ナナサク -俺の彼女が何故か俺のトランクスをはいていてそのことで大喧嘩になった件について-
髪の毛のボリュームがそれはもう異様にたっぷりでふわふわしていて、ツインテールならぬトリプルテール(それも何故かそれぞれ三色異なった色のリボンでとめているという、おかしな趣味を持っている)にしている少女七瀬ミナエルさくらは正真正銘の天使様である。……はずなのだが、華々しくもど派手な戦闘能力を除き、天使としての成績がどれもこれもからっきしであり超低空飛行と言わざるを得ない残念さだった故……つまりはかなりのお馬鹿でアホの子で、特に一般教養なんかはそれはもうどうしようもないくらいのもので、落第の烙印を押され終いには地上界へと叩き落とされて『ちったぁ頭冷やして人助けでもして、もーいっぺん修行にでも行ってこい!』とでも言われたという、どこかありがちなストーリーを歩むことになってしまった悲劇の堕天使……もとい、落第天使なのである。実年齢は人間にすると十七歳くらいで、大人しくしていればとっても美少女しているのに、と、そのように評される、色々と残念な娘なのだった。 そんな暴れん坊な彼女は成績不振だけでなく、生来のドジっぷりを発揮したために、地上界へと降臨する際も大いなる問題を自ら生じさせてしまったのだった。要約すると、地表に着地するまで後僅かというところで油断し、突然の強風に煽られ姿勢制御不能となり、デコを思い切り電信柱へとぶつけてしまうこととなった。そうしてあろうことかさくらは頭を強く打った拍子に記憶を失い、自分が天使であることも、地上界に降臨した本来の目的すらも忘れてしまい、宿無し文無し縁無しの何だか猛烈に不幸な境遇の少女となり、やがて街を徘徊しては警察にでも保護されて公権力のご厄介にでもなるか、あるいは何らかの凶悪な事件にでも巻き込まれてしまうか、はたまた腹が減りすぎて動けなくなり最悪行き倒れにでもなるかという、どれもこれも総じてろくでもないルートを辿ることになるはずだった。 だが、この世には捨てる神あれば拾う神あり。とかいうわけでは勿論ないのだろうが、さくらの悲惨な境遇にもある意味決定的と言うべきか、救いの神となる人物が現れたのだ。それは偶然か必然か運命の巡り合わせか。さくらにとって今日の彼氏となる、ある意味偉大な人物との出会いでもあるのだった。 いろんな意味でとんでもない彼女を持つ羽目になった物好きな彼の名は、鈴木悟(すずきさとる)と言った。全く持って捻りもへったくれもない名前であるが、地方から出てきて一人暮らしをしつつ、親の仕送りと共にアルバイトによって生計を立てながら勉学に励む大学生である。容姿は可もなく不可もなくだけど、見様によっては結構イケメンかもしれないが、際だったものではなかった。そして、さくらと異なり一般常識はそれなりに身につけているという、ごく平凡な青年男子であった。ちょっとオタ入ってるところもあるが、それほど強烈に濃いものを持つ訳でもなく、どう評価を下そうとごく普通の常識人であると言えよう。 ――それはある日のことだった。夜になり、スーパーやらコンビニやらで買い物を終え、部屋まで帰ろうとしていた悟は丁度、自宅に程近い路地裏を通りかかったところで、何故だか道の片隅にぐったりと横たわっている少女を見つけ、心配になり声をかけてみた。とっても美しくて、ボリュームたっぷりのふんわりとした長い髪が特徴的な少女は……可愛らしい見た目とは裏腹にとても凶暴な性格のようで、思いっきり噛み付かれそうになった。がるるるる、とでも唸って威嚇するかのようだった。そんな反応に悟は大層立腹し、アホくせぇ、心配して損したと思い、無視して行こうとしたら丁度いいタイミングでぐきゅるるる、と少女のお腹が鳴った。話を聞くに、腹が減って死にそうだとの事実が明らかになった。どうしたものかと思ったが、このまま行き倒れになられても後味が悪いので、自室に連れて行くことにした。