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-Epilogue-




















違和感がつきまとう。




「……あれ」




何も変わらない、いつもの朝なのに。




少し風邪にも似たような、頭が重い感じがあった。




(いや、違うな……)




どこかに何かを忘れてきたような……




(何だっけ?)




そんな、もどかしい感覚があった










「ふぁ……」
 春も真っ盛り。暖かく、適度に涼しい日に、彼は目覚めた。
(あれ?)
 空を眺めてみると、雲が僅かに見えた。
(何だろう。……何か、忘れ物をしたような。そんな気がする)
 昼食の用意をしなければ、とは思うのだけれども、少しだけベランダに出てぼけーっと空を眺めていた。
(いつから、だっけな。こんな感じになっちまったのは)
 何もやる気が起きない。……だから、食事は簡単なものですませよう、という事になった。
「って。何で俺はこんなに買い溜めするかな」
 戸棚の中に、びっしりと詰まっているインスタント食品。日露食品コップヌードル。
「俺。これ、こんなに好きだったかなぁ」
 どうでもいいやと思いつつも、一つ取ってバリッと封を開け、お湯を沸かしにキッチンへと向かう。










いつもと何も変わりはしない。




のんべんだらりと過ぎていく時間。




その間にも、春はあっという間に過ぎていく。










「ミナ。ミナったら。聞こえてるの?」
「……あ、うん。何?」
 さくらに、天界に戻れと云いに来たのは、彼女。
「何、じゃないわよ。さっきから何度も呼んでるのに。ぼけーっとしちゃって」
「ちょっと、ね」
 笑って誤魔化すさくら。彼女の様子がおかしいと思ったのは、気のせいでもなんでもなかった。
「あんた。やっぱり……」
「何でもないわよ」
 嘘……。と、云いはしなかったものの、彼女にはわかっていた。
 天界に戻ってきて、さくらは中級天使への一歩を踏み出していた。喜んで良いことなのに、彼女にとってさくらに元気が無いことが気がかりだった。
「先生が呼んでるわよ」
「そ。……わかった。後で行くよ」
 どうにかしないといけない、と、頭ではわかってはいるけれど……。でも、どうにもできはしないということもわかっていた。これはもはや、本人の問題なのだから。

…………

「ねー。先生ー」
「あ〜? 何だ」
 先生と呼ばれたのは天使らしからぬ、不良のような男。くわえタバコにつり上がった瞳。彼こそがさくらの担当教官であり、師匠だった。
 さくらの才能を見抜き、徹底的に戦闘能力を鍛え上げて開花させた張本人だった。
「天使の使命ってさ。人を幸せにするだけなのかな〜。天使自身は幸せになったりしちゃいけないのかな」
「むぅ……。難しい事を云うな。お前にしては珍しく」
 不良そうでいて、案外面倒見は良くて人望のある男だった。
「あたしの幸せは、あいつと居ることなのに。あいつは、あたしと居ることが幸せだって云ってくれたってのに。あたし、あそこに居て、あいつを幸せにできたのかな……」
「……」
「みんなの天使じゃなくていいしー。世界がダメになったっていいしー。あたしは、あいつだけを幸せにできる天使でいられるなら、他は何もいらない……のになぁ……」
 そしてさくらはうつむいて、自分の羽を右手で掴み……二本、三本とむしった。白い羽がふわりと空気中に散乱していき、雪のように消えていく。
「おい、やめんかバカタレ」
 ぽかっとさくらのおでこを軽くこづく。
「……。ごめんなさい」
 普段なら『いったぁ〜い! あにすんのよぉせんせぇっ!』とか、涙目になって突っかかってくるはずなのに、それもしない。静かにうつむきながらつぶやいた。
「ったぁく。少し休め。疲れてんだよ、おめーはよ。普段つかわねー脳みそ使ったりすっから」
「……はい」
 そしてさくらは出て行った。
「……ったぁく。しゃあねえなぁ。あれじゃあいつまるで、ふつーの可愛い女の子みてーじゃねぇかよ。柄じゃねぇだろうによ」
 元気だけが取り柄のあいつから元気取ったら何が残るんだよ、とか彼は思っていた。それじゃあまるで、出涸らしのまじぃ緑茶じゃねーか、とも。
 どうにかしてやりたいと、強く思った。
(っつーても、上の連中がそうそう認めるわきゃねぇんだがな)
 事実、彼はさくらの言葉に反論できなかったのだから。
 それでも。
(どーにかしてやりてぇが。さて……どーしたものやらなぁ)
 一人二人、そういう風に考える天使がいてもいいんじゃねーか、という考えをどこかに持っていた。
 それほど偉くもなく、地位も高くなく、むしろ頭の固い先生方には白い目で見られがち。さくらの師匠とはそんな人だった。
(まぁ……。時間はかかるだろうが、どうにかしたるわ。……そン代わり、な)
 くわえたタバコにシュボッと火を点けて吸い込み、やれやれという感情と共にふうっと息を吐く。
「二度と戻ってくんな。アホ娘」
 さくらを破天荒な娘に育てたのは、彼なのだから。始末をつけるのは義務ってものだろう。
「……てめえの惚れた男から、二度と離れんなよ」
 父親代わりの最後の大仕事だな、と思ったのだった。










