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#8 海江田公代 -KimiyoKaieda-



「にゃー」
 ……子猫の鳴き声が聞こえる。
「にゃ〜ん」
 それも、耳元。至近距離にいるような、呼吸の音すら聞こえる感じで。
「にゃお〜ん」
 どうして、こんなところに猫がいるんだろう。と、まだ夢の中にいる彼は微かに思った。
「ふーっ!」
 やがて、のんびりとした鳴き声が、威嚇の声に変わる。
「ふみゃにゃぁあーーーんっ!」
 まさか、自分の部屋の中に入って来て他の猫と喧嘩をはじめたのか!? などと思って一気に目を覚ます。と……。
「公代……」
「にゃはは〜ん。起きたぁ〜?」
 そこには紺色のブレザーを着た女の子、海江田公代がいた。彼は思った。こいつは前世が猫であり、なおかつ今回も猫に生まれるところ、神様の気まぐれで人に生まれてしまったのだろう。と。
 彼女の特技は猫の鳴き真似であり、それはもう本物のように上手いのだった。
「朝っぱらから騒々しいやっちゃな」
「だって〜。なかなか起きないんだもん〜。遅刻しちゃうよぅ〜」
 小さくて、子供っぽくて、短い髪がとても良く似合う彼女。彼は三年生で彼女は一年生。……ただし、前者は高校三年生であり、後者は中学一年生なのだった。
「今日は試験休みなんだけどな」
「えー。そうなのー?」
 たまたま彼の両親の知り合いが隣に引っ越してきて、その娘……公代に勉強を教えてあげたり遊んであげたりしているうちに仲良くなっていき……。
(相変わらずガキっぽいヤツだ。……っていうか、ガキそのものか)
「いいなぁー。うらやましいよぉー」
(こいつとの関係を誰かに知られたら、確実に云われるだろうなぁ。『このロリコン野郎!』とか『犯罪者!』とか)
 向かいの部屋にいて、猫のように屋根を歩いてやってきた彼女。二人は数ヶ月前から付き合っているのだった。……もちろん、誰にもそのことは話していないけれど。
「そういうわけだから、寝る」
「んにゃー!」
 ごろんとベッドに寝転がる彼にぎゅーっと抱きついて。
「つまんないー。一緒に学校行こうよぅー!」
 ゆさゆさと揺らす。
「あのな。休みなのに何で行かなきゃいけないんだよ」
「うー。だってぇー。一人で登校するの、つまんないもん」
 学校の方向が同じだから、よく一緒に登校しているのだった。
「無茶云うんじゃありません。……帰ってきたらちゃんと相手してやっからさ。遅刻するぞ」
「うーん。わかったー」
 かなり残念そうにしながらも、そして鞄を持って……。
「でも、その前にぃ〜」
「ん?」
 彼女は目を閉じて、唇を突き出して。
「やれやれ」
「ん〜ん」
 小さな彼女の唇に、ふっと触れるだけの軽いキスをした。
「甘えん坊だな。公代は」
「ん〜にゅ〜。……だってぇ、好きなんだもん〜」
 キスしてもらって、とっても嬉しそうに微笑んで……。
「じゃ、行ってきま〜す」
「おう」
 子猫のような女の子は、窓の外へと出て行った。
(まあ、キスくらいなら……な)
 急ぐことはないし、つもりもない。周りが二人の関係を知って、どう思うか、何を云うか。そんなことは、どうだっていい。
 ただ、可愛くて純粋な彼女と、一緒にいたいから。だから、関係を持った。……ただそれだけでいいと、彼も彼女も思ったのだから。
(帰ってきたら……甘えさせてやろうかな)
 子猫のようにじゃれつく彼女を想像して、自然と笑みがこぼれるのだった。



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