無論、食わせたらとっとと警察に突き出すか追い出すかしようと思っていたのだが、その少女は悟が買ってきた数日分の食材をほぼ全て食い尽くした。んがーーーーッとかぐごごごごごとか、無駄に激しく唸りながら食いまくった。ものすごいとしかいいようが無い程の食欲だった。 そのように、出会いのインパクトはなかなかのものだった。それからも色々諸々かくかくしかじかといった具合に思い出ができるくらい様々な出来事があって、めでたいことにさくらの記憶があっさりと戻った(悟が室内でつまずいた拍子に、国内最大級を誇る某同人誌即売会の超分厚いカタログでさくらのデコを思いっっっっきり強打した結果、記憶が戻った。あっさりと)り。マジ泣きするくらい悲しいことに別れなければいけなくなったり。悟の記憶からさくらの存在を完全に消されたり、そうかと思ったら劇的な再会を果たしたり。二人そろってどきどきの初体験を向かえる際にも一騒動あったりして今に至るのだった。 「だああああああっ! 悟てめぇこのどでかどち○ぽ野郎ぉっ! 脱がせよ! 早く脱がせってんだよ! あぁ!? あたしのパンツが脱がせねーーーってのくるぁあぁぁあぁぁっ!? あぁ!? 脱がす価値もねぇってのかこんにゃろがああああああっ! 脱がせっつったら脱がせっつーんだこん絶倫カリブトやろーーーがあああああっ!」 「うるせぇ馬鹿野郎! トランクスなんざ脱がす気にもならんわ! 今のてめぇのパンちら何ざ使用済みのティッシュ並に価値がねぇっ! 目障りだから寄るなコラ!」 「ああぁっ!? 悟てめぇこの! 愛しの天使様な彼女さんを濃厚なまぐさザー○ンを包んだティッシュと同じだっつーのかっ!? あぁコラ! 張り倒すぞおるぁッ!」 ……今日もまた、あんまり広くもない部屋の中に、さくらと悟による極めて暑苦しい怒声が響き渡っていく。さくらは今、何故か女子生徒用のセーラー服(チェックの入った白い夏用半袖上着+濃紺のスカート+赤いスカーフという、極めて昔ながらのベーシックなタイプ)を着ており、彼氏である悟に対してそれらを優しく脱がすことを要求したのだったが、すげなく拒否された。その理由は、さくらが今はいている下着のタイプに起因する。ぶっちゃけて言えば、さくらが今はいているのは女性物のショーツ……なんぞではなく、男性用のトランクスなのである。それも、悟が普段はいているものをパクってはいているのだ。 何故、女の子(一応)であろうさくらがそんなもんをはいているのか? その理由は昨日の夜に起こった出来事による。 『ぐきゅ、ぐきゅ、んぐ! ……ぷっはあぁぁーーーーっ! やっぱお風呂上がりの牛乳は最っ高よねーーーーっ!』 『ぷはー、じゃねぇよ。おっさんくせぇ』 『あによ。つれないわね。日本ではお風呂上がりにこうして腰に手を当てて牛乳を一気飲みして心地よさに浸るのが礼儀なんでしょ? 郷に入れば郷に従えを実践しているだけよあたしは』 『違うと思うぞそれは。それにしてもお前、毎日牛乳飲んでる割には胸がしょぼいよな』 『んだぁっ!? しょぼいっつーなああああああっ! これでもちったぁ成長しとるんだぼけぇっ! プレートテクトニクスみてーにこつこつとちっとずつなっ! いずれぽっかりとヒマラヤ山脈みてーに大いに盛り上がっていくんよ!』 『そりゃまたえらくたりぃ成長具合だな』 また会話が堂々巡りになっていきそうで話が全然進んでいかないのだが、ともかくも風呂上がりのことだった。腰に手をあてながらビン入りの牛乳をごきゅごきゅと飲み干し、昇天しそうな心地よさに幸せなため息をつくさくらに対し、たまたまそばにいた悟はさくらの身なりについて常識的な指摘をするのだった。それはトップレスなのを全く気にしていないとか、恥じらいがないとかそういうことではなかった。悟はもう、それらについてはもはや指摘すら無駄と思い、諦めているのだから。 『おいナナサク。おめぇ何はいてんだよ』 『ナナサクゆーなっ! 何もかにもあるかってんだ! あたしがはいてんのはパンツだよパンツ! 何の変哲もないパンツ! 見りゃわかんだろが!』 