時は更に過ぎ




春を越え




心地よい初夏の頃を越え




灼熱の夏を越え




そして再び、秋になり……。










 毎年のごとく、年末に行われる同人誌即売会。通称、フユコミ。彼らは一般参加者の列に並んでいた。
「さぶい……」
 気温は明らかに低い。朝を過ぎても一向に上がる気配などない。
「冬とはそういうもんだ」
 達観しきった友人に、悟は食いつくように云う。
「どうにかしろ」
「どうにもならんから冬なのだ」
 やはり、どこか達観している友人だった。彼とは大学のゼミで知り合った仲だ。……互いにそんなやりとりをしながら、ひたすら長い列へと並ぶ。
「で。今回、どこから廻るんだ? 大手狙い? 企業? コスプレ?」
「やおい系。ボーイズラブ、かな」
「お前……。そういう趣味あったの?」
 意外すぎるジャンルに、友人は少し驚いたようだ。
「いや。そういうわけじゃないんだが……」
 誰かに買ってくれと頼まれたものがある、と嘘かもしれない真実を伝える。
(……。確か、誰かそーいうの欲しいと云ってたんだよな。誰かが)
 厚い雲に覆われ、陰鬱なグレーカラーの空を見て、ふと思った。
(誰だっけ……?)
 今にも雪が降ってきそうな、そんな雰囲気の中、時計の針はやっと午前八時を指していった。
(思い出せねーや)










そんなとき……彼らの頭上に……










「あぁー。ついに降ってきちまったか。せめて開場まではもってほしかったんだが」
 空を見上げると、羽のように舞う雪。真っ白な雪が、グレーがかった雲の中から落ちてきた。
「さぶい……。更にさぶいぞ。どうしようもなくさぶいぞ」
「冬とはそういうもんだ。更に、雪も降ってきちったしな」
 達観しきった友人に、悟はまたも食いつくように云う。
「どうにかしろ」
「どうにもならんから冬だとゆうとるがな」
 恐らく、どうにかできたらどうにかしているのだろう。
(雪、か……)
 デジャヴ、というのだろうか。どこかで、同じような感覚を受けたような、そんな気がして、少しセンチな気分になった。
「サークル参加しろよおい。売り子なら手伝ってやっから」
 サークル参加のチケットがあれば並ばずに入れるから。
「落ちた」
「……」
 それは、とっても悲しい事実。
 とにかくも、時計の針が進むのがとても遅く感じられるのだった。










凍えそうな寒さの中。









雪はひたすら降り続け










 突如、周囲がざわついた。
「悟ーーー!」
「……?」
 どこかで誰かが呼んでいた。
「おい。呼んだか?」
「いや、俺じゃない!」
「てことは、別人?」
 問い返したのだが、それどころではなかったようだ。
「ちゃうって! 悟! 上! 上! 上見ろよっ!」
「はぁ?」
 未だに気付いていない悟に対して、友人が空を指さして。
「あそこだよあそこ! ひ、人が空から降りてきたっ!」
「はぁ? 何あり得ないこと云って。あ……」
 あり得ない風景が、そこにはあった。










