さがしもの、さがしもの
ボクの大切な、さがしもの
どこにあるのかわからない、さがしもの
おいしいたい焼き食べながら
さがそうさがそう、さがしもの
元気いっぱい、さがしもの…
祐一君にとって、ボクはどんな女の子なんだろう?
いつもいつもボクのこと『男の子みたいだ』なんて言って馬鹿にして…意地悪して…。
やっぱりボクのこと子供っぽいと思ってるのかなぁ?
そりゃ、ボクは背もちっちゃいし…その……胸だって…うぐぅ…。
いいもんいいもんっ!
いつか絶対におっきくなるはずだもんっ!
……きっとだけど。
うぐぅ……いつかきっと……その……絶対に名雪さんみたいに『ないすばでぃ』なスタイルになるはずだもんっ!!
多分だけど…。
う、うぐ〜!
…ぜ…絶対になってみせるもん!
その…えっと…格好良く…。
…でもホントに祐一君はボクのこと、どう思ってるんだろう?
うぐぅ…気になるよぉ…。
トコトコ…
…あっ!祐一君だっ!
えへへ。うれしいよ〜。
「ゆういちく〜〜〜〜んっ!」
タッタッタッタッ!
ガバッ!
サッ!
「ええっ!?」
ベシャッ!
「うぐぅ…いたいよ〜!」
うぐぅ、祐一君がまた避けたよ〜。
ヒドイよ〜、鼻がいたいよ〜…ううっ。
「やあ、あゆ君。こんにちはっ♪」
うぐぅ。
さわやかな顔で『こんにちは』なんていって…!
「いやぁ『戦場ではモビ○スーツの装甲ごしに敵機の気配を感じろ!』と軍の中尉に教わったものでついな…」
「うぐぅ。わけのわからないこといわないで〜!それにボク、祐一君の敵じゃないよ〜!」
誰だよ〜、中尉って〜!?
「うむ。そりゃそうだろうな。あゆほど倒し甲斐のない敵はいないだろう!」
腕組みしながらうんうんと頷く祐一君。
「うぐぅ…もういいもん!」
祐一君はやっぱり祐一君だよ。
それより質問しよう…。
「…ボク、祐一君に聞きたいことがあるんだけど」
「背を伸ばす方法か?」
うぐぅ。ボクが気にしていることを〜!
「うぐぅ!ボクそんな気にしてること、男の子に聞かないもんっ!」
「じゃあ、胸を大きくする方法か?」
うぐぅ。ボクがもっと気にしていることを〜!
「ち、ちがうよっ。ボクそんな気にしてることも男の子に聞かないもんっ!」
「じゃあじゃあ…」
完全に面白がってる祐一君。
うぐぅ、馬鹿にして〜!
「…はぁ………祐一君にとってボクは、どんな女の子なの?」
「男の子」
まじめな顔してキッパリと言う祐一君。
う、うぐぅ〜!
「ひ、ひどいよ〜!祐一君〜!」
うぐぅ…またボクのこと『男の子』って馬鹿にしたぁ〜!
しかも即答で〜!
「ま、冗談だけどな。半分は」
冗談でもヒドイよッ!
それに『半分』ってなんだよ〜!
「でもまあ、今日はいつもより女の子っぽいかな?」
『いつもより』というのが気になるけど、どうしてなの?
「どうして?」
「カチューシャ取れてるぞ」
「え…ええっ!どこっ!?」
転んだ時に取れちゃったみたい…。
うぐぅ、髪がのびてきたから目に入るよ〜!
どこどこどこ〜…うぐぅっ!?
「ほら。これだよ」
「ゆ、ゆういちく〜ん…それ返して〜〜!」
うぐ〜、返してよ〜。
「ヤダ」
「意地悪しないで…お願い!大切なものなんだよ〜!」
ボクの大切なものなんだよ〜!
ぴょんぴょん!
うぐぅ!
祐一君は意地悪してボクに渡してくれないよ。
ボクの手が届かないようにして〜!
ボクちっちゃいから、背伸びしても取れないよ〜…うぐぅ。
「知ってる」
「だったら返してよ〜〜!」
返して〜〜!
「ヤダ」
「うぐぅ、どうして…どうして返してくれないの?」
祐一君の意地悪〜!
「たまにはイメチェンしたらどうだ。髪をリボンで止めてポニーテールとかっ!髪伸びてきたみたいだから結構いや、相当似合うと思うぞ!むふふふふっ♪」
「うぐぅ、なんなの〜?その変な笑みは〜!?それにボクはそのカチューシャが気に入ってるんだよ〜!」
なんなの〜?
