【Snow Memory】















ザワザワと喧騒に満ちた十二月半ばの商店街。日本ではこの月のことを『先生が走り回るほど忙しい』という意味で『師走』なんて呼んでいるけれど、本当にその通りだと思う。だって、道を行く人みんな忙しくて…慌ただしくて。
「うわぁ。すごく混んでるね…きゃっ!」
それにつられるかのように、ざわついている商店街。そんなごった煮みたいな雑踏の中を私、水瀬名雪と…恋人の相沢祐一の二人で一緒に歩いていると。
「うにゅにゅにゅにゅ〜〜〜」
ドンッと人混みにぶつかり、ぶつけられ…あれよあれよという間に押し流されそうになってしまう。
「っと、気をつけろよ名雪」
そんな私を、祐一がギュっと力強く支えてくれる。
「あ。ごめんね」
私の手をしっかりと掴んでれた。それから先ははぐれないように祐一と腕を組みながら歩く。しっかりと、離れないように。
「やっぱり私は苦手だなぁ。年末の街って…」
「だろうな。俺もそうだと思う」
しきりにうんうんと頷く祐一。
「どうしてそう思うの?」
「そりゃ。お前がいかにのんびりした性格かってことだよ」
「うー。確かにそうだけど」
反論できない私。でも、確かに祐一の言う通り私はのんびり屋さん。動作の機敏さはもとより世間の変化や流行なんかには疎い人かもしれないけど。
「でもね。こんな街を見ていると…時々寂しくなることがあるんだよ」
「何で?」
「周りがみんな慌ただしくって。みんな、何故か一生懸命というか…うー。上手く云えないんだけど、変わろうとしているような。そんなふうに見えるのに…。なのに自分だけ何も変わらずにのんびり屋さんでいいのかなぁ?って。自分だけ取り残されてるみたいに感じるから」
「で?」
「だから。年末の街は苦手」
まるで…自分自身に、変化を強要されているみたいに感じるから。ちょっと考えすぎかも知れないけどね。
「馬鹿だなお前は」
ぽかっと軽くおでこにぬくもりが一つ。
「う〜祐一、いたいよ〜」
本当は痛くなんて無いけれど、私はおでこを押さえながら上目遣いで抗議する。叩かなくてもいいのに…。
「そう云うけどさ。世の中には変わらない方がいいものだっていっぱいあるんだぜ」
「う〜、そうだけど。でもでも〜っ!」
「まあ、まてまて」
祐一は手をあげて私を制する。そうして、少し考え込んでから。
「例えばな。これから俺達が行こうとしている百花屋のメニューを考えてみろ」
「イチゴサンデーが美味しい百花屋さん?」
「そーだ。そのイチゴサンデーの美味しい百花屋がいきなり『業務変更のため…と。まあ、こういう場合は殆どが不採算が理由だが、とにかく。イチゴサンデーをメニューから外させていただきます』なんてことをやったら、どうする?」
「そ、それはイヤだよっ!私、百花屋さんのイチゴサンデー大好きなのに!そんなの困るよ〜!」
そんなのヤダよ〜!
「だろ〜?ま、そういうことだよ。そのままでいいものだっていっぱいあるんだし。考え込む必要は無いわな」
「…うん」
「『いいものはいい』って云うだろう。無理に変わる必要なんてないんだ。お前も俺もな」
祐一の説明は物凄く説得力があるよ。あの美味しいイチゴサンデーがメニューからなくなっちゃったら…私…悲しくて泣いちゃうかも。

