#6 兆候 『今更?』
涼しいというより、肌寒い。
時は更に過ぎ去り、冬へと突入していた。
休日の昼時は、いつものよーにまったりしていて怠惰で平和なひとときだ。が……。 「あったしはかっわいい天使様ァ〜♪」 この暴走馬鹿天使がフル稼働状態だと、そのような平和なひとときもたちどころに崩壊する。ずごーーーと掃除機をフルパワーモードにし、轟音を立てて掃除という名の破壊活動中。 「お掃除だってこのとおりぃ〜♪」 がしゃん、ばきばきばき、ばばばばばば、どがががが! と、色々物騒な音が響き渡る。ここは工事現場か、と思えるほどに。 最初のウチは俺もこいつに対し『掃除もしねぇでこんにゃろう』と、思っていたのだが……。させたのは大間違いだったことに今更ながら気付くのだった。ああ、後悔というものはこういうものを云うのだな。 「やめんか馬鹿野郎! おるぁ!」 背後からゲシッと思いっきり蹴りをくらわせてやる。 「ばッぎょんっ!」 無論。手加減などは、しない。少なくとも俺はこいつを『可愛くてはかなげな美少女』などと思ってはいないから。『凶暴で耐久性抜群なアホ女』と、思っているのだから。フェミニズムなど知ったことではない。 「お前が掃除するな! 部屋が汚れるし壊れる!」 「なによぅ! 家庭的でおしとやかで清純な美少女の七瀬さくらさんが、最ッ高ッにかわいーエプロンかけてあんたの狭くて汚くて埃まみれのばっちぃ部屋を念入りに掃除してあげてるんだから、でかい声なんか出さないで黙って萌えたり悶えたりしてなさいってぇのよボケッ!」 こいつはとてつもなくナルシストなのかもしれぬ。 「あのな! どこのどいつが家庭的でおしとやかで清純な美少女だぁっ!? 寝言は寝て云いやがれ馬鹿女!」 「うるせーーーーーっ! 馬鹿云うな馬鹿ーーーーーッ!」 そしてこいつは俺を無視して掃除(という名の破壊活動)を再開する。 「ふーんだ。悟なんかしらねーもーんだ。続き続き! おっそうじおっそうじたのしいな〜っと♪」 あ。がしゃーんという音を立てて花瓶が割れた……。しかもこいつ、全く気付いてないみたいに動じてないし。 「おっへやを綺麗にしましょーねぃ〜♪」 「やめんか阿呆野郎! とりゃっ!」 俺は背後からさくらにバキッとハイキックの強烈な一撃を食らわせるのだった。 「がぼッ!」 先ほど放ったキックより攻撃力の高いやつだ。 「ったいわねぇぇぇっ! 可憐な天使の女の子にハイキックくらわせるなんて、てめーいったいぜんたいどういう神経してんのよっ!」 「可憐じゃねぇボケ! てめぇが掃除するたび汚れていくだけじゃなくて部屋が破壊されていくんじゃい!」 割れた花瓶。ぐちゃぐちゃになったカーペット。きちんとかけていたのにハンガーがはずれバラバラになった衣類。ワザとかと思ったが、そうでないからなお質が悪い! こいつは天然の大馬鹿野郎だ! 「そんなの掃除が終わってみなきゃわかんないじゃないっ!」 「終わったときはここはまっさらな更地になってんだろが! このアホ! ボケ! ドジ! へんてこりんな髪型した変態堕天使! とっとと天界に帰っちまえ! そいで昇進試験なんて落っこちっまえこの落第天使!」 落第天使。それは、さくらがもっともぶちぎれやすい悪口である。 「むっかぁあああああっ! いったわね悟! とうっ!」 「ぐはっ!」 いてぇ! ゲシッとローキックを食らう。こいつ、かなりやる! この間見せた異種格闘技番組から秘技を修得していやがる! 「て、てめーこのやろ、やろうってのか!」 「おおう、いくらでもやってやらぁ!」 「いい度胸だ! てぃっ!」 俺は負けじと、さくらの背後に回り込み、首をロックしてからふにふにしたほっぺたを好き放題横に伸ばしてやった。 「あにゃにゃにゃにゃにゃーーーー! ほっへはひっぱるんはないわよぅーーーー! ぃたぃじゃねぇのよぅーーーーー!」 こうして殴る蹴るどつくつねるひっぱたくといった、いわゆる痴話喧嘩が勃発し、部屋の中は更にとっちらかっていくのだった。 で、結局。いつものような行為を繰り返した後。
お互い腹が減ったので休戦協定を結び、外に飯でも食いに行くことに相成ったわけだ。
その途中も、色々あった。
今となってはそれが俺の日常。……たとえばどのようなことがあったかというと。
