-びー・えす・ゆないてっど 前編-
西暦201X年。 日本国の少子化問題は今現在(というのは、とりあえず2006年から2008年の間くらいということで)よりも更にかつ異様というほど急激に進み、色んな意味で結構シャレにならないよーなくらい、とにかくもまあかなり深刻な状況に陥っていたのでございます。 労働力の慢性的な不足。ただでさえどこもかしこも地方自治体の財政状況なんか破綻同然で、それに加えて税収の落ち込みというダブルパンチによる社会機能の衰弱化。年金制度の完全破綻。そして、金融機関やら学校等教育機関の統廃合問題が顕著になりまくってきたのだったのです。 つまるところ、少子化問題はあらゆる分野において良くも悪くも多大な影響を与えたのでまさに、カオスの時代が到来と云っても過言ではございません。そんなわけで、現代に生きる我々からすると、十数年後はかなりロクでもない未来になってしまったわけであります。が、それでも人間っていうものは無駄にたくましく生きていくのでございます。 ……私立聖摩多川最西東京EFJ高校(しりつせんとまたがわさいにしとうきょういーえふじぇいこうこう)も、その典型的な煽りを食いまくった例の一つであります。どこかの銀行みたいなネーミングセンスのそれは元々、私立摩多川高校(しりつまたがわこうこう)と、私立最西東京高校(しりつさいにしとうきょうこうこう)、そして更に私立聖EFJ国際女子学園(しりつせんといーえふじぇいこくさいじょしがくえん)の名門三高校が合併してできた、全寮制の高等学校でありました。 世間ではそれぞれ共に名門中の名門と呼ばれ、OBやOG達は皆例外なく、政治経済問わずあらゆる分野の頂点へと上り詰めて行くのであるのです。が……。名門も合併の一つや二つくらいせにゃ、やっていけないご時世になっちまったのでありまして。諸行無常、栄枯盛衰、おごれる平家は何とやら。いろいろとその悲哀をあらわす言葉はあるにしても、時の流れとはとっても悲しいことであります。 そんなわけで、東京都の最西端……。JR赤梅線(各駅停車しかない。しかも単線)でひたすらずんどこどんどこ行った果ての果て。東京の水瓶とも呼ばれる湖、奥摩多湖。その広大な湖畔に、私立聖摩多川最西東京EFJ高校をはじめとした、首都圏の私立公立問わず、大学、高校、中学に小学校に果ては幼稚園から保育園までかき集めたかのよーに超巨大学園都市がイキナリでででんっと建造され、早一年が経過したのでありました。 そしてそこに今日、入学したばかりの少女がいたのです。その名を、芹沢明日子(せりざわあすね)といって。まあその、色々な騒動を繰り広げていくわけで。
これは、とあるちょっと風変わりな女の子の
とっても愉快な伝説といったお話の一つでございます。 芹沢明日子(せりざわあすね)は十六歳で、高校一年生。 都内の某中学校を卒業後、私立聖摩多川最西東京EFJ高校服飾科に進学。趣味は裁縫、編み物など、洋風和風民族衣装問わず、オリジナルの服を作ること。その腕前はとっても器用かつ大胆で、プロ級と云えるくらいのものでありました。 思い切りよく切った栗色のショートヘアが、彼女の元気な性格を表していました。身長も百五十センチちょっとくらいで、ちょこまか動き回る様は正に小動物。皆から可愛がられて親しまれている、クラスのマスコット的存在なのでした。 「ふんふふんふふふ〜ん」 放課後のこと。今日も彼女は笑顔で楽しそうに鼻歌なんか口ずさみながら、クラブハウスへと向かうのでございます。 「かっわいいお洋服ができました〜」 さてさて。学校ってものにはどこもかしこもあんまり例外無く数多く部活動ってもんが存在するわけで、私立聖摩多川高クラスの学校となると当然のことながら、クラブハウスも異様なまでに広大でどでかくてビッグであったりするわけですが。その一つ、アパレル同好会ってところに視線を合わせてみるといたしましょう。 なぜアパレル同好会とやらに視点を合わせなきゃいかんのでございますかといいますと? それはもう、この物語におけるヒロインといいますか、お目当てのあの娘がいるからに他なりません。 