…………

チリン♪ドアを開くとお洒落なベルの音が鳴り、やがて店員さんが出てきて案内してくれる。冷たい風の吹く外とは違いお店の中はとても暖かくて心地よかった。
「ご注文は何にいたしますか?」
「イチゴサンデーとブレンド」
『かしこまりました。メニューの方お下げいたしますね』と、ウェイトレスさんが立ち去る。今日も私はイチゴサンデー。いろいろ食べてみたけれど、やっぱり私のお気に入りは変わらない♪
「やっぱりなくなっちゃったらイヤだな。私、イチゴサンデー大好きだから」
「フーン。わかりやすいやつ…」
氷入りのお冷やを飲みながら、外を見ている祐一。
「んでもまぁ、自らの変化を強要されるって。案外そうかもしれないな。名雪にしては鋭い視点かもしれんわな」
「名雪にしては…は余計だよ〜」
頬杖をつき、やがて突っ伏すようにだらしなくテーブルに寝そべりながら、慌ただしく行き交う人を眺めながら呟くように云う祐一。
「ほんじゃ〜聞くが。…例えば俺って、この街に来てから少しは変わったかな?」
不意に私の方を向いて質問してくる祐一。悪戯っぽい瞳で。
「う〜ん。変わったけど…変わってないよ。祐一は…」
「何だそりゃ?」
もちろんそれだけじゃ要点を得ないから、すぐに補足説明をする。
「えっとね。体は大きくなって大人っぽくなったけど、変な性格は昔と全然変わってない…ってことだよ」
七年前のあの頃と、大きな変わりはない。
「ふん。変で悪かったな。お前だって外見は相当変わったが中身は昔と全く一緒だぞ」
「そうかな?」
それはそれで意外だなぁ。…あの頃と違って髪型変えたから、イメージも変わってると思ったんだけど。
「昔はチビで胸もぺったんこだったのに、今は相当大人っぽくなったぞ」
「わぁっ。なんてこと言うんだよ〜!祐一〜!」
「仕返しだ」
「う〜。祐一、意地悪だよ…」
祐一は、余裕たっぷりに微笑んで…。
「まぁそういうな。イチゴサンデー、俺のおごりでいいからさ」
「本当?」
「ああ。おっ?早速来たみたいだぜ」
専用のスプーンでクリームをすくい、口に運ぶ…と。気持ちいいくらいに美味しい味が広がっていく。
「やっぱりおいしいよ〜!」
「やっぱり単純なやつ…」
イチゴサンデー美味しいから、単純でもいいんだもん♪





* * *





それから数日後のこと。
「祐一。明後日はクリスマスイヴだよ」
「ん?…ああ、そういえばそうだったな」
男の子はこういうことには女の子ほど興味が無いようで。私が教えて初めて気が付いたみたいに答える。
「私、腕によりをかけて美味しいケーキ作るからね〜♪」
「へえ。そりゃ楽しみだ。…やっぱりイチゴのショートケーキか?」
「もちろんそうだよ」
イチゴ、大好きだもん。
「そういえば。お前、いつもクリスマスパーティーとかどうしてるんだ?」
「いつもは香里達と一緒にやっているよ。お母さんと一緒に美味しい料理を作って」
友達を何人も呼んで、お家でね。
「ふ〜ん」
「でも、今年は栞ちゃんと一緒にやるんだって。二人でケーキ食べるって言ってたよ。栞ちゃんの手作りケーキを」
「ほほぅ。そーかそーか。きっと香里は大量のケーキに悩まされるに違いない。うひひひ…」
何か秘密をを知っているような、祐一のいやらしい笑い。
「そうなの?」
「そうさ。何しろ、栞の料理だもん」
「ふ〜ん。香里ってそんなにケーキ好きなんだぁ」
「ケーキ好きというか何というかなぁ」
はじめて知った事実。祐一と香里って、親しいからちょっぴり嫉妬しちゃう…。
「栞の事だから、きっと大量に作るだろうな」
「ふーん。…それじゃ。私たちも早速はじめるよ」
「何を?」
それはもちろん…。
「ケーキ作りを」
「誰が?」
「祐一が」
「誰と?」
「私と」
「何の為に?」
「一緒に美味しいケーキを作るためだよ」
「誰が?」
「祐一が」
「誰と?」
「何の為に?」
「一緒に美味しいケーキを作るためだよ」
「誰が?」
「祐一が」
「誰と?」
「…」
「名雪?」
「祐一。やっぱり…私と一緒にケーキなんか作りたくない?」
「あ、いや…その」
ちょっと、拗ねてみる。
「…そうだよね。祐一、男の子だもんね。ごめんね…無理言っちゃって…」
「違う。嫌じゃないんだ。ただ」
「ただ?」
「俺。料理なんか殆どやらないしさ。一緒に作るといっても名雪の邪魔になるだけなんじゃないかって…」
「…」
「だから。俺は遠慮しておこうかなー、なんて…」
「だめだよ」
「どうして?」
だって。
「祐一と一緒のクリスマスなんだから」
ずっと、待っていたんだから。
「名雪」
だから。
「一緒に…するの」
僅かな沈黙の中、私たちはなぜだかじっと見つめ合って…そして自然に、唇が重なり合った。
「祐一さん。…あら?」
タイミング良く、ガチャっとドアのノブが捻れて。
「き、きゃぁっ!お母さんっ!」
「ふふ。二人とも仲がよくて嬉しいわ」
恥ずかしいところをお母さんに見つかっちゃった。
「あ…あの…。あのね……。これは……その。……えっと」
慌てる私たちにお母さんはクスッと笑って。
「言い訳しなくてもいいわよ。ケーキの材料買ってきたから、ここに置いておくわね」
そのまま何事もなかったかのようにキッチンを出ていくお母さん。対照的に、呆然としてしまう私たち。
「う〜」
は、恥ずかしいよぉ…。
「ま、まぁ…一緒に作るか」
「うんっ♪」