電車に乗って、移動中。目的の駅に着いた頃のことだった。 「む……むむ、む……」 「さくら、どうした?」 満員電車にて、何故かさくらは体をむずむずさせていた。そして、その理由はすぐ明らかになる。 「くぉの……痴漢やろおおおおおおおおっ! エンジェルフラッシュッ!」 「どわぁっ!」 痴漢にお尻でも触られたのか、イキナリ切れるさくら。そして、痴漢親父を撃退するために辺り構わず力を発動しやがった! ピカッと一瞬車内が光ったと思ったら、爆発! 粉々に吹き飛ぶガラス! でも、後になってニュースをみたら『本日昼頃、JR山手線の車両内で原因不明の爆発があり……』とかなんとか云っていたのだけど……。『奇妙なことに、乗客は皆事故のことを覚えておらず、また、怪我人はたった一名で……』とか、怪奇現象扱いされてた。節度はまぁ、わきまえている……のだろうか。 「表に出ンかいコラ!」 「お、おい! さくら!?」 その一名の怪我人……痴漢をした中年のおっさんは、そのあと。 「そんなにパンツ触りたいなら、こうしてあげるわよ! このど畜生おおおおおっ! ハゲじじぃ死ねェーーーーーーーッ!」 「むぐーーーーーーーーーーーっ! ひ、ひいいいいーーーーーーーーっ!」 というように、爆発を起こした車両からホームに引きずり出されるように連れ出されて……。さくらはおっさんの頭にどこから取り出したのかわからんが、女性用下着を何枚も頭にかぶせたりして口にも突っ込んだりもして、更に後ろ手にパンツで拘束して文字通り全身パンツまみれにさせたのだった。 (痴漢は自業自得ではあるが、これはさすがにむごい気も……と、俺は思うのだがよ) (やかましいっ! 本当ならぶっ殺してるところよっ!) ちなみに、俺とさくらはやばいと思って早々にトンズラしていたから、マークはされなかった。 でも、それだけじゃなかった。
例えば、軟派野郎にしつこくまとわりつかれたとき。 「邪魔! どきさらせアホ!」 「ぐふぉおっ!」 俺がトイレに行ってて目を離していた時の出来事だった。 ……どげしっ! と、強烈な蹴りを一発くらわせて撃退。蹴ったところが男の急所……股間……玉。 えげつないことこの上ない。しかもしかも、キックの種類はトウキック……つま先蹴りだ。蹴られた方は云うまでもなくのたうち回ってる。本気で痛そうだ……男にしかわからん痛みだ。それを平然と、公衆の面前で……。 (さくら。天使が男の股間蹴るなよ……) (加減してるわよ。潰れない程度に) さらっと云いやがる。 (そういう問題かっ!) 極めつけは次の一件だ。
さくらと一緒に歩いていくと、近くで何か事件があった。銀行強盗が人質をとって銀行内に立てこもっているとかなんとか。かなりおおごとのようだ。 「おー。そういうことなら、あたしにまっかせなさい♪」 「お、おい。変に動くなよ。犯人は人質をとってるんだから」 人の命がかかっている時に、軽率な行動は起こすな、と忠告したのだが。 「大丈夫。いっくわよー。……はあああああっ!」 彼女がその後とった行動は、かめ○め波のように両手を開いてポーズをとり……。 「天使拳奥義! 白翼・大波動波!」 次の瞬間、辺りが真っ白になり……さくらの両手からドゴッと、凄まじいエネルギー波が放たれた。強盗が人質をとって立てこもってる銀行めがけて、波動砲ぶっ放したのだ。結果として、銀行ごと吹っ飛ばすことに……。 っつーか。『波動波』って何ですか『波動波』って。 「な、んてことをっ! ……お前なあっ!」 犯人だけならまだしも、人質を吹っ飛ばしてどーするか! と、野次馬はもとより機動隊や警察の皆さんすら呆然と見守る中、堂々とでかい声で突っ込んでやったのだが。本人曰く……。 「大丈夫だいじょーぶのーぷれぶののーまんたいっ! 犯人以外はみーんな無事なように、さくらさんがちゃぁんときちんと丁寧にパワーセーブしてるから!」 「そんなの有り?」 そんなご都合主義な……。ってか、犯人は無事じゃないんだ。 「ったりめーっしょ!」 確かに、コレもその後わかったことだけど……犯人以外は全くの無傷で全員無事だったとかなんとか。……ギャグマンガじゃないんだから。 「……。それとな、さくら。銀行の建物、跡形もなく吹っ飛ばされているんですけど」 「細かいことは気にしないのっ! 命あってのものでしょっ! 結果さえ良けりゃ何でもいーのよー」 その過程も結構重要だと、俺は思うのだが……。 もう……こいつといると、こんな出来事ばっかり。
退屈しない、と云えばほめていることにはなるが……。
そのような形で、向かうところ構わず騒動巻き起こし……突き進むさくら。
そういうテンションになじんだ俺も、どうかなと思わないでもない。
