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『一人暮らしをしている僕の所にある日幼馴染が晩飯食いにやってきてヤンデレ化しちゃう話』












「ねえ達也。達也ぁ」

 小さくてとても可愛い女の子と、同じように小さくて可愛くて女の子みたいな外見の男の子。元気な女の子に対し、男の子はちょっと内気な性格だった。そんなわけだから、女の子は楽しそうに笑いながら男の子の袖口を掴んで引っ張り、とことこと駆け回っていた。

「達也ぁ。早くぅ。遊ぼうよぉ」

 それは幼い頃の記憶。気がつけば二人はいつも一緒にいた。出会いの場面すらはっきりと覚えていないくらい、幼い頃からの仲。二人と同様にお互いの両親同士も仲が良くて、いわゆる家族ぐるみの付き合いといった感じで、いつも一緒に遊んでいた。兄妹のような関係があまりにも当たり前に思えて、疑うことを知らなかった。けれど、残酷な時は少しずつだけど確実に変化を引き起こしていた。気付いていなかったのか、あるいは気付かぬふりをしていたのか、それは誰にもわからない。

 ――あの日が来るまで、二人の関係はずっと変わらないままだった。

 金沢真奈美と白山達也。二人は幼なじみで、同じ学校に通っている。

 肩の少し下辺りまで伸びたセミロングの黒髪に加え、身長160センチ前半のすらっとした体と、少しばかり急成長中なのが自慢(誰にも言っていないけれど、本人はそう思っている)なバストが特徴的な美少女。第一印象を一言で言い表すならそんな感じ。濃紺のブレザーをきちんと真面目に着こなし、丁寧にアイロンがけされたブラウスにはしわ一つなく、赤く可愛らしいリボンも緩める事なくしっかりと締めている。自信に満ち、凜とした瞳はどこか気高くて勝ち気にすら見えて、教師達の評価も高い。それでいて成績は優秀でスポーツも万能、どの教科も高いレベルでそつなくこなしている。まさに天が二物を与えたと言っても過言ではないわけで、当然の事ながら周囲の男子からも注目されていて、廊下や道を歩いている時こっそり後ろから振り向かれていることもしばしばで、もはやある種のお約束とでも言えるのではなかろうか。そんな典型的な優等生。それが金沢真奈美と言う名の女の子だった。

 それに対して白山達也は、一見女の子と見間違うような色白で細身の美少年で、自分の事を『僕』と言うのもあり、真奈美に言わせれば頼りなくも情けなくも男らしくもないと、3Kならぬ3Nなレッテルを貼られてしまった男の子だった。それでも決して素行は悪くなく、不器用だけど努力家で、とても穏やかで優しくて争いを好まない性格なので女子には密かに人気があった。だけど、真奈美以外の女の子にとっても、どこかなよなよしているように感じられているかもしれない。だからだろうか、小さい頃からずっと真奈美に腕を引かれ、時に引きずられ時に押し出され、『あんたは私がいなきゃだめなんだから』とかはっきりと言い切られたり、『もうっ。だらしないわね!』とか呆れられたり、『ほら、しっかりしなさいよ!』とか渇を入れられたりしてきたわけだった。そんな頼りなくも優しい美少年。それが白山達也と言う名の男の子だった。










これはそんな、いつまでも続く腐れ縁な関係にある二人のお話。










 ――私はいつも『まったく、仕方がないわね』と思ってしまう。勿論口に出して言うときもあるけれど、心の中で人知れず呟いている事が多々ある。それはきっと口癖というやつだろう。『仕方がない』のが何を指しているのか、誰に対して言っているのか、答えは単純。一人の男自身のことであるという結論に辿り着く。そして今日もまた、私はその男の所へと向かうのだった。我ながら世話焼きだと思うのだけれども、仕方がないのだ。きっと。

 風が吹き、髪がサラサラと揺れる。そろそろ長くなってきて少しばかり鬱陶しいな、などと思いながら私は前髪を右手で払い上げる。そうしてああ、またやってしまった、と思った。私のもう一つの癖でもあるこの仕草を見て達也は言ったものだ。『何それ。気取ってんの?』と。それに対して私は『そんなつもりないわよ』と言い返すのだけど、達也はちょっとおかしそうに笑いながら『しょっちゅうしているよ』と言った。達也が自分の事をよく見ているという事が少しだけ、ほんの少しだけ嬉しく思ったりしないでもないのだけれど、ああ、やっぱり髪をかき分けるのが癖になってしまっているんだなとも思い、どうにかして改めようとするけれどなかなか容易ではないようだった。気が付けばやってしまっているのだから。

「ついついやっちゃうのよね。もう」

 自分の事ながら思わず苦笑してしまう。確かに、これじゃどこか気取ってるように見えるのかもしれないわね。女優にでもなったつもりかしら、と思う。達也の指摘はもっともだ。

 ――さて、唐突だけれども今日、私の両親は揃って旅行に行っている。それを良いことと言うわけではないけれど、近所で一人暮らしをしている幼なじみこと、達也の家へと遊びに行くことにしたのだ。

 女の子が男の子の一人住まいに遊びに行くという行為、もっとわかりやすく言うならば年頃の男女が一つ屋根の下にいるということは、世間一般ではあんまり誉められたものではないだろう。けれど、達也と私は別だと思う。男女の違いなど微塵も感じられない、良くも悪くも腐れ縁と言えるくらい長い付き合いなのだから、世間体なんてまるで気にしない。何せ、小学校から高校までずっと同じ学校で、更にどういう因果か所属クラスまで殆ど同じという、いい加減うんざりするような関係は今も続いているのだから。それでも、この所何かしら変わったことがある訳で、一つ挙げてみるとすれば、達也のお父さんが仕事の関係でこの街から遠く離れた地方都市へと転勤し、単身赴任してしまったことだった。そして達也のお母さんは息子を見捨て……た訳では勿論ないのだろうけれど、何故か達也のお父さんの単身赴任先へとついて行ってしまった。後に残されたのは、古く家賃の安いアパートに押し込まれた哀れな達也のみ。そのようなわけで達也は今現在一人暮らしをしているのだった。それはまあ、さぞかし寂しいことでしょうね。それに、見た目も中身も女々しくて頼りない性格な達也のことだから、ホームシックにでもなっちゃってるんじゃないかしら、とも思った。仕方がないから遊びに行ってあげて話し相手にでもなってやろうかな、と、今回の訪問はそういう目的なのだった。

