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-Colorful party Vol.7 Little Sister-










登場人物:



沖野 鈴那(おきの れいな)
●沖野 鈴那(おきの れいな)
天真爛漫。元気で人懐こい子猫が間違って人になってしまったような娘。
いっつもにこにこしながらふにゃふにゃ言ってはみんなに可愛がられているような、可愛い妹的存在。
背も胸もちっちゃい甘えん坊さんで、とっても不器用などじっ子だけど、決して諦めない不屈の精神を持つ努力家さん。



観月 雪乃(みづき ゆきの)
●観月 雪乃(みづき ゆきの)
鈴那のお友達。
いつも元気いっぱいな鈴那と違って、大人しくて人見知りしてしまうような性格の娘。とっても礼儀正しくて真面目。
結婚を間近に控えたお兄さん(実兄)と一緒に暮らしていて、そのお兄さんに密かに恋心を抱いてしまっているという、いけない娘。



沖野 花鈴(おきの かりん)
●沖野 花鈴(おきの かりん)
鈴那のお姉ちゃんで、鞠音にとってもお姉ちゃん的な存在。ほんわかした雰囲気のとっても優しい娘。悠希という名の彼氏さんがいるけれど、どこまでも清く正しい関係が続いているのはお約束。
家事万能で母性的で包容力に溢れてて、鈴那の性格形成に大いに影響を与えた人物。ちなみに、バストサイズも超高校級の大きさ。



鞠音(まりね)
●鞠音(まりね)
鈴那のお友達。猫又でオッドアイというおかしな娘。が、ミステリアスな感じはまるでないという、やんちゃ娘。
ちょっと気が強めだけど、優しく接してくれる人には普通に懐いてくれる。頭や首元を撫で撫でしてあげたりするととっても喜んでくれるような、『猫耳』ではなく猫そのもののような娘。
花鈴と鈴那を館長という名の緑色の無礼な奴から守ってくれるという、頼りになる強い娘。



更志野 新奈(さらしの にいな)
●更志野 新奈(さらしの にいな)
司書見習いで花鈴達の親友。ツンデレキャラクターのテンプレート的っぽい容姿に反し、穏やかな物腰の常識人。
花鈴と同じようにいつも上司兼創造主の館長に手を焼かされている日々を過ごしている。ゆえに、いつしか身に付けてしまった護身術(主にサブミッション系)は達人レベル。が、自分はそんなに暴力的な娘ではないのにと嘆く事多。
プランターで植物を育てたり、庭に生えている野草を集めてお茶を作るのが最近のささやかな楽しみだとか。



館長・ご主人様(かんちょう・ごしゅじんさま)
●館長・ご主人様(かんちょう・ごしゅじんさま)
緑色をした丸い物体。傍若無人。当人は自らの事を偉大なる『ゆるキャラ』であると自称している。が、実のところあんまり可愛くない。
花鈴や鈴那達にとっての『ご主人様』であり、新奈にとっての上司であり創造主であり雇い主の為『館長』と呼ばれている。



●新沼 美穂(にいぬま みほ)
花鈴のクラスメイトで親友。打撃技に長けた男勝りな娘。だけど内心は花鈴のようなおしとやか娘になりたいと思っている。
ちなみに、新奈とも親友の関係だったりする。



●魁納 悠希(かいな ゆうき)
通称ゆーくん。花鈴の彼氏さん。どこまでも真っ直ぐで爽やかな熱血漢。
恋人関係はどこまでもプラトニック。










「鈴那なの〜」

 純粋。

 それが沖野鈴那という名の少女を一言で説明するのにふさわしい言葉。背の丈は百四十センチ台前半という小ささで、胸の膨らみは誰でも一目でわかるくらい全くなくてぺったんこ。姉ゆずりのつややかな髪は短くおかっぱで、両脇を編んで小さな三つ編みにしていて、赤くて大きくて可愛いらしいリボンをつけている。とてとてと元気にあちこち駆け回っていて、いっつもにこにこと笑顔を振り撒いて、誰とでも仲良くなれてしまう人懐こさ。

「ふにゃにゃ」

 好奇心旺盛で、何か不思議に思うような事でもあれば首をかしげて大きな目をぱちくりとまばたきさせては子猫のような声。

 姉の恋人……悠希(ゆうき)という名の少年を実の兄のように慕っていて、会う度にいっつも飛びついてはぎゅむーーーっと抱きつくのがお約束。

「ゆ〜おにいちゃ〜んっ! ふにゃ〜ん!」

「わっわっ。れ、鈴那ちゃん〜」

 健康的な肌は瑞々しくて、それでいて白くてふにふにと柔らかくて暖かい。細い腕で抱き着かれて、悠希はちょっと困ったように笑顔を見せながら思った。小さくて元気いっぱいで甘えん坊さんで、本当に妹みたいな女の子だなぁ、って。もし自分に妹がいたとしたら、こんな感じなのかなーと思うくらいに可愛くてたまらない。

 鈴那が慕っている人物は何人かいるけれど、その内の一人、姉の花鈴は鈴那にとって誰よりも大好きな人なのだった。まさに、絶対的な信頼と言える程に。……いつだったか、鈴那は花鈴に優しく言われたことを思い出す。

『ね、鈴那ちゃん。お願いしたいことがあるの』

『なぁになの?』

 鈴那ちゃんはとっても優しい娘だからわかっていると思うけど、と花鈴は前置きをしながら続けて言った。その表情はとても母性的で慈愛に満ちていて、姉というよりもお母さんそのもののような感じ。

『人が悲しんだり、嫌がったりすることは、言ったりしちゃだめだからね』

『はぁいなの〜』

 自分もそういうことをされたら嫌だと思うと、鈴那はしっかり理解していた。

『ふにゃにゃ。おねえちゃん〜』

『あは』

 姉の言い付けに笑顔で頷いてからぎゅむっと抱き着く。それともう一つ、本当に優しい姉からのお願い事。

『困ってる人がいたら、助けてあげてね』

『わかったの〜』

 鈴那はその言い付けをずっと守り続けていくことだろう。鈴那自身も姉と同じように親切で、とっても優しい子。

「可愛いの〜」

 ――鈴那は可愛いものが大好きな女の子。そんなわけだから、彼女の自室には愛らしいぬいぐるみがいっぱい。もっとも、そんな鈴那自身がみんなからとっても可愛がられているのだけども。いつしか鈴那には一人の親友……もとい、大親友ができていた。鈴那が大好きな猫のような、あるいは猫そのもののようなお友達が。