そのにやけた表情は〜!?
そのカチューシャはボクの、とってもお気に入りなんだよ〜!
「…ずっと昔から、使っているからか?」
「そうだよっ!……え?…祐一君…今、なんて…?」
「…どうやらお前の七年間は、俺との想い出を引きずってしまったみたいだな」
ボクの捜し物。
まだ見つかってないけど、今……見つかりそうな予感がした。
あのカチューシャは…ボクと祐一君の…大切な想い出…だったはずだもん…。
すこしだけでも…思い出してくれたんだ…。
「正直。それだけしか思い出せないんだけどな。このカチューシャ、俺が昔お前にあげたものだということだけしか…」
「うぐぅ、それでも…思い出してくれてありがと……ボクうれしいよ〜」
祐一君、だいすきっ!
ガバッ!
スッ!
「え…えええ〜!?」
ベシャッ!
うぐぅ、祐一君がまた避けたよ〜。
「ゆういちくんひどいよ〜〜〜!!」
「あゆ。何やってんだ。さっさと行くぞ」
「うぐぅ…どこに行くんだよ〜!」
「馬鹿かお前は『さがしもの』を探しに行くんだよ!」
「え…?」
「お前は『さがしもの』より、すぐにたい焼きの方に目がいきそうだからな。多忙な俺がわざわざ慈善事業で手伝ってやる」
優しい…やっぱり大好きッ!
祐一く〜ん!
「えへへ。祐一君、大好きだよ〜!」
ガバッ!
スッ!
ベシャッ!
「うぐぅ…またゆういちくんが避けた〜!」
これで三度目だよ〜!
「あゆ。ま…まぁ、世間ではよく言うじゃないか『起きないから三度目の正直』ってさ♪」
「うぐぅ、そんなこといわないもんっ!」
うぐぅ。ムードがないんだからぁ!
「こういうときは女の子を黙って…優しく受け止めてくれるものだよ!」
キョロキョロ
「はて…どこに女の子がいるんだ?」
「うぐ〜〜!やっぱり祐一君、いじわる〜〜!!」
夕焼けの中、ボク達はいつものように…。
でも、これがボク達の『ムード』なのかもしれないね。
ずっとずっと…不器用で、無邪気な…。
さがしもの、さがしもの
お気に入りの羽つきリュックと一緒に、さがしもの
今日も商店街をトコトコと
さがしもの、さがしもの
大好きな祐一君と、一緒にさがしもの
楽しい楽しい、さがしもの
宝探しみたいな、さがしもの…
…タン!
………タンッ!!
………………………ダンッッ!!!
「う、うぐぅ…」
銀色にぎらぎら光る包丁。
鋭くてコワイよ〜。
ボクは震えながら、少しずつニンジンを切ってるよ。
少しずつ、少しずつ…。
なかなか上手く切れないけど…。
「あゆちゃん、そんなに緊張しないでいいのよ」
「そうだよあゆちゃん。リラックスリラックス!」
見かねた秋子さんと名雪さんがやり方を教えてくれました。
…ここは祐一君の家。
あの後ボクたちは日が暮れるまで探したんだけど、結局今日も見つからなかったよ。
ボクの『さがしもの』…。
あきらめて帰ろうとしたら祐一君が『ご飯食べていきな』といったので、ボクはここにいるんだよ。
でも、祐一君が『お前、少しは料理上手くなったか?』なんて聞いてきたからボクは『当たり前だよッ!だってボク、女の子だもん!』って自信たっぷりに答えたんだ。
そしたら祐一君、笑って。
『ははっ。そりゃそうだ。今日もカチューシャ装備してるからな』
だって!
うぐぅ、またまたまたまた馬鹿にしてぇ〜!
カチューシャなんかしなくったってボクは女の子だもん!