 時刻はもう夕暮れ時。さあて、どうせまたカップ麺でも食べてるであろう不健康そうな達也のために、この私が久々に腕によりをかけて何かきちんとした手料理を作ってあげましょうか、技術はともかく愛情は有料にしたいところだけど、今日は特別に大目に見て無料にしてあげるわ。などと、私はそんな展開を考えていたのだけれど完全にあてが外れる事になる。玄関のチャイムを鳴らし、ドアを開けてもらうと、部屋の中からとってもいい匂いがしてきた。達也はエプロンをしていて、晩ごはんを作っていたところだった。結構似合うじゃない。

「へぇ。ほぉ。ふ〜ん。あんた、見かけによらず結構しっかりものなのねぇ。感心感心」

 私はちょっと感激したので一人つぶやいたりしながらうんうんと頷き、ご相伴に預かることにしたのだった。達也も笑顔で『味の保証はしないけれど』とか言って嬉しそうにはにかんだ。ほんとにもう、可愛いわね。色白で華奢で、女の子の制服を着せれば誰も男とは思わないだろうけど、本人にそういうことを言うと冗談抜きで落ち込むのであんまりそれについては触れないようにしている。誰でも言われて嫌な事はあるだろうから。

 さて、達也が作っていた料理。それは熱したフライパンに油をしいてから残り物のご飯と刻んだ野菜を何種類か入れ、塩胡椒を軽く振って炒めたものという、まあ典型的過ぎるような残り物料理だけれども。でも、それなりにおいしいんじゃないかしらと思う。ちょっと味が濃いのが難点で、卵とか使ってみたらどうかなとも思うのだけど、55点くらいはあげてあげようかな。その点数は厳しめ? とか言いながら私はぱくぱくと食べていた。我ながら素直じゃないわね。

「ねえ達也。私以外の娘にも、こんな風に手料理作ってあげたこととかあるの?」

 ――その一言から全てが始まった。冗談のつもりだったのに、全てを壊してしまうことになった一言。導火線に火をつけてしまった一言。後から思えば、だけども。もっとも、どのみち同じような展開になっていたことだろう。形は違うにせよ。

「ああ、ごめんごめん。そんなこと聞いちゃいけなかったわね。あんたみたいなただでさえ冴えなくてモテない男がそんなことしたりするわけないよねー」

 などと、自分から聞いておきながら散々ひどいことを言ってみた。いつもそんな軽口を叩いては達也の方も分ったように『馬鹿にすんなー!』とか反応してくれたのだから。今日もきっとそんな感じに何らかの反応があることだろうと、私はそう思っていた。

 どこか馬鹿にして、見下していたのかもしれないと後々思い知ることになる。今日、珍しく達也の手料理を食べられたことが嬉しくて、食べながら笑顔でさりげなくそんな質問をしてみただけだった。ただそれだけのはずだった。それなのに達也の返答は普段とはまるで異なっていた。どこまでもまっすぐで、真剣な瞳で『あるよ』と。それはそっけなくも、衝撃的な答えだった。私は少しばかり動揺しつつも言った。きっと、事実を受け入れるのが怖かったのだろう。

「はいはい。嘘はいいから。ま〜た強がっちゃってさ〜」

 と、そんな感じに私は達也の冗談を笑って受け流そうとしたけれど無駄だった。『ずっと言っていなかったけどさ』と、達也は少し申し訳無さそうに前置きをしてから打ち明ける。『実は僕。今、女の子と付き合ってるんだ』と。私は少しの間呆然としながら、無意識のうちに指に力が入り、ぱき、と箸を折ってしまった。

「嘘……」

 楽しかった食事の時間だったのに、辺りの何もかもが凍りつき、崩れ去って行くような気がした。達也は言った。『嘘じゃないんだ。本当だよ』と、明確すぎて誤魔化しようのないほどはっきりしていた答えだった。優しげな瞳は私の事など見てはいないんだ。そう思うと寂しさが込み上げてくる。何か言わなければいけない。言わなければ、自分が壊れてしまいそうだ。

「誰よ」

 静かだけど、ナイフのように鋭い反撃代わりの一言を、私はかすかに震えながら放っていた。『誰だっていいでしょ?』と、達也は恥ずかしそうに答える。私に対し達也は歓迎してほしいなと、そんな風に思っているのか、照れて答えなかった。どうして……。達也のそんな態度に私はカッとなってしまう。眉を吊り上げ、責めるような口調で問い詰める。

「ふざけないでっ! 誰なのよそれっ! 真面目に答えなさいよっ!」

 私は無意識のうちに凄まじい剣幕でまくし立てていた。今度は達也が呆気に取られる番だった。『な、何怒ってんの?』と、戸惑うように答えている。私の怒りは更に高まり『このわからず屋!』と、罵りたくなった。

「怒るに決まってるでしょ!」

 私に内緒でいつの間にそんな事をと、思う。けれどすぐさま苛立ちの原因が異なっている事に気づく。そんなことじゃない。苛立ちの原因はあまりにも明らか。達也が私以外の娘とそう言う関係になってしまったこと。今までのつかず離れずな心地良い関係は、自分の知らぬ間に壊されていたんだ。そう思うと両手を握りしめる力が更に強くなっていく。

「誰なのよ! 言いなさいよっ!」

 私の剣幕にむっとしてしまったのか、達也も態度を硬化させてしまう。『誰だっていいでしょ。僕と真奈美は恋人同士じゃないし、関係ないでしょ』と、事実をつらつらと述べる。

 達也の一言は確かに事実だったけれど、私にとっては根本的に違っていた。違う。達也が言っているのは事実なんかじゃない。私は……私はあなたのことが好き。なのに、どうしてそんなことを言うの、と、そう言いたかった。愛情が有り余り、憎悪へと化学変化を起こして行く。好きな人が知らない間に別の娘と。そんな事実、到底受け入れられるわけがない。

「どうでもよくないわよ! 誰よ! 誰なのよそれは! 隠してないでさっさと答えなさいよ! 早く!」

 バン、と小さなテーブルを乱暴に叩く。その衝撃で湯飲みが倒れ、注がれていたお茶がばしゃっとこぼれる。『な、何怒ってんの? 真奈美怖いよ。関係ないじゃない』と、達也は脅えるように言った。私は無意識のうちに、達也の胸ぐらを掴んでいた。

