、梓乃が図書室から借りてきた旅行雑誌だった。思い出して、ぱらぱらとページをめくってみる。やっとリラックスできるかな……とか、思った矢先のことだった。

(はぅっ!)

 そして彼女は絶句する。そこには大まかに云うと××県○○山は毎年秋になると紅葉が見所で、ロープウェイに乗ると景色が最高だとかなんとかかんとか。

「あ……あ……。ど、どうしてロープという単語が……!」

 頭を抱えて赤面してしまう。

「ああ、もうっ! どうしてこう、今日はロープな日なんですかっ!」










そしてまたまたまたまた、どこか安住の地を求めて脱出。










「はあっはあっ! も、もう……大丈夫、ですよね……。今度こそ」

 そこは先程も訪れた講堂の前だった。中では何やら催し物でもやってるようで、暗幕で囲まれて真っ暗なのだった。

「……? 何でしょう?」

 気になったので、ちょっとばかり覗いてみる。すると……?

『悪党どもめ! おとなしくお縄を頂戴しやがれ!』

 ステージの上では、和服を着て勇ましい台詞を吐く男。片手には日本刀を持っている。が、そんなことは梓乃にはどうでも良くて、縄を英訳するとロープになるところが問題なわけで。

(お、お縄っ!? 今度は縄なんですか!? どうしてっ!? どうしてこう、ロープとか縄なんですかっ!?)

 何かの時代劇でもやっているようで。……よく見てみると。

(あ……)

 『あばれ風祭御用旅』とかいうタイトルの演劇のようだった。つまるところ、風祭家の遠い昔のお話……みやびのご先祖様が大活躍する痛快時代劇なわけで、みやびはとっても嬉しそうににこにこしながら観ているのだった。そういえば、と梓乃は思い出す。この前聞いた話だが、風祭家の古い資料に基づいて、演劇の台本を書かせたとかなんとかで。興業の一環として、大々的に復活させたのだろう。

 そしてその、みやびのとっても強いご先祖様は悪人達をばったばたとなぎ倒し、次々に縄でぎゅーーーっと強めにぐるぐる巻きにしていくのだった。ごくありふれた時代劇の風景も、今の梓乃には刺激が強すぎるようで。悪党に捕らえられた女の人が縛られて悲鳴を上げるのを見ていると、頭に血が上ってくらくらしてきてしまうのだった。

(も、もう……。どうして今日は一日中ロープだの、縄だの……。そういった類の言葉ばかり耳に入ってくるのですかっ!? わ、わたくしは、そんなに縛られるのが怖いのですか!? そんなに、背徳的な行為が怖いのですか!? ……いいえ、違いますっ! ええ違いますともっ! 本当に怖いのは……そう! あの人に、縛られもしなくなってしまうこと! それに比べれば、ロープや縄で卑猥な事などされても何ともありませんっ! むしろ……し、して……欲しいですっ! 変態と呼ばれてもかまいませんっ!)

 何だか段々と逃げ切れないような気が起こってきて、梓乃はやけっぱちになり、開き直って決心することにした。ならば、いっそとばかりに。

(こうなったら……! こうなったら……!)










決意を胸に秘め、遂に向かおうと決心する。










 ノックの返事待ちすらできずにドアを開ける。無礼だと思いながらも今はそれどころではないのだ。

「司さんっ!」

 そう。全ての元凶(?)ともある意味云える男、司の部屋に駆け込んだのだった。

「やあ梓乃。丁度よかった。相沢のやつがな、これを試しに使ってみてくれとしつこく云ってきてなー。仕方がないから引き受けたんだが」

 司と梓乃は既に学院公認の仲であるわけで、オフレコという条件付きで引き受けたのだった。ものがものだけに、とっても説明し辛そうだったのだけど、梓乃の方からやってきてくれたので都合が良かったのだった。

「あ……」

 司の手には、先程美綺と通販さんが話していた例の『縄ぬけ手品用のロープ』があった。それをみて、どくどくと鼓動が早くなって行く。

「痛くないし、ちゃんとほどけるから、悪いけど試されてくれないか? こんなこと頼めるのは梓乃しかいなくてさ」

 願ってもない好機。それを聞いて、梓乃は叫んだ。

「わ……わたくしを……縛ってください!」

「ありがとう。済まないね、変なこと頼んじゃって」

 好意的に受け止めてくれた、と司は勘違いしたのだが。梓乃は更に突っ込んで叫んだ。

「いいえ! 違うんです! わたくしを……跡が残るくらい、ほどけないくらいきつく、体中を縛ってください! そして……い……じめて、くださいっ!」

「し、梓乃?」

 呆気にとられたように絶句する司だったが。

「今日は……か、体が疼いて……もう、どうしようもないんです。お願いします……!」

 その証拠に、下半身に熱いものを感じてしまう。

「ど、どうしたんだ? 一体」

「つ、司さんに縛っていじめられて、して欲しいんですっ! お……ねがいしますっ!」

 今の梓乃は、相手の困惑などに構っていられる状態ではなかった。そうまで熱く頼まれては断れる訳がなくて。司は覚悟を決めるのだった。

「よ、よし。じゃあその、縛るぞ」

「はいっ!」

 その瞬間、梓乃の表情が明るくなる。

「えーと。縛って拘束して、吊るしたり……するぞ?」

「はいっ!」

 全ての迷いは消えた。やっと気持ちに落ち着きができたところで、かくかくしかじか、と……今日一日の出来事を話してみたら、司は完全に納得したのだった。そして彼は全てを悟ったかのように云い放つのだった!

「僕たちには縛りが足りないんだ! それが全ての原因なんだよ梓乃!」

「司さんっ!」

 梓乃も感激の表情を浮かべている。良いか悪いかは別にして、何故だか奇妙に説得力のある結論に達した……もしくは達してしまったと云うべきか。ともかく、両者とも合意の上でということに相成ったわけだった。










そして、冗談抜きで










本気で付き合ってもらいますよ、と










梓乃はうっとりした表情で、ハッキリと宣言するのだった。










その後、どうなったかというと……。










そりゃあもう……。とってもすごいことになったんだそうな。




















----------後書き----------

 ロープな一日、ということでありました。



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