いつもいつも馬鹿にする祐一君を見返してやりたくって、『ボクもお料理作るもんっ!』と言ったんだよ。
だから、今こうやって包丁を握って秋子さんと名雪さんのお手伝いをしているの。
だけど…コワイよ〜。
ボク緊張で、体中がガチガチブルブル震えているよ〜…。
ぽん♪
「ふふ。あゆちゃん、そんなに緊張しないで。大丈夫だから。まずは肩の力を抜いて軽く包丁を握ってみなさい」
そんなボクにも秋子さんは優しかった。
こんな不器用なボクにも…。
ボクの肩に手を当てて緊張をほぐしてくれた。
「あゆちゃん。力はいらないから、包丁全体を使って優しく切っていくといいよ〜。こんな感じにね」
ボクの前で名雪さんがお手本を見せてくれた。
「包丁と反対側の手は、指を出さないようにしてしっかりと押さえた方がいいよ。指を出したら切っちゃうからね」
微笑みながら親切に教えてくれる名雪さん…。
慣れた手つきで実演してくれた。
…スッ…スッ…スッ…
全然力を入れてないのに、静かに…音もなく、綺麗に切れていくニンジン…。
上手だなぁ。
うぐぅ、スゴイよ〜。思わず見とれちゃうよ〜。
「うぐぅ。名雪さん上手。ボクにもできるかなぁ…?」
「くすっ。あゆちゃんなら大丈夫よ」
「そうだよ。ふぁいと、だよっ!あゆちゃん」
…そうだよね『ふぁいと』だよね。
ボク、頑張る!
「うん。ボク、やってみるね…」
キュッ!
秋子さんに言われたように、軽く包丁を握ってみたよ。
それから、まな板の上のニンジンを右腕で押さえて(ボクは左利きだからだよ)指を出さないように…しっかり押さえて。
名雪さんに教わったように…包丁の全体を使って…力を入れずに…優しく…切ってみました。
ゆっくりゆっくり、集中して。
………スッ………トン………
「…うぐぅ。これでいいのかな?」
「くすっ。上手よあゆちゃん。コツを掴めば簡単よ」
「うん。上手だよ〜、その調子その調子っ♪」
ぱちぱちぱち。
秋子さんと名雪さんが拍手してくれたよ。
うぐぅ、みんな優しい…ボク…嬉しいよ〜。
ボク。秋子さんも名雪さんも祐一君もみんな…大好きだよ!
殆ど名雪さんと秋子さんに手伝ってもらったけど、初めて…ちゃんとしたお料理を作れたよ。
あつあつのカレーライスを…。
ちゃんと味見してみたけど、すごく美味しかった。
自分でも信じられないくらいに。
「祐一君…食べて…」
パクッ!
嫌がる祐一君を名雪さんと秋子さんが説得してくれて、ようやく一口食べてくれた…。
「…」
無言のままカレーを口にする祐一君…。
「…これ、ホントにあゆが作ったのか?」
「うぐぅ、そうだよ〜っ!」
真剣な表情の祐一君。
やっぱりボクが作ったこと信じてないよ〜!
うぐぅ。
だけど…祐一君は。
「信じられん。すっごく美味い!」
「…え?」
真剣な表情のままカレーをパクパクと食べてくれた。
祐一君が、ボクのお料理を…誉めてくれたよ!
やったぁ!
うぐぅ、でも…。
「ジャガイモも人参も肉もちゃんと切れてるし、味もなかなかだな」
「うぐぅ、でも殆ど秋子さんと名雪さんに手伝ってもらったんだよ。…ボクのお料理じゃないよ」
嬉しいけど…でも、全部ボクが作ったわけじゃないから。
みんなで作ったお料理だから…。
「そんなことないわよ。私たちはあゆちゃんに作り方を教えただけだから。これはあゆちゃんのお料理よ」
「そうだよ。だってあゆちゃん頑張ったもん。今までは作り方を知らなかっただけだよ。この味付けも、切るのも全部あゆちゃんがやったんだよ〜」
うぐぅ…みんな優しいよぉ…。
「そっか。頑張ったんだなあゆ。今まで馬鹿にしてごめんな…」
ぽんぽんっ♪
祐一君は笑いながら、ボクの頭を撫でてくれた。
祐一君も優しいよぉ〜。
「ははっ。これなら将来、いいお嫁さんになれるぞ〜」
カレーを頬張りながら、茶化したように言う祐一君。
「うぐっ祐一君〜!ボク恥ずかしいよ〜」
ボク…祐一君のこと、大好きだよ〜。
…ボク、祐一君のお嫁さんに…なりたいな…なんて……。
う…うぐぅ〜〜!ボク…ボク…はずかし〜〜よ〜〜っ!!!
