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#14 藤吉ひのえ -HinoeFujiyoshi-
新しい関係の始まりは、とても微笑ましいものだった。
「お前なぁ」
閑散とした公園のベンチにて、彼女の兎のように赤くなった瞳を見て、仕方のないやつだなぁというニュアンスを込めて彼は云った。
「はぁ……。こういうの苦手なら隠さずに云えよ」
涙目になった彼女……藤吉ひのえをどうにかこうにか連れて来た。その間の周りの視線がとてつもなく痛くて、彼は疲れ果ててため息をついた。
「だって……」
無造作に切られたショートヘアに、少しつり目気味の彼女。そして強気な性格。だから彼は『そのような映画』に誘ったのだけど。
「しかしまぁ。お前がねぇ。……あーいうの全然大丈夫だと思ってたからなぁ」
「……云えるわけ、ないじゃないか」
そういうイメージが定着してしまっていたからこそ、云えなかった。……今更、ホラー系の映画が苦手だなんて。
「お前は私を、女の子として見ていないだろ?」
少しうつむいて、抗議するように云うけれど。
「うん」
彼はあっさり頷いた。逆に、それだけ親しい仲とも云えるのだったが。
「ひどい」
彼女にはそう思えた。けれど同時に、普段の行動や言動を考えると無理もないことかもしれない、とも思った。
「仕方ないだろう」
中学の頃に知り合って数年。同じ高校に進むことになって、友人としての関係を続けてきた。
「仕方なくない」
子供の喧嘩のように云い返す。彼女は彼のことが好きだった。……けれど、その逆はどうであるか不明だった。
「そもそも。ホラー映画が苦手だったら、何で来るなんて云ったんだ?」
「そ……れは」
彼と一緒にいたかったから。もちろんそんなことも云えるわけが無くて、口ごもる。一緒に映画を観に行かないか、と誘われた時はとてもうれしかったから。
彼らの関係は、単なる友人同士に過ぎなくて、もし断ったりしたら彼が自分から離れて行ってしまうような気がしたから。
「お前のことが。……好き、だから……」
「え?」
それは愚痴のように、消え入るような声でつぶやくように云うけれど、風の音にかき消されて、彼には届かなかった。
(聞こえなくて、よかった)
つい口に出してしまったけれど、聞こえていたらとてつもなく気まずい雰囲気になっていただろうから。
「じゃあさ。何か食って行かないか?」
「……?」
「向こうにある茶店で、甘いものでもどうだ、って云ってんだよ。お詫び代わりによ」
「……。行く」
それを聞いて、少しだけ嬉しくなって……。
「お前。実は甘いもの好き?」
「当たり前だ。大好きだ」
私だって女の子なんだからな、と後に付け加えるのを忘れない。
「意外だ。お前のことだからてっきり、激辛パフェとか好きそうなイメージが……」
「そんなもん食えるかっ!」
やっぱり彼は彼女のことを女の子として見ていない。……と、思いきや。
「お前。結構可愛いところあんのな。怒った顔とか」
「う、うるさい!」
可愛いと云われて恥ずかしくて、それを誤魔化すようにぷーっと頬をふくらませて怒る彼女。そんな様がとても子供っぽくて可愛いことに気付くはずもなかった。
「あとなー。一つ云っておくが」
赤面する彼女に追い打ちをかけるように。
「お前のこと好きだぞ。……俺も、な」
「え……?」
実は、さっきの言葉はしっかり聞こえていたのだった。聞こえないふりをしていただけの彼は、にっこりと意地悪に笑う。
「聞こえてんだよ。はっきりとな」
「なっ……、なっなっ……! 何……でッ!」
動揺する彼女に背中を見せて、歩き始める彼。
「ほれ行くぞ。行かないのか?」
「行くに決まってるだろ!」
何か面白くないから、こいつのおごりで食いまくってやる、と彼女は心の中で誓った。
二人の新しい関係。それは、その後食べたパフェのように甘いものだった……。
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