翼のイメージ。









白い服も相まって……。










「お……前は……!」
「悟ーーー! 戻ってきたぞぉーーー!」
 そこには、女の子がいた。大きな翼を生やした、可愛らしい天使がいた。
 そうだった。確か……昨年の今頃、こんなヤツが側にいたはずだった。どうして忘れてしまっていたのだろうかと、疑問に思うことすら許さず、彼女は近付いてきた。
 そうだ。あいつの名は……。
「七……! 七……瀬……っ!」
 記憶の片隅から掘り出された名前が自然と浮かんできた。
「そっ! 思い出したかーーー?」
 久しぶりにその名前で呼ばれてとても嬉しいのか、満面の笑顔。抱きしめてもらうために、ゆっくりと降臨。三つに分けた長い髪が風に舞って揺れる。
(七瀬……。七瀬、えーと。……七瀬、なんだっけ? お、思い出せねぇ!)
 だけど、悟は下の名前を思い出せなかった。記憶が戻るのに、幾ばくかの時間を要してしまっていたのだから。
「……お前の名は、七瀬! ……ななせ! えっと……。ななせ……えーとえーと、な、七瀬うめ、さんっ! ……だったっけ? 合ってるよなぁっ? いいんだよなっ!?」
 確か名前は、木の名だったか花の名だったか、と思って当てずっぽうに答えを吐き出した。
「……ッ! ちッがぅわあああああああぼけぇぇっぇぇっ! あたしゃどっかの八十八歳くらいのばーちゃんかああああああっ!!!!」
 それに対する七瀬うめ(仮)さんの反応は一目瞭然。感動の再会シーンで名前を間違われて、可愛い笑顔が一転して激怒の表情。でもって、何故か八十八歳くらいのおばあさんとかいう変な例。
「え? あ、あれ、違ったかな? 正しいと思ったんだけど。……えと、七瀬……えーとうーとあーと……七瀬、ななせ……っと、ざ、ざくろだろお前の名はっ! 通称ナナザクっ! 七瀬ざくろだっ!」
「ぶ。ぶち殺す! 誰が一つ目のマシンくぁーーーーーッ! 悟てめーーーーこのやろ覚悟しやがれくぉらあああああああああっ!!!! 親愛なるあたしの名を本気で忘れやがったくぁーーーーっ!」
 白い下着が完全に見えるのも気にせずに、思いっきり蹴りの体勢! だが……。
「むぅっ! か、回避っ! とあっ!」
「ぬあっ!」
 悟の顔面にゲシッと一発蹴りが入るはずが、避けられて……。そしてそのままお尻から、ぷにょっと……。
「こ、のッ! この……このッすけべやろおおおおおおオッ! 避けんじゃねえええええええっ! てめぇこの何考えてんだこのド変態があッ! どこに顔埋めてやがるくぁーーーーーーー!」
「むぐぐぐっ! て、てめーから……もがもが、もががっ! や、やってきて……な、何逆切れしてやがんだァッ! このどアホ! 避けるに決まってんだろがあああああああああっ!」
 哀れ。攻撃失敗したさくらは、股間で悟の顔をかにばさみ状態に。
「ええいやかましいうるせぇだまれこのばかあほどじまぬけとんまおめーのかーちゃんでべそやろぉっ! いいから離せーーーーーーーーっ! せくはらせくはらせくはらすけべやろおおおおおおおっ! 訴えたるぞおおおおおっ!」
 とか云っておきながら、ぎゅーっと締め付けて離さないさくら。それどころか、更に締め付けを強めていき。
「うっがああああああああっ! 離さねってぇのならてめあたしの股間で窒息死させっぞおおおおおおおっ!」
「むががががががががっ! むがーーーーむがーーーーむががががーーーーっ!」
「きーーーーーーーーーーーっ! なにあたしの清潔おま○こに顔埋めてきもちよさそーに匂いかいでかいでかぎまくってんじゃこの女のおま○こ好きの腐れど変態畜生野郎があああああああっ! いい加減にしねーとてめー素っ裸にして麻縄で縛っててめーーーのち○げぼーーーぼーーーのどち○ことしわしわキン○マもまるだしにしてあそこのビルの屋上からごーかいに吊り下げっぞおおおおおおっ!」
 ……公衆の面前で、放送禁止用語をマシンガンのように連発する彼女。周りに大勢の人がいることなど、完全に忘れている。
「ぶはっ! うるせぇおおばかやろぉっ! そーーいうんは全部こっちの台詞だこの抜け作ナナサクさくらっ! てめーーーこそシミがついていそーなきたねーパンツなんか俺の顔にになすりつけてんじゃねええっ! 屁ェッぶッこくんじゃねーぞコラッ!!」
 それに対し、強引にふりほどいてぽいっと捨てる悟。
「うるせぇ誰がナナサクだコラぁぁぁっ! それに誰がパンツにシミなんかつけッかこのどあほがあああああああああっ! 屁なんかこくかあああああっ!」
 翼の反動で体勢を整えてズガッという爆音を立て、着地するさくら。怒りの波動はそのままに、足下のアスファルトを思いっきり破壊するのだった。
 それはあたかも、月面に存在するクレーターのように……。
「さくら! 相変わらずなてめぇの腐った逆切れ根性を叩き直してくれる! そこになおれやコラ!」
「あァ? やったろーーじゃねーか! 喧嘩ならいっぺんでもじゅっぺんでも買ってやらぁ!! こんかい!」
 そして、公衆の面前でげしげしとどつきあいが始まるのだった。
「……っんがっ。ぬぐんぐっ! は、はとる。ほーいえば、ナナはクっててめーッ! あたひの名前おもいだひてくれはんよねぃッ?」
「むぐぐぐ! ったりめぇだ! 貴様みてぇなハットトリック級のアホは他にいねぇ! 忘れよーとしても思い出してやるわいッ!」
 互いに互いのほっぺたを引っ張り合いながら、感動の再会……。それこそ、あり得ないシチュエーションだった。
「っとに。てめーの安産型なでっけーケツでヒップアタックくらって殺られるところだったぜ」
 ケツでヒップアタック……意味が重複しているけれど、さくらはそんな細かいこと気にしてはいなかった。
「大丈夫だ! あんたが死んだらあたしが天国に連れて行ってあげるわよ!」
「間違いなく地獄経由になりそだな。……いや、違うか。天国に連れて行ってから改めて地獄の底に叩き落とす、か?」
 うんうんと頷く。
「そしたら蜘蛛の糸で引き上げてあげるわよ」
「んでよー。天国に登り切る直前で切るんだろ? にっこり笑ってチョッキン、ってよぉ」
「わかってんじゃん!」
 えっへんと抜かすさくら。何故かとても嬉しそうに。
「よく云うじゃない。獅子は我が子を谷底に突き落として、はい上がってきたものだけを育てるって」
「何度はい上がろうとしても最後の最後で邪魔されそうだな」
 それはもう、楽しんでいるかのように。
「あんた、あたしのことを何だと思ってんのよッ!」
「天使の顔した悪魔だぼけッ!」
「あたしは天使だあああああああっ!!!! みとめねーとこーーーーーだぞおおおっ!」
 そしてさくらは上空にジャンプして、死神が持っているような巨大な鎌をどっからともなく出して、構える。
「アホ! だからおめーは天使なんて思われねーんだよこのボケっ!」
 それは、天使な女と人間野郎の痴話喧嘩。