「会長〜。みんなぁ〜いますかぁ〜? 見てくださぁ〜い。新作作ったんですよ〜。自信作ですよ〜。えっへっへ〜」 良く云えばいかにも天真爛漫、悪く云えばのーみそからっぽのぱっぱらぱーといった感じの雰囲気を持つ明日子は笑顔でクラブハウスのドアをカラカラと開けたのでした。何かを見せたいよーな、とっても楽しそーな笑顔で。 で、その何かを目にした中に居た人たちの反応はというと? 「……おわっ!」 「なんだそりゃっ!」 「あはは〜は〜。こんなの作っちゃいました〜」 みんな例外無く驚いて突っ込みを入れるのでした。それもそのはず。彼女が着ている服は、とても奇抜なものだったのですから。 「どーでしょーか〜? 自信作なんですが〜」 「あのね明日子ちゃん。いくらうちの学校のセーラー派とブレザー派の主張が真っ向から対立してるからってね」 見たところ、アパレル同好会の会長さんであり、三年生とおぼしき女生徒がため息をついて答えるのでした。 そうなのでした。この学校は、名門と謡われた三校が合併したことにより新設された故に、正式な制服がまだ定まっていないのでありました。現在は暫定措置として私服、もしくは合併前に各校が着用を義務付けていた制服での登校ということになってはいるのでしたが……。それではいくら何でも、ねぇ。 「いくら何でもそりゃないでしょそりゃ。どーして一緒にするかな」 案の定といいましょうか、彼女が作った新型の制服案は大不評なのでした。 「う〜ん。そうかなぁ。可愛いと思って作ったんですけど〜」 みんなに大不評なのも無理はありません。何しろ、セーラー服とブレザーを足して二で割ったような、良く云えば微妙に新鮮みを感じさせるような、悪く云えば奇想天外というのでしょうか、いわゆる『変』な制服を作ってしまったのでした。これも、若さに任せるままの過ちと云えるのでしょう。思いつくままにデザインし、布地からこさえてしまったのでした。 「でもでもでもでも。これならきっと、ブレザー好きな人も、セーラー好きな人も好きになってくれると思ったんですよ〜。だから〜。コレが本当の、そう! あれです。ブレセラってやつですよぉ〜!」 その略称も、云うまでもなく不評でありました。理由は云わずもがな。卑猥なイメージを連想させるからなわけで。 「だぁっ! その名称不許可!」 「ブルセラじゃあるまいに!」 「せめてセラブレにしなさいっ!」 みんな必死に止めるのでした。そうしないと、明日子は本気でそんなキャッチコピーを正式採用してしまうから。 「ぶ〜。一生懸命考えたのに〜」 散々な評価にちょっといじけ、眉間に少しだけしわをよせてほっぺを膨らませながらぶーたれる明日子でした。それでもでもでも、意外な事に少数ではあるけれど、賛同者も中にはいたりするのでした。 「ふふ。素晴らしいよあすねん」 「あ。やっぱりわかります〜? さっすが会長〜!」 メガネをかけたいかにも典型的と云えるようでいてかつ、今時のマスコミ何かが狙いに狙いまくってステレオタイプなヤラセに走って表現したような、所謂オタクなお兄さん(痩身タイプ)が不気味に笑ったのでした。そう。彼こそがアパレル同好会の部室の片隅に堂々と勝手に居候させてもらっている、制服研究会会長・島流停留(しまながれとまる)であったのです! 「わかるに決まっているじゃないか。紺色の縞模様と赤いスカーフが奏でるハーモニーが、爽やかな高原に雄大な夕日が今まさに落ちていく感動的な情景をイメージさせるセーラー服。そして、濃紺の布地が深く美しき森の爽やかな朝霧の香りを感じさせるブレザー……。この二つの、人類が生み出した偉大で完全無敵な英知とも云うべき要素を融合するとは……さすがあすねん! 君の才能は素晴らしいよ! 君は天才だよッ!」 よくわからんけど熱く薀蓄というか、セーラー服とブレザーに対する思いを涙ながらに語る彼でありました。その様子は一般の人たちが見るとかなり危ない人というか、普通引きます。そんなオーラを放っているのでありました。 「はいはいはい〜♪ 褒められちゃいました〜♪ あすねんうれし〜っす〜!」 