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-Colorful party Vol.6 編み物日和・後編-










登場人物:



更志野 新奈(さらしの にいな)
●更志野 新奈(さらしの にいな)
色彩屋根裏図書館司書見習いで花鈴や美穂の親友。
金髪碧眼ツインテというツンデレキャラのテンプレのようでいて、穏やかで落ち着いている常識人。仕事も運動神経も優秀で、同性に好かれそうなタイプかもしれない。
館長にセクハラを受けてもいじめられてもため息一つで受け流している日々。でも、時々嘘泣きでもして困らせてやったほうがいいんじゃないのと、誰もが思うことだろう。



沖野 花鈴(おきの かりん)
●沖野 花鈴(おきの かりん)
鈴那と鞠音のお姉ちゃん。底抜けに優しくて、自称Gカップ(館長のセクハラにより無理やり言わされた。実際にはHカップくらいあるそうな)だけど他は小さくて細いというトランジスタグラマラスな女の子。とっても母性的でみんなに慕われている。でも、彼氏の悠希君にはこっそりと甘えさせてもらってるというあまあまな関係。悠希の事は親しみを込めてゆーくんと呼んでいる。
小食だけど料理を作るのが大好きで腕も一級品。食べてくれる人が嬉しそうにしてくれると幸せ。料理以外にも編み物が好きで得意だったりして、親友の美穂ちゃん曰く『すんごく女の子してる』と感心しまくりとのこと。



沖野 鈴那(おきの れいな)
●沖野 鈴那(おきの れいな)
花鈴の妹。背も胸もちっちゃい甘えん坊娘。
誰に対しても人懐こくて、ふにゃふにゃと仔猫の鳴き声のようなのが口癖で、いっつもにこにこと周囲に愛嬌をふりまいてる元気な娘。一見すると何も考えて無さそうなお馬鹿さんなのだが、実はゲームの腕だの数学の才能だのが頭抜けている。けれど、悲しいかな。その事実はあんまり知られていない。
大好きな人に笑顔で飛びついてはスキンシップするのがご挨拶となっている。皆に可愛がられているマスコットのような女の子。



鞠音(まりね)
●鞠音(まりね)
オッドアイな猫又娘で花鈴や鈴那の親友。通称鞠ねこ。愛らしい外見の割に戦闘能力は結構高く、噛み付きや引っ掻きといった野性味に溢れている攻撃を得意とする。
彼女にとっては鈴那も花鈴も大好きで大切な人達なので、その二人をいじめたりちょっかいを出したりすると烈火の如く怒る。その様はとっても恐い。暴走した館長から花鈴を守るのに欠かせない希有な人材。
鈴那と違い警戒心は結構強いのだけれども、大好きな人には安心して懐いて猫耳をすりすりしていくのがご挨拶となっている。



館長・ご主人様(かんちょう・ごしゅじんさま)
●館長・ご主人様(かんちょう・ごしゅじんさま)
色彩屋根裏図書館館長にして花鈴小屋ご主人様。つまりは新奈の上司であり、花鈴のマスターでもある。一見すると緑色をした謎のクリーチャー。他に、オレンジ色をしたご主人様も存在するがそれはまた別のお話。
強いようでいて結構色んな人にどつき回されたり吹き飛ばされたりしてやられている不思議な人。傍若無人なようでいて、ある意味常識的でもあるかもしれないとても矛盾した存在。
結構打たれ強くて頑丈なのは確か。今回はどのような騒動を巻き起こすのか?



●新沼 美穂(にいぬま みほ)
花鈴のクラスメイトで親友。ひょんなことから新奈とも知り合い、今では親友という関係になっている。
男勝りでさばさばとした性格の姐御肌で、喧嘩も口喧嘩もめっぽう強い。が……心の底では、ちったぁ女らしくせねばとか、色々と思う所があるらしい。乙女心は複雑。
鞠音や新奈と共に、花鈴防衛網の一角をしめていて、男子連中が花鈴をいやらしい目で見ていたりすると毎度の如く睨み付けて一喝してくれる。



●魁納 悠希(かいな ゆうき)
通称ゆーくん。花鈴の一歳年下な彼氏さん。とってもらぶらぶ。美少年で純情で熱血漢。
鈴那と鞠音にとってはまさに優しいお兄ちゃんみたいな存在。
花鈴との清く正しい関係をこれからも続けていくであろう。でも、それでお互いに満足しているようだしいいのではないか。




















