あなどれないおまじない
朋也はある時ふと思った。冷静に考えて、いくら何でもこの前のあれはただの偶然だろう、と。そんな風に思いながらも内心では結構期待していたようで、迷うことなくそれを実行してみた。 以前彼女に教わったとおり、ギザギザの十円玉を机の上に立てて、その上にもう一枚重ねてみる。何度か失敗した後に、上手くいった。そうしたら今度は何やら怪しげな呪文を心の中で三回唱えてみる。ええと確か……スピードのキアヌなんたらの如く、だったはず。 「よし」 そして、その後に彼女の顔を思い浮かべてみる。笑顔が可愛らしくて、一緒にいるだけで安らげるような彼女の顔を。優しくて、たれ目がちょっと眠たそうな、おっとりして、のんびりした性格の彼女を。考えただけで可愛らしくて、すぐにでも会いたくなってくる。 ただそれだけのおまじない。だけどきっと上手く行くことだろう。何の確証もないけれど、そう思った。というよりも、思いたかった。多分無理だろ? と云うのが本音で、期待はまた別物ということだった。 そうして、夕暮れ時のこと。
さび付いたドアをこじ開けて、閉めたが最後。完全にロックされてしまった。ミイラ取りがミイラになるとはこのことか、と朋也は思ったが後の祭り。 「朋也……さん?」 「そこにいるのは……有紀寧か?」 二人は今ではもう、名前で呼び合う仲になっていた。 「はい。奇遇ですね」 まったくもって奇遇だろう。奇遇すぎるぞおい、と朋也は思った。そりゃそうだ。ここは体育倉庫。誰かと待ち合わせるようなところじゃないし鉢合わせするようなこともない。それなのに、朋也にとって見知った女の子……制服姿の宮沢有紀寧は競技用マットの上にちょこんと座っていた。まさに、そこから出られないと云った感じに。 「じ、実はさ。例のおまじない、久しぶりに使ってみたんだ」 あまりの効果に朋也もさすがにおっかなくなってきた。当初はダメで元々、まあ多分無理だろう、などと思いながらわざわざ見に来たわけで。そうしたら、いつのまにやら朋也自身も閉じこめられて、出られなくなってしまっていた。まさに自爆と云ったところ。 (なんでこういうことになるか! もう、わけがわからんし) おまじない、あんまり軽々しく使うのはやめようかな、などと思うのだった。 「そうだったんですか」 それはさておき、有紀寧はあっさりと納得してしまう。道理で出られないわけですね、と笑顔で云った。どうやら、本当に閉じ込められてしまっていて、途方に暮れていたようだ。……とは云え、全く困っていなさそうに見えてしまうのは、彼女の性格故だろう。 「ごめん。ただ、有紀寧と二人きりになりたくて。……ああ、下心なんてないんだ。ただ、本当に。……嫌だったか?」 「そんな……。嫌なわけ、ないです」 有紀寧はもじもじして、少し恥ずかしそうだ。 「下心……ないんですか?」 そして尚かつ、朋也の一言に残念そうな、ちょっと悲しそうな表情になってしまう。無意識のうちになのだが、朋也にとっては誘われているかのように色っぽく見えて困惑した。 「あ、いや」 「ごめんなさい。変なこと聞いて」 すぐに笑顔になって、有紀寧はそう云った。が、朋也は……。 「ごめん。実は俺、下心ありまくり……かも」 正直に、そう云った。 「……。私も、です」 彼女の周りにはいつも誰かしら集うわけで、なかなか二人きりになれない。だから、実はこんな機会をずっと待ち望んでいたのだった。 「その。えっと。あのな。……有紀寧」 「はい。あ……」 朋也は有紀寧を引き寄せ、抱きしめた。 「ずっと、こんな風にしてみたかったんだ」 「私も、です」 結局、二人とも同じことを望んでいたわけだった。 「朋也、さん」 有紀寧は目を閉じて、キスのおねだり。数刻後に感じた柔らかくて暖かい温もりに、有紀寧は頬を赤らめる。 そして、跳び箱を椅子代わりにして二人は交じり合った。