さがしもの、さがしもの
小さい頃から、さがしもの
今日は一人で、さがしもの
夕焼け背にして、さがしもの
いつまでたっても、さがしもの
ボクの大事な、さがしもの…
空は今日も綺麗な夕焼け。
真っ赤な太陽が沈みかけてます。
今日もボクはいつものように、さがしもの。
ボク、商店街大好きだよ。
たい焼き美味しいし、ケーキも美味しいよ〜。
美味しいものいっぱいで、歩いているだけでワクワクしちゃうから。
トコトコトコトコ楽しいよ〜♪
お散歩気分で捜し物〜♪
「あっ!」
あの後ろ姿は…祐一君だ〜!
えへへっ。
今日も会えたよ〜!
ボク嬉しいよ〜。
「祐一く〜〜〜んっ!!」
タッタッタッタ!
ガバッ!
「きゃっ!」
「ぐあっ!」
どっしいいいいいいいいいんっ!!!!
…うぐぅ。
祐一君と一緒に名雪さんも巻き添えにしちゃった。
だって…祐一君一人だけかと思ったから。
二人とも腕を組んで歩いていたみたい。
祐一君大きいから影になってて名雪さんが見えなかったんだよ〜…。
「…あゆ、お前はまともに登場できないのか?」
「あ…あはは。ちょっとびっくりしちゃった」
「うぐぅ。ごめんなさい…」
今日はボクが悪いよ〜。
素直に謝る…くすん…。
「まあ、いいけどな」
「あは、気にしてないよ〜。あゆちゃん」
苦笑いして許してくれる祐一君。
笑顔で許してくれる名雪さん。
みんな優しいよ〜。
ゴメンね、びっくりさせちゃって…うぐぅ。
「ところで、今日も『戦略的ガードの浅い店』を探してるのか?」
「うぐぅ、違うよっ!」
違うもん!
ボク、食い逃げなんかしないもんっ!
この間は…だってお財布もってなかったんだもん〜!
仕方なかったんだよ〜、うぐぅ。
「…祐一『戦略的ガードの浅い店』って、何?」
「あゆの『特技』のターゲットだ!」
「うぐぅ、ちがうもん…」
「ふーん。そうなんだ」
ちがうよ〜、名雪さん。
「ちがうもん…」
「今日も熱心に研究中ということだ」
「よくわからないけど…頑張ってね、あゆちゃん」
だから、ちがうんだよ〜。
「ちがうもん…」
うぐぅ、名雪さん…マイペース…。
「ま、それはいいとして…」
「よくないよっ!」
うぐぅ、誤魔化さないでよぉッ!
「今日もさがしものか?」
「…うん」
心配そうな祐一君。
ボクの『さがしもの』のことを、本気で心配してくれてる…。
「あゆちゃん、何かさがしものしてるんだ…。がんばってね〜」
「…がんばってな」
二人とも…優しい…。
ボクの『さがしもの』が見つかるように励ましてくれた。
うん。ボク、頑張るよ。
絶対に見つけたいな。
ボクの大事な『さがしもの』を。
「それで、祐一君達は何をしてるの?」
「俺達か?俺達は…」
ガシッ!
「きゃっ!」
「恋人同士、デートをしているのだっ!」
……え?
「祐一〜!私、恥ずかしいよ〜!!」
「照れるな照れるな。はっはっはっはっ…」
いきなり名雪さんの腕を取って無理矢理組む祐一君と…真っ赤になって恥ずかしそうな名雪さん…。
恋人……同士……?
祐一君と…名雪さんが…。
恋人……同……士……。
そんな…。
ボクの…。
ボクの…知らない間に…二人は…。
恋人…同士に…なって…たんだ…。
「…そ、そうなんだ。祐一君と…名雪さんは…恋人同士…なんだ…」
腕を組む二人は…すごく…楽しそうに…嬉しそうに…。
「じ、じゃあ、ボク。…そろそろ…行くね」
…幸せそうな二人を…見ていられない…から…。
ボクは…祐一君も…名雪さんも……大好きだよ。
でも…。
二人は………恋人同士………。
ボク、どうしてこんなに悲しいんだろう?
嬉しいことなのに。…大好きな友達が……お互いに…愛し合って…恋人の関係になって…。
すごく嬉しいことなのに…。
嬉しいはずのことなのに…。
喜んで…いいことなのに…。
どうして?
どうして?