* * *





カシャカシャカシャと規則正しい音がキッチンに響く。ボールに小麦粉や牛乳などの材料を入れて生地を作る作業。楽そうに見えて、結構重労働だ。
「はい。次は卵入れて…もっともっと力いっぱいかき混ぜて」
「よーしっ!」
大きな腕でしっかりとボールを抱えて、一気にかき混ぜはじめる。
「うりゃぁぁぁっ!」
いきなり奇声を張り上げる祐一。
「もう、おおげさだなぁ。そんなに強くやらなくてもいいよ」
カシャカシャカシャカシャ、渾身の力で混ぜられていく生地。
「…」
でも、やっぱり祐一は男の子だね。重いボールを片手で軽々と持って、力一杯…必死にかき混ぜているから。何か、たのもしいな。
「うおりゃっ!」
「ん…。もうそのくらいでいいよ」
生地はもう十分に混ぜ合わさったから。
「ぜえぜえっ。そ、そうか…」
「くす。そんなに力入れることないのに」
ちょっと力み過ぎ。見ていて楽しいけど。
「だって、こういうのは気合だろ?」
「ちょっと大げさだよ〜」
「うーん。そうかもな」
「うふふ。祐一の顔、真っ白だよ。くすっ。あはは」
さっきから小麦粉まみれだから、祐一は体中真っ白だよ。
「…」
「祐一、どうしたの?」
「おりゃっ♪」
「ぷっ」
いきなりの事に思わず吹出してしまう私。祐一は、わざと小麦粉を顔にまぶして…真っ白に。
「俺は馬鹿殿様や♪」
「…あ、あはははは」
いきなり変な顔しておどかす祐一。わざと顔を小麦粉で真っ白にして。
「あははは…祐一…やめてぇ。…私、笑いが止まらないよぉ。あははは」
「ほ〜ら、変な顔変な顔〜!お前も一緒に変な顔にしてやる〜!」
そう言って今度は真っ白な小麦粉を私の顔に擦り付けてくる祐一。ぺたぺたと、おしろいを塗るみたいに。
「きゃっ。…あはははは〜、つけないでつけないで〜。あははははっ。だめだよ〜。汚れちゃうよ〜」

…………

それからしばらく二人で笑い合いました。私はいつもいつも祐一に笑わされてばかり。祐一は昔と全然変わってないんだから。
「でも、お互いホントに真っ白だなぁ」
「ぷっ。…顔、洗ってきなよ。うふふ」
「そだな。そうする」
そう言ってから洗面所へ行く祐一。外見は大きくなって全然変わったけれど、中身は変わってないんだから。私の大好きな…いたずらっ子のまま…。
ずっとずっと…昔から。
「ふふ。ホントに子供なんだから…」