『アホ! そうゆうことを問題にしているのではないわボケ! 俺は貴様に対し、何故に俺が普段着用している男性用のトランクスを堂々とはいているのか、と問うておるのだ! それも洗ったばかりの干したてを! 今更突っ込むのもアホらしいが、なけなしの女子としての恥じらいを失ったか! ただでさえ少ない天使としての誇りはどこにいったか!』 『んあー? んなこと決まってるっしょ。これ、蒸れないし涼しいし気持ちいーんよ。楽なんよ。だいいちー。女がトランクスをはいちゃいけないっつー法律なんて日本にゃないっしょ? あったとしたらそれ刑法何条よ? 悟おめー説明できっか? あぁん?』 変なところで意地をはるさくらだったが、悟は尚もさくらの愚行を阻止せんとする。 『確かに、日本の法律にはそう言った行為を禁止するという条文は無いかもしれない。何故か? 当たり前だからだ! しかし、法律なんぞには無かったとしても、鈴木家の家訓にはあるのだ。特にこの俺、鈴木悟宅においてアホ天使バカさくらが、俺が所有するトランクスを着用するのは厳格に禁じられている。鈴木家家訓第一条馬鹿天使七瀬アホさくら特別規制法でな! っつーか、どーでもいーからさっさと脱いでかわいいかわいい乙女なぱんてぃ〜でもはけってんだこの脳天パー天使!』 この彼女にして彼氏あり、なのかもしれない。会話をするたびに売り言葉に買い言葉を繰り返し、罵り合いやどつき合いへと発展していくのだった。 『ああああああっ!? 誰が脳天パー天使だこの腐れどでか○んぽやろーーーーーっ! むっかついた! もうぜってぇ女物のパンツなんざはかねーーーーっ! テコでもはかねーーーーっ! はかせられるってのならはかせてみやがれってんだこのタコ!』 『おおう、だったらはかせてやらぁ! 紐パンがいいか縞パンがいいかスケスケの紫パンがいいか黒パンがいいか選べやこのアホさくら! てめーの淫乱なま○この染みを俺のトランクスの股間にべっとりくっつけんじゃねえって言ってんのがわかんねーのかこのトンチキが!』 『うっがーーーーーーーーっ! ぬきゃーーーーーっ! 本当にあったまきたああああっ! 何が染みだ! 誰が淫乱だ! 女が愛液をパンツにでろでろぶちまけて何がわりぃっつーんだこんにゃろ! 上等だ! だったらあんたのトランクスでおなっておなってスーパーおなりすとになるくらいおなりまくって染みだらけの大洪水のぐしょぐしょのぐっちょんぐっちょんにしてやらぁぁぁぁぁっ!』 取っ組み合う度にアパートの二階なのに関わらずどすん、どすんと床が鳴る。男性故、パワーに分がある悟が有利と思いきや、さくらもなかなかどうして殴る蹴る引っ掻くひっぱたく小突くなど、いろいろな小技を駆使しては悟を攻撃し尽くす。 『うっぜえええええ! このばっかやろ! 無駄に洗濯代が増えるだろが! エコに逆行しまくっていいんかよこの環境に優しくない駄目天使! ええい、さっさとショーツでもスキャンティでもいいからおとなしくはきかえろ! このっ! このっ! このっ! ああもうこのど畜生! 抵抗すんじゃねーーーーっ!』 『うがああああああっ! うるせーーーーーっ! ぜってーーーーーーーはかねーーーーーーーーっ! はくもんかああああっ! はくくらいだったら! うっ! ぬっ! ぬごごごごっ! い、いやだあああぁっ! は、はかされちゃうくらいなら! こ、こーーーーーしてやらぁっ! つおああああああああっ! だあああああああああっ! こんなものこんなものこんなものおおおおおおっ! うっきゃああああああああっ! 何がぱんつだ! 何がぱんてぃだ! こんなものおおおおおおっ!』 組み伏せられ、形勢不利となるやさくらは驚くべき行動を開始した。 『おいこら! 待て待て待て! なにやってんだこのアホ天使っ!』 『うるせーーーーーーっ! 離すんじゃねーーーーこのバカ悟があああああっ! んが! 止めるなああああ! 止めるんじゃねーーーーーっ! むきーーーーーっ! ふがーーーーーーっ! んぎょーーーーーーっ!』 