-勇気、みんなに! ぷろろーぐ-
日本国における年間の自殺者数、三万数千人――。 この数字を異常だと思わないやつは、それこそ異常だ。少なくとも『僕』はそう思う。 僕が出会った『彼女』いわく。死神稼業は、かつては花形だったそうだ。例えば年老いて、人生をまっとうした人々の最期に立ち会うかのように、凛々しい姿の死神さんが死に誘う。そんな自然な図式だったのだが、それもこれも今は昔。 死神は本来、今にも死にそうなくらい死相が現れまくってる現世の人に対し『とりあえずこっちの世界にきてみますか〜?』(=死にますか〜?)と、勧誘とも云うべきか確認とも云うべきか交渉とも云うべきか、とにかく声をかけてみるのが義務であって、決して強制してはいけないらしかった。意外も意外。 つまるところ、親切の押し売りをしてはいけない、との不文律があった。……かつてはあったはずらしい。ところが最近では事情が違うようで。こっちから(=死神から)何も聞いてもいないのに、現世の人々ときたら誰もが率先して『行く!』とか『今すぐ行く!』とか、酷いのに至っては『みんなで行く!』とか『家族一同で行く! 行かせてください!』とか、口を揃えて云うらしい。困ったものなのだそうだ。 自殺は本来、ごく一部の人々のみがすることだったものだが、今では誰も彼も見境なくしてしまう。特にこの日本という国では、現在戦争状態にあるわけでもないのに急増しまくっていて、その数は年間だけでも数万人に膨れ上がった。その結果、冥界のキャパシティが大幅に圧迫され、更に追い打ちをかけるように慢性的な人員不足によって死者の受け入れ処理が追いつかないという事態になってしまった。そのような事情により、死神さん達は死の勧誘をするのではなく、逆に死にそうな人々をダメ元でなだめすかして、何とか現世に押しとどめるのが仕事になってしまった。……らしい。 また、今問題になっているのは現世だけではないようだ。死神なんてのは現世にいる我々の感覚からすると伝統技能のようなもの、らしかったのだが、今時の死神……つまり彼女たちにとっては単なる一ビジネスでしかなく、本来ただでさえ陰鬱になる仕事が更にエスカレートしストレスが溜まり、今度は逆に死神さん達の間で鬱病が蔓延することになってしまったそうだ。皮肉もいいところだ。 それだけ聞けば、何のこっちゃ? と思ってしまうだろう。僕もそうだった。 最初はね。 でも、彼女と会ってから色々わかったのだった。 これはそんな、ちょっぴりシリアスだけど。結局はどこか抜けてるようなお話。 |