彼女は片手を挙げてガッツポーズし、思いっきりジャンプして喜ぶのでありました。 ……制服研究会とアパレル同好会。共に、超巨大学園である私立聖摩多川最西東京EFJ高校に多数存在するクラブの一つであるわけでして。最初はアパレル同好会が単体で細々と活動をしていたのだけど、予算と活動内容の問題(いかがわしくも胡散臭いので)により、生徒会から非公認というありがたくない認定を頂戴した制服研究会は、流浪の民のごとく流れ流れて、いつの間にやらアパレル同好会のクラブハウスの片隅に居座ることに成功したのでありました。最初、女生徒ばかりのアパレル同好会の面々も嫌がったのだけど、島流君の策略により『アパレル同好会のクラブハウスの片隅にて活動する許可』などを得てしまったので、みんなもうあーあ、うっとうしいけど仕方が無いのか、と半ばあきらめてしまっていました。何しろ、彼らを受け入れることで活動予算を少しばかり奮発してもらったりしちゃったのでありまして。いわば、厄介者を押し付けられた感じなのでありました。 「さて。みんな揃ったようだな。一つ、聞いてもらいたい。ご存じではあると思うが、我が私立聖摩多川最西東京EFJ高校は現在、正規の制服が存在していない」 改まって、何か議論でもふっかける島流君でありました。けれど、他の面々は真剣な彼と違ってかなり適当に応対するわけでして。 「その件で揉めに揉めまくっちゃってるからね〜」 「名門が合併しちゃったから、起こりうる事よね」 「そりゃ、いろいろ起こるわね」 明日子を始めとするアパレル同好会の面々、主に女の子達はきゃあきゃあとお菓子をパクパク食べながらそのように云いたいことを云っていました。かなりアットホームな活動なのでありました。 「左様。伝統ある摩多川高のセーラー。同じく伝統ある聖EFJ国際女学園のブレザー。そして、そんな中に私服制だった最西東京高が混ざっているからややこしい。今、この学校はセーラー派とブレザー派の二派が大いに反目し合い、我らのようなどっちも大好きな……いや、私服派は少数であり、劣勢を強いられているのだ!」 「あたしは〜。どっちも好きなんだけどな〜。セーラーもブレザーも可愛いし〜」 スティックチョコをぱくつきながら、新作のデザインなんかを適当に描いている明日子でした。飽くなき好奇心は、無限の可能性を秘めておるようでありました。 「うむ。そうだ。セーラーもブレザーも、甲乙付け難い人類の輝かしき遺産であり、守るべきものなのだ! それを、どっちがいいこっちがいいなどと甲乙付けたり白黒付けたりすべく議論するのはナンセンス!」 島流はひたすら力説しています。それも、いつものこととばかり、みんな聞き流しながら各々作業をしています。 「でもでも。そうは云っても、どうにもできないでしょ? いずれはどれかに決まるんだし」 「ふっ。答えは否。……実はな。この度ウチの学園長ペトロヴィッチ岩坂は、長引く混乱に終止符を打つべく制服コンテストを大々的に開催することにしたのだ。つまり……」 「みんなの制服をお披露目して、みんなで決めましょー、とかとか?」 「いえすいえすいえす! そのとおりだよあすねん! ご名答だぁっ!」 「あは♪ やったぁ!」 「既存のセーラーとブレザー、そして私服に一般公募の新型制服……これらを集め、競わせてふるいにかけ、真の……究極の制服を決めるのだ!」 「ふーん。そう。で、それと私たちとどういう関係が?」 みんなどーでもよさげなのだったけれど。島流君はかなり本気で、他人事では無くなってしまったのでありました。 「決まっておろう。我々は非常に強力な力を得たのだ。故に、我々は既にダークホースと云われる存在となったのだ。すなわち! ……あすねんの制服案を採用して出してみる事にしたのだよ!」 「ふえ? この制服をー?」 当然ながら、その決定に否定的な意見は大多数でありました。 「んなっ!」 「通るわけないっしょ!」 「無理っ!」 「う〜。みんなひどいよぉ……。一生懸命考えて作ったのにぃ」 いじける明日子を横目に、みんなの突っ込みに対し、制服研究会会長はフッと笑って云いました。それはあたかも、貫禄のある策謀家のような笑みでございました。 「案ずるな。秘策はある! 古今東西、ありとあらゆる制服を知り尽くした制服研究会会長島流に任せておきたまへっ!!」 …………
