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#13 佐山千尋 -ChihiroSayama-
六畳一間という、ワンルームの部屋。そして、社会人一年目……会社員の男の一人暮らし。そんな条件だけで、部屋の惨状はある程度はイメージできてしまうものなのだが。
「きれいにしてるよね。相変わらず」
彼の部屋に来るたびいつも意外に思うのは、彼女である狭山千尋。大学二年生。
「そうか?」
折り畳み式のベッドを椅子代わりに腰掛けて、懐からタバコを一本取り出して、ライターで火をつける。
それはとても慣れた手つきで、日常そのものといった動作。
「ちょっとー」
「ん?」
「あたしの前でタバコ吸うなー!」
彼女にはその行為が不快に思えて。
「あー。何すんだこら」
素早くパっと取り上げたタバコ。それをじーっと見た後に、何を思ったのかいきなり吸ってみた。
「むー! んー! ……ん、んげほげほげほげっこほっ!」
案の定、思いっきりむせかえる。
「何やってんだ馬鹿っ!」
と、彼にタバコを取り上げられる。
「おいしくなーい」
とかなんとか、むせかえりながら云う。
「これの何がいいの? どこがいいの?」
涙目で彼を睨みながら、非難するように云う。
「何とかどことか云われてもな。習慣みたいなもんだし」
「こんなおいしくないもの、これ以上吸ったらダメっ」
と、叱るのだった。
「……。納税が趣味なんだよ」
「負け惜しみ!」
全くその通り。と、彼自身心の中で同意した。
「禁煙しなさい」
「……。努力はしてみる」
しかし、そう云って成功したためしなどない。
「もうキスしてあげないから」
「う……」
結構クリティカルヒットな一言だった。
「タバコ味のキスなんて、あたし嫌だからね!」
「ま、まあ、そんなこと云わずに」
と、彼が冗談で顔を近づけ、彼女にキスしようとすると。
「こらーーー! 泣くよ叫ぶよ! きゃああああー……って! たーーーすーーーけーーーてーーーって!」
「わ、わかったっ、冗談だから! ……っとに、タバコくらい勘弁しろよ。ストレスたまるんだよ。仕事やってるとさ」
「それでどんどんタバコ吸うから、余計ストレスの悪循環になるのよ」
「ぐさっとくることを云うな。図星すぎるぞ」
「だったら禁煙しなさい」
「……本数減らすよ」
と云って、減ったためしがない。
「じゃ、私も吸っちゃおうかな〜」
「それは勘弁」
自分はともかく、彼女の肺の心配はするのだった。
「禁煙しなさい。マジで」
信用ならんので、とことんまでに禁煙しろと繰り返す彼女だった。
「努力はする」
とか云われても、やはり信用できない。だから彼女はとどめの一言を放った。
「もうえっちしてあげないから」
「禁煙します。絶対」
彼は彼でポリシーの無い奴だった。
「ホントに?」
「本気だ」
結構本気のようだ。
「えらいえらい。それじゃあご褒美をあげましょう」
「飴かよ」
「おいしいよ〜」
大きな飴をもらって口の中に放り込む。もごもごとなめてみる。
「でね〜。上見て〜」
「上?」
彼女の指が天井を指しているので、それにつられて上を向く。相変わらず安っぽい木造の天井だ、なんて思いながら。
「んで、下見て」
「ああ」
そして、彼女の声がするほうに顔を向ける。彼女は彼より背が低いが、座るとさらに低くなる。
すると。
「……」
「へっへー」
小柄な彼女が彼の襟を掴み、寄り添うようにして笑う。
「お前なぁ」
してやったりな表情を見せる彼女。彼の顔をぐいっと引き寄せて、彼に飛び切りの『ご褒美』をプレゼントしたのだ。
「も一個プレゼント」
そして、再び『ご褒美』。今度はそのまま、彼の口に飴を入れる。
「まあでも。……禁煙も、いっか。金も貯まるし」
そういって、ボリボリと飴を噛む。
「あーーー。だめだよ噛んだらーーー!」
「いーじゃねぇか。飴は噛まなきゃ気が済まないんだよ」
「ちゃんと味わって食べなきゃダメーーー!」
狭い室内でひたすらじゃれ合う二人だった。
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