瞬間湯沸かし器のごとく、簡単にぶっちぎれたさくらはタンスへとかけより、中にしまってある自分の下着を掴んでは徹底的にびりびりばりばりぶちぶちとぶちやぶり引き裂きまくり、デストロイし始めたのであった。悟が背後から羽交い締めにして止めようとするも完全無視で、びりーっとちぎっては投げを繰り返す。乱暴な扱いをされてとっても可哀想な事にびよーんと伸びていく繊維。めりめりと悲鳴を上げてやがてはぶちっと音をたてる繊維。一枚また一枚と引きちぎられ、ぼろぼろになっていく可哀想なパンツ達。さくらは手でうおりゃーーーっと引っ張るだけでなく、あぐーーーっと口で噛んで引き裂く。いつしか、何故かパンツだけでなくブラまで被害にあっていく。光景だけ見ればなんだかとても凶悪な事件でも起こっていそうなくらい凄惨なものだったが、やっていることはとてつもなくアホだった。 このようにして、自分が所有するすべての下着をぶちやぶるという、とてつもなくハードでロックな行為を成し遂げつつあったさくらだが、悟の抵抗は今も続いていた。 『やめんかーーーーーーっ!』 『ぐぶぶ! や、やめてたまっかあああああああああっ! おるあ! とるぁ! けーーーーーーっ! てめぇの頭に巻いてやらあああああああっ! この変態下着マニアやろおおおおおっ!』 やられたらやり返す。それが二人の関係においての鉄則。悟は怯む事なくさくらの頭をげしげしと攻撃するのがしかし、ヘッドロック大量のパンツやブラを頭に巻き付けられて妨害されてしまう。無論、悟もただではやられない。引きちぎられた下着をかき集め、さくらの口内に無理やり突っ込んだりするのだった。 『変態はてめーだこのぷっつん女! このこのこのおおおおっ!』 『も、もごもごもごごごごごっ! うぐぐ、く、口の中に入れんなもごごごごごっ!』 端から見るととても怪しい光景だったが、このように見苦しくもやかましい泥仕合は延々と続いていった。 このようにして、さくらが所持する下着は一夜にして一枚も無くなった。
「悟ぅ〜」 ――やがて一晩が経過した。ぐつぐつと沸騰するヤカンがやっとこさ冷え、落ち着きを取り戻した頃の事。怒鳴りまくりの大暴れしまくりだったことに流石にさくらも反省し、悟に対してごめんなさいを言おうと思うもなかなか言い出せず、猫撫で声をかけてみて遠回しに御機嫌伺いを試みる。それでもどうにかこうにかようやく素直になって、ごめんなさいを言えるようになってきたところだった。 「……」 あの後。悟はただ黙々と、ぶち破られて部屋中に散乱した悲劇のショーツやら、カップが引きちぎられた哀しみのブラやらを一枚一枚かき集め、処分したのだった。その間さくらが何度と無く声をかけるも完全無視。悟の中に、深い怒りと呆れが同居しているようだった。下着は全て量販店で売ってるような安物ではあったものの、そういうことではないのだった。 「う、う〜。悟ぅ〜。ごめんなさい〜。あたし馬鹿だから許してよぅ〜」 ようやくの事で悟は口を開いてくれる。出て来た言葉はまさに一刀両断だったが。 「馬鹿は許せん。あっち行け、この馬鹿」 「あぅっ! ゆ〜る〜し〜て〜! もうしません〜!」 「されてたまるか」 「ごめん。本当にごめんなさい。……許してよぅ」 悟は答えない。さくらはしょげ返りながら決心する。後ろを向いている悟に声をかける。 「ねぇ悟ぅ。見て見て〜。ほら、悟が大好きなセーラー服着てみたわよぅ〜。だから機嫌直してぇ」 「ふん。そんなもんで喜ぶと思ってんのか、このパチもん。偽物。なんちゃって女子高生。年甲斐も考えずに制服着て、その挙げ句全く似合っていないAVみたいだ」 「うぐっ! ……と、歳は永遠の十七歳くらいよぅ。……じ、じゃあ。ほら! これでどうよ! これならど〜よっ!」 さくらは悟に背を向けて、紺色のスカートをまくり上げる。するとそこには緑色のトランクスに覆われたさくらのお尻。……はいてる下着が下着なだけに色気も何もなかったが、今はこれしかないのだから仕方がない。 