「関係なくないわよ! 教えなさいよ!」

 間断なくまくし立てようとして遮られ、私は更に衝撃的な事実を知ることになる。

「……本気、なの?」

 私の剣幕に気圧され、達也は渋々ながらゆっくりと打ち明ける。それは数ヶ月程前の事。隣のクラスの女の子に『好きです。付き合ってください』って、言われたんだ、と。そして達也はその告白に心底驚きながらも『いいよ』と答えたそうだ。理由は色々あるけれど、全く知らない娘ではなかったのが告白を受け入れた理由の一つ。クラスは違うけれども委員会で一緒になって、学年行事や何かでしょっちゅうお話をしている仲だったそうだ。その娘はひたむきに仕事に取り組み、こつこつと頑張る達也の姿にひかれたのか、思い切って勇気を出して告白したのだろう。達也はその告白を受け入れてあげた。そうしたいと強く思ったから。達也が言うには、その娘はとても健気ながんばり屋で、思わず応援したいと、もっと一緒にいたいと、そう思ったそうだ。

「まさか。B組の岡野さん? 告白してきた娘ってそうなんでしょ? あの娘でしょ!」

 達也はどうして彼女の事を知っているんだと、ちょっと驚いたように答えた。知っているわよ。前から時折、あんたの回りをちょこまか纏わり付いているのを見たことがあるから。けれど、今はそんなことはどうでもいい。重要なのはそんなことじゃない。――それで仲良くなって付き合い始めただなんて言うつもりじゃないでしょうねと、声を震わせながら問いただす。

 達也は『そうだよ』と、そっけなく答えた。達也は今、岡野さんと呼ばれた彼女の事を思い浮かべている。達也が言うところの優しくて一生懸命で頑張り屋さんで穏やかで、私とは全く違う性格の女の子のことを。両思いになり、付き合っている女の子のことを!

「冗談、でしょ?」

 笑いが込みあげてくる。ありえない。そんなことがあってはいけない。あるわけないじゃない。何よこの馬鹿みたいな夢は。夢だったら二度と見たくないし、現実だったら……現実だったら、そう、間違いは正さなければいけない。だれだって間違えを起こしたりすることはあるし、考えてしまうこともあるんだから。今の達也は間違えている。そうに決まってる。

 けれど『本気だよ』と、達也は私を突き放すように言った。

「達也。だめ、だよ。あんな女と付き合うなんて言っちゃ。地味だし、根暗だし、友達少ないし、おどおどしてて口数少なくて、胸だけやたら大きくて、何がいいのよ一体……」

 私の心に悪意が込み上げてくる。罵倒の言葉がどんどん浮かんでは、声となって達也を傷つけていく。それに対し『どうしてそんなこと言うの? 何で喜んでくれないのさ』と、達也は悲しそうに言う。どうしてと聞きたいのは私の方よ。どうしてそんなこともわかってくれないのと、怒りが込み上げてくる。

「達也きっと岡野さんに騙されてる。そんな関係、冗談で付き合ってるだけ。影できっと笑いものにされてるだけよ」

 達也は私をたしなめる。『そんなことない。彼女のことを悪く言うのはやめて』と。私の悪意がこもった言動を快く思っていない。私に諭すように一生懸命、彼女はそんな人ではないと語り始める。あの娘は本当に優しくて親切で、一緒にいるだけでほっとさせてくれるような、そんないい娘なんだよ、と。達也ののろけ話を聞けば聞くほど苛立ちが込み上げてきてしまう。極め付けに、達也の一言。『真奈美も会ってお話してみれば、きっと仲良しになっちゃうよ』と、あろうことかあの女と友達になって欲しいという願い。そんなこと、できるわけがない。

「うるさい! 人の話を聞きなさいよバカっ! 何でよ! 何でなのよ! 何で私以外の……それもあんな女と付き合うだなんてっ! ふざけないでよっ! そんなの絶対許さない! そんなことさせるくらいなら――っ!」

 私は激昂した余り拳を振り下ろし、がしゃんと皿を叩き割っていた。更に傍らにおいてあった果物ナイフに気づき、右手でしっかりと握り締める。非力な私でもしっかりと握り締めてもう片方の手でも押し込めば……。仮にそれができなくても、刺しては引っこ抜き、更にそれを繰り返せば……。そんな展開が頭をよぎる。だけど、その前にもう一度だけ考え直して欲しいから、聞いてみる。

「どうして! どうしてなのよ!」

 達也はただ『やめてよ真奈美! 僕、何か怒らせるようなこと言った?』などと言っている。何がどうしたと言うのだろうか。私は散々迷った挙げ句、ようやくその先の言葉を口走る。

「どうしてあんたは……私のことを好きと言ってくれなかったのよ! ずっと……ずっと一緒にいて、将来はっ、て……!」

 当然の流れだと思っていた。おぼろげだけど幼い頃にはっきりとしていた約束を思い出す。おままごとをして、その最中に将来は達也のお嫁さんになるんだと無邪気に言っていたあのころの事を。そんなの子供の頃の他愛もない約束でしょと、達也は震えながら言った。そう。確かに達也の言う通り、他愛のないじゃれ合いよ。だけど、私にとっては違う。どうしてそのことをわかってくれなかったのだろう。

「違う! 私は本気だった! 今だって! 今だって本気であんたの事が好きなのに! なのにどうして!」

 どうして気付いてくれなかったの。違うの? もしくは……私の気持ちに気付いていて、あえて気付かないフリをしていたとでもいうの? それとももしかして……気付いていたのに、どうでもいいと思っていたの? 私はどんどん疑心暗鬼になってしまう。達也は苦し紛れに言った。『ぼ、僕が誰を好きになろうが勝手でしょ』と。それは火に油を注ぐ一言にほかならなかった。

「あ、う……。達也……。ひどい、ひどい」

 どうしてわかってくれないのよ。私の頬を幾筋もの涙が伝い、流れ落ちていく……溢れんばかりの愛情が全て憎悪に変化した瞬間だった。

「嫌いっ! 大っ嫌い! あんたなんか死んじゃええっ!」

 けたたましい叫びとともに、テーブルをひっくりかえしていた。上に乗っていた食器が料理ごと吹き飛ばされ、ひしゃげる。私は果物ナイフを握り締めたまま飛びかかっていた。今の、嫌いな達也を殺すために。あんな女と付き合っている達也は嫌いで憎くて殺したくなる。そうすれば達也はあんないまいましい女と付き合うこともなく、私の心の中に永遠に生き続けることができるから。そうしてきっと私の中で達也と付き合うことになり、幸せな日々が待っているのだろうから。これは大切な人を傷つけることじゃない。間違った未来を訂正しようとしているだけだ。