ふと、我にかえってみると。










「……あ」
「……あ」
 大勢の人がいるのに、いるはずなのに……何故かシーンと静まりかえった周囲。みんなの視線は云うまでもなく二人に集中し、例外なく呆気にとられていた。
「お、おい悟……。その娘……」
 一緒にいた友人も例外ではなかった。
「あ……。えっとな、これはだな。その……」
 悟が友人に対して苦しい言い訳をしようとしていた頃。さくらの周りには人が集まってきていて。
「このコス、すごいリアルっすねー」
「触ってもいいですか?」
「写真とっても……」
 デジタルカメラやカメラ付き携帯電話を構えた人々に対し。
「じゃかあしい! コスプレじゃねーぞ! 離れんかい! 近寄ンなッ!」
「ぐおっ!」
「ぐはっ!」
「ごふっ!」
 びしびしと羽を振り回して邪魔者共を吹っ飛ばすさくら。
「ふんっ!」
 やがて人々は、彼女が紛いものではなく、本物の天使だと気付かれはじめ……。
「お、おいさくら!」
「……もしかして、やばい? 正体ばれちゃう?」
「やばい! 正体ばれる! ごまかせ!」
 ここにおいてやっと、やばい事態に気付いたのだった。
「あ、あー。あははー。あは、あは、あは……。えーと、あーと、うーと。これはですねぇ、皆さん……」
 既にさくらと悟の周りには人だかりができていて、人々はざわめきはじめていた。空から本物の天使が降りてきた、とか囁き合っている。
「は、はやくどうにかしろぉっ!」
「わ、わかってるわよっ! えっと……て、天地神明……暴風雪警報発令!」
 両手を空にかざし、なにやらよくわからない魔法(?)を使ったさくら。その瞬間、彼女を中心に光が輝き……。
「ど、どうなるんだッ?」
「見てりゃわかるっ! とにかくこっから脱出すっぞ!」
「どわぁっ!」
 いきなり、ドカッと雪の固まりが降ってきた。
「どわああああっ! な、な、何だ何だ何だああああっ!」