 サード・ニット・エンバイアー……。それは、何故かスイスのジュネーブというやけにお洒落なところに本拠地を置いている秘密結社である。主な活動内容は、編み物を通じて人心の安定を図り、世界平和を実現し人類初の超巨大統一国家を建国しようという、極めて壮大で健全かつ平和的(?)だけど手段が謎な世界征服の実現を目指したものである。その勢力は密かに、だが日増しに拡大していき、今では欧州全域はおろかアジア、アフリカ、アメリカ大陸からオセアニア……全世界へと広がりつつあるのだった。

「日本も例外ではないというわけよ」

 ――光が消え轟音が収まり、一人の少女が立っているのに誰もが気付く。が、その素顔は白く怪しい仮面に包まれて伺い知ることはできない。

「あ、あんた誰なんだみゃ〜!? ふかーっ!」

 猫又娘鞠音が叫ぶ。明らかに外敵に警戒している様子で目を見開き、猫耳や尻尾の毛を逆立てながら。

「ふ……。私の名は糸川亜美(いとかわあみ)。サード・ニット・エンバイアーに所属しているスーパーニッター(超編物戦士)の一人。クラスは特A級よ……」

 名前から察するに、どうやらこの謎の少女は日本人のようだ。

「ふにゃにゃ?」

 この期に及んで尚も状況をよくわかってなさそうな鈴那と、思いっきり吹っ飛ばされて壁に叩きつけられて伸びてる館長を除き、美穂も鞠音も花鈴も他の娘達全員が緊張感に満ちて身構えている中、謎の少女もとい超編物戦士の糸川さんは颯爽と編み棒を構えながらそう言うのだった。そうしてびし、と野球の打者がホームラン予告でもするかのように宣言する。

「そこの貴方……。改めて勝負を望むわ」

「え……? わ、私ですか?」

 構えられた方……花鈴は一瞬ビクッと震え、何と言っていいのか分からず、困惑してしまう。そもそも何で選ばれたのかわからないのだから。

「ふっ。この中では貴方が一番編み物の素質がありそうね。……ありそうなのに、超編物戦士としての訓練は積んでいないとは勿体ない。けれど、サード・ニット・エンバイアーの障害となり得る要素は事前に排除するのが組織の掟。そうね、貴方は使えそうだから、連れて帰って組織で思いっきり洗脳してあげる。悪く思わないでね」

 組織の掟は絶対で、反すると多分恐い目に遭わされるのは毎度のお約束。仮面の奥から睨みつけるような殺気を放ち、じりじりと近づいて来る糸川さんに対し、花鈴は脅えながら後ずさりをするのだった。

「え、え……」

 すると花鈴の前に、とっても心強いみんなが立ち塞がってくれる。この辺りが花鈴と館長とのあまりにも決定的すぎる人徳の差と言えるだろう。普段の行いを知っている人ならば、誰だってそうする。

「待った待った待ったあ! ちょーっと待ったあ! あんた、花鈴ちゃんに手を出させるとでも思ってんの!?」

 正拳突きの名手で喧嘩の強さは並の男子など目では無いという、腕っ節に定評のある武闘派少女美穂ちゃんと。

「ふみゃーーーー! そーだみゃーーーー! 花鈴は鈴那とあたしのおねーちゃんなんだみゃー! あんたみたいなアブナイやつには指一本触らせないみゃー!」

 鞠音にとって花鈴は優しいお姉ちゃんなのだった。以前、鈴那に対して鞠音がぼやいたことがあった。鈴那が羨ましい。花鈴のような優しいお姉ちゃんがいることが、と。そうしたら鈴那はにっこりと笑いながら鞠音に言った。姉の花鈴に、鞠音のお姉ちゃんにもなってもらえばいいよと。その話を聞いた花鈴は鈴那と同じように笑顔で快諾してくれた。鞠音は心の底から嬉しいと思った。……だから花鈴を傷つけたりいじめたりする者は許さない。耳と尻尾の毛をピーンと思いっきり逆立て、オッドアイな目で鋭く睨みつけて完全威嚇モード。そして更にもう一人。

「おねえちゃんをいじめちゃだめなの〜!」

 鈴那はようやく事態を飲み込んだのか、あるいは未だになんだかよくわかってないけれども、この糸川さんとやらは大切なお姉ちゃんに危害を加えたりしそうなのかもしれない人と判断したのか、ひょっこりと前へと出てくるのだった。もちろんこの三人だけではなく、その他の友達もみんな同じように花鈴のことを守ろうと立ち塞がってくれるのだった。