「ふ、ふふ、ふ……。あはは。あは……ふふふふ。達也ぁ」

 思い込んでいた。そして思い上がっていた。幼なじみで、家もすぐ近くでいつも側にべったりとくっついていて、兄妹みたいな関係で何やかや言い合いながら世話を焼いてきて、しょっちゅう下らないことで口喧嘩をしながら登校しては下校した。わかってくれてると思っていた。私の気持ちなんてわざわざ言わなくたって、と。そんな風に思っていた。いつから変わってしまったのだろう? どこでボタンをかけ違えてしまったのだろう。勿論、言わなければいけないしはっきりさせたいと思い、あなたのことが好きだと何度言おうとしてうまくいかなかった。何度そんなことが繰り返された事だろうか。どこかで好きと言えていれば、未来は変わっていたかもしれない。だから私はこんな未来信じないし、いらない。誤った方向に進んでしまった未来を修正する方法はただ一つ……。

 達也が席を立ち、後ずさりする。私の手に握られたものを見て恐怖に震えながら、なだめようと試みる。『やめて』と叫んでいる。私に対して『何をする気なの!』と喚いている。

「やめてもいいわよ? じゃあ、やめたらあの女と別れて、私とお付き合いしてくれるのかしら? そしたらやめるわよ? あーわかった。正直に言いなさい。達也はお人よしで優しいから、あの女の告白を断り切れずに受け入れてちゃったんでしょ? 絶対そう。間違いない。そうじゃないとおかしい。そうに決まってるわよね?」

 私は静かに、ゆっくりと懇切丁寧に説明してあげるのに達也は絶句してしまう。けれど、わずか数秒の沈黙は最高の譲歩案を拒否したのと同じ。私の怒りを増幅させることとなった。

「ふぅん。できないんだ。そうなんだ。あんな女と付き合っちゃいけないってこんなに言ってんのにまだわかんないんだ。――どうしてできないのよこのバカぁっ!」

 私は怒りの余り一気に突進した。果物ナイフとはいえ、刃物には違いない。急所を思い切り突かれたら命を落とすことだろう。そして刃先に達也の体が近づく。ずん、と鈍い音がした。ナイフは寸でのところで達也の体を外れ、その後ろにあった冷蔵庫のプラスチック制の扉を傷つけ、からんと音を立てて床へと落ちた。ギラリと光る銀色のナイフをみて達也は震え上がる。もう数センチずれていれば達也の体のどこかしらを直撃していたことだろう。狙ってなどはいない。激情に任せた当てずっぽうの一撃だった。

「はぁ、はぁ……。達也ぁ。逃げないでよ。何で逃げるのよ? だめだよ、今の達也は間違ってるんだから。何怖がってんのよ? 私はこれから達也をナイフで刺して、元の達也に戻そうとしているだけなのに、何で怯えているのかわからないわよ。じっとしていなさいよね? あんたは黙って私の言うことを聞いていればいいのよ」

 達也は私の腕を掴んで何とか動きを封じようとするけれど、私だって負けてはいない。

「達也さぁ。岡野さんと付き合う気なんてさらさらなかったのに、哀れで仕方がないから付き合ってあげたんでしょ?」

 そこで達也が正直に『そうだよ』と答えてくれたら全てが済むはずだった。けれど、私が望んでいた返答は無かった。

「ふぅん。そういえば、ねえ達也。あの女ともうやったの? やっちゃった?」

 わずか数センチの距離で視線が交差する。達也の目は戸惑いに満ちていて、やはり答えられないでいるみたいだから、私はひたすら言い続ける。

「そう。まだなんだ。まだえっちしてないんだ。へ〜え。付き合ってそんなにたつのに、キスすらまだなんだ。だっさいなあ。……でも、まだってことは、これからするんだよねぇっ!?」

 ゆっくりと、私の右手が達也の股間へと伸び、柔らかく膨らんだ部分を掴む。ぐ、と一気に力が入りかけて、達也は本能的に私の体を吹き飛ばすように引きはがす。

「いーわよっ! あんたの玉なんて握り潰してやる! 引きちぎってやるわよ! そうすればあの女と交わることもできないでしょ!? ラブホテルに連れ込んで四つん這いに押し倒してずこずこやりまくったりなんてできなくなるでしょ!」

 達也は必死に私の体を押さえ、逃げようとするけれど私は構わず尚も飛びかかる。

「逃げんじゃないわよ達也ぁっ! あの女とやらせるくらいならあんたのち○ぽなんか噛みきってやる! 玉なんて潰してやる! さっさとこっち来なさいよっ!」

 私は金切り声を張り上げ、揉み合いながら達也のズボンチャックを素早く下まで降ろした。達也は情けなく泣きながら、床にぺたんと座り込んでしまった。

「あ、そっか。達也が嫌がってるわけがわかった。こんなことしたら痛いわよね。私ったらついカッとなっちゃって、ごめんね」

 達也を捕まえた私は何がおかしいのか、急にのんびりとした口調になってしまい、言った。

「お詫びに私が達也のおち○こ、おくちでいっぱいしゃぶってあげるから。あ、手でいっぱいいかせてあげたほがいい? ううん、やっぱりお口でぺろぺろなめてあげてちゅるちゅるすすってあげた方が気持ちいいよね〜?」

 達也は震え上がりながら『真奈美……な、何言ってんの?』と、呟くだけだった。

「嫌なの? 気持ちいい事嫌いなの? 変なの〜達也。でもね、だめだよ。嫌だなんて言ったら、首締めちゃうからね」

 私はスカートのポケットからしゅる、とハンカチを取り出し、達也の首へと巻いた。硬い布地のハンカチだから、引きちぎる事など困難だろう。達也を大人しくさせるためにしたのだが、意外なことに達也は呆然としたまま抵抗しなかった。

「で、お口でいっぱいしてあげた後で、私の初めてを達也にあげる。だからあんな女と付き合うのなんてやめるの。嫌だなんて言ったら殺すよ? あんたは私とじゃなきゃだめなんだから。達也が付き合っていい女の子は私だけなの。あんな女と付き合ったりしちゃだめなんだからね。わかった? わかったらいつものようにハイって言いなさいよね?」

