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#3 村瀬観子 -MikoMurase-



 休日の商店街は人込みで溢れていた。
そしてその中には、どこにでもいるような男女のカップルがいるわけで。例えば……『彼ら』は今、楽しくおしゃべりをしながらウィンドウショッピング中。
「ねえ、ゆーとぉ」
「んー?」
「わたし。髪、伸ばそうかなぁ」
 ショートの髪を弄びながら、彼女は云った。
「観子。いきなりどしたん?」
「髪形変えようかなーって思って」
 観子と呼ばれた彼女は村瀬という姓。対して『ゆーとぉ』と呼ばれた男は野崎という姓。フルネームは野崎由宇人。
 百八十センチを越す長身の彼と、百五十センチ程度の小柄な彼女。とても身長差のある、いわゆる凸凹カップルだった。
「そぉか。また男にフられでもしたか。かわいそうになぁ」
 髪型を変える……イコール髪を切る……更にイコール失恋と勝手に決めつけ、傷ついた彼女に同情しようとした。
「バカぁッ! そんなわけあるわけないでしょ!」
「そりゃそーだ」
 彼女の彼氏とは他でもない。目の前にいる彼自身のことなのだから。
「癖毛が目立って嫌なのよ」
「うんうん。確かにな。観子の髪は猫のよーに癖ありまくりだよな」
 そして彼は長身を生かして、上からわしゃわしゃと彼女の髪を左手でいじくり回した。とても楽しそうに、面白そうに。
「ううう。やめてよゆーとぉ。あんたがふざけていっっっつもそーいうことするから! だから嫌なのよぉ」
 逆に観子の方は子供のように扱われて、面白いわけがない。
「はっはっは。んで、本気で髪型変えるのか? そんなに癖毛なの嫌なん?」
「本気よ! 嫌いに決まってるでしょ。こんな髪。……伸ばせば少しは巻き返し効くから。もしかしたら余計に目立つかもだけど、さ」
 それもあまり効果が無さそうではあるけれど。
「そっか。残念だなぁ」
「何がよ!」
 彼はくすくす笑ってから、急に寂しそうな表情になって、云った。
「俺。お前の癖毛、すっげぇ大好きなんだけどなー。今の髪型も可愛くて、似合ってるし」
 出会った頃から、と彼は付け加えた。
「え……」
 それは、ずーっと大嫌いだった自分の髪が、嫌いではなくなった瞬間だった。



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