「ふ……。仲睦まじき友情ね。でも、貴方達はすぐに思い知ることになるわ。そんなものは無駄だと言うことに。私の力の前にひれ伏し、無力を悟ることにね! てえええええええええええいっ!」

 気合一閃。目映いばかりの光が辺りを包み込む。当然の事ながら、みんな一瞬何が起こったのか分からなくて、不意をつかれてしまう。

「きゃっ!」

「ふにゃ〜!」

 驚く花鈴と、怖がって花鈴しがみつく鈴那。

「みゃ!? みゃあっ!? またなんかすごいみゃ!?」

「な、何!? さっきから一体何なのよもうっ!」

 鞠音と美穂ちゃんは慌てるものの、他の娘達とは違って戦い慣れしているのですぐに態勢を立て直す。が、既にその時勝負は決まっていた。

「ふん。他愛ない」

「え……? し、しまった!」

 一瞬、糸川さんの声が背後から聞こえた。美穂ちゃんは一瞬ビクッと震え、思いっきり焦った。目映い光で目を逸らすだけならともかく、気配すら消すのだからただ者ではない。こんなすごい相手は初めてだった。花鈴の身が危ないと誰もが思うのだったが、時既に遅く、びしっという音。しかしそれは花鈴に危害が加えられたのではなく、強烈な一撃を受け止めてはじき返す防御の音だった。

「何っ!?」

「させません」

 新たな人物の声が聞こえた。――それは館長の守護式神、月乃守更科(つきのかみさらしな)略して月神沙羅だった。戦闘用の白装束を身に纏い、口数は少なく凜とした表情は常に変わらない。長い黒髪と長身が特徴的でミステリアスにすら感じられる美人で、彼女の事を知っている皆からは『沙羅さん』と呼ばれ、親しまれている女性の声。主人たる館長はダウンして未だ間抜け面をしたまま伸びていたが、花鈴達の危険を察知したのか、自動防衛装置が作動するかのように出現したのだった。

 かつて館長は言ったものだった。花鈴達が館長すら凌ぐような脅威に晒されたと判断した時、沙羅に対して徹底防衛するよう厳命しているのだ。……肝心の館長が思いっきり危機に晒されても登場しなかったのには理由があり『ふん。俺は貴様に守られるほど落ちぶれてはおらんし衰えてもおらん。ってゆーか、てめぇごときの力なんぞいらんわこの雪女。……だがな。折角おめぇというオプションっつーか、力を持っていても何にも使わねぇってのは宝の持ち腐れっつーか猫又娘に小判ってなくらいに勿体ねぇから、だからてめぇはあのでかちち花鈴達でも守っていやがれってんだこの野郎。あぁ、勘違いすんなよ。勿体ねぇからそうしてやってるだけで、あいつらの身を案じているわけじゃねーからなコラ』とのことだった。誰がどう見ても素直ではないが、皆の身を案じているのは確かなのだった。

「螺旋障壁……。貴方の攻撃は届きません」

 予想外の強大な力に糸川さんは苦汁を嘗めさせられていた。透き通るように薄い布のようなものが沙羅を中心として広がり、小さなドームと言うべきかシェルターを形成していた。その結界は一見柔らかいようでいてとても強固で、侵入者の攻撃を一切受け付けない。糸川さんとやらの編み棒も例外ではなく、細やかな繊維が蜘蛛のように絡み付いて瞬時に固まり、動きを完全に封じていた。

「くっ! こしゃくな……っ!」

 糸川さんはとりあえず形勢不利を悟り、一旦後退するのだった。

「皆様。ご無事で」

「ふにゃにゃ〜! 沙羅おねえちゃんなの〜! ふにゃにゃんにゃん〜!」

「ふみゃ〜! 沙羅だみゃ〜! 流石だみゃ〜! つっよいみゃ〜! 格好いいみゃ〜!」

 強力すぎる援軍の登場に、鈴那と鞠音が安心しきってぎゅむ〜っと沙羅に抱き着いていた。ただでさえ小さいのに、長身な沙羅と比較すると埋もれてしまいそうな二人。……実は沙羅自身可愛いものが大好きなので、一見冷静さを装っているようでいて、鈴那と鞠音に抱き着かれて実はとっても嬉しく思っているのだった。だけど今は戦闘中。まだまだ気を抜ける状況にはないので、喜ぶのは後にするのだった。