 私は達也の返答など聞かないままに近づき、無造作にキスをした。それは記念すべき初めてのキスなのに、私はただしゃぶりつくかのように暖かい感触をむさぼった。達也の頭を掴み、舌を口内に這わせて絡ませる程。

「ん、ん、ん。たつ、やぁ。、もう、女の子みたいに可愛いーんだから。ふふ」

 動かない達也とのキスを散々味わってから、私はぺろりと舌なめずりした。そうして達也を床に組み伏せ、股間に顔を埋め、愛撫をはじめる。垂れてきた髪が鬱陶しくて本気で邪魔に感じた。今度と言わず、今すぐにでも切り落としたくなるほどに。

「ねえ達也。私、髪切った方がいい? 切るのと切らないのと、どっちが好み? 可愛い?」

 私はこんな時に何を聞いているのだろう。達也も同じように感じたのか『え?』と問い返す。勿論答えは無かった。

「んー。達也のおち○ちんおしゃぶりするとき前髪が邪魔かなーって思ったから。前に前髪かきあげる癖のこと言われた時、私のことをよく見てくれてるんだな〜って分かって、すごく嬉しかったんだよ? でも、ま、そんなこともうどうでもいいわ。それじゃ、達也のおち○ちんおしゃぶりはじめよっかな。いっぱい出してよね。んぷ……」

 私の口内が達也のものを飲み込み、包み込んでいく。ぴちゃ、ぴちゃ、と水音をたてながら。

「んぐ。達也。抵抗したらち○ぽに歯を立てるからね? 痛いの嫌でしょ? だったらおとなしくしてなさいよね」

 上目遣いで恫喝。達也はもう凍りついたように動けないでいた。私は舌を使い、両手で二つの玉を転がせる。私は人よりも器用だという自信も自負もある。だからやるときは徹底的にやる。それが信条。今だって、こんな行為だって本気でやってみる。

「んん。んちゅ……。ん、ん。あは。達也のおちん○んしょっぱくてちょっと苦くておいし。か〜わい。ん、ん、ん〜ん、ふふ。れろれろれろ〜」

 アイスキャンディーをしゃぶるように楽しげな笑顔が込み上げてくる。ねっとりとくわえこんでから、今度は舌先で先端を愛撫してあげる。丸みを帯びた形の先端には割れ目がある。しゃぶるのなんて勿論初めてだけど、恐れはまるでなかった。

「んふ。あの女に……岡野さんに教えてあげなさいよ。この前、他の女の子におち○ちんおしゃぶりされて、気持ち良くてお口の中にいっぱい出しちゃったんだよ、って。ん、ん、んぐ。そーしたらあの女、どんな顔して何て言うか聞いてみたいわよね」

 私はひどいことを言っている。達也はただきつく目を閉じて耐え続けるけれど、私の口内が暖かくて心地よくて、背筋に震えが走っていくみたい。その様を見ていると猛烈に嬉しくなっていく。

「ん、ん、ん、ん、ん。んんん、ん……。ちゅ、ん、んぐ、んん、ん。ぷは……ん、ん、んんんん」

 私はしばらく何も言わず、ただひたすら一心不乱に愛撫を続けた。そうしたら突然達也は震え出してどぷ、どぷ、と大量に射精を始めた。私はただ黙って口内ですべてを受け止め、こく、こく、と喉をかすかに鳴らして飲み干した。苦く、むせ返りそうなくらい濃厚だけれども、何とか堪える。

「ぷは……。ん、達也の早漏。こんなにいっぱい出しちゃって、馬鹿みたい。あ、それとも私と達也って身体の相性が良いのかなぁ? あははっ。わかった。やっぱり達也は私とする方がキモチイイんでしょ? 断言してあげる。絶対あの女とじゃ満足できないって。……そーだ。それじゃ、達也がえっちする相手が私とじゃないと満足できないようにしてあげる」

 口内からあふれ出た精液が、私のあごを伝わり落ちていく。けれどこれで終わりじゃない。私はぬぐい取るそぶりすらみせずに次の行為へと移る。

「いいわよ。あんな女とセックスさせるくらいなら、私が全部吸い取ってやる。達也が精液出せなくなるまで、気持ちよくさせてあげる」

 そして私は再び達也のものをくわえ込む。凄まじい勢いで舌を動かし、両手で達也の玉をなで回し、お尻の穴をつついて刺激する。達也はきつく口を閉じながらも『くう……』と、言葉を漏らしてしまっている。

「きゃは。達也かわいー。感じてる〜。あ、でも、吸い付くしちゃう前に」

 くわえ込んでから私はあることに気づき、達也のものから口を離し、ふいに立ち上がる。

「達也の初めて、貰うわね。……私も初めて、だけど」

 そうだ。口での愛撫よりも絶対的な事。達也と一つになることの方が先だ、とそう思ったから私はスカートを両手でたくし上げ、片足ずつ上げて履いていたショーツを脱ぎ去る。

「そんなことして恥ずかしくないの、って? 恥ずかしいに決まってるじゃない。……ああ、いやあん、見ないでえ、見ちゃだめぇ、とでもアニメ声で言ってほしいの? 言うわけないでしょ。私をこんなふうにしちゃったのは達也のせいなんだから。花も恥じらう乙女なのに、こんな風に淫乱で恥知らずな女の子にしちゃったのは、達也が私を振ったからなんだから」

 私は下着を脱ぎ、剥き出しになった割れ目を両手で開き、仰向けに寝そべる達也に跨がり、そそり立ったものを掴んで入り口に押し当てる。

「でも、恥ずかしいなんて言ってらんない。じゃないと、達也の初めて……取られちゃう。あの女に。あんな女に。だったら達也の童貞を私がもらっちゃうから。今すぐ、ここでこれから」

 この風景をあの女が見たら何と言うことだろう? 泣くだろうか、恥じらうだろうか、哀しむだろうか。見せつけて傷つけて、達也との関係を一方的に破壊したい。そう思いながら私は達也の上へとゆっくりと腰を落として行く。ぷち、ぷち、と僅かだけど確実に避けていく感触。『真奈美……! 痛く、ないの?』その問いに私は達也をキっと睨みつける。

