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土砂降り









 後部座席で、二人、並んで座る。

 国内シェアナンバーワンな、某T社の高級車だけあって、広々としている。

「車で、二人きりなのをいいことに、担当アイドルに手を出すプロデューサー」

「ああ。確かにそういう構図だ。円香に通報されたら、俺の人生あっさり終わるな」

 こういう場合。男の言い分など、誰も聞かないことだろう。得てしてそういうものだ。

「まあ、それならそれで。円香に通報されて終わるのなら、仕方がない。嫌われてしまったんだって、諦めるさ」

「そんなこと、するわけないでしょう?」

 円香の声に力がない。

「そんなことをしたら……。あなたが私の側から、いなくなってしまうじゃないですか」

 プロデューサーに言われたせい。ふと、仮定の未来を想像して、寂しさと悲しさがこみ上げた。何だか、取り返しのつかないことをしてしまった気になって、涙がぽろりとこぼれて落ちた。

 円香のメンタルは、見た目ほど、強靱なものではなかった。

「担当アイドルを泣かせる悪い人。早く、フォローしてください」

 理不尽。我ながらめちゃくちゃな言いようだと、円香は思った。

 それでも。彼はこんな、性根のねじ曲がった自分を受け入れてくれる。とんでもないほどに物好きな人。

「ん」

 軽く、重なり合う唇。

 円香はもぞもぞと左手を動かして、プロデューサーの手を探し、掴んだ。

 しばらくの間、唇は離れなかった。

「いつまで……。んん」

 悪態をついて、恥ずかしさを誤魔化そうにも、プロデューサーは離してくれなかった。

 円香はただ、左手でプロデューサーの右手を掴むだけ。

(どれだけ、したかったの。いい加減に……)

 思いとは裏腹に、円香は力を抜いていた。

 拒否しようと思えば、いつでもできた。少し力を込めて引き剥がし、キスばかりしていないでと、非難すればいい。

 なのに、しない。できない。

 温もりが心地よくて、愛しさが溢れ出てくる。このまま、浸っていたい。

(優しい)

 円香は自然と、そう思っていた。

 プロデューサーは、掴まれていた右手を開いて、円香の左手に重ね、組んだ。

「ぷろ……」

 時間にして数十秒。決して長くはなかったはず。それなのに、唇が離れると、切なさが円香を包み込んだ。

「ん。早く、してください」

 こんな時。もっとしてくださいと、素直にお願いをできればよかったのに。出てくる言葉はいつもの通り、素っ気ない。

 どうしてもう少し、気の利いたことを言えないのかと、円香が自己嫌悪に陥っていたその時。

「ぁ」

 ハグ。それと共に、強引な、奪うかのように荒々しい、二回目のキス。

 円香は驚いて、目を見開いていた。

 プロデューサーが、そんな強気にしてくることなんて、今までに無かったから。



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