「さ、沙羅さん。……ありがとうございます」

 お礼を言う花鈴と。

「な、何だかよくわからないけど、すごっ!」

 圧倒されている美穂ちゃんは、沙羅の存在を知らなかった模様。一旦後退していた糸川さんは再度構え、攻撃の機会を伺っている。それを見た沙羅も防衛網を一時取り払い、予想外の事を言った。

「花鈴様。大変申し訳ございませんが、この状況を脱するには花鈴様のお力が必要でございます」

「え? 私の力、ですか?」

「はい。あの敵に打ち勝つために」

 沙羅はちらりと糸川さんとやらの方を一瞥し、はっきりと敵だと言い放つ。

「ふっ。貴方、よくわかっているわね。わかっているのなら話は早いわ」

 言われた方も望むところとばかりに頷くのだった。

「え? え?」

「勝負よ。沖野花鈴!」

「し、勝負って……」

 困惑し続ける花鈴に沙羅は丁寧に言った。

「花鈴様。とても簡単な事でございます。あの敵の前で編み物をすればよろしいのでございます。それ以外に何もする必要はございません。それだけで全ては終わります。危険も全くございません」

 どんな勝負よそれは、と美穂は思った。けれど、このよくわからない状況から脱するにはどうもそうするしかないようだとも判断した。

「それだけでいいんですか?」

「はい。きっと、花鈴様の優しい心が、あの敵の閉ざされた心を解き開くことでしょう」

 これから起こることを理解しているのか、予言めいたことを呟く沙羅だった。

「わ、わかりました。……じゃあ、編みますね」

 戸惑いながらも花鈴は近くにあった椅子に腰掛けて、ゆっくりと編み始める。状況が状況なだけにみんなの視線が集中して落ち着かない。

「あ、あは。何だか恥ずかしいなぁ」

 照れながらも腕は動く。花鈴の指先は普段のおっとり具合からは想像もつかない程に速く、それでいて丁寧で的確な動きをしていた。

「それ、悠希君にあげるの?」

 ふと何気無く美穂ちゃんが素朴な疑問を口にする。悠希君という名の、ここにいる誰もが知っている男の子の名前。花鈴の彼氏さんのこと。ボーイッシュな女の子のように可愛らしい美少年のことを。

「うん。……マフラー、ゆーくんに使って欲しいなって思って」

 一つ年下の恋人の事を親しみを込めてゆーくんと呼ぶ。花鈴はとても穏やかな表情をしながら言った。大好きな人に使って欲しいからと、とても優しい気持ちになって心を込めて、丁寧に編んでいくのだった。すると……。

「ぐっ!」

 謎の糸川さんは突然背中をバットで思いっきりどつかれたかのようにのけぞり、精神的なダメージを受けるのだった。

「え!? 何!? 何が起こったの!?」

「何が一体どのよーにどうなったんだみゃ!?」

 突然の異変に美穂も鞠音も何が起こったのかさっぱりわからず、呆気にとられる。

「聖なるニット・フォースの影響でございます」

 沙羅がよくわからん用語を交えつつ、生真面目に説明してくれる。ギャグなんだかマジなんだかよくわからないけれど、どうにも本当の事らしい。

「サード・ニット・エンバイアーが主張しているところの編み物とは、とても愚かな事に、人の愛情そのものを否定しているものなのでございます。分かりやすく言うならば暗黒面……ダークサイドに堕ちた編み物なのです。逆に、花鈴様や皆様が今なされているような、真心や愛情を込め、純粋に楽しみながら編まれるという行為は編者の周囲にフォースを自然発生させるのでございます。そして、サード・ニット・エンバイアーの者達にとってそれはとても強力な負の属性を持った痛打となって襲うのでございます」

「わかったようでいてやっぱりなんだかよくわかんないんだみゃ! けど、いいみゃ! 花鈴もっとやるみゃ〜! その調子で編むみゃ〜! 悠希は花鈴の編んだマフラー絶対喜んでくれるんだみゃ〜! プレゼントしたら即効であまあまでらぶらぶもーどなんだみゃ! いっぱいちゅーちゅーキスしまくっちゃうんだみゃー! さりげなく舌絡めちゃうんだみゃー!」