「う、ぐ……。痛くなんて……。痛い、よ。馬鹿……。人の心配なんてしてる場合……」

 私の頬を一筋の涙が伝って落ちた。冷たい涙だった。一瞬、意識白くなった。私は……何をやっているんだろう? 何てことをしていたんだろう? 我に帰った、のだろうか? 今までの行為は夢? それとも、狂気に支配されていたのだろうか? わからないけれど、激痛に絶叫していたのは無意識のうちだった。

「う、あ、あああああああっ! 痛いよおおおおっ! 痛い、痛いいいいいい! いやあああああっ! だめえええええっ!」

 そうして達也のものが全て私の中へとねじ込まれた。その瞬間、今までの強気な態度もどこへやら。私は馬鹿にしていた達也のように弱々しく泣きじゃくり、痛みを訴え始めていた。こんな形で初めてを失うことになってしまったことがとても悲しい。それもあるけれど、込み上げてくる痛みは達也が私を選んでくれなかったこと。

「どうして。どうし、て。どうし……て。どうしてなのよぉ。どうして好きって、言ってくれないの。言って、くれなかったの」

 私と達也が繋がっている結合部には、うっすらと朱色の染みが浮んできた。破瓜の証拠。けれど、こんな形で失いたくはなかった。嗚咽と共に涙の粒が達也の胸元にぽたぽたと落ちていく。私の言葉に達也は力無く『好きだよ』と答える。

「何が好き、よ。一番じゃなきゃ、イヤ。岡野さんより……好きって言ってよ」

 達也は何も答えられなかった。答えられない理由なんか聞きたくもない。

「どうして。なんで。好きって、一番好きって、言ってよぉ。どうして、言ってくれないの。なんで……。どうしてよぉ……」

 それ程までに、私にとって達也の告白はショックだったのだ。それはあたかも狂気という名の濁流に飲み込まれ、自我を失ってしまうかの如く。

「好き……。好きなの。達也が……あなたが、好き。私に……何が、足りないの? どうしてだめなの? どうすれば一番好きになってくれるの? どうすれば岡野さんと別れて、私と付き合ってくれるの? 好きって……一番好きって言ってよぉ。お願いだから」

 達也は答えられない。ただ、涙をこぼしながらごめんとつぶやくだけ。それに対して私はこれまでの行いを悔い、懺悔するように独白を始める。何を今更と言われても仕方がないくらいの茶番劇だ。

「う、う。達也、ごめん。こんな酷いことして。ナイフで刺そうとしたなんて……。でも、でも……。達也がいなくなっちゃうって。離れていっちゃうって……一緒に、いちゃだめって言われちゃうって……そう思っちゃったから……我慢、できなくて私……私。怖くて……たまらなくて……」

 我が儘で理不尽で、大切な人を傷つけて、最低だと分かっている。けれど、どうしようもなかった。体が勝手に動いてしまったかのように、自分の暴走を止められなかった。

「達也ぁ。ねえ、聞いて。こんなことしてきて、勝手で、嫌われて、振られて当然だってわかってるけど、それでも私の……告白、聞いて。……私は、達也の事が好きです。だから、お付き合いしてください。お願い。……いいよ、ね? いいって言って? お願いだから言ってよぉ……。だめだって、わかってる……けど、それでももし……考え直してくれるのなら……」

 こんな形になってしまったけれど、落ち着いた声で告白。けれど最後には哀願するような眼差しになっていた。時を巻き戻すことなどできはしない。わかっていて、今更だけど真剣な告白。もしもこの告白があの娘より前にできていたとしたら……未来は激的に変わっていたかもしれない。すべては遅すぎた。どうして自分はこうなることを予測できなかったのだろう。達也を信じすぎ、自分の立場を見失い思い上がっていたから。これはその罰なのだろうか。

「だめ、なの……?」

 達也は答えられなかった。やっぱりそうだよね、と心の中でため息をつく。

「う、う……。だめ……。私。諦めなきゃ……。だ、め。できない……。そんなの、いやだ……。何で……。どうして……。自分が押さえられないよぉ。達也……私を許して。助けて……。もう、いやぁ」

 頭で分かっているのにどうしても事実を受け入れられない。自分が憎い。このままではまた、大切な人を傷つけてしまう。わかっているのにどうしようもなかった。こうして、悪魔に人格を乗っ取られでもしたかのように、再び私は豹変した。声も、表情も、心もすべておかしくなって行く。

「あ、あは……あは、あは。あ、はは……。いーよもう。もういいんだ。もう、どーだっていい。ふふ、ふふふ。岡野さんに言ってやる。言いつけてやる。私は達也に突然押し倒されて犯されて、初めて奪われました。汚されましたって。あんたが付き合ってる男はねぇ、嫌がる女の子を無理やり押し倒して服もパンツもブラもビリビリ破って、強引に犯して泣かして喜んでる最低野郎なのよって」

 そんなことをしているのは今の自分。私の封印されてしまった良心が叫ぶ。私は突如、猛烈な勢いで腰をくねらせ上下に動かしていた。もはや痛みなど完全に忘れてしまったかのように、狂ったように。

「んっ! 中にいっぱい……。あっ! どぴゅどぴゅ出されて孕まされちゃったって言ってあげる。あんたとあの女の関係をめちゃくちゃにしてあげる。んんぅっ!」

 だめ、そんなことをしてはいけない。私の頬を大粒の涙がいくつも伝っていく。心が自由を奪われ悲鳴をあげている。

「はぁ、はぁ。ほら! こんなふうにずこずこばこばこ突かれちゃって、奥までいっぱい入れられちゃってさ。あふっ! あっ。ふ、あは、あはは。ほら、私今達也に犯されちゃってるでしょ? 嘘じゃないよね。そうだ。折角だから、クラスのみんなを呼んでみてもらおっか? あっあっあっあっ」

 押し殺せない喘ぎ声を漏らしながら私はあるものを見つける。テーブルの上から落ちた達也の携帯が足元に転がっている。そして迷う事なく手で拾い、片手で操作を始める。メールの内容とか何度となく見せてもらっているから、操作は手慣れたものだ。

