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#5 須川有里沙 -ArisaSugawa-
何の用事かは知らないけれど、本来呼ばれて嬉しかったはず。
「何よ。でれでれしちゃって」
なのに、彼を突き放すような態度になってしまうのは、どうしようもないことだった。それはもう、ずっと昔から変わらないこと。小さな頃から意地っ張りで、その度に彼を振り回してきた……。
「……は?」
何のことを云われているのか分からず、聞き返す彼。
「女の子に告白されて嬉しいんでしょ! それも、私なんかよりずっと可愛い娘に……」
云っていて虚しくなるけれど。それは事実であると彼女の中では断定されていた。
「お前。見てたのか?」
「み、見たくて見てたわけじゃないわよ!」
たまたま、だった。……それは、昨日のこと。
『あ。よしひとだ……』
放課後のこと。校舎の裏に、見慣れた背中を見つけた。
『よしひと〜。何やって……』
と、近寄って声をかけようかと思ったのだけど。
(あれ?)
彼の向かいには、下級生と見られる女の子がいて。
『私と、付き合ってくれませんか』
(……っ! な、な、なっ!)
恥ずかしさを押し殺して、思いっきり勇気を振り絞ったような。そんな台詞が耳に入ってきて、気付かれる前に慌てて校舎の影に隠れる。
『え?』
云われた方は云われた方で、鳩が豆鉄砲を食ったように呆然としてしまった。
(え、じゃないわよ! よしひとのバカ! 何照れちゃってんのよ! 何告白されてんのよ! もう、知らない!)
そして彼女は、その場に居続ける勇気が無くて、逃げ出すように駆けていった。
そんなことがあった。
「有里沙。お前……」
「何よっ!」
「お前。泣いてるのか?」
「な、泣いてなんていないわよっ!」
見苦しいまでに嘘と丸わかりの嘘。
「何よ。幸せそうな顔しちゃってさ」
ぽろぽろとビーズの粒のように光る涙がこぼれてきて、嗚咽がこみ上げてくるのに。
彼は……幼なじみの彼は、もう好きな人ができて、彼女ができて……。
「おい。待てよ」
「触らないでよ!」
「待てって云ってんだよ! 最後まで聞けよ!」
身体を背けようとして、肩を強引に掴まされて、振り向かされる。
「あ……」
自分が泣きじゃくっているのが、完全にばれてしまって……。
「バカ。俺はな。……俺はお前に、告りに来たんだよ!」
「……え」
「耳ん中かっぽじってよく聞けよ! 俺が一番好きなのはお前なの! だから、あの時……告白されたとき、断ったんだよ俺は!」
早とちりしてしまっていた彼女は、どういう顔をしたらいいか分からなくなってしまって、呆然としてしまった。
「……。知らないわよ。そんなの」
「てことは俺、振られたのか?」
「ば、ばかッ! ホントにもう知らないんだからッ!」
彼の告白を断るわけ無いのだから。そんなことも察してくれない彼のことを、心の中で罵った。『バカ』とか『鈍感』とか。
「おい。待てよ」
「ふーんだ。あたしが……あ、あんたなんかと付き合うわけ……ないでしょ!」
照れ隠しに背を向けて、歩いていく。
「何だそりゃ!」
勝手な女だなぁ、と彼は呆れながら彼も後を追って、捕まえて。
「俺と付き合えよ」
「……っ!」
こらえきれない想いを一気にぶちまけるようにして、彼に抱きついた。
「……嫌いよ。大嫌い。あんたなんて。好きなわけ……無いでしょ! 好きなわけ……好きな……わけ……う……ぅ……。好き……好き……好きよぉっ!」
涙がこぼれるのも構わずに思いっきり、ぎゅっと強く……彼の広い胸に顔を埋めて、甘えた。
「お前なぁ。好きか嫌いかはっきりしろよ。だいたいだな、抱きつきながら嫌いって云っても、説得力ないぞ」
「う……うるさい! 悪かったわね! あんたのことが好きでっ!」
もはや投げやりになっていた。
「悪くない悪くない。全然悪くないから。泣くなよ〜」
「うるさいうるさいうるさい! 嬉し泣きくらいさせなさいよバカっ!」
ずっと変わらない仲が変わったのは、その時から。
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