「みゃ〜。鈴那〜。うみゃみゃ〜」

「ま〜りにゃん」

 フローリングの床の上で横になり、わしゃわしゃと両手を絡めてじゃれ合う二人。お互い、短いスカートが思い切りまくれ上がってパンツが見えてしまっているけれどもまるで気にしていない。それは鈴那の相棒(?)にして猫又娘の鞠音(まりね)だった。鞠音はオッドアイと呼ばれるような、左右で事なる色の目をしていて、更にぴょこぴょこと震えるように動く大きな猫耳が特徴の女の子。それに加えて長くふさふさの尻尾が二本もあって、更に長い髪を大きなリボンで結んでポニーテールにしているのだった。背丈は鈴那よりは少しばかり大きいけれど、それでもやっぱりちっちゃくて、百五十センチ台前半かもう少し下といったところ。

 鞠音の性格は鈴那と同じように元気一杯で無邪気で、子供っぽくて可愛らしい。けれど鞠音はほわほわした天然色娘の鈴那とは違って、ちょっと短気で強気で勝ち気な性格だった。ご主人様が馬鹿にしたりしようものなら口と共に真っ先に手が出てしまうような感じ。だけど、優しくしてくれる人には無条件で甘えて懐いてしまう猫娘なのだった。

 鞠音にとっての鈴那とは、一言で言い表すのならば親友。だけどどこか妹分……のように思ってるのだけども、二人のご主人様の評は『どっちもどっち』とか、『大して変わんねぇ』とか、とにかく似たようなものとのこと。花鈴にとっては、鞠音も鈴那と同じようにとっても可愛い妹なのは変わらない。

 鈴那とご主人様との関係はと言えば……。

「おいそこのちっこいの」

「ふにゃ?」

 余りにも突っ込みどころ満載な、緑色をした着ぐるみのような丸い形状のご主人様が鈴那を呼び止める。鈴那は鈴那で天然ボケ極まる性格ゆえに、多少の突っ込み要素や違和感など完全スルーなのが日常。

「おりゃ!」

 それはちょっとした思いつき。ご主人様は腕を延ばし、鈴那の体をひょい、と持ち上げてしまった。鈴那は小さくてとっても軽くて、簡単に持ち上げられるからか、しばしばこのような意地悪を行ってはストレスを解消しているのだ。

「ふにゃにゃにゃ〜!?」

「ふはっはっはっは! たか〜いたか〜い! 軽いぜ! ちっこいぜ! コンパクトだぜ! ライトアーマーだぜ! 装甲が紙だぜ! おめーは余計な脂肪(主に胸)がまったくついてねーからほんっと軽々持ち上がるんだぜ!」

「やめてなの〜! ご主人様意地悪なの〜!」

「わっははははははーーーー! 回るぜ回るぜくるくる回るぜ! 空中大回転だぜ!」

「ふにゃ〜〜〜! 目が回っちゃうの〜!」

 このように、ご主人様が鈴那をいじめておもちゃにして弄ぶのがお決まり。

「フフフ。楽しかっただろう?」

「楽しくないの……。意地悪なの」

 やっとのことで降ろしてもらえたけれど、ちょっと涙目で不満気な鈴那。余りいじくりすぎると流石の鈴那もご立腹。

「はっはっは。また遊んでやるよ、お子ちゃまふにゃぅよ」

 鈴那のご主人様はそう言って、鈴那の髪をくしゃくしゃと撫で回す。その無神経な一言が鈴那の心にぐさりと突き刺さる。悔しいのか、ぷーっと頬を膨らませて怒り、ぽかぽかとご主人様の背中を叩く。……のだが、ご主人様がにとっては全然痛くなどなくて、撫でるようなものだった。そして……。

「ふっ」

「ふにゃっ!?」

 ご主人様は腕を伸ばし、がっしりと鈴那の頭を掴んでしまう。リーチの差もあってか鈴那のぽかぽか攻撃は全く届かなくなってしまった。

「貴様のようなお子様がこの俺に刃向かおうなど三十光年早いわ!」

「う〜う〜」

 何故か単位が光年になっているがそれはさておき、ご主人様は再び手を出し、今度は鈴那のほっぺや胸をつんつんつんつんと、これ以上ないほどしつこくねちっこくつつくのだった。

「ほれほれほれほれほれほれほれほれほれ!」

「ふにゃにゃにゃにゃ! くすぐったいの〜!」

「ふははははははは」

「ふにゃ〜〜〜〜ぅ〜〜〜〜!」

「しかしお前、ほっぺはふにふにだが……こっちは相変わらずぺったんこだな。姉貴に栄養分全部持ってかれちまったか?」

 相も変わらずつんつんと胸の辺りをつつかれながら、しみじみと言われる鈴那。

「そんなことないの〜! 鈴那もいつかきっとおねえちゃんみたいにおっぱいおっきくなるの〜!」

 鈴那は本気でそう思っていて、毎日欠かさずに牛乳を飲んだりもしている。鈴那にとって姉は大好きな人であり、憧れでもあるのだった。性格や普段の行いから、バストサイズまで全部そう。

 ちなみに鈴那は、よくわかっていないけれども姉……花鈴のバストサイズがHカップあるらしいとのことを知っている。実際には、Gカップだとか言っていたのを前に聞いたけれど、きっとそれは恥ずかしがり屋な花鈴のささやかな抵抗と言うべきか、嘘だろう。

「なんねぇよ! なるわけねぇよ! なっちゃいけねーんだよ! おめーのポジションは未来永劫不動じゃい! おめぇはいつまでたってもおこちゃまろりっこ妹のままじゃい! 全知全能たるこのおれが直々に断言しちゃる!」

「鈴那子供じゃないの〜!」

 鈴那も過剰な子供扱いは嫌な模様。

「誰がどこからどう見ても子供じゃ子供じゃ子供じゃこのナイチチ! 洗濯板! まな板! ろりぷに娘! ○学生! おめーは乳首だけちょこんと尖ってりゃあいーんだよ」

「ふにゃ〜〜〜! 鈴那は子供じゃないの〜〜〜!」

 ご主人様が鈴那をそのようにしてねちねちいじめていると、決まって背後から強襲攻撃。バキッと猫キックをくらい、昏倒するご主人様。

「ぐおっ!」

「鈴那をいじめるんじゃないみゃ!」

 このように、お友達の鞠音がいっつも助けてくれるのだった。





…………





 もしも、沖野鈴那という名の女の子についてみんなに聞いてまわったと仮定する。そうしたら姉の花鈴は何と答えるだろうか……?

