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-Copied tears(その後)-










 私の名は水野さつき。歳はもうちょっとで二十代中盤になりつつあるけれどバリバリに働いてる若くて美人なおねーさんだ。美人とか自分で云ってしまってなんだけど少しは自信があるのだった。というか、多少の自信がなきゃなかなかこの世はやっていけないというものよ。

 さて、本題。いきなりだけど私の義妹は可愛い。とてつもなく可愛い。萌えまくり。何と云うかこう、もしも道徳的に許されるのならば迷う事なくお洒落な首輪を付けてあげてペットにしたくなるほど可愛い。ただ、それはやっぱりとってもいけないことだとわかっているから妄想の中でだけそうさせてもらっている。でもでもやっぱり、おめかしさせてあげたらもう我慢できず、ぎゅむーっと抱き締めたくなる。っていうか実際よく抱き締めてる。そうするとこの義妹ちゃんはお姉ちゃん〜と困ったように可愛く云うもんだからなおさらぎゅむぎゅむしてしまうのだった。

 少し補足。……その娘は正確には、もう数年たったら正式に私の義妹になるであろう娘なのだった。可愛い義妹(将来の)の名は観月雪乃(みづき ゆきの)ちゃんと云った。そう。何を隠そう、今私の目の前にいる超が付くほど無表情で朴念仁な男、観月誠太郎(みづき せいたろう)。雪乃ちゃんは紛れも無くこいつの妹なわけで。……ああ、もちろん私はこのぼーっとした無表情な男こと誠太郎のことは真底、心から愛している。けれど、それはそれこれはこれ。甘いものは別腹と云う訳だ。

「お兄ちゃん」

「はい」

 ほら、早速聞こえてくる。ほわ〜んとした甘〜い声。声も可愛いんだからたまらない。

 ポニーテールという、本来ならば活発な娘をイメージする髪形だけど、雪乃ちゃんは違う。真面目でおとなしくて礼儀正しくて、ちょっと怖がりで人見知りしてしまってはよくお兄さんの後ろに隠れてしまうような……健気に後から付いてくるような子犬っぽさが死ぬほど可愛い所だと思うのよ私は! でもってポニテにしている理由はと云うと、本人曰く『もっと活発になりたいから』だそうな。それって何と云う可愛らしい理由なのよといつも思うのだ。

「お兄ちゃん。ご飯のおかわり、いる?」

「うん」

「よそってくるね」

 そのうえ料理も上手ですんごく気が利いてて家庭的。本当にもう、お嫁さんになって欲しいわ。

 ちっちゃくて、触ると肌がぷにぷにして、とてとてと歩く様が可愛くて何というかこう、子犬の耳を付けたくなる。尻尾も付けたくなる。ついでに子犬のグローブでも付けたくなる。そして、そこまできたのならやっぱ首輪っしょ首輪。大丈夫大丈夫。絶対怖くなんてないし、もぉんのすごく優しくするから心配なんてしないでいいのよ雪乃ちゃん。そして私のことを『おねぇさま』と呼んで慕って欲しいのよ。

「お姉ちゃん」

 そうそう。こんな風に物憂げに、潤んだ瞳で上目使いで私のことを見て欲しい。慕って欲しい。懐いて欲しい。そしたら私はたまらずぎゅむーっと抱き締めていることだろう。

「さつきお姉ちゃんは?」

「……」

「お姉ちゃん?」

「あ、ああ。何かしら」

 いけないいけないついつい妄想に浸っていたようね。不思議そうに首をかしげる雪乃ちゃんったら可愛いんだから、その小さな唇に舌をはわせてディープキッスしたくなるほど。ってそろそろいい加減に自重しないといけないわねまったく。現実と云うものはなかなか苛酷と云うか、面倒だわね。

