土砂降り
2 「円香。どうかしたか?」 「どうもしません。ちゃんと、前を見て運転してください」 きつい。可愛げがない。 我ながら、もっと言い方というものがあるでしょと、円香は思う。それなのに、勝手に言葉が紡ぎ出されていく。まるで、本能のように。 「何、ルームミラーでこっそり後ろを監視しているんですか。ストーカー気質ですか。……最低」 「ごめん」 気難しい担当アイドルの、ご機嫌を損ねてしまった。とか、そんな風に思われているのだろうか。円香は小さくため息をついた。 「高速のインターチェンジまで辿り着けたら、後は早いんだけどな」 「さっさと帰って、こんな小うるさいのを降ろして、せいせいしたいのですね」 「円香は静かだぞ?」 そういう意味じゃない。円香は少し奥歯を噛みしめた。ぎりっと鳴ったような気がした。 「……。プロデューサーは、私のどこがいいのですか?」 「円香?」 期待のかけ方が、事務所の他の子達とは明らかに違う。いつも特別に、目をかけてもらっていると、円香にはわかる。 担当アイドルだから? それは確かだけど。 「ご覧の通り、愛想がなくて、口も悪い。アイドルなんて、笑っておけばいい楽な仕事だなんて、舐めきった態度」 雨は更に強く、車体に叩きつける。 車載のステレオや、ラジオもオフ。時々カーナビのアナウンスが聞こえるだけ。 辺りは暗く、対向車にすらしばらく出会っていない。 まるで、世界に二人だけ、取り残されてしまったかのように感じる。 「日頃、散々悪態をつかれて、あなたはうんざりしないのですか?」 丁度そんな話をしていると。あまり使われてなさそうな、だだっ広い駐車場があった。 舗装もされていない、砂利引きで、あちこちに雑草が生い茂ってる。道路を除く三方が、深い森に面していて、奥の方に駐車して、ヘッドライトを消せさえすれば、誰にも見つけられないことだろう。 プロデューサーは、そんなところの片隅に、車を停めた。気付けば随分と長時間運転してきたし、円香と話をしつつ、少し休憩でもしようかというところ。 「うんざりなんて、しないよ」 「どうしてですか?」 「円香はいつも俺のことを、気遣ってくれているから」 わかったように言う。気に入らない。どこが! と、思わず冷めた口調で怒鳴りつけたくなった。 円香の表情が険しくなる。 「……ドMな自意識過剰男。思い上がりも甚だしい。ミスター勘違い」 慌てて言葉を並べたてても、無駄だ。 「担当アイドルに媚びへつらう社畜。こんな生意気な小娘に言いたい放題言われて、ろくに反論もできない、いい格好しいの優男」 まるで、自動悪態製造機だと、円香は自分を評した。この男に、親でも殺された訳でもないのに、どうしてここまで悪し様に言えるのだろう。 「円香は」 プロデューサーは、穏やかに笑いながら、聞いた。 「俺のこと、嫌いか?」 シンプルな問い。 円香は呆気にとられて、悪態すら、出てこなかった。 「……嫌いな人と、二人で帰りたいだなんて。言いません」 それはそうだろう。けれど、それだけではない。円香は知っていて、なかなか認められない。 視線を合わせることが、できなかった。 |