さて、そんなわけで食事の後。歩いているといきなり……。 「ねえねえ悟」 「なんだよ」 さくらは何故か人なつこく擦り寄ってきて、云った。 「アイス食べたくな〜い?」 側にあったアイス屋のメニューを見て、食いたくなったようだ。華やかなピンク色の、女の子が好きそうな色をした店だった。 あ、でも。俺はこいつを女の子扱いしていないんだった。 「アイスなんて食べたくない」 寒いから。今はもう冬なのだから。ただでさえ寒いのに更に寒くなるような行為はさけたいと思うのが常識であろう。 「もうっ! 女の子がアイス食べたくない? って聞いたときはフツーそれに合わせて『食べたい』って答えるのが礼儀っしょ!」 要するにこいつは今、アイスクリームという甘くておいしい氷菓子を食べたいと俺に云っているのだ。それはわかるが、何で男がそういうことを察してやらねばいけないのだろうか。そもそも、この馬鹿と俺は単なる同居人という程度の関係でしかないというのに。 「知るかアホっ! 男女同権じゃねーのか? あァ?」 「いいからごちゃごちゃいってねーで『俺も食べたいー。買ってくるー』とか気ぃきかせて云いなさいよっ!」 「死んでも云うかっ! 何で俺がてめーの云いなりにならないけねぇんだ!」 さくらも頑固だが、俺も結構頑固なようだ。一度云い合いになったら絶対に引かない。 「悟の頑固ッ! げんこつ煎餅にでも殴られちゃえばいいのよっ!」 「んだとこら! やろうって……あ」 ……ふと、我に返って周りを見渡してみると、周りの人達はみんな俺たちを見てクスクス笑っていた。公衆の面前でそのような恥ずかしい云い合いをつづけているのに気付いてみると、とてつもなく恥ずかしい。 「……。まぁ、さくらがそういうなら仕方ない。付き合ってやろうじゃないか」 「もー。素直じゃねーんだから。最初からそういえばいいのよぉう♪」 とか云いながら、いきなり機嫌がよくなる現金な娘。 「でー。何を食いたいって?」 「アイスだっていってるでしょ!」 「ちゃうわい。何味がいいんだと聞いてる」 「あー。そゆこと。んーんー……迷うわね」 やはりさくらも天使とはいえ女の子のようだ。メニューを見て結構迷っている。 「あーうーうー。ストロベリーいいし、バニラもいいし、チョコミンツもいいし〜……クッキーアンドクリームぅー」 これはとても時間がかかりそうだ。 (……ったく。しゃあねえな) 俺は少し苦笑してしまう。何というか、可愛いところもあるなーっと思って。 「ほれ。好きなの選べ。ダブルでもトリプルでもいいから」 「悟? いいのー?」 俺は財布から五千円札を出してさくらに渡した。さすがに五千円分全部食いきるような食い意地は張っていない、だろうから。多分……。 「小銭無いから使え。お釣りはちゃんと返せよ。俺のは何でもいいから、テキトーに買ってこい」 「あ、うん。ありがとー」 嬉しそうに微笑むさくら。こいつも案外、女の子してるところもあるんだなーと、とてつもなく失礼なことを思っていた。 「うーんうーんうーん。……よぉし、決めたっ。他のはまた今度食べようっと。今日はバニラとストロベリーで〜。っと、抹茶ミルクも〜。ってなわけで、トリプルでお願いしまーす」 時間かかるかなーと思っていたら、案外あっさり結論を出したようだった。 「持っていくから先にベンチに行ってて」 「ああ」 それから少しして。
「えへへへ〜」 子供のようにうきうき、わくわくして、アイスが出てくるのを楽しみに待っている様子のさくら。それが微笑ましいのか、クスクス笑いながらアイスをコーンに乗っけてくれる店員さん。 そしてさくらは楽しそうに歩いてくる。二つのアイスを持って。 と、そんなとき。
「アイス〜アイス〜アイス〜。とっても冷たくて甘〜いアイス〜♪」 さくらが俺が座っているベンチへやってくる途中。制服を着たロングヘアの女子高生とすれ違った。 その少女とのすれ違いざま。
「ミナ」 「んにょっ?」 云われた方は、見知らぬ人からいきなり声をかけられて、少し驚いたように感じていた。我慢しきれず一口だけパクついているときにだから、尚更。 「戻ってこい。だってさ」 「……え?」 笑顔が消えたのは、その瞬間。 一言、二言のやりとり。
ただそれだけのこと。
展開が変わる兆候としては、さりげなさ過ぎたかもしれない。
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