「鈴那ちゃんですか?」

 妹の名を聞くと同時に花鈴はとても嬉しそうに微笑みながら言った。

「可愛いです。本当に」

 鈴那は自分の事を完全に信用して慕ってくれている。勿論花鈴も鈴那のことが大好き。本当に幼いころからずっと仲良しな姉妹だと自他共に認めている。花鈴は続けて言った。穏やかに目を閉じて、静かに一言一言を噛みしめるように頷きながら。自分にとって、鈴那という娘は……。

「鈴那ちゃんは私の大切な……妹です」

 それはもう『愛情』そのもの。花鈴にとって鈴那は絶対に守りたい人の一人。例えるなら、もう一人の自分だと言っても決して過言ではないくらいに大切な宝物であり、かけがえのない家族の一員なのだった。

 ――猫又娘鞠音にも同じことを聞いてみたとする。するとやっぱり花鈴と同じように、愛情に満ちた答えが返ってくる。

「みゃ〜? 鈴那のことをどー思うかみゃ〜って?」

 鞠音も花鈴と同じように嬉しそうに笑いながら言った。

「鈴那はあたしの一番のお友達なんだみゃ〜。ちっちゃくて可愛いんだみゃ〜。猫のあたしが言うのも変だけど、鈴那はすっごく猫みたいな娘なんだみゃ〜。大好きなんだみゃ〜」

 鈴那のことを話す鞠音はとっても嬉しそう。二人はいつも一緒。何をするにも、どこに行くにも。二人の関係を一言で表すなら、盟友とか大親友とか、そんなところ。





当たり前の事だけど、人は皆、多くの人との出会いを経て生きていく。





それは鈴那にとっても同じこと。





花鈴や鞠音達の他にも、新しいお友達ができたりしていく。





 ここで少し視点を変えてみることにする。

 ――とっても元気で可愛くて、ちょっと不思議(?)なお友達。それが、雪乃(ゆきの)という名の少女が、新しくできたお友達こと、鈴那に対して抱いた感想だった。

 自分と同じように小さな背丈の女の子。それに加えて歳の頃も同じだけれど、性格はまるっきり違う。いっつもにこにこ笑顔で楽しそうで好奇心旺盛。可愛らしく子猫みたいな声を出しては抱き着いてくる。そんなことに、最初はびっくりしちゃっていたけれど、今ではもう慣れちゃったかなと、雪乃は後になって述懐していた。

 出会いの時は、はっきりと覚えている。確か、何だったかのパーティーに招待されて、そこでたまたま偶然出会ったのだった。鈴那の第一声はいつもの通り。

「ふにゃ?」

「あ……」

 それはとても可愛らしい未知との遭遇。ばったりと出会ってしまったかのように、視線が合ってしまう。その女の子は子猫みたいな仕草と声に加え、おかっぱの髪に小さな三つ編みを二房。そして左右に二つの赤くて大きなリボン。

 かたや雪乃の方はポニーテールに赤いリボンといういつもの姿。とっても小さくて可愛くて、歳もきっと鈴那と同じくらい。

「こんにちはなの〜」

 少しの間硬直していた二人だったけれど、当然の如く先手を取ったのは鈴那の方。雪乃に向かってにっこりと笑いながらぺこりと頭を下げてごあいさつ。とっても人懐こい子猫のような女の子だと雪乃は思ったが、その時は答える余裕がまるでなかった。

「こ、こんにちは……です」

 後手に回ってしまった(?)雪乃はちょっとおびえたような感じにごあいさつ。

「ふにゃにゃ?」

 どうして怖がられているのかわからず、鈴那は子猫のような声を出し、首をかしげて怪訝そうな表情のまま雪乃を見つめる。

「あ、あぅ……あぅ……」

 きらきらと輝いていそうなつぶらな瞳で見つめられ、雪乃は困惑し、戸惑い、どうしていいかわからなくなってしまう。そうして反射的に助けを求めるかのように、すぐ側にいた兄の背中に隠れ、怖々としながら鈴那の視線から逃れようとしてしまうのだった。いつもの悪い癖が出てしまったと、雪乃は心の中でため息をついてしまう。

「雪乃、だめ。ほら、ちゃんとごあいさつしなさい」

「あぅぅ……」

 雪乃は兄に小さな体を掴まれて、つい、と鈴那の前に差し出されてしまう。雪乃の実兄……誠太郎は少しため息をつきながら、ちょっと厳しいかもしれないけれどもいい機会だと思い、あえてそうしたのだった。それは決して意地悪をしているわけではなく、雪乃の人見知り解消というショック療法に加えて、雪乃に同年代の仲の良いお友達を作ってあげたいという親心から。余談だけども、雪乃は諸々の細かい事情により、あまり同年代の友達がいないのだった。

「沖野鈴那なの〜」

 まさに元気いっぱい。真夏に咲くひまわりのように眩しく明るく、無邪気な笑顔だった。

「み、観月雪乃……です」

 雪乃はおどおどしながらも、勇気を振り絞って自己紹介。

「よろしくなの〜!」

 鈴那が突然抱きついてきた。嬉しそうな笑顔で。

「ひゃあっ!」

 当然の事ながら、雪乃はびっくりしてしまうのだった。今まで初対面でそんなことをしてくる人は初めてだったから。

「鈴那ちゃん、雪乃と仲良くしてあげてね」

「はぁいなの〜」

 穏やかに目を伏せて頷きながら喜ぶ誠太郎。口数の少ない寡黙な男だけど、妹の事を人一倍大切に思っている。

「あ、あぅぅ。あぅあぅ」

「ふにゃ〜ん。雪乃ちゃん〜」

 もはや本能。きっと、鈴那の前世は猫に違いないと雪乃は思う。そうして雪乃に抱き着いた鈴那が子猫のように頭をすりすりさせてくると。

「ひゃあぁっ!」

 雪乃はまたまたびっくりしてしまう。

「ふにゃ?」

 天真爛漫。悪気など一切無い鈴那と、それに翻弄される雪乃。

「あぅ……」

 鈴那と雪乃。二人は性格こそまるで違うけれど、とっても小さくて可愛らしい妹のようだと思う人がいる。

「ああ……可愛い。可愛いわねぇ」

「どっちが?」

 じゃれ合う二人を見て、はぁはぁと粗い息をつきながらじゅるりと舌なめずりをしている女性。その……美人だけど表情や仕草が色々な意味で非常に残念な女性こそ、誠太郎の婚約者であり、近い将来、雪乃の義理のお姉さんになるであろう人で、名はさつきといった。誠太郎兄の冷静な突っ込みに対して、さつきお姉さんの答えは決まっている。

「無論どっちも!」

 私もお友達になりたいっ! とか何とか、このお姉さんは心底思うのだった。何せ、小さくて可愛くてふにふにしてそうな娘が大好きなゆえに、義妹だけじゃなくそのお友達もこんなに可愛いなんてもう最高。とってもハイテンションに喜んでいる。

