Back



土砂降り









「円香。どうかしたか?」

「どうもしません。ちゃんと、前を見て運転してください」

 きつい。可愛げがない。

 我ながら、もっと言い方というものがあるでしょと、円香は思う。それなのに、勝手に言葉が紡ぎ出されていく。まるで、本能のように。

「何、ルームミラーでこっそり後ろを監視しているんですか。ストーカー気質ですか。……最低」

「ごめん」

 気難しい担当アイドルの、ご機嫌を損ねてしまった。とか、そんな風に思われているのだろうか。円香は小さくため息をついた。

「高速のインターチェンジまで辿り着けたら、後は早いんだけどな」

「さっさと帰って、こんな小うるさいのを降ろして、せいせいしたいのですね」

「円香は静かだぞ?」

 そういう意味じゃない。円香は少し奥歯を噛みしめた。ぎりっと鳴ったような気がした。

「……。プロデューサーは、私のどこがいいのですか?」

「円香?」

 期待のかけ方が、事務所の他の子達とは明らかに違う。いつも特別に、目をかけてもらっていると、円香にはわかる。

 担当アイドルだから? それは確かだけど。

「ご覧の通り、愛想がなくて、口も悪い。アイドルなんて、笑っておけばいい楽な仕事だなんて、舐めきった態度」

 雨は更に強く、車体に叩きつける。

 車載のステレオや、ラジオもオフ。時々カーナビのアナウンスが聞こえるだけ。

 辺りは暗く、対向車にすらしばらく出会っていない。

 まるで、世界に二人だけ、取り残されてしまったかのように感じる。

「日頃、散々悪態をつかれて、あなたはうんざりしないのですか?」

 丁度そんな話をしていると。あまり使われてなさそうな、だだっ広い駐車場があった。

 舗装もされていない、砂利引きで、あちこちに雑草が生い茂ってる。道路を除く三方が、深い森に面していて、奥の方に駐車して、ヘッドライトを消せさえすれば、誰にも見つけられないことだろう。

 プロデューサーは、そんなところの片隅に、車を停めた。気付けば随分と長時間運転してきたし、円香と話をしつつ、少し休憩でもしようかというところ。

「うんざりなんて、しないよ」

「どうしてですか?」

「円香はいつも俺のことを、気遣ってくれているから」

 わかったように言う。気に入らない。どこが! と、思わず冷めた口調で怒鳴りつけたくなった。

 円香の表情が険しくなる。

「……ドMな自意識過剰男。思い上がりも甚だしい。ミスター勘違い」

 慌てて言葉を並べたてても、無駄だ。

「担当アイドルに媚びへつらう社畜。こんな生意気な小娘に言いたい放題言われて、ろくに反論もできない、いい格好しいの優男」

 まるで、自動悪態製造機だと、円香は自分を評した。この男に、親でも殺された訳でもないのに、どうしてここまで悪し様に言えるのだろう。

「円香は」

 プロデューサーは、穏やかに笑いながら、聞いた。

「俺のこと、嫌いか?」

 シンプルな問い。

 円香は呆気にとられて、悪態すら、出てこなかった。

「……嫌いな人と、二人で帰りたいだなんて。言いません」

 それはそうだろう。けれど、それだけではない。円香は知っていて、なかなか認められない。

 視線を合わせることが、できなかった。



←1へ      3へ→










Back