「何でもしていいから〜。悟の好きな体位でしていいから〜。サービスするからもう怒らないでよぅ。……ぐぬぎょっ!?」 直後にすぱーーーーんッと威勢よく引っぱたかれた音が室内中に響いた。悟が手にしているのは布団叩き。それは盛大なお仕置きのようで、もしかするとさくらのお尻に赤いラインができているかもしれない。それ程までのクリーンヒットぶりだった。 「あ、あ……あにしやがんだこんにゃろおおおおおおお! 恥じらう乙女の真ん丸ヒップをんな布団叩きなんかでずべしとかどつきまわすたぁいい根性してんじゃねーか悟ううううぅぅぅっ! 黙って下手に出てりゃつけあがりやがってこの! んっきゃああああああっ! くらいやがれ! ハイパー天使きーーーーーっく!」 折角沈静化したのに、またもヒートアップしてしまった。さくらは怒りに任せて悟にキック(天使キックという名はただ単に勢いで言っただけなので、特別強いとか最強の秘奥義だとかなわけではない。また、ハイパーという言葉はただ単に語呂が良かっただけである)をお見舞いし、その拍子にスカートが思いっきり捲れ上がりトランクスが露になる。 「なーにが天使キックだアホ。馬鹿さくらにはいい薬だ。てい!」 「んきょわっ!? んっだあああああっ! 悟てめこのやろ、何げなく乙女のま○こを指でぶっ刺しやがってんじゃねー! この超絶技巧指マンやろーーーーがあああああっ! 濡れたらどーーーすんだ濡れたら! 漏れたらどーーーすんだってんだくるああああああああああっ!」 「やかましいわアホ! おるぁおるぁおるぁ!」 「のひょおおおおおおおおっ! ゆ、指で突くの反則うううううぅっ!」 悟はさくらの蹴りを悠々と回避し、さくらの股間部分目掛けてびしびしびしびしと手刀で突きを入れまくったのだった。 ――そのようなことを何度となく繰り返し、
結果的に悟の怒りもだいぶ冷え、
さくらの下着を何セットか買いに行くことになった。
「救いようがない。まったくもってアホで無駄で無意味な出費だ。ったく」 「まあまあまあまあ。ふふふ〜。新しいパンツにブラ〜。うれし〜な〜。楽しみだな〜。どんなのにしよ〜かな〜」 「大切にしろよ。もうぶち破ったりすんじゃねーぞ」 「は〜い。うんっ。大切にするー」 分厚い猫の皮でも被ってるんじゃなかろうかと思うくらい素直に頷くさくら。が、これまでの経験からか、こいつがこういう返事をする時は意外な程に言いつけを守るだろうと、悟は思った。そして、いつもこうだといいのにとも、ちょっと苦笑しながら思った。出会いから今に至るまで本当に様々な事があったけれど、今の関係はただ恋人だというだけでなく、喧嘩友達も兼ねているような気がする。それが二人にとっては普通なのかな、とか悟が思っていたら、とことこと駈けてくる音が聞こえた。 「ぎょわっ!」 「隙ありー!」 「さくらねーちゃん! 後ろがら空きー!」 「今日のパンツ何色だー?」 ちなみにだが、さくらはずぼらな素行とがさつな言動に似合わずご近所の人達から結構慕われていた。それもそのはず。例えば近所のおばあさんが原チャリに乗ったひったくりにあったのをたまたま目撃した時は『うるあぁぁぁ! くらえこんにゃろ! 大天使砲ぉ!』とかいって、両手から強烈な波動(波動拳やか○はめ波や百○神拳的なものをイメージすればわかりやすいと思われる)をぶっ放し、ひったくり魔を原チャリごと銭湯の女湯まで吹っ飛ばしたり、あるいは近所の女の子が痴漢にあったりしている所に出くわしたら『けえええええええっ! こんにゃろこんにゃろこんにゃろおおおおっ!』と、痴漢魔をびしばしと往復ビンタしてダウンさせて結果的に助けてあげたりと、それなりに善行を積んでいて、それらが周りに知れ渡っていたのだった。 そんなわけで、近所に住んでいる悪ガキ共が挨拶代わりにさくらのスカートを思いっきりまくり上げていた。が……。