「雪乃ちゃんのリボン、可愛いの〜」

「あ、ありが……とう」

「ふにゃぅ〜」

「ひゃぅっ!」

 鈴那は抱き着き癖があるようで、しきりにスキンシップを求めてくる。雪乃はその度にびっくりしたように、困ったように悲鳴を上げてしまうのだった。

「本当によかった。雪乃に同年代のお友達ができたみたいで、俺も嬉しいよ」

 純粋な親心。

「うんうん。本当にね〜。じゅるり」

 不純(?)な心。

「ふにゃにゃ〜ん」

「あ、あ、あぅあぅあぅ……」

 穏やかな表情でうんうんと頷く誠太郎兄と、美味しそうなごちそうを見つけたように舌なめずりするさつきお姉さんだった。相変わらず鈴那に抱き着かれて困り果てている雪乃を無視して……。





…………





 ――雪乃は鈴那のことを可愛くて、どこか不思議なお友達、と強く感じた。その理由がわかったのは、実際に鈴那のお家に招かれてからのことだった。その日のことはもう、雪乃には忘れられない楽しい思い出。

「みゃ!」

「っ!?」

 鈴那が玄関を開けて中へと入ると、猫が鳴き声をあげながら近づいてきた。……正確には、猫みたいな感じの女の子。猫の耳と、なぜか二房の尻尾。そしてさらには両目の瞳の色が異なるオッドアイ。異様な光景に雪乃はただただ圧倒される。

「鞠にゃんただいまなの〜」

「鈴那おかえりなさいだみゃ〜。んみゃみゃ? どなただみゃ〜?」

 闖入者に気づき、首をかしげて大きな両目をぱちくりさせる猫娘。雪乃が絶句していると、鈴那がにっこりと笑顔で答えてくれた。

「雪乃ちゃんなの〜。鈴那のお友達なの〜」

「み、観月雪乃……です」

 もう何と言うか、それしか言葉が出てこない。

「そっかみゃ。あたしは鞠音だみゃ〜。猫又娘だみゃ」

「そ……そうなん、ですか」

 一瞬でわかった。この家は、鈴那の日常は、常識的な雪乃の理解を遥かに越えているのだと。雪乃にとってはくらくらするような異空間だった。だから雪乃は本能的に、鈴那の事を不思議な女の子、と感じ取っていたのかもしれない。

「よろしくだみゃ〜」

「よ、よろしく……です」

 だが、真に驚くのはその後の事。鞠音がリビングへと繋がるドアを開いたら突然大きな声。

「ふふふ。俺が花鈴小屋マスターみなるでぃ改である! ……ぐおっ!」

「っ!!」

 緑色の、丸と三角が複数組み合さった異形の物体(クリーチャーと言うべきか)を見て、当然のごとく驚く雪乃。同時に鞠音の拳が緑色の物体の顔面らしきところにめり込んでいた。

「のっけからうっさいみゃ。雪乃驚かせるんじゃないみゃ」

 喧嘩友達のおふざけに鉄槌を下すような感覚。

「ご主人様、ただいまなの〜」

 全然動じてない鈴那が笑顔でごあいさつ。

「あ、あぅ……」

 鈴那とは対照的に動じまくっている雪乃。正体不明の猫又娘に加えて緑色のクリーチャーが現れたのだから無理もない。

「あん? 何だ小娘。……っていうかあんた、観月さんちの妹さんの雪乃ちんじゃねーかってんだ、俺が花鈴小屋のご主人様だ。以後お見知りおきをだぜ、こんにゃろ」

「え? え? え?」

 どうしてこの人は私の事を知っているんだろうと雪乃は思った。それ以前に、そもそもこの人は……人、なのだろうか? 鈴那も鞠音も至極普通に接しているけれど、一体どういう人(?)なのだろうか? というよりも、鞠音も鞠音で猫又娘とは一体どういうことなのだろうか? 耳も尻尾も違和感がまるでなくて、そもそも作り物でもなさそうだし、演技をしているわけでもなさそうだし、夢でも見ているようだ。雪乃の頭をぐるぐるとハテナマークが果てしなく飛び交っていた。

「ふふふ。知っているに決まっておろう。何故ならば俺は貴様らの創造主。言わば、おとーさんなわけであるぜ! 尊敬して崇め奉り、お供え物を絶やさぬようになっ!」

「は、はあ……」

 雪乃が呆気にとられていると。

「ああ、こいつ馬鹿だから言うこととかあんまり気にすんじゃないみゃ。真に受けるだけ損だみゃ。本当に大ボラ吹き男なんだみゃ」

 鞠音が鋭い突っ込みを入れる。

「おい待てコラこのアホ猫。誰が馬鹿だ誰が! 返答によっては武力行使の用意があるぞ畜生め!」

「あんただみゃ! あんたの他に誰がいるんだみゃ! やんのかみゃ!」

「おぉう! 望むところじゃいボケ猫!」

「誰がボケ猫だみゃーーーーっ!」

「おめーーーだ! ええいこのっ! 気がつけば狭っこいところでいっつもコントみてぇな態勢で寝っ転がってやがるアホ猫ふぜいが! その無駄にある柔軟性を俺によこしやがれってんだこん畜生が!」

「みゃーーーーっ! 狭いとこが好きで悪いかみゃ! ダンボール箱の中で丸まって寝ちゃ悪いかみゃ! 猫だからしょうがないんだみゃーーーーっ! 放っておくみゃーーーーっ!」

「悪いに決まっておるだろがこるぁ! ダンボール箱は被るためにあるんじゃい! てめぇの使い方は邪道だっつーんじゃこのアホ猫!」

 余談だけども、毎度そんなところで鞠音が気持ち良さそうに寝ているのを鈴那が見つけては、決まって一緒に寄り添って寝てしまうのがお約束となっているのだった。猫同士が身を寄せ合って気持ちよく寝ている光景とまるで同じ。

「ふみゃーーーーーっ!」

「うおおおおおおおっ!」

 このようにして突如として正体不明の緑色のクリーチャーと、まったくもってミステリアスさを感じさせないオッドアイの猫又娘による取っ組み合いの喧嘩が勃発する。雪乃はただ、どつき合う二人を呆然と見守るだけだった。

「あ、ぅ……」

 当然の事ながら、耐性が全く無いため目の前で繰り広げられるドタバタ劇に困り果てる雪乃に対し、鈴那は止めるそぶりも見せず、相変わらずにこにこと楽しそうな笑顔で言った。

「ご主人様と鞠にゃん仲良しなの〜」

「そ、そうなの?」

「そうなの〜」

(れ、鈴那ちゃんってすっごくマイペース……)