「大方良からぬ事を考えていたのだろう。さつきのことだ」

 最近誠太郎は私のことを名前で呼ぶ。ごく当たり前の事だと思われるかもしれないけれど、少し前まで私に対する呼び方が『さつきねぇちゃん』だったわけで。昔なじみの仲であり、彼にとって私は文字通りねぇちゃんのような存在だったわけではあるけれど、だけどさすがに最近そりゃないかなと思い駄洒落でもなんでもなく強制的に矯正させたわけだ。その試みはちょっとばかり苦労したけれども概ね成功したようだった。





『さつき』

 まず私が呼び方の手本を示してみる。発音についても、イントネーションやアクセントについてもだ。そしたら復唱させる。

『さつき……姉ちゃん』

 姉ちゃん、はいらない。

『もっかい。さ・つ・き』

 私の名をもう一度云ってみなさい! リピートアフターミー。

『さつ……き……』

『……』

 おし。今度はうまくいった。と、思ったが。

『姉ちゃん』

 どうしても姉ちゃんなのかい私は!

『もう一回やり直し! そろそろ姉ちゃんは卒業しなさい!』

 誠太郎は段々飽きてきたのか、投げやりになってきた。

『もういいじゃないか。別に、呼び方なんてどうでも』

 それに対して私は言い放つ。

『どうでもよくないわーーーっ!』

 と。いつまでも姉ちゃんでいるわけにはいかないのだから。そのうち夫婦になるのだから、今のうちにこういった癖はなおすべきだと主張し続けたのだった。





 そんなことがあったわけだが、それにしてもどうしてこの男はこんなにも冷静なのだろう。

「うるさいぞせいたろ。ちょっとだけあたしは……そうねぇ雪乃ちゃんにお似合いのランジェリー姿を着せ替えてかわいい姿を想像していただけよ。脳内で」

「はぅ!」

 ……あれ? 私の言い訳に対し、雪乃ちゃんは心なしか脅えたようにふるふる震えてる? ああ、それはもしかしてこの前の事を思い出してるのかな。

「トラウマだな」

 誠太郎は雪乃ちゃんをとても哀れな目で見つめている。その理由は全て私にあるのだ。

「あっはっはー。ちょーっとだけ過激なブラとかパンツとか試着しちゃっただけじゃないの。怖がらない怖がらない」

 と、落ち着かせようとしたのだけど逆効果。あら。あらあらあら。雪乃ちゃんったらますます震えていく。

「あ、あぅ……あぅ……」

 震えると同時に雪乃ちゃんの顔が赤らんで行く。更に同時に私もあのときの事を思い出していた模様。そう、ちょっとだけ……乳首と乳輪を辛うじて覆うくらいの面積も厚さも極度に薄〜いブラとか過激なTバックとか、ほんのちょっとだけえっちな格好にさせちゃった。ついついお姉さん、出来心で。このいたいけな義妹ちゃんを。

「ち、ちょっとじゃないよぉ。私……あの時あまりにも恥ずかしくて、死にそうだったよぉ。うぅ……」

 実はその恥じらい具合が可愛くて、私が調子に乗ってしまった要因の一つなのだけど秘密にしておこう。

「大丈夫大丈夫。今度はふつーの服を見に行きましょうね」

「う、うん。それなら……」

 本当にもう、いたいけな小動物のように愛らしい。思わずディープキスしたくなるくらい。……したら間違いなく誠太郎にどつかれるだろうけれど。





さて、そんなある日のことだ。





 心の底から親愛なる義妹ちゃんとお風呂に入……ろうとしたらいつも誠太郎にダメと云われる。無表情で。クールに。刺すよーな視線と共にダメ、と。だけど今日はちと事情が違った。誠太郎はバイトでちょっとばかり遅くなるとかで、私はこの隙にとばかりにお風呂に誘ったのだった。

 そもそもだ。男女の関係においていろいろと問題があると、世間の目とか倫理観とかでかなり息苦しいものになることはあるにしてもだ。仮に私が過ちを犯して雪乃ちゃんと関係を結んだとしても、同性同士なのだから生産的な関係には絶対にならなくてつまるところ無害でいいじゃないのよと一度誠太郎に力説したのだが、あんにゃろうは『はいはい』だの『屁理屈はいいから』だの果ては『結婚相手を間違えたかな』だの、相手にしちゃくれなかった。ちっくしょー!