 その瞬間。辺りは人々の悲鳴に満たされた。









さくらは数メートル単位の雪を、一気に降らせたのだった。










「ほっほーい。綺麗だねぇー」
「お前なぁ……」
 悟と一緒に逆三角形の建物の上に座り、真っ白に彩られていく辺りを見て楽しそうに微笑んだ。
 さくらがもたらした集中的な豪雪に見舞われ、関東周辺はJRだろうと私鉄だろうと電車は軒並み運休から遅れ。車は車でどこもかしこも速度規制ということになってしまった。
「誤魔化すためとはいえ、もう少しどうにかできなかったんかい」
「あっはっはー。……慌てていたから想定範囲と継続時間を指定してなかったりして。てへっ♪」
「てへっ♪ じゃねーだろおい……」
「ま、丸一日もすりゃ収まるわよ〜」
 笑顔でそのようなことを抜かす迷惑極まりない天使様だった。彼女のせいで帰省できなかった人は、このイベント参加者の中にも大勢いるのだった。
「でも、ホント綺麗だよねー。雪って」
「……。まあな」
 やれやれといって、頭についた雪をはらう。
「んで。久しぶりねー。悟」
「あァ。久しぶりだな。さくら」
 そして二人は笑顔で見つめ合って、再会の記念に軽くキス。
「もぉ。さっきは折角感動の再会シーンだったのに、台無しだったわよ」
 自業自得、とも云う。
「お前がふつーに現れねぇからいけねーんだよ」
「ドラマみたいに決めようと思ったのよぅっ!」
 相変わらずドラマ好きだな、と思う悟だった。
「もう、さ」
「ん」
 一度じゃ物足りなくて、もう一度キス。
「記憶消したりしないでくれよ」
「……うん。あたしも、忘れて欲しくない」
 三度目のキスは、さくらの方から。










もう、ずっと一緒にいられるのだから。









笑顔で、四度目のキス。









「それにしても、にっがいキスねぇ……」









「あぁ、眠気覚ましにブラックの缶コーヒー飲んできたからな」









「ふふ。悟らしっ」









「ははっ。そだろ?」









抱きしめ合ったまま、どちらからともなく、クスクスと笑い出す。










「ぐぎゃぎょんっ!」
 自分で降らせた雪で、つるっと滑ってばきょっと豪快に転ぶさくら。結果的に、スカートはおろかパンツまでぐっしょりと濡れることになってしまった。
「もうやだ! 帰るーーー! 帰る帰る帰る! お家帰るーーーーーーっ!」
「電車動いてねーぞ」
「……」
「誰のせーだ」
「うぅ」
「飛んでかえったり、テレポートつかったり、天使の力使ったりしちゃいけないんだろ? あんまりさ」
 基本的に『人間しろ』と、お上からいわれているのを忘れてイキナリ天候変化させたのだから。今度なんかやったら間違いなく大目玉。
「うーうーうー。じゃあ、早く会場入っちゃおうよぉ。それくらいならいいっしょ〜」
「ダメ! マナーを守ってちゃんと並ばなきゃいけません!」
 結構まじめな悟君。パンツまで濡れていぢけるさくらに、カタログを渡して。
「ほれ。中に入ったら案内してやっから、チェックしとけ」
「おっしゃあ!」
 ころころ変わる表情。落ち込んだり、立ち直ったり、怒ったり、笑ったり。
「うぅ……。でもやっぱ、お尻が冷たいのよぅぅぅ。風邪引いちゃうよぅぅぅ」
「馬鹿は風邪引かないから大丈夫だ。あ、何なら俺のパンツ貸してやろっか?いつぞやみてーによ。何なら今はいてるトランクス、そこのトイレで脱いできて、お前に……ぐおっ!」
 バキッと思いっきりカタログでどつかれる悟君。
「きしょィことぬかすなあああああああああああああああああッ!!!!」










そしてまた









いつものように、喧嘩がはじまる。









そんな様子を、空の上から見ている天使が二人。









「わははは。やっぱてめぇらお似合いだ! 青春しとるのう」









さくらを地上に戻してやった師匠。









「もう。先生ったら面白がって」









心配性な親友は今日もため息をついていた。









「結構結構! やっぱりあの馬鹿はあーいう風に元気な方がいいぜ」









「……ミナエル。もう、戻って来ちゃだめよ」









「わーってるって! 全力で更にめいっぱい幸せになっちゃるけん!」









さくらは空に向かって敬礼した。










「あん? 何がだ?」
「こっちの話っ! ほらぁっ! ほらほらほらぁっ! 列進んだわよぅっ!」
「ああ、はいはい」










一人の男を幸せにするために









再び地上に舞い降りた、天使









七瀬・ミナエル・さくら









通称、ナナサク









彼女もまた、幸せいっぱいだったとさ。



















-fin-






















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