現在、私立聖摩多川最西東京EFJ高校の生徒会長は、横ノ島蛇子(よこのしまへびこ)という、名家横ノ島家の長女が就いております。そして、彼女の幼なじみであるところの、頭甲院羽子(ずこういんはねこ)が、副会長の座に就いておりました。合併前からの、暫定措置とも云えるものではありますが。ともかくも、無駄にプライドと格式の高そうな名家出身の二人がトップにおるわけでして。 そんなわけで、東京ドームの約1.2倍は広いと云われている学園第一グラウンドのど真ん中で、生徒会長直々による演説が行われておるのでありました。それはあたかも、総選挙前の追い込みの如くやかましく気合いが入っておりました。 「皆様! やはり制服は規則正しく取る三度のご飯のように、ブレザーが一番でございますのよッ!」 勇ましく縦ロールを振り回しながら、ブレザー派急先鋒の横ノ島蛇子様がそう演説すると。 「うおお! ジャコ様あぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」 「ブレザーさいこぉぉぉぉぉぉっ!」 「じゃーーーこっ! じゃーーーこっ!」 会場を埋め尽くさんばかりに集まった群衆から、蛇子コールが響きまくるのでした。凄まじいばかりの支持率でありました。 「ふ。やはり横ノ島蛇子……。生徒会長の座は名声ばかりではないのだな」 感心したようにつぶやくのは島流君でありました。 「ほへー。なんだかよくわかんないんだけど、ご飯にちりめんじゃこかけて食べたくなってきちゃったよ〜」 今日の夕食で、ご飯にちりめんじゃこかけて食べようと、明日子は強く思うのでした。 「あなたたちは皆、騙されているわ!」 そんなとき、どこからか会場内を引き裂く険しい声が響いてきました。 「む!」 「え? え? ちりめんじゃこおいしいよ? おいしいよね? ね?」 よくわかっていない明日子はさておき。 「あ、あれは……」 「現生徒会副会長! 頭甲院羽子様だ!」 「ヴぁこぉぉぉぉぉぉっ! うおおおお!」 「ばこばこばこぉぉぉぉっ! ずこばこずこばこぉぉぉぉっ! ずっこんばっこんずっこんばっこんんんんんっ!」 会場は即座に羽子のニックネームである『ずこばこ』コールにつつまれるのでした。そう。彼女こそがセーラー派の急先鋒、頭甲院羽子様でありました。 「ううむ。何という卑猥なコール! さすが羽子! ロックだなっ!」 「え? え? ひわい〜? 何がぁ〜?」 うんうんと頷く島流に対し、やっぱりよくわかってない明日子でした。天然ボケなのか、純粋なのか。恐らく両方なのでしょうけれども。 「蛇子……。ブレザーという邪悪な衣に心を支配されたあなたを……私は救ってみせる。あの、純粋だったあなたを取り戻すために!」 「ふっ。笑わせるわね羽子! その言葉、そっくりそのまま返してあげるわ! セーラー服などという軍国主義の走りに身を染めたあなたを、私こそが目覚めさせてあげるわ!」 ばちばちと視線で火花を散らし二人とも、会場に背を向け颯爽と去って行くのでありました。つまりこれはまだ、宣戦布告に過ぎなかったのです。来るべきは十日後の審査会……。それが、運命の時なのでありました。 「ふっ。これはおもしろいことになってきたぞ。戦いのポイントはずばり、いかにせこく漁夫の利を得るか。制服研究会の底力を見せつけてくれようぞ!」 強大な敵の存在を認知しっつ、熱き闘志を燃やす島流君でありました。 「うーん。ちりめんじゃこは〜。おにぎりの具にしてもおいしいよねー。あとあとー。若芽も入れよっかなー。お〜い〜し〜そ〜。って、お腹すいたよ〜」 けれど、明日子は相変わらず明日子なのでした。彼女の頭はただ今ほかほかご飯のイメージ映像で埋め尽くされていたのでしたとさ。 中編に続く!
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