「そうだ。今から岡野さんに……あいつに電話してやろうよ。今、真奈美とふぁっくしてま〜すって言ってみせてよ。ほらほら。じゃ、かけるわよ? かけちゃうわよ? ん、あ。繋がったみたい。……あ、岡野さん? 私金沢です。そうです、達也君の幼なじみの金沢です。うん。今ね、私。あなたの彼氏さんとね、一緒に激しく交尾してるの。え? 何のことかわかんないって? っとに、にっぶい女ね。私は今あんたの彼氏とセックスしてるって言ってんの。達也のおち○ちんを私のおま○こに入れてずこずこばこばこふぁっくしてるの。あ、あ、ああん! はぁんっ! た、達也のおち○ぽがでっかくて、えっちな声出されて、あへあへ言わされちゃってるの。達也はあんたみたいな女なんかには勿体ないから、私が達也の初めて貰っちゃったからご報告のお電話してあげたのよ。ふ〜んだざまぁみろ〜。あ、あん、あんああんっ! はぁぁん! いい! いっちゃう! いっちゃうよぉ! 気持ちいいよぉ! 達也! たつやぁ! もっともっと! もっと突いて! 突き上げてぇ! おま○こ気持ちいいのぉっ! いっちゃうううう! 中に出してえええええええええ! ああああん、いいいいっ!」

 狂ったように腰を上下させる私はようやく携帯の通話を切った。すべて、聞かれてしまった……。達也はうなだれていた。きっと、全てに絶望したような気持ちになっていることだろう。口を大きく開き、舌を出し涎をだらだらとこぼしながらあえぎ続ける私の頬にも哀しみの涙が幾筋も流れていた。

「なぁんてね。う、そ。電話なんてかけてなんてないわよぉ。だぁれがあいつと、あんな女と口なんか聞くもんですか! あ、ぅ……。痛いの、我慢して……冗談言ってあげたんだから、もうちょっと楽しんでよぉ。なによぉ! 何がお付き合いしてます、よぉ。うあぁぁぁ!」

 軽く、けらけらと笑おうとして失敗。堪えていた痛みが一気に噴出して、顔をしかめる。私の中で狂気と正常が入り交じっている。

「う、う、うぐ……。そだ。達也ぁ」

 私は突然制服の上着もろともブラウスの前を両手でぶちっと破った。ボタンが数個まとめて飛び、白い清純なブラに隠された胸があらわになった。ブラすらうっとうしいとばかりに引きちぎる。

「私のおっぱい見てよ。おっきくなったでしょ? あんたと一緒にお風呂入ってた頃からすっごく成長したのよ。ほら、触ってよ。揉んでよ。乳首吸ってよ。ほら、ほらほらぁ!」

 大きな胸をぐりぐりと達也の顔に押し当てる。柔らかな感触に、達也は目をきつく閉じる。

「今、何センチの何カップだと思う?」

 丸く形の良い胸を自らも揉みしだき弄びつつ、質問する。

「当ててみなさいよぉ。当てるまでずっとこのままだから。出し尽くして死んじゃうかもねぇ。あ、パイズリするの忘れてたわねぇ。ごめんごめん文句言わないで達也ぁ」

 私は腰を上下させていく。ずぶ、ずぶ、と出ては入ってを繰り返す。もはや痛みなど気にしていなかった。

「あ、あ、あ。なぁによ、また何出してんのよぉ」

 挑発するような私の動きに達也はもはや堪え切れず突如達してしまう。体の中に熱い感触が何度も込み上げてきた。アダルトビデオのように上手くはなかなかいかないもののようだ。

「やっぱり達也の早漏。そんなんじゃ岡野さんに嫌われちゃうわよ? あんな女とやらせたりなんてさせないけどね!」

 狂気の笑みを見せつける私と、脱力し目を伏せる達也。私は一体何をしているのだろう。

「どう? 見える? はは。たれていってるわよね。あんたがいっぱい出した精液が私の中から、どろりって。ふふ。ふふふふ」

 達也のものを引き抜き、立ち上がる。そうして相変わらず仰向けに寝そべる達也の上に跨がり、出されたばかりのなまめかしいピンク色の部分を広げて見せつける。

「別に好きでもない、彼女でも何でもない他人の女の子とずこずこやりまくって、おま○こにいっぱい中出ししちゃった気分はどう?」

 好きでもないと恋人でもないを強調して言う。それ程までに達也と彼女の関係がうらやましくて、憎い。

「岡野さんじゃない娘に犯されて、童貞奪われて、中に出しちゃって。私、孕んじゃうかもね……。ふふ、ふふふ……。達也の精子もらっちゃった。もう返さないんだから」

 私の頬をぽろりと一粒の涙がこぼれ、溢れてくる。狂気がまた失せていく。達也の涙を見ていて、私は一体何をやっているのだろうと一瞬思ったのだ。

「う、うぅ……。たつ、やぁ……」

 そうしてしのまま達也の上に座り込み、嗚咽を漏らす。やっと自分を取り戻すことができたけれど、全ては遅すぎた。

「ごめん。ごめん……。こんなこと……ひどいこと、して」

 今更だけど、猛烈な後悔が込み上げてくる。

「ごめんなさい……ごめんなさい……。何て、ことを私……」

 涙が止まらない。普段の正常な心が戻って来たかのようだった。私はただ、自由になった意志で体中を震わせながら懺悔の言葉を続ける。

「達也。お願い。……私のこと、嫌いって言って」

 しゃくりあげながら、達也にお願いする。

「こんな最低な私のことを、大嫌いって。二度と会いたくないって。狂ってるって。おかしいって言って」

 そうすれば、大切な人をこれ以上傷つけなくて済む。私はそう思ったのだけど、達也の言葉に耳を疑った。

「……どう、して」

 達也は頭を振り、そんなことはできないよと呟いた。

「何でよ。どうしてよ。私……あなたを刺そうとしたのよ。岡野さんに嫉妬して、あなたに襲いかかって、いっぱい酷いことして酷いこと言って……自分勝手なことばかりして……。何を考えてんのよあなたは。どれだけお人よしなのよ! そんなだから……そんなだからあなたのことが好きなのよ! 諦められないのよ! やめてよもう! 大嫌いって言ってよぉ!」

 達也は穏やかな口調で言う。『僕は誰よりも真奈美の気持ちがわかるから、だから、怒ってなんていないよ』と。そして『今も真奈美の事は誰よりも大好きだ』とも。勿論それは幼なじみとしてだ。恋心とはどこまでも違う感情だ。それがあまりにも決定的な差だから、私はおかしくなってしまった。

「う、あ……ば、ばかあああぁ! い、一番好きだって言ってよぉっ! あなたの彼女にしてよぉっ! 岡野さんより上だって言ってよぉっ! これじゃ諦め切れないじゃない! またいつかあなたを傷つけちゃうじゃない! そんなに優しくしないでよぉっ! う、うああああっ! 嫌いって言ってよ! なじってよ! 最低だって言ってよぉっ! 私を傷つけて、殺してよぉ!」