 耳年増な猫又娘鞠音が何か言っている。

「そ、そうねっ! とにかく花鈴ちゃん! 編んで編んで編み続けるのよ! いっそ極端に長〜いのを編んじゃって、そいでもって悠希君と二人一緒の巻いたりしてバカップルぶりを見せつけるのよ! んで、暖かい? とか悠希君の耳元で聞きながら、さりげなく悠希君の腕とかにむにゅっとおっぱい押し付けちゃったりするのよ!」

 美穂ちゃんもここぞとばかりに花鈴を煽り立てる。

「も、もう。鞠ちゃんも美穂ちゃんもえっちだよぉ」

 花鈴は困ったように微笑を浮かべながら照れるけれど、満更でもないようだった。

「ふにゃにゃ〜。おねえちゃん頑張ってなの〜」

「あは。鈴那ちゃんありがと」

 形勢逆転とばかりに煽り立てる鞠音と美穂ちゃんと、いつも通りよくわかってなさそうな鈴那。ともかくその楽しそうな雰囲気そのものが更に糸川さんを襲いまくり、ビシバシと全身を強打することとなったのであった。

「くっ! ぐあぁぁぁっ! や、やるわね! ……ならば、こうよ! くらえ! てええええぃっ!」

 糸川さんは劣勢を挽回すべく、跳躍した。そして両手を床に付いて逆立ち状態で、靴もソックスも脱いだ素足の状態となり、網針を足の指でつかんで器用にも編み始めたのだ。

「見ていなさい! これが私が持つ究極の編み奥義! ファイナル・リバーシブル・ニッティング!」

 びし、と空気が割れるような音と共にすさまじい風が発生して教室内を混乱の渦に巻き込んでいく。

「みゃっ!? 何だかよくわっかんないけどすっごいことやってるみゃ! すっごいオーラを感じるみゃ!」

「ほ、本当にね! 何なのよこの光は! っていうかどーして編み物で光るのよ! 意味不明だけどすごいわ全く!」

「ふにゃにゃ?」

 いちいち大袈裟に驚く鞠音と美穂と、相変わらず不思議そうに首をかしげてばかりの鈴那の反応はさておき、花鈴の身が危うい……かというとそんなことは全くなかった。沙羅は全てを理解しているのか、冷静だった。このくらいの事ではまるで問題ないと言わんばかりに。

「だめですよ、そんな編み方しちゃ。曲がっちゃってますよ〜。折角きれいに編めていたのに、毛糸が可哀想ですよ」

「はぅっ!」

 もはやそういう次元の問題ではないのだが、ともかく花鈴の極めて常識的な指摘は糸川さんのプライドをずたずたに引き裂いた上、戦闘意欲を削ぎ落とした。つまるところ会心の一撃と言うべきかクリティカルヒットと言うべきか、大当たりとなった一撃だった。

 その反応を見て更に煽り立てまくる外野の人達。美穂ちゃんと鞠音はとりあえず花鈴を更に思いっきり照れさせる事にした。

「花鈴ちゃん! やっぱ、好きな人に送るマフラーってのは編むときに愛情込めまくりだよね! 花鈴さんの愛情を感じます、とか悠希君は面と向かってそんな恥ずかしい事言っちゃうよね絶対!」

「そだみゃーーー! 悠希は絶対大切にしてくれるんだみゃ! あげたらすっごく嬉しそうにしてくれるみゃ! 感激しちゃって、宝物にします! とかなんとか言っていそうだみゃー!」

「ふにゃにゃ」

 何だかよくわからないけれど楽しそうな鈴那だった。

「も、もぉ。美穂ちゃんも鞠ちゃんも何言ってるのかな〜。恥ずかしいよぉ」

 普段から恥ずかしがり屋な花鈴は頬を赤らめながらも、二人が言っていたことをを想像してみて、結局照れちゃうのだった。まさに幸せ度はたっぷり特盛といったところで、結果として畳み掛けるような波状攻撃はついに決勝のゴールを奪う事となった。

「うぐぉっ!」

 まさに致命傷だった。びし、と強力ななんとかフォースが糸川さんをしこたま強打。その衝撃で糸川さんの顔を覆っていた呪いの仮面にひびが入っていき、そして割れてしまった。同時に糸川さんはばたりと力つきたように、その場に倒れ込んでいた。