ボク…。
「あ、待てよあゆ。これから二人で百花屋に行くつもりだったんだが、一緒に行かないか?」
「そうだよ。一緒に行こうよあゆちゃん。百花屋さんって、イチゴサンデーがすごく美味しいんだよ〜」
二人とも優しい…。
デート中なのにボクを誘ってくれた…。
でもボクは…ダメ…だよ…。
うぐっ…うぐっ…このまま…じゃ…。
涙が出てきちゃうよ…。
「ご、ごめんね。ボク…その…急ぐから…。……折角誘ってくれて……ごめんね。…うぐっ…」
「そっか。じゃあ、またな。さがしもの、見つかるといいな」
「がんばってねあゆちゃん」
タッ!
ボクは…。
思わず、駆けだしていた。
祐一君が…祐一君が…!
名雪さんと…恋人同士に…!
うぐっ…うぐっ………うぐっ!
嬉しいことなのに………凄く………嬉しいことなのに………。
ボク…嫌だよ…。
どうしてこんなに…悲しいの?
ボク…すごく…嫌な…女の子…だよ…。
二人の幸せを……喜んで……あげられないなんて…。
うぐぅ……ぅぅぅぅっ…えぐっ。
「ヒドイよ……ボク。……うぐぅっ……ひぐっ…涙が止まらないよぉ…うぐっ…」
タタタタッ!
ボクは立ち止まることなく
タタタタッ!
…走った。
タタタタッ!
真っ赤な夕日を背に
タタタタッ!
人混みの中を
タタタタッ!
泣きながら
タタタタッ!
涙を払うこともなく…。
タタタタッ!
商店街を出て
タタタタッ!
住宅地を抜けて
タタタタッ!
橋を越えて
タタタタッ!
森の中へ
タタタタッ!
そして…
「……ハァハァハァハァッ!……うぐっ…ひぐっ…祐一…君……」
ふと立ち止まって、気が付いたら。
ボクは。
『そこ』…にいた…。
「…!」
自分がいつもいた。
…ボクがいつもいた…『はず』の場所に…。
ボクの…大好きだった…学校…。
大好きな友達と…。
優しい先生がいて…。
いつもいつも…楽しかった…『はず』の…学校…。
「うぐ。…そんな…」
もう…何もない…。
ううん、ずっと何も…なかったんだ。
全部。
…全部…ボクが見ていたものは…幻だったんだ…。
ボク自身も…全部…幻だったんだ…。
ボク…わかったよ。
わかりたくなかったのに…。
わかっちゃったよ……うぐぅ……。
こんなこと……知りたくなかったのに……。
「うぐ…えぐっ………ぅ………ぅ………ぅっ……うぐっ……うぐっ…ぅ…」
悲しい…よお…。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ」
さがしもの、さがしもの
もう、みつからない……さがしもの
いっしょうけんめい、がんばったけど
ダメだった…
ボクの…だいじな…想い出…
なみだが…とまらない…
………さがしもの………さがしもの……
きょうも………げんきに………さがしもの……
なみだを……こらえて…さがしもの…
夕日が『全部』教えてくれたよ…。
ボクの『全部』を。
燃えさかる真っ赤な太陽が…教えてくれたよ。
「ボクはもういない」って。
「ボクはもう、この世界にはいない」って。
ボクはあのとき…ここにあった木から落ちて……意識を失った。
ううん、違うね…。
ボクは死んだ。
死んじゃったんだ。
祐一君の…胸の中で…。
そのときボクはお願いしたんだ。
あのとき。
あのままじゃ…祐一君が…ボクのことで傷ついちゃうから『ボクのこと、忘れて』って。
だから、祐一君は何も覚えてなかったんだ。
本当は知っているはずの…ボクのことを。
もう、わかったよ…。
ボクのさがしものは…どこにあるのか…わかったよ…。
祐一君との想い出が…いっぱい詰まった。
ボクの『さがしもの』…。
どこにあるのか…わかったよ…。
ボクは風にふかれながら…。
夕焼けに染まった真っ赤な街を…見ていました。
ヒューヒューと、寒くて…冷たい風にふかれながら…。
「クシュンッ!」
うぐ…寒いよ…。
でも、ボクにはもう…。
行くところがない。
なくなっちゃったよ。
暖かいお家も…大好きなお友達も…なにもかも…。
だって…ボクはもうすぐ…消えちゃうから…。
この世界から…。
さがしもの……さがしもの……
とうとうみつけた…さがしもの……
ううん、ボクは…みつけ…られなかった…
さいごの…さいごに…
ゆういちくんが……
いないから…
さがしもの……さがしもの……
もう…どこにもない…さがしもの…
ボクの……だいじ……だった……さがし……もの…
やぶれたつばさの……おにんぎょう……