 床に転がったままの果物ナイフを拾い、達也に握らせようとして失敗し、からんと落ちる。私の体から力が抜けてしまっているから、軽い果物ナイフ一つ満足に握れない。今の私は普段の気の張った表情もどこへやら、と言うところだろう。私はお尻と胸を丸出しにした半裸のまま、達也の胸に顔を埋めて泣きじゃくった。達也はただ私の気が済むまでそのままでいてくれた。時折頭を撫でたりしてあげながらなだめる姿はいつもと逆だった。

 こうして私の恋は終焉を迎えた。










――あれから一カ月が過ぎた。










 当然の事だけど、あの日の出来事は誰にも言っていない。勿論達也もそうだろう。ただ、あの日を境に変わった事があるとすれば、私と達也との関係と言うべきか仲が疎遠になっていっているということ。

 ある時から続く私のよそよそしい態度に達也は耐え切れず、面と向かって言ったのだった。以前の関係に戻って欲しい、と。あの時のことは怒ってなんかいないし、忘れるようにするから、とも。

『ごめん……』

 私の口からはその一言しか出なかった。私は逃げるように達也の側から離れていく。まだ無理なのだと悟ってしまったから。こういうことは時間が解決してくれると、他人は分かり切ったように言うけれど、果たしてそうなのだろうか? そうではないのではないかと私は思うのだった。

 私のそんな不安定な精神状態は見透かされていたのか、ある時友達に心配されてしまった。

『真奈美、最近暗いよ? 何かあったの?』

 そんな問いにぎくりとし、動揺しながらも私は無理に笑みを見せて答えるのだった。

『大丈夫、何でもない』

 と。

『あ、もしかして失恋?』

 普段の冗談であり軽口だとわかっている。わかっているのにそんなことを言われた時には何も答えられず、教室を出て行ってしまった。友達の慌てた声を無視して。

(全然大丈夫なんかじゃないのに。好きな人に振られて、嫉妬のあまり八つ当たりして、ふっ切れなくて。独占欲が強くて……。私、最低すぎる)

 自分が嫌になりため息が出てしまう。中庭へと出て行くと、ふと、視界に制服姿の男女が目に入った。

(あ……)

 それは達也と岡野さんの姿。ベンチに腰掛けて一緒にお弁当を食べている。お互いに楽しそうに微笑み、とりとめないお話に花を咲かせながら。

(だめ……)

 私は見てはいけない光景を見てしまったのだろう。哀しみと共にどこからか涙が込み上げてきて、体が震える。

(やめて。私、いけない……)

 岡野さんの目の前で達也を奪い去り、犯し尽くしたい。見せつけるように、いじめるように。そんな荒んだ欲求が込み上げてくる。ありえない妄想の世界で達也の絶叫が聞こえてくる。

『真奈美! やめて! お願いだからやめてよっ!』

『だめ。やめてあげない。ふふ。岡野さん、よく見てよね。私と達也のファックを』

 その世界では達也も岡野さんも共に両腕を背中で縛られた上に、木にくくりつけられるように拘束されていた。

『ん、ん、ん。ふふふ。うふふふ。あんたたち、まだヤってないんでしょ?』

 達也のものを口内にくわえ込み、しゃぶり回しながら、私は言う。

『岡野さんの処女穴にぶちこまれるはずだった達也のおち○ぽ、私のお口で気持ち良くしてあげるからね。あ、おっぱいで挟んであげてどぴゅどぴゅ出すまでしごいてあげる方がいい?』

 じゅぷ、じゅぷ、と湿った音が響いていく。私の妄想はさらに続く。

『あんたさえいなければ……』

 憎しみのこもった低い声。真奈美は岡野さんのスカートの中へと手を回し、ショーツを一気にずり降ろした。そして更に酷いことを続ける……。

『痛いでしょう? ふふ。でも、いいじゃない。あんたも達也に捧げるはずだったんでしょ? 私の指で処女穴開通ってどんな気持ち? ねえ、岡野さん? ロストバージンおめでとう。あははははっ』

 ぶち壊したい。すべてを。大好きな人の幸せを想い人もろとも。彼女の目の前で彼氏のものをしゃぶりつくし、交わって見せつけたい。彼氏の目の前で彼女の処女穴を無残にもぶちやぶってやりたい。制服を引き裂き、全裸にさせてこのまま放置してやりたい。

 邪悪な思考を打ち切るように頭を振り、ようやく我に帰る事ができた。私は酷い目眩に襲われる。ふと、制服のポケットに何かが入っていることに気づく。

(ペン……)

 堅い金属性のペン。これをしっかりと握りしめ、背後から首筋を狙って突けば……。そして今、達也と笑談して完全に無防備な岡野さんを狙えば……。私は無意識のうちにペンを握り締め、ゆっくりと近づき始める。何を、考えているのだろう。

(だめ……。だめ……。もうやめて……。それだけは、だめ)

 この女さえいなければ、達也と自分が一緒になることはなくても。けれど、それをしたら一体どうなるのだろうか。何を得られるというのだろうか? 違う。何も。それどころか、大切なものを永遠に失う事になる。

(だめ、だめ……やめてええええええええ!)

 私は心の中で絶叫し、ペンを放り投げ、脱兎の如く逃げ出していた。

 好きな人を、大切な人をこれ以上傷つけたくない。私の苦悩は続く。

 達也の問いに答えたことを思い出す。まだ時間がかかるの。そうしないとあなたたちを傷つけてしまうのよと、私はそう言って、達也が言う今まで通りの関係への帰順を拒否するのだった。

 いつかまた、笑顔でお話ができるようになれるその日まで、私は心の中の闇と戦い続ける。

(もう、い、や……)

 こんな自分、いなくなってしまえばいいのにと私は何度も思う。けれどそんなことないと、優しい達也は言ってくれることだろう。優しさには優しさをと頭では思うけれど、体が反応してくれなかった。私の腕に幾筋もの傷が増えていく。それは自分でつけてしまったもの。

(達也。嫌いになってよ。こんな私なんて……)

 そうすれば吹っ切れそうな気がするのに、達也はそれができない優しい人。自分が好きになったのは、そんなお人好しな幼馴染み。

(はぁ……)

 私の溜息は柔らかな風にかき消されていった。




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