* * *





プルルルッ♪水道の音にかき消されて聞こえづらいけれど、確かに居間から聞こえてくる電話の音。私はまだお料理中だけど、少し手を休めて受け取る。
「は〜い。水瀬です」
『もしもし。相沢ですが…名雪ちゃん?』
「叔父さん?お久しぶりです〜」
電話をかけてきたのは私の叔父さん。祐一にとってのお父さんだけど、声がそっくり。
『名雪ちゃんこんにちは。久しぶりだね、元気かい?』
「はい〜。とっても」
ちょっとした世間話の華を咲かせる前に、急ぎの用事のようで叔父さんは本題に入った。
『おばさ…。おっとっと。秋子さんはいるかな?』
私のお母さんは、おばさんと呼ばれるのを嫌っている。どうしてなのか聞いてみたら『いつまでも若い気持ちでいたいからよ』と笑って答えていたけれど。お母さんは外見もすごく綺麗だし、性格だってそれ以上に若いと思うのになそんなこと気にする必要無いのに。。
「はい。少々御待ち下さい。おかあさ〜ん。叔父さんから電話だよ〜」
呼ぶとすぐに二階からお母さんが降りてきた。
「はいはい。名雪ありがとうね。もしもし、お久しぶりです…。ええ……はい。…え、祐一さんですか?…はい…はい…」
話題は、祐一の事みたい。ちょっと深刻そうに、何だろう。すごく気になるよ…。
「ふー。さっぱりした」
顔を洗い終えて洗面所から祐一が戻ってきた。
「あ、祐一さん丁度良かった。お父様からお電話ですよ」
「親父からですか?珍しい。…はい、もしもし」
意味もなく、不意に私の心に浮かんだのは『不安』という感覚だった。そして…それは的中する。

…………

「…なんでだよっ」

「祐一?」
居間の方からは、祐一のちょっと強めに怒鳴る声が聞こえてきた。私が耳にした事のない…激しい声が…。
「どうしたんだろ?」
祐一は優しくて。私にも…怒ることはあっても、決して怒鳴ったりすることはないのに。

「冗談じゃねぇ」

キッチンの水音でよく聞こえないけど。今の祐一は怖い…。

「いきなりなんだよっ!」

まるで叩き付けるかのように、乱暴に受話器を置く祐一。怒って、ちょっと手が震えている。
「祐一」
「…あ、ああ。名雪か」
私の顔を見て、我に返る。
「ど、どうしたの?」
私に対して怒ってるわけじゃないのだろうけど…それでも迫力に押され、恐る恐る聞いてみた。
「戻って来いだってさ」
「え?」
「今年中に親父の仕事が一段落したから『すぐにでも実家に戻って来い』だって」
言葉が出なかった。さっきまで二人で一緒に笑い合って。楽しかったはずの世界が。全て、幻だったかのように…。
「そんな」
突如として訪れた…望まざる、変化…。





* * *





「…」
それからすぐ後の夕飯の席で、電話の内容を詳しく聞いた。お母さんも、私もお箸に手をつけずに聞き入った。
「それで、親父はすぐにでも会いに来いと言うんですよ」
「急なお話ですね」
明日は私の誕生日。…明後日は…クリスマスイブ…なのに。一緒にいられると…思っていたのに。
「…」
声が出なかった。祐一は『俺は名雪と一緒にいたい』と…言ってくれたけど。祐一のお父さん…私の叔父さん…の気持ちだってわかるから。
「困りましたね…」
だからそれは言いたくても…言えなかった。
『ずっと私と一緒にいて』と。
でも。
「それで、二人はどうしたいのですか?」
そんな私の気持ちも祐一の気持ちも、お母さんは全部お見通しだった。
「俺は。名雪とずっといっしょにいたいです。それ以外の答えなんて…考えていない」
「そうですか。…名雪はどうなの?」
「わ、私だって!」
そんな事、決まってるよ。
「私だって…祐一と一緒に…いたいよ」
だって。
「ずっとずっと」
小さい頃から。
「待っていたんだから」
あの日から七年間も。
「祐一のことが」
大好き…だから。
「だから!」
ずっと一緒にいたい。
「離れ離れは嫌だよ。ぐすっ…」
もう…離れたく…ない…。
それ以上は…言葉にならなかった。