 ま、それはさておき。リボンをほどき、ぽにてを降ろした雪乃ちゃんはちょっとだけ大人びて見えた。物憂げな表情と云うのだろーか。当人は全く意識していないだろうけれど、すっごく魅力的だった。きっとこの子は将来、可愛らしい系の美人になるんじゃなかろうか。とっても楽しみな逸材というわけだ。

「お姉ちゃん」

「なぁに雪乃ちゃん」

 私は雪乃ちゃんの白くて細くてもっちもちのお肌を丁寧にかつ、いたわるように洗ってあげた。洗いまくってあげた。そしたらこのこは困り果てながら『く、くすぐったいよぉ〜』とか『ひゃぅっ!』とか『お、お姉ちゃん〜!』とか『そ、そこはだめだよぉ〜!』とか『あ〜ん!』とか、ひたすら可愛い声で云う。でも、あんまりやり過ぎると本気で泣いちゃいそうなのでほどほどでやめてあげる。それはいくら何でも可哀想すぎるし嫌われちゃうし、そもそもこんないたいけな義妹をマジ泣きさせたらそれは本当に人間失格だから。でも本音はちっちゃな乳首ちゃんに触れて気持ちよくなるまでしゃぶったりもしていじってあげたいのだけども。細い首筋をぺろぺろなめまくってびくびくするまで感じさせてあげたいのだけれども。って、ああ。自重しろ私。いい加減にしないと。雪乃ちゃんが不思議そうな目で見つめてきちゃったじゃないの。

 で。体を洗うのが一段落して、湯船に浸かる。ちゃぷちゃぷとお湯と戯れる雪乃ちゃんは何だか楽しそうだったけれど、段々神妙な顔になってから云った。

「お姉ちゃんあの……。教えて欲しいの」

「何かな?」

 湯船の中で抱っこしてあげる。雪乃ちゃんは完全に観念したのか、あるいは安心しきってるのかな。ぴったりとひっついて、可愛い義妹とのスキンシップを楽しむとしましょうか。

「お兄ちゃんの……。好きな食べ物。……作ってあげたいな、って」

 すごく恥ずかしそうに、いけないことを云ってしまったかのように雪乃ちゃんは視線を逸らす。

「……」

 私はついほほ笑みが漏れてしまう。ちょっとだけ苦笑にもにた成分が含まれているほほ笑み。完全に分かっていたはずだけど、改めてわかってしまう。この娘はもう……と、そんな思い。私は心の底から理解していた。本気で本当のお兄ちゃんのことが好きなのだ。大好きなのだ。恋を越して愛してるのだ。ただの肉親以上に思っているのだ。

「あ、あぅ。その……。ごめんなさい」

 私がちょっと黙ったから、雪乃ちゃんは悪いことを聞いてしまったかのように思ったのか、視線を彷徨わせてしまった。私が気を悪くしてしまった、と思っちゃったのかな?

「謝ることなんてないのよ」

 笑顔で雪乃ちゃんの頭をなでなでしてあげる。優しすぎる義妹に。

「そうねぇ。あいつの好きな食べ物か……」

 一人になりたくないから? それももちろんあるだろう。雪乃ちゃんにとって誠太郎が誰よりも頼れる人だから? それももちろん。だけど、それだけじゃないとわかる。ずっと、辛いことばかりだった。入院ばかりして、体調を崩してばかりで。そんな時優しくしてくれたのは雪乃ちゃんのお兄ちゃん……誠太郎だけだった。お兄さんに……大切な人に何度も心配をかけてしまい、とても悲しい思いもさせてしまった。雪乃ちゃんは云いたいのだ。元気になったよ、と。そして伝えたいのだ。ありがとう、と。贖罪であり、感謝であり……そして恋にも似た愛情。

