土砂降り
1 辺りは暗闇。そして土砂降り。まるで、バケツをひっくり返したような勢いだと、よく例えられるような悪天候。 そんな中。山深い道を、一台の車がゆったりとした速度で走っていた。慎重な、安全運転だということが、同乗している円香にもわかる。 「すごい雨だな」 「ええ」 運転しているのは、スーツ姿のプロデューサー。後部座席には、彼の担当アイドルである、樋口円香が座っていた。 仕事終わりなので、円香はパーカーにスカートという、普段通りのラフなスタイル。 ワイパーは全開で動いているけれど、ばちばちと弾丸のように打ちつける雨で、視界は狭い。 「安全運転で行くからな」 「そうでしょうね。ミスター石橋叩き」 今回は、秘境ロケという類の仕事。大自然の中で、たっぷりと撮影をした。 そんなわけなので、二人は北へと向かい、山深い地に来ていたのだった。 朝早くから夜遅くまで、みっちり仕事。それも終わり、ようやくのことで解放され、帰路につく途中。 「なあ円香」 ちなみに。円香と違い、プロデューサーは他の仕事を終えてから、途中で合流した。そういうこともあってか、今日は社用車ではなくて、自分の車で来ていたのだった。 「こっちの車で、よかったのか?」 「邪魔者がいない方が……一人の方が、せいせいしましたか?」 「……そんなことはないよ」 他のスタッフ達は、別の車で帰っていった。 帰る際、円香はプロデューサーに言ったものだ。 プロデューサーと帰る、と。 『……よく知らない人達と一緒だと、緊張するから』 はぁと、ため息をつきながら、続けて言った。そんな事もわからないのですか? とでも、思っているかもしれない。 『あなたの方が、気兼ねしなくていい。単なる消去法です。それだけのことですから』 変な勘違いをされたら困るから、円香ははっきりと言い切ったものだ。 後部座席で、特にすることもないので、円香はずっとスマホをいじっていた。 円香ちゃん。お仕事お疲れさま。 小糸からの、労をねぎらうメッセージに、円香の表情が僅かに綻ぶ。 そうかと思えば……。 ふふ。みてみて。あさひちゃんのクワガタ。持たせてもらった。なんかいいね。 浅倉からの、なんの脈絡もないメッセージが、クワガタの写真とともに、送られてきていた。関節部分が生々しい。 (浅倉……) 虫が得意ではない円香は、思わずぎょっとしてしまう。 それとほぼ同時刻に、冬優子から詫びのメッセージが届いた。 うちのあさひがごめんなさい! きつく言い聞かせるから! とのこと。 なるほどと、円香は理解した。 あさひのクワガタを借りた浅倉が、どういう気まぐれか、写真を撮って、円香にメッセージとして送った。 それを知った冬優子が、あさひの行動を咎めた。ということだろう。彼女は、円香が虫を好きではないと知っているから。 (まるで保護者) とりあえず、フォローすることにした。円香は冬優子に、気にしてないよと、一言返信を送った。そもそも、咎められるのはあさひではなく、浅倉の方だろうから。 そうかと思えば……。 あは〜。円香先輩みてみて。プロデューサーの席に座っちゃった〜。いつもお世話になってます。な〜んて。 「……」 雛菜から自撮り写真。 これには円香も少し、イラッときた。 そこには座らないでほしいし、プロデューサーが普段使っている電話に触らないで。円香はそう考えてる自分に気づいて、軽く頭を振った。 (何で私が、そんな心配をしなくてはいけないの? わけがわからない) 良くも悪くも、ノクチルの面々は賑やかで、退屈しない。 |