ボクと……ゆういちくんの…想い出……
商店街は…今日も夕焼け空に染まる。
もう…最後なんだね。
ボクがここに来られるのも…。
もう…最後…。
飛びつきたいのをこらえて…話しかける。
祐一君に。
「祐一君…」
「…あゆじゃないか。久しぶりだなぁ、しばらくどうしてたんだ?」
「…あのね。見つかったんだよ」
祐一君…。
「ボクの大切な…さがしもの…」
「そうなのか。やったじゃないか」
喜ぶ祐一君。
「だから…ボク…もう、この街にはいられないんだよ…」
もう…この世界には…。
「それって…引っ越すのか?」
うぐぅ…違うよ…。
「…遠い街に…行っちゃうんだよ」
「そっか。寂しくなるな……でも、また会えるだろ?」
「…」
ダメ…なんだよ…。
もう…会えないんだよ…。
「実は、そろそろあゆに会えると思って、たい焼きいっぱい買っておいたんだ。全部やるよ」
すとっ
「餞別になっちゃったな」
そういって、祐一君はボクに…くれた…。
袋いっぱいの…たい焼きを。
暖かくて…香ばしくて…甘そうで…美味しそうで…。
もう…食べられないと思っていたのに…。
ボクの…大好きな…たい焼きを…。
「美味そうだなぁ。一個だけもらっていいかな?」
…コクン
小さく頷く。
もう…一緒に食べることも…できないと…思っていたのに…。
大好きな祐一君と…一緒にたい焼きを食べることなんて…。
できないと…思ってたのに…。
パク
「美味いな」
「うん…」
美味しいけど…しょっぱいたい焼き。
あのときも。
祐一君と初めてあったときも…。
こんな味だったよ。
涙の味のたい焼き…。
笑顔でお別れしたいのに…。
涙が止まらない…。
「じゃあ、ボク…そろそろ…行く……ね」
「ああ。また会おうな、あゆ」
「…うん。バイバイ…」
スッ
それが、最後だった。
もう会えない。
会いたいけど。
もう…会えない…。
大好きな…祐一君。
夕焼け色の…祐一君の…背中を見つめながら。
想い出のお人形と一緒に…。
ボクは…。
「…」
ボク………このまま………消えるんだね………
でも……楽しかった……よ……
ホントはもう……食べられないはずの……たい焼きも……
いっぱい食べることが……できたから……
ホントは……もう……会えないはずの……
祐一君に……会えたから……
ボクは幸せ……だよ……
最後に残った
一つだけ残った…
誰も知ることのない…
誰も…覚えていない…
『おねがい』
「祐一君達を幸せにして…!」
ボクのお願い…。
「うぐ……祐一君、名雪さん、秋子さん…」
ボクの…大好きな人たちを…。
「ボクの……大好きな……優しい…みんなを…」
幸せに。
「お願いっ!」
そうお願いした瞬間……
ボクの体は
消え…ました…
『あゆ。もう…泣かなくても…いいのよ…』
どこからか、声が聞こえてくる。
ここは…空の上。
夕焼け色の…燃えさかる…真っ赤な太陽の色に染まった…。
空の上。
周りの雲も…。
全部、真っ赤。
ボクは消えた…はずなのに…。
もう、この世界には…いない…はずなのに。
声が聞こえる…。
優しい声が…。
「…うぐぅ、だぁれ?」
『あなたの…お母さんよ…』
「お母さん…」
ボクの…お母さん…。
ボクが小さい頃…死んじゃった……ボクの…お母さん。
お母さん!
「うぐっ…うぐっ…あのね…ボクね…ボクね…」
言いたいことはいっぱいあるのに。
全然しゃべれない。
ボクの………ずっと………会いたかったけど………会えなかった……お母さん…。
もう……会えないと思っていた……お母さん……。
ボクの……お母さんが側に…いるから…。
「ひっく…うぐっ…ボク…ボク…うっうっ………えっく…」
『あゆ。今まであなたを悲しませちゃって…ごめんなさい。もう、ずっと側にいるから…ね』
バフッ!
「ひっくひっく……う………うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ〜んっ!……お母さん!お母さんっ!!!おかあさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ〜んっ!!!」
ボクは、泣きました。
お母さんの、胸の中で。
悲しかったことも。
嬉しかったことも。
全部…お話しして…。
ボクは…泣きました…。
その日
一人の少女が…
街から
消えました。
笑顔のまま…
破れた翼をつけた
天使
が…
(Fin)