「ん」 有紀寧はショーツだけずらされて、朋也の大きなものを全て受け入れていた。 「あ……ぁ」 二人とも少し身じろぎするだけで、有紀寧は物憂げな表情のまま切ない声を出してしまう。互いの吐息すら感じる至近距離で。 「だ、め……です。動か……ないでくださ、い。あ……」 朋也はわざと、焦らすように有紀寧の体をほんの僅かに揺さぶる。 「あ……あ……。朋也、さん」 「どうした?」 「あの。私……」 はしたない声を出してしまって恥ずかしい、とでも云いたそうだったけれど。 「聞かせろよ。声……」 「あ、ふ……あ、ぁ」 朋也はそう云って、有紀寧の首筋にキスをした。堪えようとしているのに、どうしても甘ったるい声をもらしてしまう有紀寧が可愛くて、わざとそんな風にしてみるのだった。 「有紀寧」 朋也は有紀寧の長い髪を指先で弄びながら、キスをする。有紀寧の方は目を閉じながら、ただ柔らかな感触に頬を赤らめる。 「ん……。好き、です……。あ……ん」 優しく頭を撫でられて、有紀寧は子犬のように従順になっていた。 「本当に甘えん坊なんだな。有紀寧は」 「はい」 そう云われて嬉しそうに、照れくさそうに目を伏せて微笑む。 「どうして欲しい?」 「えっと……。しばらく、このままで……いてください」 お安いご用、とばかりに朋也は有紀寧を軽く抱きしめてあげた。一つになれただけで……二人はもう、それだけで十分だった。 そうしてその日は有紀寧の気が済むまで一緒にいた。
が、最後にはオチが付くわけで。
おまじないを解く時のこと。 「いいか。解くぞ?」 「は、はい」 有紀寧は後ろを向いてくれたけれど、さすがに笑いを堪えきれないでいた。真剣にやろうとしている朋也に対し、とても申し訳なさそうなのだけれども、くすくすとどうしても声が出てしまう。 「う……うおお!」 朋也は恥ずかしさを堪えるために大きく息を吸い込んで気合いを入れて、ズボンを一気にずり下ろし……。 「の、ノロイナンテヘノヘノカッパノロイナンテヘノヘノカッパ! どうだ!」 「と、朋也さん。三回……ですよ?」 復唱は二回ではなく三回。というわけでリテイクなのだった。 「うああっ! そうだった! しまったあああっ!」 元をただせば自業自得なのだけど。有紀寧は堪えきれず、ぷっと吹きだしてしまった。 そしてそれから
「朋也さん」 いつもの資料室。今は有紀寧と朋也の二人きり。いつものようにコーヒーを飲んでくつろいでいると。 「ん?」 新たにおまじないの本でも入手したのだろうか。真新しいカバーの本を片手に、少し照れくさそうだ。 「新しいおまじない。お願いしても、いいですか?」 「ああ」 今度のおまじないは……。 椅子をいくつか並べて、ちょこんと寝そべる有紀寧。 「すぅすぅ」 「ホントにまぁ」 朋也は今、有紀寧に膝枕をしてあげていた。安心しきって寝息をたてる有紀寧を見ていて、朋也は軽く頬を突いてみた。ふに、と柔らかな感触に、可愛いなと思った。 「見事に誰も来ないな」 彼女がお願いしてきたおまじない。その効果は『二人きりの時。好きな人に、いっぱい甘えさせてもらえる』とかなんとかで。あまりにもピンポイントだな、と朋也は思ったが、効力の程はやっぱり抜群だった。 「好きだぞ、有紀寧。……いっぱい甘えていいからな」 指先で有紀寧の綺麗な髪を弄びながら、自然にそんな台詞が出た。が……。 「はい」 「って」 軽く目を開けて、悪戯っ子のように舌をぺろっと出してみせる。 「起きてたのかよ」 「起きちゃいました」 あちゃ、と天を仰ぐ。朋也はちょっと恥ずかしくなってしまったが。 「いっぱい、甘えさせてください」 そう云われて朋也は照れ隠しに、有紀寧の体を起こして抱きしめてキスをした。 「ん……」 数秒後に唇が離れたところで視線が合わさって、有紀寧は云った。 「好き、です」 あまりにも純粋すぎる笑顔が眩しすぎて、朋也はまたまた照れ隠しのキスをした。 「んんぅ……。朋也さん……ん」 有紀寧はまたまた嬉しそうな、楽しそうな笑顔。そして朋也は照れまくって……そんな風に、キスの連鎖は続いた。 おまじないの効果は、まだまだ続きそうだ。
----------後書き----------
例のおまじないネタにて。有紀寧自身に対して使われる事が本編ではなかったので、そのように。 彼女の場合閉じこめられても動じないというか、逆に望んでしまいそーな。そんな気がいたします。 ご意見ご感想シチュエーションのリクエスト、誤字脱字報告はWeb拍手にてお願い致します。 |