「……花鈴様の勝利でございます」

「どの辺が勝利判定になったのか基準がよくわっかんないみゃ〜」

 げんなりとしている鞠音。

「え? 今のでKO!? まあでも、確かに花鈴ちゃんの方が何というか、勝った……って感じかなぁ。総合的に見て」

 未だよく理解はしていないけれど、納得は出来たという感じの美穂ちゃん。

「おねえちゃんすごいの〜」

 何だかんだで一騒動はようやく終息のようだったけど。

「大丈夫ですか?」

「う……」

 花鈴はどこまでいっても人が好くて、争っていた相手の事も気にかけていた。とっても心配そうな花鈴によって介抱されるボロボロ状態の糸川さんはしかし敵の情けは受けないと、最後のプライドが語っている。

「一緒に編み物しませんか? きっと楽しいですよ」

 優しい花鈴は笑顔のまま糸川さんに手を差し伸べる。それは無邪気で柔らかくて暖かくて眩しくて、天使のような最高の笑顔だとみんなが思った。そんな笑顔が糸川さんの荒んだ心を癒していく。花鈴の純粋さに惹かれて、いつしかみんなで楽しく編み物同好会の活動が再開されたのだった。これにて勝負有りの一件落着と相なったのである。

「いつまでも寝てんじゃないみゃ役立たず!」

「ぐおっ!? 何だっ!?」

 そして忘れちゃいけない。教室の隅で相変わらず横たわっていて、鞠音にゲシッと蹴っ飛ばされて我に返る館長だった。




…………





 翌日の昼頃。図書館にて昼食を取る館長と新奈。

「っつーことがあってだな」

「そうだったんですか」

 新奈に語る館長は少し苦々しい表情だった。今回、何もすることができずに大いなる無力感を味わったのだから。

「ったくよぉ。編み物なんかしたことねーんだから、かなう訳ねーじゃねぇか。反則だぜありゃ」

(……編み物の技術がどうして戦闘力になるんでしょうか)

 新奈は心の中でこっそりと突っ込みを入れるけれど、ややこしいことになりそうなので口には出さないことにした。

「まぁそういうわけでな。一つ分かったことは、君の微妙にまずうまい飯も我慢して食ってりゃそれなりに身を助けることがあるというわけだな」

「まずくて我慢してるなら食べないでくださいよ」

 じっとりとした目で見つめるのは新奈のことなど館長は全く気にしていなかった。どこまで図太いのだろうか。新奈はああもうと思いつつ、気になった事を口にする。

「で。その後そのサードなんとかって言う組織はどうなったんですか? また、糸川さん以外の人が花鈴ちゃん達に報復とかしに来るんじゃないですか?」

「ああ、それなんだがな。多分そんなに問題はないと思うんだ。なにせ、ヒス子君こと更志野ヒストリー新奈と言う娘が、日本最強の編み物戦士なんだよってことを、スイスのサードニットエンバイアー本部にエアメールを出しといたから」

「……どこがどのように大丈夫なのか具体的に説明して欲しいのですが。そりゃ、編み物は花鈴ちゃんに教わって少しやったことはありますが」

 丁度その時だった。どばあんとでかい音を立てながら玄関のドアが吹っ飛ばされた。

「我が名は網澤巻子(あみざわまきこ)……。サードニットエンバイアーが誇る編物戦士の一人。日本最強の編み物戦士と言われる更志野ヒストリー新奈! 貴方に勝負を申し込む!」

「あ、ああもう。またなんだかよくわかんない状況に……。館長っ!」

 新奈が振り返ったところ、館長はそそくさとトンズラを決めんでいた。無用なトラブルを持ち込んでおいて事態を徹底的にややこしいことにした揚げ句、全てを新奈に押し付けて自分はとっとと失せていた。……こういう時、上司であり創造主でもある彼に対して『あの野郎とかあんにゃろうとかこんちくしょう』と言ったような、いわゆる乱暴な言葉遣いをしても、もしかするといいものなのでしょうか? とか新奈は思ったけれど口には出さなかった。

 ともかく、気合十分な網澤さんはとっても好戦的なようだった。

「どうした! かかってこないのならばこちらから行くぞ!」

「ああもうっ! 何が何だかよくわかりませんけれど、よろしくお願いしますっ……!」

 混乱してるのかやけっぱちになったのか、網澤さんとやらと相対して、試合前の空手家のようにぺこりとお礼をする新奈。新奈の運命や如何に!?










おしまい













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