 新しくできたお友達はやっぱり不思議。と、そんな風に思った時の事だった。

「あれ?」

「あ……」

 キッチンの方から新たな人影。エプロンを着用していて、鈴那や雪乃より一回りくらいは背の高い女の子が現れた。もっとも、鈴那も雪乃もとっても小さな娘達だから、それより一回り程度背が高いといってもやっぱり小柄になるのだろうけれども……。艶やかな黒髪を一本の三つ編みにしている女の子は、雪乃に向かってにこっと笑顔を見せながらごあいさつ。

「こんにちは。鈴那ちゃんのお友達?」

 濡れた手をタオルで拭きながら、そう聞いた。それに対して雪乃も答える。

「あ……はい。こ、こんにちは。……はい。み、観月雪乃、です。えっと……。鈴那ちゃんの、お友達……です」

 どぎまぎしている雪乃に、女の子はとっても穏やかで優しい眼差しを向ける。黒い髪も白い肌も整った顔立ちも、とっても日本的な美少女という感じで、ドキドキしてしまうほどきれいな人だなぁと雪乃は思った。同時に、その笑顔がどことなく見覚えがあるというか、鈴那と似た雰囲気があるなあ、とも。

「鈴那のおねえちゃんなの〜」

「はじめまして。鈴那ちゃんの姉の花鈴です。よろしくね」

 にっこりと笑顔の花鈴。ああ、やっぱりそうなんだ。姉妹だから似ているなぁと納得。でも、無邪気で元気いっぱいな鈴那と違ってとても落ち着いてる雰囲気で、きっとすっごく優しい人なんだろうなと雪乃は想像した。

「は、はじめまして」

 お姉ちゃんということで、雪乃は自分の将来の義姉……さつきのことを思い浮かべる。さつきはとても優しい人だけれども、時折すりすりとちょっと過剰気味なスキンシップを求めてきたり、雪乃の体の恥ずかしいところを触ったり、時折愛のあまり雪乃に大胆すぎる下着や服を着用するよういったりと、結構えっちなことをしてくるのが玉にキズだと思っていた。きっと鈴那ちゃんのお姉さんこと花鈴さんは、そういうことはしなさそう、と本能的に悟っていた。とっても母性的で、優しく包み込んでくれるような笑顔だと思ったから。そしてその予想はまったく正しいのだった。

「今、ケーキとお茶を持ってくるから。食べていってね」

「あ……は、はい」

 花鈴が笑顔のまま踵を返すと、同時にさりげなくふるるんと揺れる胸が目に入る。花鈴は全く気づいていないようだったけれど、雪乃はそんな気になる事実を目撃してしまった。花鈴は自分や鈴那と比較して、胸のサイズが遥かにと言うべきか圧倒的と言うべきか格段にと言うべきか次元が違うと言うべきか、とにかくもうグラビアアイドルの如くとっても大きくてふくよかなのだった。雪乃は何となく自分のぺったんこな胸に改めて触れてみて、羨ましいなあと素直に思った。けれど直後に、自分は何と失礼なことを考えているんだろうと思い、赤面してしまった。

(あぅ……。鈴那ちゃんのお姉さん、ごめんなさい。すごく失礼な事、考えちゃった)

 そんな時。

「ぐふぅ……。ま、まいった……」

「悪者をやっつけてきたみゃ!」

「あ。ご主人様と鞠にゃんなの〜」

 勝者鞠音。激闘の末に、関節技でご主人様をテクニカルノックアウトさせた鞠音が戻ってきた。ボールでも握るように、片手で緑色の頭を掴んで引きずりながら。





…………





「わぁ」

 花鈴が持ってきてくれた手作りのケーキはお世辞抜きでおいしくて、雪乃の口から感嘆の声が漏れる。作り方を教えて欲しいなぁと雪乃は心の底から思い、そんなに遠くない未来にその思いは実現することとなるのだけど、それはまた別のお話。

「すごいです」

 本当に素直な感想。鞠音と鈴那も雪乃に完全同意。

「花鈴は料理の達人なんだみゃ〜。何でも作っちゃうんだみゃ〜。魔法使いみたいだみゃ〜」

「おねえちゃんすごいの〜」

「ふふ。ありがと」

 雪乃は思う。この人達はみんなで一つ。優しくてほのぼのした気持ちにさせてくれる家族なんだな〜と。

「へっ。まあ、飯作りと掃除洗濯はまあまあだぜよ。夜の性欲処理がなっていねぇのは残念だがよ。折角でかい乳してるっつーのに」

 ボコボコにされていて尚相変わらず減らず口をたたくご主人様にため息をつく花鈴と。

「ご主人様……」

「アホ言ってんじゃないみゃ。また卍固め食らわされたいかみゃ?」

 鞠音がじっとりとした目で睨みつける。最近、とある達人に手ほどきを受けて打撃技以外にも色々と練習しているそうで、その成果は十分すぎるほど出ているようだ。鈴那達のご主人様はがくがくぶるぶると震えている。

「あ、あれはやめぃ!」

「ふにゃにゃ?」

 鞠音の言っている事がよくわかってない鈴那は相変わらずにこにこ笑ってる。何だかいつも楽しそうだねと、鈴那は誰からとなくよく言われるのだった。

「みゃっ。花鈴はお料理もすごいけど、ご覧の通りおっぱいもすごいんだみゃ〜」

「もう。何を言ってるのかな鞠ちゃん」

 悪戯っ子のような鞠音の一言に、困ったような花鈴。

「そ、そう……ですね。……あ」

 雪乃は生真面目に答えてしまう。が、答えてから失礼な事を言ってしまったと後悔。けれど花鈴は全然気にしていないようにくす、と笑った。

「そうなの〜。まんまるでぷるぷるのふにふになの〜」

「お風呂でぷかぷか浮いちゃうんだみゃ〜」

「そ、そうなんだ。すごいです……」

 二人の無邪気で子猫な娘がちょっぴり小悪魔化。

「ま、鞠ちゃん〜。鈴那ちゃんも何を言ってるのかな。恥ずかしいよぉ」

 本気で恥ずかしがってる花鈴。その仕草も受け答えも、すごく可愛らしい人だなぁと雪乃は思った。自分ももう少し成長したらそんな風になれるのだろうかと、ちょっと想像してみた。

「みゃ〜」

「……?」

 雪乃を見つめる鞠音が何かに気付いたようだ。何だかとても興味深そうで、花鈴が聞いてみると。

「鞠ちゃん、どうしたの?」

「雪乃とあたしは同じ髪形なんだみゃ」

 ああ、そういえば。と、みんなで納得。雪乃の髪形は栗色の髪をゴムとリボンでとめたポニーテール。鞠音も同じ。

「鈴那も髪のばしたらいいんじゃないかみゃ〜?」

 鞠音が言うと、花鈴も笑顔で同意。

「うん。いいと思うよ」

「ふにゃにゃ? そうなの?」

 言われて気になって、自分の髪に触れてみる鈴那。ちょっと真剣に、どうしようかなと考え中。ふと隣には雪乃の綺麗な髪。リボンもとっても可愛らしい。結局、自分の髪の長さよりもそっちの方が気になったようで注意が逸れる。