女性物の可愛らしくもえっちなパンちらを見られると誰もが思っていたところ、実はさくらがはいていたのが男性用のトランクスであることに気付き、一同目を真ん丸くして固まる。直後にさくらの怒声。 「くるあぁぁぁぁぁぁっ! てめえらあああぁぁあぁぁぁぁっ! なめたことしてっと全員パンツとズボンぶちやぶって脱がして下半身丸出し露出のまま路上に放置すっぞこるあぁぁぁぁぁぁっ! その上ケツの穴にゴーヤでもごりごりねじ込んだるぞこるあぁぁぁぁぁぁっ!」 それはまさに悪魔の形相と言うべき威圧感。こいつは冗談抜きでやる、と誰もが思った。一人二人と逃げ遅れたガキ共の頭をがっしりと鷲掴みにし、非人道的な折檻を開始する。 「てい!」 「ぐぎょっ!?」 ……直前で悟が革靴でのテンプルアタックをかまし、さくらは見事にダウンした。こうしてガキ共は悟の機転により難を逃れることとなった。 「お前ら、女の子には優しくしないとだめだ。まあ、これで女の怖さってものがわかったろう?」 「……うん」 「悟にいちゃんごめんなさい」 流石の年長者の貫禄だった。悟が諭すように言い、ガキ共も皆素直に頷く。こうして悪ガキが紳士へと成長していく過程が見えたのだが……。 「でも悟にいちゃん。女の子には優しくしなきゃだめって言うけどさ。さくらねえちゃんは女の子じゃないの?」 とても冷静で的確でもっともな質問に対し悟は……。 「あぁ、いいんだ。こいつはいいんだ。例外ってやつだ。女の子というより『女の子みたいなもん』だからな」 自分でも納得したように言い切ったのだった。 「すげぇ! 悟にいちゃん言い切った」 「彼女なのに女の子扱いしてない!」 「おいおい。別に俺はこいつのことが嫌いなわけじゃないぞ。意外に可愛いところもあるんだよ? これはこれでな」 悟は穏やかに微笑んで言った。 「例えばどんなとこ?」 「例えば……。そうだな。彼氏をグーでマジ殴りするところとかだな。過去何度となくぶん殴られた。冗談抜きで痛ぇんだぜ。歯ぁ折れるんじゃねーかってくらい。体つきは細いくせしてパワーは半端じゃねぇ」 「……それって、可愛いところなの?」 「うむ。……あとは、そうだな。いろいろあって逆上して自分のパンツとブラを全部ぶちやぶって切り裂いたりとかな。うきーーーーとかうきゃーーーーとか奇声張り上げながら。それであんなもんをはいてたってわけだ。まぁ、ノーパンよりゃマシだろうと思ってそのままにしていたんだがな」 話だけ聞くと単なる危ない人である。 「それでさくらねえちゃん、あんなのはいてたんだ……」 「全然状況が読めないよ……」 ガキ共は背筋にぞくっとくるものを感じていた。心底、女の子は本気で怒らせてはいけないのだ、と。さくらは特別がさつな娘だけど、他の女の子にもどこかこういう野性味溢れる要素が潜在的に備わっているのかもしれないと思ってしまったのだった。とても間違った知識だけども、それほどまでにさくらの威圧感は恐かったのだ。 「ぐぐぐ。悟うぅぅ! てめこのどさくさに紛れてあにすんじゃーーーーーーーっ!」 「おう、起きたか。そんなとこに寝そべってないでさっさと行くぞ。じゃあな、ガキ共!」 「おるぁーーーーーっ! 話を聞けーーーーー! 悟の馬鹿ぁーーーーーっ!」 忙しくやかましく、決して退屈しないくらいに賑やかな日々。これが俺にとっての日常なんだなと、悟は思った。 ………
これまでの経緯を評価するまでもなく、この娘……さくらはアホだ。確かにどアホだ。結構どころか大幅に救いようの無い娘だ。しかし……と、悟は思う。 (こいつって、結構可愛いんじゃないか?) 「わぁーい! ぱんつ〜! かわい〜ぱんつ〜!」 (アホな子程可愛い、ってやつか?) 量販店の下着コーナーにて、うきうきわくわくしながら物色しているさくら。普段の凶暴ぶりとは打って変わって、素直に喜んでいる女の子がそこにはいた。もっとも、物が物だけに、悟は売り場の外れにあるベンチに腰掛けながらさくらのことを見ていた。 「まあ、喜んでるみたいだから。いっか」 急な出費は大変痛かったのは事実けれども、なぜかそう思える。