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#2 山口香奈里 -KanariYamaguchi-



「ねぇ君。誰かと待ち合わせ中?」
 突然、背後から軽い調子で話しかけて来た男がいた。
「え……」
 一瞬キョトンとしてしまったけど『これってもしかして、ナンパ?』と、香奈里は思って振り返ってみた。すると、そこには。
「なーんてね。おまたせっ」
 彼女がずっと待っていた人物がいた。
「木村君……。びっくりしたよぉ」
 おちゃらけた彼の様子がとてもおかしくて、少しぷっと吹き出しながら云った。
「はは。待った?」
「ううん。来たばかり、だよ」
 つまり、全然待ってないよ、と云ったのだけど。
「あははは。香奈里ちゃんったら、嘘付いちゃダメだよ〜」
「何で笑うの〜」
 くすくす笑われて、恥ずかしそうに頬を赤らめる彼女。
「まだ待ち合わせの四十分も前だよ」
「そ、そうだけどぉ」
 今は待ち合わせ時間の四十分以上も前。そして彼女がここに来たのはその更に十五分も前。
「遅れちゃダメだって思って、ちょっと早く来すぎちゃった……」
 律義な彼女らしいな、と思って彼はまた笑ったのだが、彼女がこんな早く来るのはお見通しだった。
(実は香奈里ちゃんの友達が、彼女に内緒で教えてくれてたりして。『あの娘はいつも、待ち合わせの一時間くらい前に来てるから。早めに行ってあげて』ってね)
 そして。真面目な彼女に対して、彼は。
「でも。待たせちゃって、ごめんね」
 お詫びに、何か一つお願い事聞いてあげるよ。と、云った。
 時間前だし、謝られる事ではないのだけど、彼女は一つだけ……聞いて欲しい事があって。我が儘と分かっていながら、云った。
「え……。じ、じゃあ……」
 腕、組んでも……いい? と、彼女はもじもじしながら消え入りそうな声で呟いた。
「うん。いいよ」
 と、いいつつ彼もどこか恥ずかしそうにほほ笑んで、彼女の腕を優しく掴んで組ませた。
 ……付き合いはじめて間もない二人には、そんなことでも一大事なのだった。



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