「雪乃ちゃん可愛いの〜」

「わっ」

 鈴那がぴょん、と抱き着く。この娘は事あるごとにそう。

「あ、ありがとう」

 雪乃はこのところやっと、鈴那に抱き着かれても慣れてきたのかもしれない。が、もう一人加わるとなると話は別だった。

「みゃ〜ん!」

「ひゃああああっ!」

 それはまさに人懐こい猫が突然飛びついて来たような衝撃。鈴那に加えて鞠音も雪乃に抱き着いてきて、雪乃はびっくりしてしまった。

「あ、あ、あぅ……あぅ」

「ふにゃ〜。雪乃ちゃん大丈夫なの〜。鞠にゃんは優しいの〜」

 鞠音の事を完全に信頼しきっている鈴那。

「そ、そう……なんだ」

「ちっ。俺には全然優しくねーがな」

「意地悪するからですよ……」

 花鈴がため息をつく。ご主人様は鞠音にいつもちょっかいを出したりいじめたりからかったりしているから無理もないく自業自得といえるだろう。基本的に鞠音は優しくしてくれる人にはほとんど無条件で懐いてしまうのだった。花鈴にも鈴那にも、そして鈴那の親友の雪乃にも。

「みゃ〜。雪乃あったかいみゃ〜。ふみゃふみゃ〜」

「あぅ、あぅぅ」

 二人にハグされて戸惑い恥じらう雪乃。見かねて花鈴が微笑みながら言うのだった。

「鈴那ちゃん、鞠ちゃん、雪乃ちゃんが恥ずかしがってるよ〜。離してあげて」

「ふにゃにゃ?」

 花鈴に言われて笑顔のまま首をかしげる鈴那と。

「そなのかみゃー?」

 鈴をちりんと鳴らしながら不思議そうに瞬きする鞠音。

「あぅ……。い、嫌じゃ……ないんです。けど、その……びっくりしちゃって……」

 おどおどする雪乃を見て、緑色の物体(こと、ご主人様もしくは館長)が口を開く。

「まあなんだ。あれだ。例えるならば人懐こい猫が抱き着いてきたようなもんだから、そんなに気にするでない」

「ふにゃにゃ」

「みゃんみゃん」

 何だか段々その通りのような気がしてきた雪乃だった。

「そ、そう……ですか」

「そだみゃ! 雪乃〜。お近づきの印だみゃ〜。あたしの耳と尻尾、触ってもいいみゃ〜」

「え……。あ、ありがとう……。いいの?」

「遠慮はいらないみゃ〜。どうぞだみゃ」

 鞠音も鈴那に負けず劣らず人懐こい性格のようだ。

「ふむ。では、遠慮なくおれがだな。……ぐお!」

 どさくさ紛れに触ろうとしたご主人様に必殺の裏拳を見舞う鞠音。ばちん、と痛そうな音。

「ぐおおおおお! は、鼻がああああっ!」

(鼻……あるんでしょうか?)

 のたうちまわるご主人様。のっぺらぼうのような起伏の無い顔面を見て、雪乃は素朴な疑問を抱いた。あえて口には出さなかったけれども。

「あんたには触らせないみゃ! さ、雪乃。どうぞだみゃ〜」

「は、はい」

 雪乃は恐る恐る触れてみる。大きくてふにふにぴょこぴょこ動く猫耳と、ふさふさした二房の尻尾。どうみてもそれは作り物ではない、本当のもの。正真正銘の猫娘なんだということを雪乃は理解した。

(か、可愛い……です)

 軽く触れただけなのに、雪乃は内心かなり感激していた。鞠音が自分の耳と尻尾を触らせるのは、心の底から本当に信頼した人達だけ。鈴那の友達だから間違いないと思ったのだ。

 と、そんなことをしていると、玄関のチャイムが鳴った。

「誰かな?」

 応対するために花鈴が立ち上がり、とてとてと玄関へと向かう。

「お客様なの〜」

 鈴那も後に続いて行った。しばらくすると……。

「……?」

「みゃ! 新奈みゃ〜!」

 気配を察したのか、鞠音が目を見開いて嬉しそうな声を上げる。

「こんにちは」

 花鈴と比較して十数センチくらいは背の高い、スラっとしたスタイルの美少女が入ってきた。目を引くのは、リボンで二房に分けられた金髪と、透き通るような白い肌と、そして見つめられると魅了させられてしまいそうな青い瞳。

「新奈お姉ちゃんなの〜」

「鈴那ちゃんこんにちは」

 早速とばかりに鈴那にじゃれ付かれて嬉しそうに笑顔。

「おう。何だ新奈くんじゃねーか。まぁ、こっちに来てかけたまえ」

「はい、館長。……あら?」

 いつも見慣れている緑色の謎物体の隣には見知らぬ姿。

「……あ、あの」

 何が何だかもう、よくわからなくなってきて困り果てていた雪乃に花鈴が丁寧に説明してくれる。

「私達のお友達の新奈ちゃんだよ。新奈ちゃん、この娘は鈴那ちゃんのお友達の雪乃ちゃん」

 新奈はにこっと笑顔を見せてご挨拶。

「初めまして。更志野新奈です」

「あ……。は、はじめまして。観月雪乃……です」

 雪乃に微笑みかける新奈。

(わあぁ。きれいな人だなぁ。お人形さんみたい)

 もう感心しきり。一瞬にして憧れてしまう。西洋のお伽話に出てきそうと思った。

「どうしたのかね、観月さんちの雪乃ちゃんよ。……さては、新奈くんに惚れたかね?」

 とっても鋭いご指摘に、雪乃はドキッとしてしまう。

「え!?」

「館長。雪乃ちゃんが困ってますよ」

「ふふ」

 花鈴も新奈もおかしそうに微笑んでいる。

「ふふふ。君も目の付け所が良いな。新奈くんはえらいべっぴんさんだろう? しかも仕事も優秀で要領が良くて何でもかんでもてきぱきこなしてくれるのさ。面倒くせぇ事務処理もうざってぇクレーム処理も投げ出してぇ雑用もやりたくもねぇ掃除だろうと何もかも。欲しいだろう? 欲しいかね? 欲しいと思っておるだろう? 欲しいだろうさ! だけどやらない! 何故ならば、新奈くんはおれのものだからだ!」