 この娘は……雪乃ちゃんは、誠太郎が望むなら何でも云うことを聞くだろう。どんないけないことであっても、恥ずかしいことであっても。あまりにも純粋すぎて、本当にいけない娘だと思う。盲信的な宗教のように、雪乃ちゃんにとって兄の存在は絶対なのだ。その関係は微笑ましい仲良し兄弟程度では収まらない危うさがぷんぷんする。

「親愛なるお兄様、ね」

 決してからかうわけじゃない。雪乃ちゃんにとって誠太郎はそういう存在なのだ。

「あぅ……」

 でも、そうだな。今度雪乃ちゃんに、私の友達の弟君を紹介してあげようかな。雪乃ちゃんと同い年位の男の子がいるのを知っているから。私はそんな風に思った。

 可愛いけれども、今のままでは――あまりにも可哀想だと思うから。





……





「うまいな」

 誠太郎の第一声。無表情で静かで感情に乏しい声。だけど、云われた方は本当に嬉しそうにほほ笑んでいた。

「おかわりあるから。いっぱい食べてね」

 優しい一言。エプロン姿の雪乃ちゃんは可愛くて、その上家庭的……。あぁ、是非是非私の奥さんになってほしいわ。それにしても……。私はふと、わき目も振らずにカレーを食いまくってる朴念仁な婚約者を見つめる。雪乃ちゃんがどういう気持ちで作ったのかとか恐らく全然わかっちゃいないと思うけれども、それで良かったのかなとも逆に思うのだ。

「安上がりな男ね」

「カレーが嫌いなわけがないだろう。こんな優れた料理を嫌いと云う奴は不幸だ」

 誠太郎は相変わらず冷めている。が……結構ホットでもあるのかも。こだわるところはこだわるので。

「雪乃」

「なぁに?」

 誠太郎は、名前を呼ばれてきょとんとしている雪乃ちゃんを引き寄せる。そして……。

「わ……」

 頭を撫で撫で。雪乃ちゃんはちょっと驚きながら、頬を赤らめてうつむいてしまう。恥ずかしくて……でも、ほめられて嬉しくて照れてしまっているのだろう。ああもうなんて云うか、子犬っぽい! かわいいいいいい!

「また作ってくれるかな?」

 誠太郎はぼそっと云う。それに対して雪乃ちゃんはますます恥ずかしそうに頬を赤らめ、云った。

「うん」

 お兄ちゃんが食べたいと云ってくれたら、いつでも……。と付け加えようとしたのだろうけれど、恥ずかしさで消え入りごにょごにょと呟くだけになってしまった。

 ……何だろう。このプロポーズみたいなやりとりは。

「何しろさつきは料理がド下手だからな」

「うっさい」

 痛いところを突かれる。が……真実だから反論はできない。実に悔しいところ。私は仕事には自信がある。が……家事はその限りではない。特に料理は最も苦手な分野でもある。人間得意不得意はあるわけでどうしようもないのだが。しかし、それはそれでいいわけではなく改善するべきことだろう。だから私はお願いをするのだった。この際プライド何ぞは全く持って関係などありゃしないのだから。

「雪乃ちゃん。今度、料理教えて」

「うん」

 この可愛い義妹は優しく教えてくれることだろう。そう考えると、邪まな妄想ばかりしていた自分が情けなくなってくる。改めよう。そう思う。

「雪乃。料理中に背後から襲われないように気をつけろよ。特にエプロン姿は危険だからな」

 折角人がこれまでの行為を悔い改めようとしていたのに、こんにゃろうは……。

「え? え?」

「そうそう。雪乃ちゃんのエプロン姿はマジで可愛い……って、何もせんわああああっ!」

 人が真面目に話してるのにチャチャを入れおって! 私の叫びがむなしく室内に響くのだった。










おしまい













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