* * *





シャァァァァァァ…。静かなバスルームに、シャワーから出る水音だけが響きわたる。
「あ〜あ…」
今は朝の六時。眠れぬ夜を越えて、眠くなるどころかますます目が冴えてきてしまった。
「こんなときに限って。…普段はいつも眠いのに」
そんな自分自身に少しだけ苛立ちを覚え、また落ちこみそうになる。
「これじゃ、ダメだよね?」
鏡に向かって無理矢理に笑みを作り、独り言で不安を欠き消す努力をする。
「不安なのは私だけじゃないのにね」
祐一は私以上に不安を感じているでしょう。それなのに。
「暗いことばかり考えてちゃ…だめだよ」
何度となく自分に言い聞かせる。
「ぐすっ。…きっと…大丈夫」
大丈夫だよ。
「信じてる。信じてる…から」
コワイけど。
「頑張る…よ」
祐一。

『親父に面と向って云ってくる。…帰るつもりなんてないってな。だから、心配すなっ』

「うーん。…ぐすっ」
出掛けに祐一が言った言葉。祐一は私のことを想ってくれてる。だから、私も信じる。
「涙、流しちゃお」
シャァァァァァァ。暖かいシャワーが少しだけ私の不安を取り除いてくれるから。しばらくそのまま、打たれるに任せて…。





* * *





「名雪」
窓の外はまだ暗いのに、聞き慣れた声が。
「お母さん?あ、ごめんなさい。起こしちゃった?」
「いいえ。目が覚めたから起きてきたのよ」
「そう」
シャワーを浴び着替えを終えて居間に戻ったらお母さんがいた。
「お腹すいてる?」
「ううん。まだすいてないよ」
「そう」
ソファーに腰掛けて、じっと私の顔を見つめるお母さん。
「名雪」
「何?」
「これからケーキでも作りましょ」
「え?…い、いいけど、でもまだ朝だよ?」
いくらおいしくても朝からケーキを作る気にはならないよ〜。
「昨日祐一さんと一緒に少しだけ作ったんでしょ?」
「う、うん」
「じゃあ、完成させましょ。クリーム塗って」
「うん。じゃあ、準備するね」
断る理由も無いから、準備を始めるけれど。お母さん、いきなりどうしたんだろう?
「今日のお母さん。…変だよ?」
「ふふっ。そりゃ、あなたと同じだもの」
「そうかな?」
お母さんの答えはいつだって、余裕たっぷり…。
「ええ。だって、こんな時間に起きているんですもの」
「う〜。お母さんひどいよ〜」
「ふふ。冗談よ。でも、不安なんでしょ?」
「うん」
「そんな時はね。じっとしているより体を動かしていたほうがいいわ」
「…そうだね」
お母さんの言う通りだと思う。本当にお母さんは何もかもお見通しなんだから。
「それじゃ、始めましょ。…今日がだめでも、明日はクリスマスだもの。ちゃんとお祝いしないとね。祐一さんと一緒に」
祐一さんと一緒に…。その一言は、私を勇気づけてくれる。
「うんっ!」
キッチンに向かい、準備を始める。
「実を言うとね。私も不安なのよ」
「お母さんも?」
正直、その言葉は意外だった。何もかもお見通し…そんな感じがしていたから。
「私、あなた達が大好き。祐一さんも。あなたも」
「…」
洗い物をするために蛇口をひねると、勢い良くお湯が流れてきて、白い水蒸気が顔にまとわりつく。
「仲の良いあなた達を見ていると嬉しくなるのよ。…朝、あなたがいつも祐一さんに叩き起こされて。二人、いつも大慌てで走って家を出て、たまに喧嘩して。でも、すぐに仲直りして。いつも二人一緒にいる、あなた達を見ていると…ね」
いつものように微笑みながら、呟くように話すお母さん。
「でも、大丈夫よ」
「どうして?」
どうして…。理由を聞いてみる。
「私も。あなたと同じように、祐一さんを信じているから」
そっか。
「だから。大丈夫よ」
「そう…だね」
「さ、作りましょ。美味しいケーキをね」
祐一と一緒に。
「うんっ!」
他人には無意味に見えるかもしれないけれど、身体を動かしていた方が楽でいい。私も七年間…そうしていたから。
「…」
祐一は出がけに『すぐに帰ってくる』と、言ってくれたから。
「明日の夜まで。…がんばれるよ…」
信じているから。