 堂々と言い切る、何を隠そうこの緑色の物体こそが、鈴那達にとってのご主人様かつ、新奈にとっての『館長』なのだから。もっとも、大体毎日仕事をしているのは新奈で、館長はサボったり昼寝したり極めて適当にやっていた。

「はぁ。また、そういう事を……」

 溜息をつく新奈。

「えっと。お二人は恋人同士……なんですか?」

 雪乃がさりげなく聞くと。

「違います。全く違いますからね、雪乃ちゃん」

 言葉と共にかぶりをふり、はっきりと断言する新奈。間違えようがないくらい力強く断言する。

「そうなんですか」

「うん。違うよね」

 花鈴も新奈に合わせてくれる。そして、館長はと言えば……。

「ぐお! 新奈くんにふられた! ががががーーーん!」

 と、喚いている。

「ああ、はいはい」

 まるで相手にしていない新奈。とても大人な対応だった。

「まったくわざとらしいリアクションだみゃ〜」

 じっとりとした目で呆れる鞠音。

「ふふ」

「ふにゃにゃ?」

 おかしそうに微笑む花鈴と、何だかよくわかってないのに楽しそうな鈴那。雪乃は思う。よく笑う姉妹だなぁ、と。

「ふ、ふふふ。ま、まあよい。そこのでかい乳の娘も最高だが、新奈くんも最高だぞ。ま、新奈くんは飯作りの腕はそれなりだがな。唯一の玉に傷といったところだな」

「放っておいてください……」

 はぁ、とため息を付く新奈と。

「ご主人様、そんなことありません。新奈ちゃんはお料理がとっても上手です」

 親友思いの花鈴がきちんと反論してくれる。それだけよく理解し合っている間柄なのだった。

「花鈴ちゃん、ありがとう。……そりゃ、花鈴ちゃんみたいにはできませんけどね。これでも少しは上手くなっていると思いますよ? まあ、館長は厳しいから、このように全然認めてくれませんけどね」

 もういいです、と苦笑している新奈。

「みゃ? そんなことないみゃ〜。こいつ、こないだのお昼に三杯くらいおかわりしてたんだみゃー。新奈のご飯を」

 目撃者は語る。館長の発言に大いなる矛盾有り、と。

「ま、まて。猫よ、それは違う。違うんだ。えーとだな、あ、あれだ。まずうまい飯もだ、腹が減っていればそれなりに美味く感じるというものでな……」

 全くもって説得力に欠ける反論だった。

「素直じゃない奴だみゃ〜」

「ぬぁんだと!」

 またまた喧嘩(?)っぽい感じの二人。何だか鈴那の周りには優しい人達が集っていっているみたいだ。

(楽しいな)

 雪乃は微笑みながら心底そう思った。

「ふにゃにゃ〜。雪乃ちゃんふにふになの〜」

「あ、あは。鈴那ちゃんくすぐったいよぉ」

 雪乃はもう、鈴那にじゃれ付かれてもびっくりしなくなっていた。きっと、鞠音に対しても同じようになれることだろう。

「しかしおめーら、同じ妹系なのに全然違うな」

「ふにゃにゃ?」

「そ、そう……ですか?」

 お互い顔を見合わせる鈴那と雪乃。確かに性格は正反対かもしれない。元気いっぱいでいっつもにこにこしている鈴那と、控えめで人見知りがちな雪乃。

「みゃぁ。確かに違うみゃ〜。ん〜? みゃ〜? んにゃ〜? そっかみゃ。わかったみゃ〜。鈴那はあたしと同じよ〜に子猫系だけど、雪乃は子犬系っぽい感じなんだみゃ〜」

 鞠音の評は妙な例えだけど正しいかもしれない。

「こ、子犬系……ですか?」

 そんなことを、それも初対面の相手に言われたのは初めてで、何と反応していいかわからず戸惑う雪乃。

「ほほう。それは面白い。おいそこの子犬系妹よ。……お手」

 悪乗りした館長が手を差し出す。

「え? あ、あぅ……」

 こうしなきゃいけないのかなと思い、律義に手を出してしまう雪乃。

「館長……。雪乃ちゃんに失礼ですよ」

「そうですよご主人様」

 極めて良識ある二人のお姉さんから注意を受ける館長だった。

「あ……。い、いいんです。自分でも……子犬系なのかなって、思ってますから。私のお兄ちゃん達にも、たまに言われてますし」

「そうなの〜?」

 鈴那がきょとんとした顔で聞く。

「うん……」

 雪乃は自分自身の姿……誰よりも大好きな人、いつもお兄ちゃんの背中を追いかけては、どこまでもとてとてと歩んで行く。そんなところを思い出していた。

「みゃ! 子犬と言えば、あたしは本物の子犬娘を知ってるんだみゃ。あいつは何故かいっつもわふわふ言ってるみゃ! あたしのニセモノみたいな変なやつなんだみゃ〜!」

 鞠音の一言に、みんなが耳を傾ける。どうやらみんなも鞠音が言っている『子犬娘』のことを知っているようだった。

「毬奈ちゃんのことだね? 鞠ちゃん」

「そうみゃ! 名前まで似せて紛らわしいったらありゃしないみゃ!」

 それは毬奈(まりな)と言う名のメイド服を着た子犬娘のことだけど、登場はまた別の機会を待つとしよう。そのうちどこかできっと現れる事だろうから。

「いっつもわふわふ言ってるって、おめーもいっつもみゃーみゃー言ってんだろが。人の事言えっか」

「あたしはあいつ程じゃないみゃ〜!」

「わふわふも可愛いの〜」

 そ、そんな娘までいるんだ……と、雪乃はここら辺界隈のあまりのカオスっぷりに驚くばかり。でも、何故かちょっと会ってみたい気がしてきた。一体どんな娘なんだろう、と。その思いもいずれまた、かなうことになる。