やがてさくらが会計をすませ、戻ってくる。 「えっへっへっへっへ〜」 紙袋片手にさくらはひたすらご機嫌。 「何だ気持ち悪い」 「悟〜」 擦り寄ってきて、ぎゅむーっと腕を取る。今はとにかくいちゃいちゃしまくりたい気分のようだった。 「何も出ねぇぞ」 「え? 出ないの? 一人エッチのしすぎ? あたしという彼女がありながら〜? ひっど〜い!」 さくらは上機嫌過ぎて、もはやのりのり。 「あのな……。お前との二人暮らしでいつどこでしろってんだよ。それにお前、しようとしたら全力でどつくだろ?」 実はそれは過去に実証済みなのだった。似たもの同士は惹かれ合うというが、悟も悟でただ者ではないのかもしれない。 「だよね〜。えっへっへ〜。悟〜。帰ったらえっちしよ? しよっしよっ? 勝負ぱんつとぶら買ったから〜!」 「わかったから、そういうことを表で堂々と言うのはやめような」 「はぁ〜い。にゃふぅ〜」 「あー、お前今本当に猫の皮かぶってかぶりまくってるな」 「ん〜? ひょっとしてきぐるみプレイがいいの? いいよ〜。悟がしたいならあたしは何でもおっけーおっけーよ〜」 今はもう何を言われても上手く切り替えしてしまうさくら。悟は苦笑して、言葉が出て来なかった。 それでも一つだけは言っておこうと思った。今回の一件を今後に繋げる為に。 「やれやれ。これでもう、俺のトランクスをはいたりすんじゃねえぞ?」 「え〜。それはそれ、これはこれ〜」 やっぱり何故か時々はいてみたくなるようだ。 「え〜、じゃねえだろ」 「だってあれ、楽なんだもん〜。あ、そだそだ。そういうことなら、あたしのと悟のを交換しようよ? そうすりゃ問題ないじゃん」 「あのな……。問題大有りだろ。それじゃ俺はただの変態野郎じゃねえか」 「変態じゃないよ? だってあたしも同じことしてるわけだし、同罪ってやつ? それにあたし、悟だったらいいよ。はかれても全然気にしない〜」 「そういうことじゃなくてだな……」 どこまでもずれまくってる。さくらは天使とかそういう要素は抜きにして、かなりの変わり者なのかもしれないと悟は思った。 「あっ!」 「何だ。どうした。今度は何があった」 笑顔のさくらは急に深刻そうな顔になっていた。そうして明かされる衝撃の真実。それは……。 「悟。あたし、今の今まで大変なことを忘れてた!」 「勿体ぶるな。何だってんだ」 「……あたし、今……お腹がすっごくすいてたことを忘れてた! これすごい重要なことだよ!」 「あぁ、あー」 拍子抜けするのがアホらしく思えるくらいどうでもいい事だった。 「忘れたままでよかったぞ」 さくらは下着選びに夢中になっていて、とてつもなく大きな欲求を一時忘れていたのだった。 「よくない〜! 腹減り〜! お腹すいた〜!」 「ああ、はいはい。あー、丁度いい。そこで餃子の特売やってるみたいだからたんまり買ってくぞ。で、帰ったら米を四合……いや、お前の様子から察するに、五合か六合くらいは軽く食うよな。さっさと米をといで炊いて、そいでついでに風呂洗って沸かしとけよな。わかったか?」 「できない〜! も〜体動かない〜! はらぺこ〜!」 「はーいはいはい。もうちょっとでお買い物終わるから、頑張りましょうね、俺の可愛い天使様」 よしよしとあやしながら頭を撫でてやる。 「うぅ。無〜理〜。天使様もお腹すいちゃうの〜!」 涙目になりお子様のように駄々をこねるさくらと、適当にあしらう悟。じゃれ合い、いちゃつき合う二人だったけれど、さくらの長くてボリュームたっぷりの髪がふわりと風に揺らされて舞い、あたかも天使の羽のように見える。すれ違う人も時折振り返っては可憐な美少女さくらの姿に見取れている。もっとも、そんな荘厳さは二人には全然感じられないようだった。 「は〜ら〜へったぁぁぁ〜〜〜!」 「あーはいはい。我慢我慢」 おしまい
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