* * *





ゆらゆらと揺れる光の粒子。夕暮れ時から…もう、五時間も座り続けている。人影も疎らになり始めて、デコレーションされた大きなツリーだけが…ただ、辺りを照らし続けている。
「…」
手持ち無沙汰になった私は何気なく、ベンチに積もった雪を集めて固め始めた。
「ぺたぺたっと」
あのときも、そうだったね。
「こんな風に…」
あの時も、不器用な私は…雪ウサギ一つ作るのに、苦労していたんだっけ。今も大して変わらず…。
「ぺたぺた〜」
だけど、丁寧に、丁寧に。少しずつ、ぺたぺたと。
「名雪?」
「…」
できた…よ。会いたかった人影が私の前に…そんな瞬間に。タイミングを見計らったみたいに。
「祐一。はいっ♪プレゼント…だよ」
「そりゃ、ありがたいな」
「受け取って…くれるかな?」
私の手から…その人に。
「ああ」
もう、雪ウサギは崩れたりすることなく。
「プレゼント。受け取った」
「うんっ…」
さらさらと、私たちの服にも雪は降り積もっていく。見つめ合ったままの私たちは…雪まみれ。
「…できすぎだよ。祐一。こんなの」
「そうだな」
北国だから…ホワイトクリスマス。
「…今時。どんなドラマだって…こんなお話は無いよ〜」
「まったくだ。下手なシナリオ、三流ドラマ」
本当に…そうだよ。
「でも…私は…」
そんなのでも嬉しい。脚本がへたくそでも。
「私は…」
体裁なんてどうでもいい。ただ、ぎゅっと強く…広くて堅い祐一の胸に顔をうずめる。
「おっ…と」
今はあのときとは違う…ぬくもりが、あるから。悲しい言葉はいらない。ただ一言。
「…祐一。おかえりなさい」
「ただいま。名雪…」
ずっと聞きたかった言葉。だけど…もう…聞こえない。
「俺さ。ちゃんと云ってきたよ。面と向かって、親父に…」
「…いいよ。そんなこと云わなくて」
教えてくれる祐一の口に人差し指を当て制す。言わなくてもわかるから。
「名雪…」
「祐一…」
今はただ…唇を重ね合わせるだけ…。
「ま〜た。遅れちゃったかな」
ふるふると頭を振って否定する。
「それでも、いいよ…」
雪の降り続ける中。私たちはまた…再会したのだから。
「メリークリスマス…と。遅れちゃったけど……誕生日、おめでとう。名雪」
「うんっ。……祐一、ありがと」
今度は二人で帰ろう。
「雪がきれいだよ♪」
素敵な、雪の記憶を胸に…。





Fin










(あとがき)
どもども、こんにちは。毎度(?)おなじみ、お初な方は初めまして〜な、みなるでぃ改でございまする。
このSSは、コミケの作業に打ち込んでいる方は『クリスマス?何それ、美味しいの?』状態でしょうけど。
まぁ、祐一と名雪の純な心を楽しんでいただけたら嬉しいな〜何て思います(^^:)
私は既に手遅れ。ぐふっ。
話の大本はほぼできていまして、大部分リニューアルして書き上げたものですが。
どうでしたでしょか?
2001年ももう終わり…ということでいろいろありましたが、今後ともよろしくお願いしますね。
それでは、またお会いしましょ〜。





注(この作品は、2001年の冬コミにて発表したものです)