「それにしてもだみゃー。鈴那と雪乃はわかったんだけど、あたしは妹系じゃないのかみゃ〜?」

「おめーは、そうだな。妹だ……。確かに大分妹してる。元気で兄貴に突っ掛かってくるタイプのな。だがしかし、それ以上に猫だ! とにかく猫なんだおめーは!」

「ふみゃ! なんだみゃそれ! 確かに猫だけどなんなんだみゃそれ!」

 とたんに口論が始まるけれど、みんな微笑ましそうに見守る。

「私は鞠音ちゃんのことを妹のように思っていますよ?」

 新奈が言うと、花鈴も頷いて。

「ふふ。私もだよ〜。鞠ちゃん、私にお姉ちゃんになってって、言ってたもんね」

「言ったみゃ〜。花鈴優しいみゃ〜。新奈もだみゃ〜」

 鞠音は鈴那に花鈴という素敵な姉がいることを羨んで、自分のお姉さんにもなって欲しいとお願いしたことがあるのだった。もちろん花鈴の答えはOK。鈴那も勿論大歓迎。

「ほら二対一だみゃ! 多数決であたしの勝ちだみゃ!」

「うるせぇ知るか! 数の暴力じゃねーか! 何が民主主義じゃーーーーっ!」

 無駄に張り合う館長と鞠音だった。

「ふにゃにゃ」

 いつもどこでもにこにこ楽しそうな鈴那。と、そんな時。またもチャイムが鳴った。

「誰かな〜?」

 花鈴がぱたぱたとスリッパを鳴らせながら玄関へと向かうと。

「こんちゃーすっ」

「あは。美穂ちゃん〜」

 そこには花鈴の親友の美穂がいた。無造作に切られたショートカットと少し吊り上がり気味の目付き。勇ましくて腕っ節が強そうで、まさに男勝りといったところ。彼女を一目見て雪乃が思った事。それは、花鈴や新奈に感じた印象とは全く違う……。

(わ、わ……。格好いい……)

「みんなこんちはー。って、あら? 新奈ちゃんも来ていたんだ」

「うん。お邪魔してるよ」

 新奈は軽く手を上げてご挨拶。美穂という名の少女は、新奈とも交友関係があるようだった。綺麗なお姉さんが三人も……。雪乃はなんだかくらくらしてきてしまう。

「美穂だみゃーん!」

「美穂おねえちゃんなの〜!」

「や。子猫ちゃんなお二人さんこんちわ。今日も元気だね〜。って……あらあら?」

 美穂の視線が雪乃に注がれる。それを見て、花鈴が紹介してくれる。

「鈴那ちゃんのお友達の雪乃ちゃんだよ」

「は、初めまして。観月雪乃といいます……」

 挨拶はしっかりしないといけない。雪乃はそう思った。

「雪乃ちゃん初めまして。新沼美穂です」

「よ、よろしく……です……」

「ふーん」

 にこやかな表情で雪乃を見つめる美穂。とても興味深そうだ。

「あ、あぅ……」

 その視線に、ちょっと怯えたように縮こまってしまう雪乃。

「美穂ちゃんどうしたの?」

 花鈴が不思議そうに聞くと。

「か〜わい〜っ!」

「え? え? はう……っ!」

「いやもう。何というかこう、みんな可愛すぎでしょ。鈴那ちゃん、鞠音ちゃん、雪乃ちゃん。最っ高に可愛い妹が三人も〜ってな感じ?」

「あは」

「ふふ。本当にそうだよね」

 美穂の言葉に花鈴と新奈も完全同意。

「みゃ〜? あたしも妹系に入るのかみゃ?」

「勿論!」

 鞠音の疑問に美穂が力強く頷いた。

「うれしいみゃ!」

「ふにゃにゃ〜ん!」

「ひゃう! あ、あ、あぅあぅ……」

 何故か突然鈴那と鞠音に抱き着かれてしまう雪乃。

「へー。ほー。そっかそっかなるほどわかったぞ〜。雪乃ちゃんはと〜っても恥ずかしがり屋さんで、控えめな妹さんなんだね〜?」

「え? え? そ、そう……なのかな?」

「うんうん。元気いっぱいな鈴那ちゃんと鞠音ちゃんとは全然違うねー」

 戸惑う雪乃と、まとめに入っている美穂。どこかこう、この強引なノリは自分の義姉と似ているところがあるかもしれないと雪乃は思う。

「みゃっはっは〜。雪乃はおとなしい系妹なんだみゃ〜。ふみゃみゃみゃ〜」

「そ、そんなことは……。あぅぅぅ……」

 鞠音にすりすりすりよられて困惑する雪乃。それを見て鈴那もすりすりし始める。

「ふにゃぅ〜」

「はふ……」

 それはまさに、仲の良い子猫と子犬がじゃれあうような光景だった。

「か、可愛いすぎっ! あ〜んも〜たまらない……っ! 三人まとめてお持ち帰りしたい〜〜〜!」

「あぅぅぅ……」

「ふにゃ〜ん」

「みゃ〜ん」

 雪乃をはじめとした妹達三人を見ていて、心の底から可愛いと思って抱き着く美穂。花鈴と新奈も、どこまでも微笑ましそうに見守っている。

「ふにゃにゃ〜。お友達とお姉ちゃんがいっぱいなの〜」

 どこまでいってもとっても楽しそうな鈴那。

「ちっ。何だかガールズトークっぽくて、全然入り込む余地がねぇぜ」

 ソファーの肘掛けにほお杖をつきながら退屈そうな館長。気をきかせた花鈴が微笑みながら、空になったカップに紅茶を注いでくれた。





…………





「ふにゃにゃ」

 ちっちゃくて人懐こい子猫みたいに可愛くて、元気いっぱいでひらひらしたスカートがまくれてパンツが見えてしまってるのも気にせず走り回ってる。妹みたいな女の子だと、誰もが頷く。いっつも楽しそうににこにこと笑顔を振りまいて、みんなから可愛がられている。時折美穂などに頭を撫で撫でしてもらうと……。

「えへへへ〜」

 とっても嬉しそうな笑顔。

 何だかもう、鈴那と一緒にいると、それだけで幸せになっていくみたいと、親友の雪乃は思うのだった。

「おねえちゃ〜ん」

「あは」

 とっても甘えん坊で、優しいお姉ちゃんが大好きで。

「鞠にゃ〜ん」

「みゃ! 鈴那〜!」

 大親友の鞠音とは、子猫同士がじゃれあうように息がぴったり。

「鈴那、頑張るの〜」

 基本的に不器用でどじっ子で失敗ばっかりだけど、いつでもどんなことに対しても一生懸命で、何度失敗してもめげない努力家で。

「鈴那、いつかおねえちゃんみたいになりたいの〜」

 目標はやっぱりお姉ちゃん。包み込んでくれるような優しさに憧れて、いつかは自分もと思う。きらきらした瞳。純粋な心。鈴那はそんな、どこか守ってあげたくなるような娘。

「ふにゃにゃ」

 鈴那を見ていてご主人様は言う。

「まったく。本当におめーは猫みてーな娘だよな」

 それについては鞠音も完全同意。

「ほんとだみゃ。鈴那はあたしから見ても猫みたいなんだみゃ〜」

 猫娘鞠音のお墨付き。

「そうなの〜?」

 あんまり自覚がないのか、首を傾げて笑顔。

「鞠にゃん〜」

「んみゃみゃ〜。鈴那〜」

 ぽかぽかと暖かい日差しの中で、鈴那と鞠音がわしゃわしゃとじゃれついている。一人の少女の、笑顔に溢れた日常が今日もまた、続いていく。










おしまい













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